偶然の再会。


「カミュの兄妹なのか?」
 皆の疑問を代表して口にしたのはマサムネだった。
「ううん」
 その疑問に、カミュは首を振って答え、更に付け足す。
「血は繋がっていないんだけど、小さい頃から色々と面倒を見て貰ってきたから、お兄ちゃんて呼んでいるの。お兄ちゃんはお父ちゃんの片腕で、一族でも有数の精霊使いよ」
「カミュ、何故お前がそんな格好をしてそんなところにいるんだ?」
「ええと」
 今度はアスタールが疑問をぶつけてきて、カミュはもごもごと口ごもった。
「お前は、フレイム、ヴァリス間で街道封鎖をしているんじゃなかったのか?」
「ええと」
 困ったように、助けを求めてカミュは視線をさまよわせ、マサムネを見た。見てしまった。
 マサムネはにやりと助平な笑いを浮かべると、いきなりカミュを抱きしめて見せた。
「ぎゃ〜〜。いきなり抱きつくな〜〜」
「はっはっはっはっ」
 いきなりの事でカミュが驚いてあんまり女の子らしくない悲鳴を上げるが、マサムネは無視して笑う。
「つまりはこういう事だからだ」
「ぎゃ〜、胸に触るな〜揉むな〜」
「揉むほど無いだろうが」
「──」
 ばたばた暴れていたカミュが無言になって、凄い目でマサムネを睨むが、睨まれた方は何処吹く風だった。
「きききき、貴様、何をするか〜!」
 代わりに、先刻の叫びを凌駕する音量で、アスタールが叫んだ。
「俺の可愛いカミュに、破廉恥な真似をするな〜!」
「俺の可愛いカミュ?」
 マサムネは、それを聞いてにやりと笑う。
「残念だったな。カミュは既に俺のモノだ」
「何言っているのよ、あんたのモノじゃないわよ。私はお姉様のモノよ!」
「……謹んで返品を希望します。クーリングオフです」
 サシカイアがぼそっと告げる。
「お姉様のイケズ〜!」
「……イケズと言われましても」
 困ったように、サシカイアも先刻のカミュのように視線を巡らせる。
 しかし、ベル、マリーは人ごとの表情で、にやにや笑っているだけ。カルーアはのほほんとのどかに微笑んでいる。役に立ちそうにない。そしてマサムネは。
「サシカイアは俺のモノ。そしてサシカイアのモノは俺のモノだから、つまりカミュは俺のモノで間違いないじゃないか」
「……そう言うジャイアニズム丸出しの意見は却下します。だいたい、私はあなたのモノではありません」
「そうよ、お姉様は私のモノなんだから」
「……いえ、カミュさんのモノでもありません」
「え〜〜」
「……え〜〜、じゃないです」
 お馬鹿なやりとりをやっている間、アスタールはうつむき加減で肩を細かく震わせていた。
 それが、キッとばかりに顔を勢いよく上げる。
「貴様、俺のカミュを誑かしたのか?」
 憎々しげな声を絞り出したアスタールの両の目からは──
「……血の涙?」
 サシカイアの言葉どおり、アスタールは血の涙を流していた。
「お、俺は、カミュとは家族ぐるみのつきあいで、カミュがこんな小さな頃から見守ってきたのだぞ」
 人差し指と親指で丸を作ってアスタールが示す。
「……それはいくら何でも小さすぎるのでは?」
 と言うサシカイアのつっこみは無視された。
「カミュの襁褓を替えてやったこともあるし、いつまでおねしょをしていたかだって知ってる」
「ぎゃ〜〜、お兄ちゃん、何を言い出すのよ」
 カミュが悲鳴をあげる。確かに、自分がいつまでおねしょをしていたか、なんて話題は取り上げて貰いたくないモノの筆頭だろう。悲鳴も上げようというモノだ。
 しかし、血の涙を流すアスタールは、カミュの言葉を無視して続ける。
「女の子のお祝いのお赤飯だって一緒に頂いたし、精霊と話すコツを教えてやったこともある。剣戦闘の手ほどきもしてやっている。夏休みの宿題を最終日になって慌てて片付ける手伝いをしてやるのは毎年のことだ。族長の大切にしていた壺を悪戯して割って、一緒に謝ってやったこともある。それに──」
 カミュはぎゃーぎゃー言っているが、これは、本当の妹のように温かく見守ってきたという話だろうか。その大事な妹が悪い男に誑かされて、怒りを抱いている、そう言うことだろうか?
「まあ、そんなに悲鳴ばっかりあげていないの。妹思いのいいお兄さんじゃないの?」
 マリーもそのように考えたのか、まあまあ、と、カミュを宥める。
「兄妹愛ですか〜、良いですね〜」
 仲良きことは良いこと哉、と、のほほんとカルーアもつげる。
 しかし。
「俺はカミュの身長体重スリーサイズの推移だって暗記している。バストが20才の頃から全然成長していないのは極秘中の極秘で、本人と俺以外には誰も知らないはずだ。それに、寝る時はいつもワームのぬいぐるみを抱いていることも知っている。必要ないのに見栄を張ってブラを買ってきて、ずり落ちてべそをかいた事だって知っている。いつも風呂では右足から洗い始めることだって知っている。お気に入りのパンツは熊さんプリントの奴で、勝負パンツにまだちょっと早いとしか思えない黒のヒモパンを買ってきたことも知っている」
「あれ?」
 マリーが首をかしげた。
 なんだか、雲行きが変だ。
 カミュも、悲鳴を上げることを止めて、呆然とアスタールの独白を聞いている。
「そう、俺は大事に大事に大事に大事にカミュのことをいつも見守ってきた。なのに、貴様のようなポッと出の、何処の馬の骨とも解らない男が、俺の大事な大事な大事な大事なカミュを──」
「お、お兄ちゃん?」
 カミュがおそるおそる、大事な兄だと思っていた男に声をかける。
 何と言うか、これではただの──
「ストーカーっすね」
 ベルがズバリと口にした。
「違うっ!」
 しかし、即座にアスタールは否定した。
「俺をそのような下劣な犯罪者と一緒にするな。ただ俺は、大事な大事な大事な大事な妹を、暖かく見守ってきただけだ。けっして、風呂上がりにパンツ一枚という素敵な格好で、鏡の前でポーズを取っているカミュを見てハァハァしたりなんぞしていない!」
「お、お兄ちゃん?」
 もはやカミュの声には、はっきりと怯えが見えていた。
 カミュだけではなく、アスタールの仲間であるはずのアシュラム達の顔にも怯えが見え、なんだか微妙に距離を取っている。彼らはこれまでの苦しい戦いで、お互い、理解し合えてきたと思っていた。それが、幻想に過ぎなかったことを、はっきりと悟っていた。やはり、森の妖魔ダークエルフは邪悪きわまりない存在だと確信している顔だった。


 アスタールの独白は更に続く。
「──俺はこれまで、カミュのことを手塩にかけて育て上げてきた。精霊使いとして!、暗殺者として!、そして、淑女として! そう、マイフェアレディだ。紫の上だ。カミュは俺の期待に十分に応えて、まさしく最高の女性に育つはずだった。そしてカミュは自分を親身になって面倒を見てくれる俺に、ほのかな恋心を抱く予定なのだ。最初は、血の繋がった兄妹のように、お兄ちゃんと俺のことを慕い。それが少しずつ違った感情に育っていくのだ。そう、それはまさしく恋。お兄ちゃんと慕ってきた妹みたいな存在の娘が、いつの間にか恋心を抱く。なんて素敵なシチュエーションだろうか。まさしく、妹萌え」
「お前、アレに恋心なんて抱いていたのか?」
 マサムネの質問に、カミュはぶんぶんと音を立てる勢いで首を振った。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだったし」
 それに今のアレを見ては、100年の恋だって冷めそうだ。
 しかし、アスタールはそれに気が付かず、更に頭に血を上らせて声を上げる。
「そう、予定ではカミュが150才になったとき、サルバドの街の港の見える公園で、給料三ヶ月分の結婚指輪を渡してプロポーズをする。カミュは最初信じられないと言う表情をして、それから、ぽろりと涙を流すんだ。俺は驚いておろおろして、失敗したかと思うんだ。しかし、カミュは涙を流しながらにっこりと微笑んで、「違うの、嬉しいの」、なんて可愛いことを言いながら、プロポーズを承諾する予定だったんだ。う〜ん、これこそ萌えだ。そして、俺たちは闇の森の小さな教会で結婚式を挙げるのだ。照れてるカミュに虫たちが、口づけせよとはやし立て、俺たち二人はそっとキスをして永遠の愛を誓うんだ。そして赤青黄色の衣装を付けてリズムに合わせて踊り出すのだ。そして初めての夜。「初めてなの、優しくしてね」と言うカミュに俺は優しく微笑んで「大丈夫だよ、俺に任せて力を抜いて」と告げるんだ。──そう言う計画を俺は立てていたのに」
 ぐあああ、と、アスタールは頭をかきむしる。
「……良かったですねえ、カミュさん。あなた、愛されていますよ」
「良くない!」
 サシカイアに言われて、カミュが怒ったようにじたばた暴れる。
「それを、それを、貴様という奴は〜〜〜!」
 びしりと、マサムネをまっすぐに指さしてにらみ付ける。
「そのために、俺は色々としてきた。カミュにふさわしいと認められる為に、精霊使いとしての能力を鍛え、今では族長の片腕と言われるまでになった。可愛いカミュに接近しようとする虫は、人知れずにヤキを入れて身の程を知らせてやった。人気のない体育館裏に呼び出して因果を含めたりしてな。一人、幼なじみの小僧は的にし損なったが、アレは大丈夫だ。アレは所詮安パイで、カミュに好意を持っていることすら気が付いてもらえていなかったみたいだから、俺の敵じゃない。きっと永遠にいい人で終わるタイプだ、あいつは絶対」
 その幼なじみとやらは、フレイム軍の猛攻を受けて、実際「いい人」のまま人生に終了してしまったようであるが、それはこの際関係ない。
「自らの能力を高め、必要とあれば実力行使もする。恋は戦いっすからね、マイリー様的には、それもオッケーっすよ」
 うんうん、とベルが頷く。
「とにかく、俺はこうやって努力をしてきた。だと言うのに、何故ポッとでの貴様のような奴に、俺に可愛いカミュが……」
 血の涙を流しながら、アスタールは視線で人が殺せたら、的な睨みをマサムネに向ける。その瞳はすっかり逝ってしまっている。
「あ、あのね、お兄ちゃん、妹萌えとか言うなら、実の妹のピロ姉ちゃんがいるんじゃ?」
 おそるおそると言った風情で、自分から視線を逸らそうと試みる。その為にはこの際、お世話になった姉代わりの人間だって犠牲の羊に差し出すことだって躊躇わない。
 しかし、アスタールは首を振った。
「妹萌えと言っても実の妹は駄目だ。世の中、実の妹くらい鬱陶しい存在はいない。兄を兄とも思わず、傍若無人で、兄貴はオタ臭いから近寄るなだと? お前こそ俺に近づくな、と言うんだ。だいたい──」
 どうやら、実の妹には色々と邪険にされている様子で、アスタールはだ〜と、文句を並べ立てる。
「──とにかく、俺は実の妹ではなく、妹みたいにお兄ちゃん慕ってくれるカミュが良いんだ。だいたい、ピロテースのあの胸も駄目だ。ダークエルフの胸という奴は、もっと慎ましやかであるべきなんだ。なのに、何だ。あの自己主張の激しい胸は。女の子の胸はぺたんこであるべきなんだ!」
 青少年の主張。そんな感じで、自分の特殊な趣味を熱く語るアスタール。
 アシュラムを初め、味方はすっかり退いてしまっている。
「良かったな、お前の貧弱な胸が良いという者が出てきたぞ」
「貧弱って言うな!」
 マサムネがからかい、カミュが怒る。マサムネはすっかり、状況を楽しんでいる様子だ。
「だいたい、私はまだ成長期なんだからね。100才までにはピロ姉に追いついて、追い越す予定なんだから」
「望みは薄そうだが、その為に、俺も協力してやろう」
「ぎゃ〜〜、揉むな〜〜〜」
「きき貴様〜〜」
 背後からカミュを抱きしめて胸を揉むマサムネに、アスタールが吠える。
「俺のカミュに破廉恥なことをするな!」
「お前の思いは十分理解したが、今更言われてもなあ」
 マサムネはにやにや笑いながら、言った。
「既にカミュは俺の女だし」
「違うっ!」
 間髪入れずにカミュは否定する。しかし。
「何言っているんだよ。自分で認めたろうが、お前」
「うっ。──で、でも、アレは無理矢理言わせられたというか……」
 これを聞いて、アスタールの目が危険に光った。
「無理矢理、だと? やはり貴様、俺の可愛いカミュを無理矢理──」
「おう。無理矢理、それこそいろいろしたぞ。例えば──」
 と、マサムネは悪びれず、放送禁止間違いなしの事を、赤裸々に口にしていく。カミュが真っ赤になってぎゃ〜ぎゃ〜叫んだが、直ぐにマサムネに口を封じられてしまう。
 サシカイアを初めとするニッポン王国関係者は今更な事なので気にしないが、アシュラムの仲間の内、蛮族の戦士スメディは顔を真っ赤にして俯いてしまった。見た目すれているようで、実は純情らしい。
「き、貴様〜。よくも俺のカミュにうらやましい──否、酷い事を。絶対に許さん!」
「別にお前に許して貰う必要なんて無いし」
 マサムネはにやにや悪役の表情で、カミュに悪戯を始めた。
「それこそ、こんな事も、あんな事も、俺は思うようにするだけだ」
「ぎゃ〜。変な所に手を突っ込むな〜」
「き、貴様〜〜〜〜〜」
 アスタールはこれまで以上の大声で叫んだ。
 その瞬間。
 ぷっつん。
 と言う音が、アスタールのこめかみ当たりで響いた。
「?」
 と、視線を向ける皆の先で、アスタールの右のこめかみから、まるで水芸のように、ぴう〜と、血が噴き出した。どうやら頭に血が上りすぎて、血管が切れてしまったらしい。
 くるりん、と、アスタールは白目をむき、そのまま、噴き出る血の勢いに押されたみたいにして体を傾け、ぱたんと地面に倒れてしまった。
「お、お兄ちゃん?」
 カミュが焦ったように叫んだ。


「アシュラム様、彼に治療魔法を使わねばなりませんか?」
 ホッブが、嫌そうにアシュラムに尋ねた。
「ほっとけ」
 アシュラムは、倒れてぴくぴくしているアスタールを嫌そうに見ると、無情に言った。