マーモ軍船「海魔の角」号は、砂浜に乗り上げて停泊していた。
船室への扉が開き、ズボンの位置を直している船長アルハイブを先頭にして、数人の水夫達がぞろぞろと甲板に出てくる。
「おう、異常は?」
アルハイブは甲板で周囲を監視していた者に声をかける。
「ありやせん」
男は答え、それから肩をすくめて見せた。
「って言うか、あったら俺たち、生きてやせんぜ?」
ここはエンシェントドラゴン、エイブラの住まう青竜の島。異常は即ち、ドラゴンの襲撃だろう。そんなモノを受けたら、間違いなく全滅してしまう。この船の乗員達は、海賊行為を繰り返し、それなりに荒事には自信があるが、ドラゴンと戦える程ではない。
だいたい、ここに来る前のライデン盗賊ギルドの襲撃で、切り込み隊長を初めとする戦闘員の多くが倒れ、戦力がかなり減少している。ドラゴン以外の敵だって、当面、相手にしたくない。
「アシュラム卿は」
「まだ帰ってきませんね」
「遅いな」
「そうですね」
頷く男に、アルハイブはにやりと笑って見せた。
「もしかしたら、もう帰ってこねえかも知れないな」
それを期待する表情だった。
何しろ、アルハイブはアシュラムおよびその仲間達に、さんざん脅され、蔑まれている。だから、返り討ちにあって全滅してくれれば、溜飲も下がるというモノ。是非とも、アシュラムらには酷い目にあって欲しい。
「とにかく、約束どおり満潮まではここで待つが、時間が来たら速攻隠れ家に帰るぞ」
「良いんですかね?」
「良いさ。そうしろと言ったのは連中だからな。それ以上も待ってやる義理はない」
アルハイブはきっぱりと言い切った。
「それとも、お前はこのしみったれた島に残りたいのか? だったら、置いていってやるぞ」
「いえ、結構です」
慌てて男がひらひらと手を振って拒絶の意を表す。
「だったら、下らない事を聞くな。さて──」
アルハイブは男だけではなく、以前から甲板で監視の任務に就いていた連中みんなに聞こえるように声を上げる。
「お前達、待たせたな。これから、お前達は俺たちと交代で休憩だ」
「おおぉ〜!」
と喜びの声が上がるのを、アルハイブは鷹揚に制して告げた。
「休憩中は、好き勝手に過ごして構わないが、あのマイリー神官だけは手を出すな。あの娘は司祭殿のお気に入りみたいだからな。戻ってきたときに文句を付けられると俺が困る。非常に困る。とんでもなく困る」
アシュラムの仲間の内の一人、マイリーの司祭は、上陸以前に誰よりも率先して部屋に捕虜──マイリー神官娘を連れ込んでいる。
部屋に連れ込んで何をしていたか。
言うまでもないとアルハイブは思っている。どうやら、あのマイリー神官娘はマイリー司祭のお気に入りらしい。だから、下手に手を出して機嫌を損ねるのはやばいと考えているのだ。
「しかし、同じ神様に仕える者同士、しかも師弟関係だって言うのに」
若干呆れ気味に男が呟く。
「好き者って事だろう?」
げははは。と、アルハイブは下品に笑う。
「きっと、神殿にいた頃から目を付けていたに決まっている」
そして、チャンスと見たのだろう。
「そのマイリー娘も災難ですな」
「違いない」
アルハイブはもう一度笑う。そして笑いを納めると、男に向かって尋ねた。
「それより、貴様は行かないのか?」
「もちろん、行きますよ。それじゃあ頭、休ませて頂きます」
「頭じゃねえ。船長と呼べ」
「解りました、船長」
男はいそいそと船の中に入っていく。船の中で何をするか。その辺りは、この男の自由だ。本当に休息しようとも、それ以外をしようとも。ただ──
「後で売り払うから、壊すなよ」
「努力します」
男は言って、姿を消した。
アルハイブは自分と一緒に甲板に出てきた連中に、代わって見張りに付くように命令すると、自分も甲板の端、舷側の手すりに寄っかかるようにして、視線を島の方に向けた。
脅威はほぼ100パーセント、島の側から来ると考えて間違いない。何しろドラゴンの住む島だ。それ以外の危険な生物が、外から来る危険はほとんど無いだろう。ドラゴンは、その他の危険な生物にとっても、危険きわまりない、この世で最強の生き物なのだから。わざわざこの島によって来るとも思えないのだ。
「しけた島だ」
アルハイブは、青竜の島の正直な感想を舌に乗せた。
アルハイブの感想どおり、本当にしけた──何もない島だった。ごつごつとした岩肌がむき出しで、草木はほとんど生えていない。せいぜい鳥が居るくらいで、それ以外の生物は居ない様子。きっと、大型の生物はドラゴンに食べられてしまったのだ。
それ以前に、生き物の生息に向いた土地にも思えない。
ぼんやりと視線をさまよわせながら、アルハイブは考える。
最初、ドラゴンの住む島に渡らねばならないという事で、びくびくしていたが、実際に渡ってみれば、何事もない。ドラゴンは休眠期との噂を聞いていたが、まさしくその通りの様子。多分、このまま満潮時まで何もなく過ごす事が出来るだろう。
そして、アシュラムらが帰ってこなければよし、帰ってきたら適当におだてて、早い所退場願うまでだ。ライデン近くの隠れ家までは、窮屈な思いをする事になるが、それ以降は、これまでどおりの日々が戻ってくる。
「戻ってくるのか?」
アルハイブは首をかしげた。
最近、ライデン周りが緊張感を増してきている。
誰のせいかと言えば、もちろん自分たちのせい。
アルハイブが率いる「海魔の角」号が、頑張ってライデン商船を襲いまくった結果である。最初はただの鴨だったが、最近では商船も、積載量のいくらかを犠牲にしてかなりの武装をし、戦闘要員を積むようになってきた。船団を組んで複数で行動しているモノもいる。なかなか、獲物を見つけられない上、見つけても楽に襲えるというわけでもなくなってきた。ただでさえ、先のライデン盗賊ギルドの襲撃によって「海魔の角」号の戦闘要員が減少している事も考えると、これから先、ますます厳しくなる。
また、個人の商人だけではなく、ライデン評議会も「海魔の角」号の存在を疎ましく思っている事は確実で、その討伐の為に武装船団をうろちょろさせている。下手にこれとぶつかると、非常にやばい。更に更に、そこへフレイム船籍のモノまで加わって来るという噂も聞いた。フレイム国王カシューは大陸の出で、そのせいか、これまでロードスでは無かった類の新型船を持っているという話もあり、楽観視は出来ない状況。
そろそろ、ライデン近くで荒稼ぎするのも、潮時かも知れない。
その旨、評議会に伝えて命令の変更をして貰おうか?
と考えて、アルハイブは内心で首を振った。
今の評議会は宛てにならない。以前にも補充人員を送ってくれる様に嘆願を出した事があるが、未だになしのつぶてだ。どうにも動きが鈍いお役所仕事。それが、現在の評議会。そこへ、更にアシュラムの死亡──確定だとアルハイブは思っている。あるいは期待している──による空席が出来れば、評議会内の権力争いが起こり、アルハイブの願いが叶えられる頃には、「海魔の角」号が既に海の藻屑と化している可能性は非常に高い。だから、評議会に伺いを立てるだけ無駄だ。生き残ろうと思えば、勝手に動くしかない。
場所を移して海賊行為を続行する。
それも検討したが、あまり心は躍らなかった。
やはり、一番うま味があるのは、大陸と交易をしているライデン周りだ。それ以外の場所では、獲物も一段以上落ちる。わざわざ危険を冒す気になれない。
そしてそれ以上に、マーモ帝国の先が見えない。
このままマーモ帝国の手先として、通商破壊を続けても、未来が無いように思える。いくら「海魔の角」号が無事だったとしても、マーモ帝国が滅びてしまえばどうしようもなく、そして、マーモ帝国が滅びる可能性は非常に高く思える。
「あるいは、ベルド皇帝が倒れたときに、マーモ帝国は既に終わっていたのかも知れねえな」
ぼそりと呟く。
ベルド皇帝健在な頃は、マーモ帝国の民は一つにまとまっていた。ロードス統一というベルド皇帝の目的に向かい、全員が同じ方向を向いて協力してきた。アルハイブ自身、ベルド皇帝には素直に忠誠を誓っていた。ベルド皇帝は、本物の傑物、英雄だったのだ。
その英雄が不在となった今、アルハイブはマーモ帝国に何の魅力も感じていない。逆に、上がりの半分を持って行く、鬱陶しい存在としか思えない。滅びるのであれば、滅びてしまえとまで、思う。
「そうだな。大陸に渡ってみるのも、悪くないかも知れねえな」
アルハイブは陸側を見つめるのを止め、手すりに背中を預けて海の方に視線を移した。
広がる海の向こうには、大陸がある。
そちらへ渡る。
それが、ものすごく良いアイデアに思えた
幸いな事に、金はある。
隠れ家に貯め込んだ金を持って大陸に渡る。
大陸では、どこか適当な国で金をばらまいて領地やら爵位やらを買い、貴族の仲間入り何ぞをしてみるのも面白いかも知れない。いつまでも、海賊なんて博打な稼業をしていられるモノでもない。そろそろ、安定した暮らしを考えてみるのも良いだろう。
そして、それを叶える為には、ロードスよりも大陸の方が良さそうだ。
「俺が、大陸で貴族になる、か」
にやにやと笑って、アルハイブは空想した。
悪くない。否、悪く無いどころか、最高だ。
呪われた島と呼ばれるロードスでも最悪に呪われたマーモ島で生まれ、主に悪い事をしまくって海賊船の船長にまでのし上がってきた。そして、最終的にはどこかの国で貴族。それがなしえたら、素晴らしいサクセスストーリーだ。吟遊詩人に歌わせたいくらいだ。
こいつは真剣に考える価値がある。
部下は、そのまま貴族となった自分の配下にすればいい。馬鹿ばっかりだが、気心も知れ、役には立ってくれるだろう。
部下達だって、マーモがやばい事には気が付いているだろうし、ベルド陛下が生きていた頃ほどの、マーモに対する忠誠もないはずだ。文句を言う奴は、海賊式に解決すればいい。
この話を持ちかけて、まず間違いなく裏切らないと判断出来る人間は──とアルハイブが数えかけたとき、マストの上の見張り台から声が降ってきた。
「お頭、アシュラム卿がお戻りみたいですぜ」
「頭って言うな。船長と言え」
アルハイブは怒鳴り返し、体をぐるりと回して島側へ視線を戻す。
手でひさしを作って遠くを見れば、確かに人の姿らしきモノが見え、こちらに向かってきているようだ。
「ちっ、生きて戻って来やがったか」
吐き捨てて、それから両手で頬を叩いて表情を作り直す。
アシュラムの帰還を心から喜んでいる顔に。
何となく、良い気分を邪魔されたような気がして面白くないが、計画を諦める必要などはない。アシュラムらは、目的を達していてもいなくても、遠からずマーモに戻るのだから。
その後で、計画を実行すればいいだけの話だ。
ゆるむ頬を何とか問題ない程度に引き締めて、アルハイブはアシュラムを待ち受ける。
直ぐに、その姿は大きくなって、はっきりと顔まで判別出来る距離になった。アルハイブは海で生きる男である。当然目は良い。
「ん?」
と、アルハイブは首をかしげた。
なんだか、数が減っている。
ひのふのみ。
出かけるときは7人だったが、戻ってくるのは3人しかいない。
「他は──死んだか?」
死んだのだろう。さすがはドラゴンと言う所か。あるいは、何とふがいないドラゴンと言うべきか。
こうなれば、アシュラムらが目的を達成している事を祈ろう、とアルハイブは思った。
アシュラムがドラゴンを倒していれば、ドラゴンの財宝を手に入れる機会も得られるという事。大陸に渡って一山当てるには、金はありすぎて困るという事もない。莫大なドラゴンの財宝が手に入れば、目的達成もより、やりやすくなるのは当然。
さて。
と、アルハイブは両手を組み合わせて、揉む準備をしておく。
こうなったらおだてにおだてて、アシュラムらには気持ちよく「海魔の角」号から離れて貰う算段をするべきである。そのためにへりくだれと言われれば出来うる限りへりくだるし、屈辱にも耐えて見せよう。
全ては、自分の目的の為だ。
アルハイブは、にこやかな表情を浮かべて、アシュラムらの帰還を待ち受けた。