サシカイア、スメディに勝利。
サシカイアは地面に倒れたスメディを見下ろした。
確かに驚くほどの力と耐久力を持った戦士だったが、それだけだった。何より、己の肉体を過信しすぎていたのか、鎧を身につけていないのは甘いとしか言い様がなかった。どれほど丈夫であろうとも、人間は人間でしかない。急所を一突きしてやれば死ぬ。それに変わりはない。鎧とは、それを回避する為の手段の一つなのだ。
さて──
と、サシカイアは周囲の戦いに視線を移した。自分の相手は片づいたから、他の人間のフォローに回ろうと考えたのだ。
しかし、どうやら焦ってそうする必要はなさそうだった。
ニッポン王国の仲間達は、皆、有利に戦いを進めていた。
マリーは暗黒神ファラリスの神官戦士ガーベラと戦っていた。マリーは光の神ファリスの神官戦士だから、ガーベラは職業的にも敵対している相手である。だからこの対戦になったのは、自然な事だろう。
ガーベラは、暗黒魔法でマリーに次々に呪いをかけていった。両者とも使う魔法は自らの信じる神の力を借り受けて起こす奇跡。つまりそれは、両者の信仰心を競い合う事でもあった。
ガーベラは、盲目の呪い(ブラインドネス)を、難聴の呪い(デフネス)を、石化の呪いをと、様々な呪いを一方的にマリーにかけて行った。マリーは、ただなされるに任せている。しかし、焦りの色が顔に浮かんでいたのは、ガーベラの方だった。
なぜなら、マリーはガーベラのかける全ての呪いに抵抗し、その効果を発揮させなかったのだ。
「ぬるいわね」
マリーはガーベラの「顔を醜くする」と言う呪いに耐えきって、あざけるように告げる。
「それでも、ファリス神殿ブラックリストの3番目に名前が出ている暗黒神官なの?」
ちなみに一番は暗黒神の最高司祭であるショーデル、二番目は暗黒神殿では特別な地位についていないが多くのファリス信者を屠ったオルフェスと言う男である。
「おのれ……」
荒い息を吐きガーベラはマリーをにらみ付ける。そして呪いは通用しないと見たのか、得物である槍を構える。
「あらあら、つまり、私に信仰では勝てないと認める訳ね」
マリーはその行動をあざ笑う。
ガーベラの呪いがマリーには通用しなかった。つまりは、マリーが言うように、信仰心で敗北しているという事。ガーベラの顔が悔しげに歪められる。
「まあ、私は将来ロードス統一王の元で、宮廷司祭、そしてファリスの最高司祭の地位まで上り詰める予定だからね。あなたのぬるい呪い程度、問題ないのは当たり前の話だけど」
「おのれ……」
神殿でナンバー2であるガーベラは、その自負を馬鹿にされて、怒りに頭に血を上らせる。
「あなたの呪いってぬるいのよ」
マリーは更に笑う。
「こっちはあなた達の仲間で屍山血河を築いてきた女よ? 血まみれ、なんてありがたくもない二つ名を付けられるほどにね。その課程では、呪いをかけられるなんて事は日常茶飯事。その私から見て、あなたの呪いは本当にぬるいわ」
「……」
にらみ付けるガーベラ。しかし、実際これまで全ての呪いを問題なく抵抗されてしまっているから、反論の言葉がない。何を言っても、負け犬の遠吠えとあざ笑われて終わりだ。
「何? 悔しいの? あなた程度の信仰心しかない人間でも、やっぱり悔しいの?」
マリーは更に挑発した。
「なんなら、もう少しチャレンジしてみる? 接触が必要ならば、私に触っても良いわよ? 特別に攻撃しないでおいてあげるわ」
呪いの中には、相手に触れた状態でないとかけられないモノも存在する。そしてそのような制約があるモノほど、強力な威力を持つ。
「私を愚弄するか?」
ガーベラが吠えた。
しかし、マリーは笑いを納めない。弱い犬がきゃんきゃん鳴いている、そんな蔑んだ目でガーベラを見ている。
「ならば、私の全てをかけた呪いをかけてくれるわ。今更、先刻の言葉を取り消す事は許さぬぞ!」
ガーベラは堪えきれず、挑発に乗った。
「私はファリス様に仕える者よ。嘘は大罪だわ。あなただってそれくらい知っているでしょう?」
マリーは何でもない事のようにあっさりと告げる。こちらにはガーベラのように怒りも、覚悟もあるようには見えない。その態度が、ますますガーベラには馬鹿にされているように感じられるだろう。全身で、お前なんて問題じゃない、と言っているに等しいのだから。
「よい覚悟だ」
ガーベラはその顔に決意も顕わに、槍をその場に投げ捨てると変わりに短剣を抜いた。その短剣を自らの喉に当てる。
その格好のままマリーに近づくと、手を伸ばした。
「ならば、我が命をかけた呪いを受けるがよい」
呪いと同時に何かの代償を払う事で、その効果を高める事が出来る。だから、ガーベラは自ら支払う事の出来る最大の代償──命をかけてマリーに呪いをかけようとしていた。
が。
ガーベラが触れる寸前、いきなりマリーはメイスで攻撃した。
呪いをかける事、それしか頭になかったガーベラに、マリーの攻撃を避ける事は不可能だった。あっさりと頭を吹き飛ばされて、ガーベラは倒れる。即死だった。
「馬鹿ね、敵の言う事を真正直に信じるなんて。それでもファラリスの神官なの?」
自分の足下に倒れたガーベラを見て、マリーが呆れたようにため息を零す。
「……ファリス神官が嘘ついて良いんですか?」
それを横から見ていたサシカイアは思わず突っ込んでしまう。ガーベラも、相手がファリス神官で、嘘を付くはずがないと信じたから、マリーに無防備で近づいていったのだろう。
「馬鹿ね、サシカイア」
マリーは全く悪びれずに言った。
「私は嘘なんて付いていないわよ」
「……え? でも」
「戦いの中でのこれは、駆け引きって言うの。嘘じゃないわ」
心からそう信じている顔で、マリーは言った。
サシカイアは呆れてしまって返す言葉を見つけられず、諦めきったため息を一つついた。
ベルは、ホッブを相手に選んでいた。
その戦いは、正面からのガチンコ。お互いに得物の戦槌を振り回し、相手を殺すつもり満々で戦っている。
「はっはっはっは、司祭様、楽しいっすね」
なのに、ベルは心底楽しそうに笑う。太い眉を吊り上げ、小さな八重歯をむき出しにして、楽しげだが獰猛きわまりない笑みだ。
「この、ウォーモンガーめ」
対するホッブの方は、少々ベルに辟易してる様子もあった。しかし、二、三度打ち合うと、こちらもまた、他の者など目に入らないという顔になって、喜々として戦槌を振り回し始める。所詮、こちらもマイリー神官である。戦いが嫌いであれば、マイリー神官になるはずもないのだ。根っこの部分では、二人のメンタリティは似通っている。
二人の戦槌は力任せに振り回され、当たれば必殺の威力があるだろう。
その攻撃をかわし、いなし、強烈な逆撃を加える。戦槌と戦槌がぶつかり合って火花を散らす。
ホッブの一撃がベルの帽子を吹き飛ばす。頭にもかすめたらしく、ベルのこめかみ辺りを血が伝う。しかし、ベルの戦意は衰えず、逆に楽しそうに笑うと、強烈な連撃をホッブにお見舞いする。
今度はベルの攻撃がホッブの袖をかすめ、その着衣を引き裂く。同時に鮮血が舞った所を見ると、肉も抉って行ったらしい。
「良いっすね。この充実感。高揚感。自分が生きているという確信。これだから戦いは最高っすよ」
ホッブの戦槌がベルの切りそろえた前髪を吹き散らす。もう少しで頭を砕かれているという至近の一撃。だと言うのに、ベルはあくまで楽しげ。目の前を戦槌がかすめたのに、瞬き一つしていない。逆に生き生きと、更に一歩前へ、更に一歩前へと進んでいく。
「キチガイめ」
ホッブが罵る。
二人の戦槌が噛み合い、力比べになる。
両者ともに全身の力、体重を込めて、相手を押し込もうとする。
僅かに拮抗。しかし直後、ベルが僅かずつではあるが、しかし確実に押し込み始めた。
「司祭様、偉くなって鍛錬を怠たったっすね」
「抜かせ、この程度で」
持ち直そうとホッブが全身の力を振り絞る。しかし、一度押し込まれて不利になった体勢を持ち直すほどにはならない。
「──!」
変わりにホッブは一言叫んだ。
神聖魔法、衝撃(フォース)の魔法。
金属を打ち合わせたような音がして、ベルの体が後方へ吹き飛ぶ。
追撃しようとしたホッブの動きは、振り回したベルの戦槌に阻まれる。
「体を使った戦いでは自分に勝てないって認めたっすね?」
ベルは口元を伝う血を拭いながら、更に獰猛に笑う。
「卑怯とは言うまい? これもまた、マイリー様に与えられた力」
「誰もそんな事は言わないっすよ。さあ司祭様、全力を振り絞ってかかってくると良いっす。さあ、さあ!」
「つけあがるなよ、小娘がっ!」
ホッブは吠えて、再びフォースを使った。
「──!」
同時に、ベルもまた、フォースを使っていた。
カァーン、と甲高い音がして、ベル、ホッブの体に衝撃がぶつかる。
ホッブの体が吹き飛び、地面をごろごろと転がる。
しかし、ベルは下がることなく、その場で耐えて見せた。
「くっくっく、司祭様、神聖魔法でも──即ち、信仰でも自分の勝ちっすよ」
ベルは仁王立ちして勝ち誇る。
「ぐぅ」
ホッブは口元を伝う血を拭おうともせず、立ち上がろうとしている。しかし、膝が笑っていた。立ち上がろうとして膝が崩れ、再び地面に転がってしまう。
「おまけに、勇者様も自分の方が上っすよ」
完全勝利。そんな顔で、ベルは自分の勇者マサムネと、ホッブの勇者アシュラムの戦いに視線を移した。
魔術師カルーアは敵の魔術師グローダーと戦っていた。
いきなり両者は雷撃の呪文を放ち、それぞれにダメージを与え合った。
「あいたたた」
しかし、被害の程度はカルーアの方が軽い様子。
そうでなくとも、グローダーはエイブラとの戦いで消耗している。このまま正面から魔法を掛け合ったら、自分の勝利はおぼつかないと、即座に判断した。更に言えば、認めるのは癪だが、魔術師としての力量でもカルーアに負けている事を、グローダーは悟っていた。
魔法では駄目。ではどうするか。
魔法が駄目ならば、直接戦闘で勝利すればいい。しかし、グローダーは魔術師で、体を使った戦闘は得意ではない。相手も同様に見えるが、それにしたって自分で殴り合うつもりはない。ならばどうするか。代わりに戦ってくれるモノを用意すればいい。
直ぐにグローダーは結論を出し、懐から竜の牙を取り出して地面に落とす。
そして、呪文を唱えると、それを受けて、竜の牙は武装した骸骨となって立ち上がった。これは竜牙兵と呼ばれる、ドラゴンの牙から作り出す戦士である。幸いな事に、ブラムドを倒したグローダーは、結構な数、竜の牙を手に入れていた。魔力の都合で、持っている全ての牙を竜牙兵にする事はかなわないが、取りあえずこれで充分だろうと判断する。
「竜牙兵ですか〜」
のほほんと、カルーアは言った。
「私〜、それ嫌いなんですよね〜。見た目〜、アンデッドの癖にアンデッドじゃないって〜、何か酷くアンデッドを馬鹿にしていますよね〜」
その理屈は、グローダーには理解出来なかった。彼は、専門といえる分野が無く、全ての分野をまんべんなく学んでいたから。それを統合魔術(ウィザードリィ)と言うには、現在残されている魔法の種類が乏しすぎるのだが。とにかく、死霊魔術という一分野に専門化しているカルーアのような思い入れはない。
そして、思い入れが邪魔にしかならない程に、竜牙兵は強力な戦士である。熟練の戦士でようやく互角に戦える。そう言うレベルの強さを持っているのだ。
その数が3つ。次々に曲刀と丸盾装備と準備の良さで立ち上がり、グローダーの指示を受けてカルーアの方へ向かおうとする。
カルーアはグローダーが自分の意見を肯定も否定もしてくれないのを見て、諦めたようにため息を一つ。その様子には、焦りの欠片もない。
「それじゃあ〜、私も助っ人を呼びますね〜」
カルーアは言って、いつも手にしている魔法の本、死者の書を持ち上げた。軽くいじると、その本を厳重に封印しているはずのでっかい錠前が、あっさりと落ちる。
「今週の、びっくりどっきりメカ〜。って、メカじゃないけど〜」
自分で呆けて自分で突っ込みを入れると、カルーアは適当にページを開いた。
途端、そのページから黒い鎧がこぼれ落ちた。
兜が落ち、小手が落ち、剣が落ち、ブーツが落ち。
カルーアの前に山を作る。
そして、その鎧達は勝手に組み上がっていく。
「な、なんだ?」
グローダーが驚きの声を出す。
「今日の助っ人は、アンデッドナイトのアっくんです、ぱちぱちぱち〜」
と拍手するカルーアの前で、鎧は組上がっていた。黒い大剣を構えた、黒い大きな鎧武者。中身は空っぽだったはずなのに、兜の奥で赤い光が瞳のように二つ、瞬いている。
「ア、アンデッドナイト?」
呆然とグローダー。それもそのはず、アンデッドナイトはとんでもなく強力なアンデッドモンスターである。竜牙兵では、3対1でも厳しい。そんなモノを呼び出すとは、思っても見なかっただろう。あの死者の書、枕代わりにしか役に立たないと思われていたが、実はそれ以上に便利なアイテムだったらしい。
グローダーは、助けを求めるみたいにして、周囲を見回した。
そして、アシュラムとマサムネの戦いを視線に捕らえた。