本日のメインイベント、マサムネvsアシュラム。
アシュラムは用心深く、彼我の距離を詰めていく。
かつてのヴァリスでの対決とも言えないような対決。あのときの事は忘れていない。
マサムネの無造作な一撃で、アシュラムはあっさり体ごと吹き飛ばされていた。無造作な一撃。しかし、必殺の一撃。アレを受けられたのはほとんど偶然だった。マサムネという男、性格はアレだし人間としてもアレだが、戦士としての能力だけは認める。認めざる得ない。あるいは、アシュラムが最強と考える、ベルドと同等レベルの戦士かも知れない。
「どうした、早くかかって来いよ」
マサムネは、無造作に肩に大剣を担いだ格好で、左手を突き出してアシュラムを招いている。
格下の、全然問題にならない相手を待ち受ける態度。
頭に血が上りかけ、アシュラムは大きく息を吐いて冷静さを保つ努力をする。こいつの行動にいちいち腹を立てては駄目だ。あるいは、それがマサムネの手かも知れない。挑発して相手の冷静さを奪い、その隙に攻撃する。そう考えれば、少しは巫山戯た態度も我慢する事が出来た。
後少し、後少し。
用心深く、じりじりと距離を詰める。
マサムネは、自分から動くつもりはない様子。面倒くさげに、アシュラムの動きを見守っている。
その瞬きを数えながら、アシュラムはゆっくりと距離を詰める。
自分の距離まで後少し。
わざと、ゆっくりと、じらすように距離を縮める。
そして。
今。
アシュラムは鋭く踏む。
初撃はフェイント。
マサムネの反射神経、運動神経はデタラメに近いモノだと、先の戦いで理解している。
しかし。
それだけで勝てるほど、戦いとは甘いモノではないのだ。
それを、死を持って思い知らせてやる。
アシュラムは内心で吠えながら、本命の次撃を放つ。
自分でもほれぼれするほどの一撃は──
「甘い」
あっさりと弾き飛ばされた。
「なっ」
渾身の、最高の一撃を防がれて、驚きを隠す事が出来ない。
そこへ、マサムネの攻撃が迫る。
拙い、かわす事が出来そうにない。体勢も崩れているし、剣も弾かれているから、受ける事も難しい。
アシュラムは瞬間、死をも覚悟し、しかし鍛え上げた体は生き残る為に動いていた。
次の瞬間、大きな音がして、アシュラムの体は宙を飛んでいた。
短い浮遊、そして墜落。それでも勢いは止まらず、ごろごろと転がって、ようやく止まる。
「前も思ったけど、本当にやるなあ」
そのアシュラムを、マサムネが感心したように見下ろしている。
「ぐ、ぐぅ」
全身がバラバラになりそうな衝撃と痛みに耐えながら、アシュラムは立ち上がろうともがいていた。
「……凄いですね。今のを受けますか」
メイド娘が、感心したように呟いているのが見えた。
アシュラムは、まともに剣で受けるのが間に合わないと見て、剣の握りの部分でマサムネの一撃を受けていた。握りしめた左手と右手の間。考えて出来る事ではない。半ば以上、偶然だろう。もう一度やれと言われても、やれる自信はない。しかし、アシュラムはそれを成功させた。幸いだったのは、アシュラムの剣が魔神王が持っていたと言う魂砕きだった事。そして鎧もまた、魔神王の鎧であったこと。マサムネの鋭い攻撃は、ただの剣であればその握りの部分ごと、体を両断されていても不思議ではない一撃だったのだ。また受けたと言っても、勢いを弱める事には成功したが、とても受け切れたとは言えない。勢いを弱めたとは言え、アシュラムはまともに腹部を叩かれていた。胴体を真っ二つにされなかったのは、鎧の強度のおかげだろう。
アシュラムは苦痛に耐えながら、何とか立ち上がった。杖代わりに剣を突いた格好。膝はがくがくと笑い、とても戦える状態ではない。
見れば、他の人間もほとんど敗北している。
ガーベラは倒れ、ホッブも地面で立ち上がろうともがいている。グローダーは立っているが、その目の前では竜牙兵があっさりとアンデッドナイトに蹴散らされようとしている。
完全敗北か?
いや。
と、アシュラムは首を振った。
まだだ。まだ、負けを認めるつもりはない。まだ、自分は生きているのだから。
「ほう、なかなかの根性だな。まだやるつもりか?」
感心したように、マサムネが言う。
アシュラムは震える足で立ち、震える手で剣を構えていた。
心臓が動いている内は、戦う。戦い続ける。例え勝ち目があるように思えなくても、ただ伏して死を待つつもりはない。死ぬときは前のめりに、だ。
「お前なかなか強いから、特別に部下にしてやっても良いぞ」
そこへ、マサムネが声をかけてきた。
アシュラムは、かすかに笑いを浮かべた。
「オレの主はベルド陛下だ。それ以外の何者にも仕えるつもりはない」
「じゃあ、死ね」
あっさりとマサムネは言って、大股でアシュラムに歩み寄る。
しかし、それよりも早く、アシュラムの所へグローダーが駆け寄っていた。
「グローダー?」
「ここは逃げます。生きていれば、また雪辱の機会もあります」
言うが早いかグローダーはアシュラムにしがみつき、古代語を一言唱えた。
次の瞬間、アシュラムとグローダーの姿はその場から消え失せていた。
「逃げたか」
マサムネはどうでもいいように、あっさりと言った。
「……逃げたか、じゃないですよ。のんきに格好付けているからですよ」
サシカイアはそんなマサムネを咎める。
「……あの人がいなくなれば、暗黒騎士団は頭を失って、マーモの力は格段に落ちていたのに」
「しかし、人間て鍛えると、あそこまで強くなれるんだなあ。なんだか感心しちまうぞ」
「……私の言葉は無視ですか、そうですか」
「まあ、それはともかく」
言ってマサムネはぐるりと視線を巡らせた。
「置いて行かれた連中はどうするかな」
スメディ、ガーベラの二人は命を落としているが、ホッブ、アスタールの二人は、まだ生きている。
「自分の完全勝利っすね。武器戦闘で勝ち、信仰で勝ち、そして自分の勇者様も勝利。これはもう、次の最高司祭の座は、ホッブ司祭じゃなくて自分が貰うしかないっすね。と言うわけで、モスの本神殿にそのように推薦するっすよ。さあ、さあ、さあ」
ハリーハリーハリーと、急がせるベルの前で、ホッブはがっくりとうなだれている。
アスタールは未だ意識を取り戻していない様子。多分、意識がない事を後で悔やむだろう。なぜなら、カミュがアスタールを膝枕しているから。
「……取りあえず、ホッブ司祭はつれて帰りますか?」
「男だしな〜、正直どうでもいいぞ」
「……ああ、そうですか」
「それに、お前の言い方だと、カミュの兄貴とか言う方は無視か?」
「…………判断は任せます」
微妙にいつもより間が長かったのは、あの性格を思い出したからだ。難儀な人間は、これ以上増えて欲しくない。サシカイアの心からの願いだ。
「んじゃ、帰るか」
マサムネが声をかける。
カルーアは慌てて本の中にアンデッドナイトをしまっている。どうやら、押しつけるだけで大丈夫らしく、本のページにとけ込んでいくようにアンデッドナイトが消えていく。そして本を閉ざすと、勝手に錠前がかかる仕組みらしい。本当に便利だ。
「良いわね、それ」
マリーが初めてその本を見直した、と声をかける。
「あげませんよ〜。私、枕が変わると寝れないタイプですから〜」
「いや、枕には絶対にしないけど」
マリーが僅かに汗を流して首を振る。あの、地獄の底から聞こえてくる様なうめき声は勘弁だ。
「他にも〜。魔神の書とか〜、魔獣の書とか〜、同系列の本があるみたいですよ〜。探してみたらどうですか〜」
「魔神の書は、ちょっとやばそうだから勘弁よね」
何しろ、ロードスではちょっと前、魔神が暴れ回ったという事件がある。だから魔神に対する嫌悪感は、おそらく大陸の人間よりも大きいだろう。マリーも、その辺りは同様らしい。
「でも、魔神が出てくれば、ジハドも余裕で使えるっすよ?」
「う、それは魅力的かも」
結局、マリーはそれが一番大事らしい。
「更に言えば、今度こそ、マイリー様の僕たる自分が最後まで生き残って、英雄と呼ばれるっす。なんで、6英雄にはマイリーの神官がいないんすか? 戦いの神様に仕える者として、屈辱っすよ」
確かに、いてもおかしくないと言うか、いない方がおかしいようにも思える。
「当時はろくな人材がいなかったんでしょ」
マリーがあっさり言い捨てる。ファリスの方は、聖女と呼ばれるフラウスの存在があるから、ベルほど深刻に考えていないようだ。
「う〜、自分が後50年ほど早く生まれていたら、絶対マイリー様の名前を高めた事確実だったっすのに〜」
「……凄い自信ですね」
サシカイアは呆れ気味に首を振る。公平に見れば、ベルの能力は優れているが性格がアレである。猪突して早々に退場してしまいそうに思えるのだが。
「なんだか酷い事考えているっすね?」
「……いえ、別に」
サシカイアは空っ惚けて、マサムネに向き直った。
「……それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
アスタールの始末はカミュに一任することとして、マサムネのそばによる。
しかし、マサムネはなにやら考えている様子。
「どうかしたんですか〜?」
見捨てる気にはなれなかったのか、無理矢理アスタールを引きずってきたカミュを含め、未だうなだれているホッブを除く全員が瞬間移動(テレポーテーション)の効果範囲内に入ったというのに、マサムネは呪文を唱えようとしない。それを見て、カルーアが首をかしげながら尋ねる。
「疲れたんでしたら〜、私が魔法、使いますか〜?」
「……この程度で疲れたりするような可愛げはありませんよ」
サシカイアはリンゲージリングの力により、マサムネとマジックポイントを共有している。だから、マサムネがまだまだ余裕を持っている事は解っている。
「勇者様、何か拾い食いでもしたんすか?」
「あんまり考え込むと、知恵熱が出るわよ」
ベル、マリーが心配して声をかける。
マサムネはそちらをじろりと見た。
「お前達が俺をどう思っているか、よく分かる心配の仕方だな」
「……まあ、日頃の行いがアレですからね」
しれっとサシカイアは軽く言う。
「俺は王様だぞ。もっと崇め奉れ!」
「……ならもう少し自らの行動を顧みてください」
「可愛くない娘だな」
「……可愛くなくて結構です。──で、何を考えていたんですか?」
「いや、あいつら、どうやってここへ来たのかと」
あいつら、アシュラム達の事。
「そりゃあ、船に決まっているじゃないっすか」
歩いてこれるはずがないから、ベルの言葉は当たり前の意見。
「その船だが、マーモの海賊船だよな?」
「……そう言えば、最近ライデン周りで活躍している海賊船の噂、ありましたね」
ライデンから旧盗賊ギルドのメンバーの多くが追い出された。しかし、全員ではない。中には、新たな頭に忠誠を誓った振りをして、こちらに情報を流してくれている人間もいる。
そうした人間が流してくれた情報の中に、マーモの海賊船が何隻かの船を襲ったという話もあった。
マサムネはそれを聞いて、にやりと笑った。
「どうせだから、その海賊船を俺たちで襲って、お宝をゲットするぞ」
「……あんまり王様らしくない考え方のような気もしますが」
「放っておいたらマーモのモノになるか、あるいはライデンのモノになっちまうんだぞ? そんなの勿体ないだろうが」
「戦いならオッケーっすよ」
ベルがあっさりと頷く。と言うか、戦えるとなれば、否定は絶対にしないだろう。
「良し、決定だ」
マサムネが即座に結論を出し、サシカイアはため息混じりに頷いた。マサムネ、ベルがその気になってしまった以上、絶対に止める事は不可能だと諦めたのだ。