マサムネは悪人のように高笑いをする。
「はっはっはっはっ。さすがは俺、戦わずして敵の一人を戦闘不能にするとは。自分の才能が恐ろしいぞ」
マサムネは偉そうに高笑いをする。
「くっ」
悔しそうにアシュラムがマサムネをにらみ付ける。
「……でも、あれくらいだったら、治癒魔法で直せるんじゃないですか?」
「余計なこと言うな」
マサムネがしっ、と、口元に人差し指を立てるが、今更である。サシカイアの声は、しっかり、アシュラムらにも聞こえただろう。
しかし、アシュラム側の二人の神官は、お互い譲り合うようにして動かない。アレを助けるのはごめんだ、そんな顔。そして、アシュラムもそれを咎めたりはしなかった。
「ちょ、ちょっと、早くお兄ちゃんを助けてよ」
カミュが焦って敵側に要求するが、やっぱり誰も動かない。
仕方なく味方の方を見るが、ベル、マリーも首を振った。
「アレは敵っすからね」
「それに、間違いなく邪悪だし」
確かに、邪悪だとみんな納得していた。
「だいたい、お前、アレを助けて嬉しいのか? 風呂を覗いたりする奴だぞ」
「……それはあなたもでは?」
「それはそれ、これはこれだ」
マサムネは悪びれずにサシカイアの突っ込みに応じた。
「うう。確かに色々と思う所はあるけど、一応お兄ちゃんだし、一族の腕利きだし──ああ。なんでこんな事で悩まなくちゃならないの?」
やってられないと頭を抱えて苦悩するカミュだが、それでも放っておけないと結論したのか、嫌そうに、誰も見向きもしないアスタールに向かって走り寄った。
本当にどうでもいいと思っているのか、アシュラムらはアスタールの近くから移動して距離を取り、再びマサムネらと対峙する。
「こほん」
これから仕切直してまじめにやりますよ〜、と言う合図なのか、アシュラムは一つ咳払いをしてまじめな顔になった。
「貴様には色々腹も立つことが多いが、ここは置く。一つ、まじめに質問に答えて貰おうか」
「何だ?」
マサムネは面倒くさそうに応じた。
そのいい加減な態度にかちんと来た様子だが、自分のペースを乱すことは、また間抜けな状況に逆戻りする危険があると持ち直し、アシュラムは尋ねた。
「貴様が、エイブラの財宝を手に入れたことは聞いた。ならば、貴様は──」
「支配の王錫なら、シューティングスターが守っていたぞ」
あっさりと、マサムネがアシュラムの本当に聞きたいことに答えたので、面食らったような表情になる。
「では、魂の水晶球は?」
そこで、顔色の悪い魔法使い──グローダーが口を挟んできた。
アシュラムらが不審の表情を向けるが、グローダーはそれに気が付かない振りをした。バグナードの密命、それは、魂の水晶球を手に入れること。それを果たすことが、グローダーの最優先事項なのだ。
「俺が手に入れた。今はヒノマルの街の俺の宝物庫に大事にしまってあるぞ」
わざわざ教えてやることはないのに、とサシカイアは思ったが、マサムネには言うだけ無駄だ。他人の忠告なんて、ほとんど耳を貸さないのだ。
「俺が本気でハード・ロックの魔法を使ったからな。黒の導師とか言うMな人だって、これを破ることはできないぞ」
「Mな人?」
バグナードの異名であるが、それが通じるのは、マサムネにごく近しい人間だけである。案の定、グローダーは首をかしげた。
「そんなことよりも支配の王錫だ。ならば、我々にはもう、ここには用はない」
アシュラムは言って、それでもマサムネをにらみ付けた。
「……一つ忠告しますけど、あまりにも強大な力は性格を歪めますから、手を出さない方が良いと思いますが」
サシカイアは、苦労しないで強大な力を身につけた男──マサムネをチラと横目で見ながらアシュラムに忠告した。
「その様な心配をお前にして貰う必要はない」
確かにその通りかも知れないと、サシカイアは納得した。しかし、これ以上性格の破綻した人間は増えて欲しくないというのも本心である。
「貴様らが邪魔をしないならば、この場は見逃してやろう。しかし、邪魔をするのであれば、容赦しない。あの時の決着、この場で付けてくれるぞ」
あの時とは、ヴァリスでの戦争。
「よく言うな。どう見てもアレは俺の勝ちだろう。一発で無様に吹き飛んでた癖に」
「……!」
アシュラムは、ギロリとマサムネをにらみ付ける。黒い魔法剣、魂砕きを握りしめる手に、力が込められたのが傍目にもよく解る。
「アシュラム様、ここは無駄な争いは避けるべきです。そうでなくとも、我々はドラゴンとの戦いで消耗しているのですから」
慌て気味に、マイリー司祭のホッブがアシュラムを止める。
「はっ、臆病な事っすね。さすがは、ホッブ司祭っすよ」
あざけるように、ベルが声をかける。
因縁があったのは、カミュとアスタールばかりではない。ベルとホッブも、元々はフレイムマイリー神殿の、部下と上司という関係だ。その関係は、ベルがマイリー信仰の僻地とも言えるヴァリスの方へ飛ばされた事で一旦切れたが、ベルはその飛ばされた事を恨みに思っている様子。
ホッブはベルをにらみ付けるが、自分で無駄な争いを避けろと言っておいて、ここで突っかかる訳にはいかないと自制することに成功した様だ。アシュラムを促して、退場しようと試みる。
「逃げるんすか? 何と言うか、へたれた勇者様っすね。まあ、ホッブ司祭の勇者には、その程度がお似合いかも知れないっすけどね」
「貴様の邪悪な勇者には負けるよ」
「うっ……」
言い返されたベルが詰まる。
「おい、そこで何で詰まる?」
マサムネには自覚がないのか、不満一杯に文句を付けるが、ベルは明後日の方へ視線を逸らした。
マサムネは順繰りに味方の顔を見るが、それぞれ、視線を合わせないようにしている。
「……自覚がないというのは重症ですね」
仕方がないので、サシカイアが代表して告げる。
マサムネが不機嫌な顔をする。
「俺の何処が邪悪だ?」
「……頭のてっぺんから、足の先っぽまで」
「……」
きっぱり言われて、マサムネが言葉に詰まる。
その隙に、サシカイアは話題を逸らす。
「……とにかく、どうしますか? 見送っちゃって良いんですか?」
「そうだな、シューティングスターの所へ行かれると、また手間だ。アレが負けるとは思えないが、一応な」
マサムネは頷き、アスタールをあっさり見捨てて退場しようとしているアシュラムらの背中に声をかける。
「おい、シューティングスターの所へ行っても、支配の錫杖は手に入らないぞ」
「何だと?」
流石にこの話題は無視出来なかったらしく、アシュラムが振り返る。
「どういう事だ?」
「どういう事も何も、シューティングスターのお宝も、既に俺が手に入れているからな」
「何だと?」
アシュラムが驚愕の表情を浮かべる。
「では、貴様が支配の王錫を」
「それはない」
言って、マサムネは横に立つサシカイアを視線で示した。
「こいつが、火口に棄てちまったからな」
「馬鹿な、デタラメだ。だいたい、シューティングスターはまだ健在のはずだ」
「俺が支配したんだよ。ナースだってそうらしいじゃないか。お前らに出来て、俺に出来ないはずがないだろう」
マサムネは胸を張って見せた。でも、俺の従えたのは最強と言われるシューティングスターだから、俺の方が格上だな。そう言う態度だ。
「信じられん」
アシュラムは吐き捨てたが、その横からグローダーが声をかけた。
「アシュラム様、奴の言っている事は本当です」
「何?」
古代語魔法には、嘘探知(センス・ライ)という魔法がある。それを使ったのだろう。
「呪文が間に合ったのは、シューティングスターを従えた、と言う部分で、棄てた棄てないの真偽は解りませんが、奴は確かに、本当の事を言っています」
用心深く、グローダーは言った。本当は最初から使っていて、棄てたというのが本当だと解っているが、それでは、アシュラムがマサムネとの戦いを回避する危険がある。グローダーとしてはここで是非とも戦ってマサムネらを下し、魂の水晶球についての情報を得ておきたい。自分たちが、アシュラムが負ける──と言う可能性は、グローダーはあまり考えていなかった。彼はアシュラムの戦いは知っているが、マサムネの戦いは知らない。だから、当たり前にアシュラムの方が強いと思っていたのだ。
「ならば、是非とも貴様の口を割らせる必要があるな」
アシュラムは言って、魂砕きを構えた。棄てた、等という話は初手から信じていない様子だ。確かに、アレだけ便利なアイテムを棄ててしまう、と言うのはちょっと信じられない事かも知れない。
「戦いっすね」
それを受けて、ベルが嬉しそうに戦槌を振り回し始める。
「ここで戦わないなんて言ったら駄目っすよ。約束したんすからね。針千本すよ」
そう言えば約束したかも知れない、と、マサムネは思い出し、仕方なさそうに、自分の背中から大剣を抜いた。
「確かに最近、戦わせてなかったよな。仕方ない。特別に戦ってやろう」
と、格下に告げるように言う。
「……余計な戦闘ですよ?」
「ここでこいつら殺しておけば、カノン支配も少しは楽になるだろう」
サシカイアが嫌そうに言うが、マサムネは首を振ってその意見を却下した。
「ふん。こちらこそ、貴様らをここで始末して、ニッポン王国を崩壊させてくれるわ」
アシュラムも応じて、戦いが始まった。
それぞれが相手を定め、戦いが始まる。
カミュはうきうきとスキップ踏みそうな勢いでホッブ司祭に迫り、マリーは暗黒神の神官ガーベラと向かい合う。カルーアは自分と同じく魔法使いのグローダーと、アシュラムはヴァリスの戦いの雪辱を果たすべく、マサムネと対峙する。
「……と言う事は」
「私の相手はお嬢ちゃんかい」
と、サシカイアの前に来たのは蛮族の女戦士のスメディ。
サシカイアはそれを見て嫌な顔をした。
スメディはどうやら蛮族の出らしい半裸の女戦士。半裸の女性となれば、普通ならばマサムネが喜ぶ所だが、そうではなかった。その理由は、女性とは思えない筋骨隆々とした体つきのせいだろう。逆三角形、乳房も筋肉で出来ていそうなそのムキムキな体は、一般的な趣味の持ち主は、ちょっと引いてしまいそう。武器に長剣を二本構えた、見るからにパワーファイター。
サシカイアの一番苦手なタイプの戦士だ。
「正直、少々物足りない相手みたいだけど、まあ、いいさね。とっとと片付けて、他の連中の助けでもするさ」
言うが早いか、スメディはサシカイアに襲いかかってきた。
鋭く振られたスメディの二本の剣を避け、サシカイアは大きく距離を取る。
思ったより、速い。それにパワーもある事は確実。
サシカイアの知るパワーファイターと言えばフェイマスだが、それに遜色ない。どころか、勝っているかも知れない。
それも当たり前か、と、小さく頭を振る。
相手は竜殺し。ブラムドを下し、サシカイアらが乱入しなければ、エイブラも倒していた。強くて当たり前なのだ。
サシカイアは自らの得物を構える。サシカイアの武器は短剣。正直、相手の二本のブロードソードに比べると、どうにも力不足に見える。それが、例え魔法の品だとしても。
「はん、そんなかわいらしいナイフがお嬢ちゃんの武器かい?」
スメディもサシカイア同様に感じたのか、あざ笑うように言って迫ってくる。
サシカイアは二本の剣の間をかいくぐるようにして懐に飛び込む。
驚きの表情がスメディの顔に浮かぶ。完璧にサシカイアを侮っていたのだ。──まあ、場違いなメイド娘を見て強敵だと見抜くのは難しいかも知れないが。
サシカイアは鋭く短剣を急所目がけて突き出したが、スメディは驚異的な反応で体をずらしてかわす。それでも、僅かにかすめた。首筋から血が舞う。だが、浅い。
スメディの反撃。
サシカイアは地面に張り付くくらいに体を低くしてやりすごし、大きく後方に飛んで距離を取ろうとする。追いかけるスメディ。迫る二本の長剣。かわしたがスカートの裾を切り裂かれる。──どうせ、放っておいてもいつの間にか直ってしまうのが、このメイド服なので気にしない。今度はサシカイアの攻撃。急所目がけた攻撃は、かざしたスメディの腕に阻まれる。軽いとは言えない傷を負ったはずだがスメディは気にせず反撃。その動きに傷のダメージは見えない。相変わらずの力任せの一撃。かわすのは難しくない。
それでもサシカイアは大きく距離を取った。
参った。と、速くも荒くなってしまった息を整える。
技術、速度はサシカイアの方が上。しかし、当たり前だがパワーでは相手が圧倒している。下手に剣を打ち合う事だって難しいだろう。体ごと持って行かれるか、受けきれずにそのまま叩きつぶされそう。スタミナも、相手の方が上のようだ。
「お嬢ちゃん、非力だねえ」
スメディが笑う。
サシカイアの短剣は二度ばかりスメディの体を捕らえたが、それは致命傷にはほど遠い。スメディを倒そうと思えば、急所を一撃するしかないだろう。ちまちま削っていくのは、こちらの体力の方が先に尽きそうだ。否、確実にそうなる。
そして、スメディもそれを承知しているのだろう。急所だけはしっかりとかばっている。それ以外の場所への浅い攻撃は平気で体で受けて、避ける代わりに踏み込んでサシカイアに一撃しようとしている。そして、その一撃は必殺。攻撃力が違いすぎるのだ。
「……これだから、パワーファイターは嫌いなんですよね」
サシカイアはうんざりとして言った。
「ごちゃごちゃ言ってないで、早い所決着を付けるよ」
と、叫んでスメディがサシカイアの方へ踏み込もうとして。
その体が崩れた。地面に片膝を付いてしまう。
「な、何だ?」
戸惑うスメディに、サシカイアは、冷たい微笑を向けた。
「……私は、パワーファイターは苦手です。でも、あなたのように裸まがいの格好をしていてくれれば、何とでもやりようがあります」
サシカイアは、短剣を構えた。
「毒か?」
スメディが忌々しげに叫ぶ。
サシカイアは無言で肯定した。元々暗殺者であるから、その種の行動に躊躇はない。
スメディがその体力に見合った分厚い鎧を着込んでいたら、これほど簡単にはいかなかっただろう。魔法の剣を使ってすら、サシカイアに鎧を貫く腕力はない。しかし、スメディは蛮族出身らしく、ほとんど半裸。いくら丈夫とはいえ、刃物で傷を付ける事は可能だ。そして、傷を付ければ刃に付けた麻痺毒が、即座に体の自由を奪う。戦闘中、激しく動いているから、毒の回りも早い。
「くそっ」
スメディは憎々しげにサシカイアをにらみ付けてくる。その顔が、ふっとゆるめられる。
「私の負けだ、とどめを刺せ」
「……では、そうさせて頂きます」
サシカイアはあっさりと答えて、スメディと距離を取ったまま、魔法を唱え始めた。
その瞬間、スメディの顔に驚きが浮かぶ。そして、一瞬でそれが引き締められると、地面を蹴って大きく飛ぶ。驚異的な距離を一息に飛んで、一気にサシカイアに迫る。
もう動けない。そんな振りをしてサシカイアの無造作な接近を誘っていたらしい。そして、近づいてきた所に、最後の力を振り絞って一撃する。そんな事をもくろんでいたらしい。恐るべき、それこそ常人を遙かに凌ぐ圧倒的なタフネス。
しかし、サシカイアはスメディが考えていたよりも遙かに用心深く、近づかずに魔法を使ってとどめを刺そうとした。
だから、無理矢理でも体を動かしてスメディは一撃しようとしたのだ。
「死ねえ!」
スメディの剣がサシカイアに迫る。
が、一瞬早くサシカイアの魔法は完成していた。
「がああああ!」
スメディは雄叫びして魔法に備えつつ、剣を真横に鋭く振った。
その剣は、サシカイアの腹部を切り裂いたように見えた──が、それは残像だった。
「……残念でした」
サシカイアの声はスメディの背後から聞こえた。
精霊魔法の一つ、移し身(ブリンク)。見えている場所という限界はあるモノの、一瞬で場所を移動する事が出来る魔法。それを使って、サシカイアはスメディの背後に一瞬で飛んだのだ。
「おのれ」
毒に対抗して全力を振り絞ったスメディは、既にろくに体が動けない様子。忌々しげに口から押し出す声も苦しげだった。
その喉に背後から刃を当てると、一気に引く。
頸動脈を切り裂かれたスメディは、激しく血をまき散らしながら、大地に倒れて二度と立ち上がらなかった。