その部屋にいたのは……


 男が一人、入り口に立つベル、サシカイアに背中を向けて、ケツを丸出しにして一心不乱に腰を振っていた。その下には、組み敷かれた女。敵襲があったというのに、大物かも知れない。誉めてやる気にはなれないが。
「げんなりするモノを見てしまったっすよ」
 ベルが言葉どおり、げんなりとした顔になる。
 サシカイアも、その隣で眉をひそめている。
 その声に、男は気が付いたらしい。慌てて入り口の方に振り返る。
「な、何だ、貴様らは?」
「……五月蠅いです」
 サシカイアはアンダースローでダガーを投擲。狙い違わず男の首筋に、若干下方からダガーが突き立つ。
 男はそれ以上言葉を発することなく、突っ伏すように倒れた。即死だ。
「容赦ないっすね」
「……あなたには言われたくないです」
 容赦ないという事では、ベルだって人の事を言えないのだ。
 サシカイアは素っ気なく言い捨てて、部屋の中をぐるりと見回す。どうやら、そう言う目的に使っていた部屋らしい。酷い臭いがする。部屋の中にはひいふうみ、死体以外に素っ裸の男女が三人転がっている。
「……男女?」
「そう言う趣味の奴も居たって事っすね」
 ベルが何でもない事のように頷く。
 確かに、そうした趣味の人間も少なくない事は、サシカイアも理解している。アラニアでの雇い主も、まさしくそうした趣味の持ち主だった。劣情が自分に向けられる心配がなかったので、その時は喜ばしかった覚えがある。──まあ、結局、マサムネに……となってしまったが。
 部屋の中の男女構成は男1に女2、と判断しかけ、間違いに気が付く。男2に女1だ。奥にいるのは顔だけ見れば女だが、どうやら男の様子。何故解ったかと言えば──
「……」
 サシカイアは近くにあった布を取り上げ、それぞれの体の上にかけていく。あんまり見ていて楽しいモノでもない。
「この部屋は後回しにして、残敵掃討続行っすよ」
「……解りました」
 ここにいる者達は脅威になり得ないと判断したらしく、敵を求めて早くも部屋を飛び出していくベル。そのフォローをする為、サシカイアもベルの背中に続く。
 後は、もう問題はなかった。
 敵は散発的に攻撃してくるが、その数はたかが知れている。しかも、罠を仕掛けるほどの頭もなかった様子。単純な戦いになれば、ベルの敵ではなかった。サシカイアは背後で見学しているだけである。援護の必要もない。
 さらに下層に降りると、そこは漕ぎ手達の部屋。先刻の部屋以上にすさまじい臭いがするのは、それだけ、彼らが過酷に扱われていた証明だろう。見れば、全員の足に鎖が結ばれている。
「……ええと、私たちはニッポン王国のモノです」
 サシカイアは鼻を押さえながら、漕ぎ手の男達に声をかける。
 漕ぎ手達は、ぼんやりとした瞳をサシカイアに向けてくる。見事なまでに瞳に力がない。
「ニッポン王国?」
 当たり前の話だが、漕ぎ手達はロードスの現状なんて欠片も知っていない様子で、不思議そうに首をかしげている。
「……とにかく、現在、我々がこの船を制圧中です。後で、あなた達の拘束を解きに来ますから、もう少しだけ辛抱してください」
 サシカイアは言うと、部屋を後にした。後ろ手で扉を閉ざし、大あわてで息を吸い込む。
 本当に臭かったのだ。汗の臭い、それに糞尿の始末すらしていない。最悪の労働環境だ。
 部屋の外も十分に臭いが漏れていて十分に臭いが、流石に外まで息が保たないので、我慢するしかない。
 見ればベルは、あっさりとその部屋を見捨てて、落とし戸らしきモノを開こうとしている。
「よいしょっす」
 言って、扉を開けた瞬間、扉の置くから聞こえてきたのは歌声。
 歌声?
「呪歌です。気を付けて──」
 ぐらりと揺れたベルの体の脇を小柄な影が飛び出してきた。しかし、ベルは完全に倒れ込んだりはせず、抵抗に成功。その小柄な影を盾で一撃。壁とプレスしてしまう。
 サシカイアの叫びは必要なかったようだ。
「ぐえ」
「子供っすか? あれ? あれれ? 何か変な生き物っすよ」
 どうやらとっさに手加減したらしい。壁と盾の間で潰れたりせずに、うめきを上げている生き物を見て、ベルが素っ頓狂な声を上げる。セージ技能がない為、その正体が分からないらしい。
「……グラスランナーです。ロードスでは珍しいですね」
 こちらも抵抗に成功したサシカイアが、ベルの疑問に答える。大陸には結構な数居るらしい、エルフ、ドワーフなんかと同じ妖精種の亜人。刹那的で享楽的。すばしっこくて、生まれながらに盗賊としての資質を持っているという。サシカイアも、目にしたのは初めてだ。
「まあ、どっちにしろ殺してしまえば同じ死体っすね」
「ま、待ってよ、殺さないでよ」
 慌ててグラスランナーが叫ぶ。
「攻撃してきたモノを殺すのは、当然の事っす」
 ベルはにべもない。
 しかし、サシカイアは慌て気味に止めた。
 別にグラスランナーの命に興味はない。ベルの言うように、呪歌で攻撃してきたのだから、殺されても仕方がないと思っている。
 が。
 グラスランナーは盗賊のスキルを持つ。それが重要だ。
 先刻の漕ぎ手の部屋。あそこから漕ぎ手達を解放しようと思えば、戒めている鎖をはずす必要がある。それを誰がするのかと考えたのだ。
 戦闘能力はやたらと高い味方達。しかし、盗賊のスキルを持つモノは、マサムネとサシカイアの二人だけ。そうなれば、誰があの臭い部屋で我慢をしなくてはならないのか。考えなくても解る。
 ならば、こいつは生かしておいた方が良い。
 と言うわけでサシカイアはベルを制すると、代わりにグラスランナーを押さえつけ、手早くロープで拘束していく。
「お姉さんも盗賊なの?」
 流石に盗賊のスキルを持つグラスランナーなだけに、サシカイアの拘束の技が、盗賊のモノだと理解した様子。
「……もと、暗殺者です」
 今は何だろうか。マサムネの専属メイド?、それも嫌だ。しかし、考えても面白い結論は出そうになかったので思考を一時中断する。
「……ですから、下手な事をしない方が良いです。遠慮無く殺しますよ」
「怖いね。解ったよ」
 グラスランナーはおどけ気味に応じる。
 サシカイアはその小さな体をけっ飛ばすように穴に落とす。
 グラスランナーが悲鳴が上げて転がり落ちていく。
「酷い事するっすね。死んだんじゃないっすか?」
「……大丈夫ですよ、アレも盗賊のスキルを持っていますから、この程度で死ぬはずがありませんから」
 下の方から抗議の声が上がるが、サシカイアは無視した。
 代わりにベルが下をのぞき込み、首をかしげた。
「あれ? アレはシャーリー侍祭っすよ」
「……え?」
 その名前には覚えがある。
 確か、ベルがフレイムで非常に気にしていたマイリー神殿関係者の一人。ベルをヴァリスに飛ばした件に関わっていた女性神官の名前だ。
 ベルの横からのぞき込むと、おかしな格好で転がっているグラスランナーの横に、眠っているらしいシャーリー侍祭の姿があった。
 なるほど、先刻の呪歌は子守歌(ララバイ)か。と、サシカイアは理解し、首をかしげる。
 シャーリー侍祭も、マーモに協力していたのだろうか?
 ホッブ司祭は間違いなくマーモに協力していた。これで侍祭も、となれば。
「カシュー王も面目丸つぶれっすね」
 ベルがズバリと口にする。
 勇者に仕える事を喜びとするマイリー神官。フレイムにあるマイリー神殿の司祭と侍祭が揃ってマーモの人間を勇者と認めた、なんて事になれば、フレイム国王カシューの立場がない。カシューは勇者足らず、と言われたようなモノなのだ。
「……とにかく、これでこの船の制圧は完了と見て良いでしょうね。一旦戻りましょうか?」
「そうっすね」
 ベルが頷く。さんざん暴れられて満足、と言う顔だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お姉さん達」
 下から、グラスランナーが声をかけてきた。
「なんすか?」
 サシカイアは無視しても良いと思ったのだが、ベルが律儀に応じてしまった。
「あのさ、お姉さん達はマーモの人じゃないの?」
「マーモの人じゃ無いっすよ。自分はニッポン王国宮廷司祭っすよ」
「そうなの?」
 にっこりと、グラスランナーが笑み崩れる。罪のない笑顔だが、騙されてはならない。彼らは自分たちの容姿が子供のように見える事を良く理解しているのだ。それも、彼らの武器の一つなのだから。
「じゃあ、僕達を助けてよ。僕たちも、マーモに捕まっていたんだ」
「そっちのシャーリー侍祭も仲間っすか?」
「うん、そうなんだ。僕たちは海賊退治に来て、逆に負けちゃったんだ」
「そうっすか」
 ベルは、グラスランナーを見下ろして、冷たく言い捨てた。
「仲間だって言うなら、何でシャーリー侍祭まで眠っているっすか?」
「え? それは、僕一人だけでもとにかく逃げて、助けを呼んでこようと思ったんだよ」
「信用出来ないっす」
「……信用出来ませんね」
 サシカイアもベルの言葉を支持した。
「自分は、仲間を見捨てるような奴は嫌いっすよ。だから、しばらくそこで反省しているといいっすよ」
 そのまま、すたすたと歩き去ろうとする。
 サシカイアも、落とし戸を閉めると、ベルの後に続いた。


 甲板まで戻る必要はなく、マサムネと合流出来た。
 嗅覚が優れていると誉めるべきか、マサムネは件の男女が転がっている部屋の近くにいた。
 そのまま、三人で部屋にはいる。
 入ったマサムネは、即座に顔をしかめた。
「臭いな」
「臭いっすね」
 ベルが同意する。
 マサムネはいそいそと女性の所へ寄って、サシカイアが体にかけた布をめくり上げる。
 この助平は──と、サシカイアは思ったが、マサムネはうんざりした顔で直ぐに布をなおした。
「……襲わないんですか」
「お前が俺をどう思っているかよく分かる発言だな」
「……ロードス1最悪な甚助だと思っています」
「その辺りは今夜にでもたっぷりと話し合う必要があるな」
「……遠慮しておきます」
 素っ気なく言い捨てたサシカイアをじろりと睨み、マサムネは言った。
「何で、こんな他の男の体液まみれの女を襲わなくちゃなんないんだ?」
「……そうじゃなければ、襲ったんですか?」
「何人に回されたから知らないが、これだけやられていれば、後一人や二人、関係ないだろう?」
「……無茶苦茶な意見だと思いますが」
「気にするな」
 マサムネは平然と言う。
「それより、こいつの体を洗ってやれ。あと、ベル、足の治療もしてやれ」
 逃げ出さないように、暴れ出さないように、と言う配慮か、この女性および二人の男性は、足の健を切られていた。まともに歩けなければ、逃げようもないし、暴れようもない。善し悪しを別とすれば、合理的な判断と言うべきか。海賊が良くやる手だと聞いていたが、実際に見たのは初めてだ。
「……男二人は?」
「どうでもいい」
「……そうですか」
 はあ、とため息を零す。
「……じゃあ、せめて重量軽減の魔法をかけてください。どうせ、運ぶのもこっちの仕事なんでしょう?」
「わかった」
 マサムネが素直に応じて、女性に重量軽減の魔法をかける。これで、女性の体重は一時的に軽くなり、サシカイアの筋力でも楽に扱えるようになる。
 その間に、ベルが女性の足に癒しの魔法をかけている。こうした怪我は、怪我自体は即座に完治するが、後遺症が残る。しばしのリハビリで回復出来るモノであるが、神聖魔法の癒しの奇跡と言っても、完璧ではないのだ。
「さて」
 と、マサムネが立ち去ろうとした所で、男の一人が動いた。意識を取り戻したようだ。
「ぐっ……」
 小さく呻いた後、薄く目を開き、こちらに気が付く。
「お前達は?」
 どうやら、マーモと無関係の人間と見たらしい。
「ニッポン王国のマサムネ様と、その部下達だ。喜べ、お前達を助けてやったんだ。涙に泣き濡れて一生感謝しろ」
 男は放っておけといった癖に、こういう事を言う。今更なのでわざわざ追求したりはしないが。
「とにかく、お前ら臭いから、自分たちで何とかしろ。ああ、ベル、足をなおしてやれ。あっちでまだ寝てる、金髪のカマ野郎もだ」
 確かに女性と見まごう顔立ちをしている男だが、カマ野郎は酷すぎる呼び方ではないだろうか、とサシカイアは思ったが、同時に気にするほどの事でもないとスルーする。
「了解っす」
 ベルは素直に頷いて、男の足の治療に走る。戦えた直後なだけに、上機嫌で行動が早くなっている。
「……そう言えば、下で他にも二人見つけました。一人はフレイムで会った事のあるシャーリー侍祭です。もう一人は──」
「その侍祭の方も、体液まみれか?」
「……いえ。どうやら、無事みたいですが」
「それを早く言え」
 どうやら、これから無事でなくなるらしい。
 やれやれ、と見送って、サシカイアは肩をすくめた。