「海魔の角」号、制圧完了。
サシカイアとベルは、一旦外に出て新鮮な空気を満喫してから、漕ぎ手達を解放した。──と言っても、グラスランナーに命じただけだが。
グラスランナーはマールと言う名前らしい。サシカイアらのご機嫌取りにちょこちょこと忙しく動き回っていたが、全員が無視した。マサムネがいれば、鬱陶しいと蹴りの一つも入っていた所である。
そのマサムネは、シャーリー侍祭を引っ張り出してお楽しみの真っ最中。サシカイアらはマサムネのそうした行動に慣れてしまっている為、突っ込みを入れることなく、それぞれ勝手に動いた。
カルーアは、食事の準備。「海魔の角」号が積み込んでいた食材を使って、海岸で火をおこし、大鍋で料理を作る。なんだか、カルーアが料理をしていると、悪い魔女が悪いクスリを作っているようにしか見えないのだが、その辺りももう慣れている。
ベルは、戦って満足状態らしい。にこにこと鼻歌なんぞ歌いながら、解放された漕ぎ手達の様子を見ている。マリーも一緒に
癒しの魔法を使って、面倒を見ている。
解放された漕ぎ手達には、まず体を洗わせた。海水で、だが、この際贅沢は言っていられない。とにかく、この連中は臭いのだ。よれよれと、海に入った漕ぎ手達が体を洗い終わるのを待ってから、カルーアの作った食事を与える。彼らの中には、涙を流して感動する者も居た。確かにカルーアの料理の腕は悪くないのだが、そこまでのモノでもない。つまり、これまでよほど酷い食糧事情だったと言う事だろう。
他の、シャーリー侍祭を除くフレイムの雇った傭兵達も、体を洗わせた後、食事を与える。男二人は比較的元気な様子。二人とも顔立ちが整っているから、この種の出来事は初回というわけではないのだろう。流石に上機嫌とは行かないが、布きれを体に巻き付けて、温かいスープをすすっている。
ただ、残りの一人の女性は、相当に来ている様子。同じく布きれを体に巻き付けたまま、悄然と岩の上に座っている。手には渡したスープの器があるが、ぼんやりと見つめているだけで、食べようとしない。陵辱された事もショックだが、彼女はもう一つ、仲間の一人が死んでしまった事もショックであった様子。誰にも顧みられずに、ゴーレムに殺された戦士。それが彼女の古くからの仲間だったらしい。
「それで、これからどうするの?」
と、そちらは取りあえず置いておくつもりになったのか、マリーが尋ねてくる。
既にマリーは「海魔の角」号の船長アルハイブを尋問し、お宝の隠し場所を聞き出している。名乗っただけでぺらぺらしゃべってくれて、つまらないと言っていた。さすがは、「血まみれ」マリーである。法王ジェナートやヴァリス国王エトをさしおいて、マーモの暗黒神殿ブラックリストのトップに名前が載っているだけの事はある。
「……取りあえず、マサムネ待ちですか?」
「いつまで待てばいいのやら」
マリーが肩をすくめる。その意見はもっともだ。
「……どちらにせよ、漕ぎ手の人たちに休息を与えませんと、使い物になりそうにありませんから」
何で私がマサムネの弁護をしなくちゃならないんだ、と思いながら、サシカイア。
とにかく、漕ぎ手の疲労は大きい。使い潰すつもりであれば、このまま無理させても構わないのだが、それは拙いだろう。一応、ニッポン王国はヴァリスを初めとするロウの陣営の端っこには居るつもりだから。あんまり非道を働くと拙い。
取りあえず、漕ぎ手達にはライデンに付いたら解放する事を約束し、それまでは同じように漕ぎ手を続けて貰うように交渉した。これまで、思い切り虐げられてきた彼らは命令される事に慣れてしまっており、さして問題なく、言う事を聞いてくれた。
「船の掃除もさせたいわね」
同感である。とにかく臭いのだ。この船は。
その辺りも、漕ぎ手に任せる事にしよう。
どちらにせよ、ここで一泊する事になりそうである。
翌日、漕ぎ手達にざっと掃除をさせた後、「海魔の角」号は青竜の島を後にする。
ホッブ司祭も付いてきた。そのせいで、フレイムの雇ったという傭兵達との間に、非常にぎすぎすした空気が満ちるが、サシカイアらは気が付かない振りをした。取りなすつもりも、巻き込まれるつもりもない。
ただ、シャーリー侍祭だけは両者の間を何とか取り持とうと、四苦八苦していたが。
危険な海路も何のその。サシカイアが水の上位精霊を呼び出して船を操作した為、青竜の島近くの暗礁遅滞はあっさりとクリア出来た。
「凄いわね。疲れないの?」
「……これのおかげですね」
サシカイアは、左手薬指の指輪、リンゲージリングを示した。マサムネの精神力を借用出来る。それは、凄く便利だった。これまでも、デタラメな奴だと思っていたが、マジックポイントの高さもデタラメだ。上位精霊を呼び出して行使する、なんて高レベルの魔法を使ったのに、ほとんど疲労がない。
「さすがはお姉様。上位精霊を軽々と操るなんて」
と、ハートマークの目でカミュに迫られたのは勘弁である。
そのまま、問題なくライデン近くの、海賊達の隠れ家に一旦入り、宝を積み込む。
本当に大した量だ。元の持ち主であるアルハイブが、切ない視線になったのも解るだけの量。
「よし、積み込み終わったら、ライデンに向かう。そうしたら、お前達も解放してやるからな」
ようやく元気が出てきたのだろう。昨日まではぐったりして死んだ魚のような目をしていた漕ぎ手達が、マサムネのこの言葉に歓声を上げるまでになっている。
積み込みを終了し、問題なくライデンへ出発しよう、と考えた矢先、見張りに立てておいた漕ぎ手の一人が駆け込んでくる。
誰かがこちらに向かっているという。
誰だろうか、と首をかしげている内に、その誰かは隠れ家に侵入してきた。
「あんた達は」
と、驚きの表情を浮かべたのは、つい先日フレイムで分かれたばかりの自由騎士パーン。その横にはハイエルフのディードリットもいる。更に、顔色の悪い魔術師、マサムネに言わせると骸骨男のスレイン、そしてその妻のマーファの司祭レイリア。更に更に──なんと、フレイム王カシューまで居た。
「何だ、今更来ても遅いぞ、宝は俺がゲットしたからな」
マサムネが胸を張る。お前らには銀貨の一枚だってわけてやらない、と言う態度。
その横を、傭兵娘が駆け抜けていった。
「パーン」
と、自由騎士の名前を呼びながら、その胸に飛び込む。そのまま、しがみついてしゃくり上げ始める。
自由騎士は困った顔をしながら、その背を抱いてやり、その横のディードリットは、何とも言い様のない顔をする。
そしてマサムネはもちろん、不機嫌な顔になった。
「……まあ、あっちは本物の英雄ですからね」
「俺だって英雄だぞ?」
マサムネが不満げに言うが、サシカイアは無視した。
そのまま、情報交換。
カシューらは、とにかくアシュラムを追おうと、あのままライデンに向かい、先行してたスレインらと合流して、この隠れ家に攻め込んだらしい。しかし、先にマサムネ達が海賊を全滅させていた為、無駄足に終わった。そんな所。
「王様が気軽にひょこひょこ出歩いて良いのか?」
「……その言葉は、自分にも返ってきますよ」
王様王様と威張る癖に、あんまり自覚のなさそうなマサムネである。特に、内政をシュリヒテに任せる事が出来る様になってから、その傾向が加速しているように思う。自分で言うとおり、伊達や酔狂で王様をやっているとしか思えない気楽さだ。
次いで、こちらからの状況報告。
アシュラムの野望は潰えた事。それを聞いたパーンは見るからに安堵の表情になった。この人、本当にまじめにロードスの未来を考えている様子。さすがはマジモンの英雄。
その後も色々と情報を交換する。その中で、一つ見落としていた重要な問題があった事が判明。男二人の内の一人、マサムネ言う所のカマ野郎じゃない方の男が、ライデン盗賊ギルドの頭であったらしい。これは大失敗だ。知っていれば、いかようにも始末出来たのに、こうなってしまえばそう言うわけにはいかない。
「今からでも殺すか?」
「……フレイムを完璧に敵に回しますよ?」
青竜の島で始末していれば、不幸な事故、あるいはマーモのせいに出来たが、今となってはそれもなしえない。残念だが、殺害は諦めるしかない。
「しょうがないな。じゃあ、ライデンの盗賊ギルドの頭は、マーモにカマを掘られたって噂をばらまくか?」
「……情報操作は盗賊ギルドの十八番ですよ。上手く行かないと思いますが」
他の土地ではともかく、ライデンではやっぱりライデン盗賊ギルドの力が強い。噂を流すのも、広めるのも難しいだろう。
「くそっ」
マサムネは面白くなさそうな顔をする。
「……今回は諦めるしかないですね」
「ずいぶん物わかりの良い態度だな」
「……我が儘言っても仕方ないじゃないですか」
サシカイアだって、正直面白くない。マサムネと同程度には、先のライデン盗賊ギルド長との付き合いがあったのだ。仇を取れるのであれば、取っておきたかったというのはサシカイアの本心である。
「どうせだから、カシューごと始末するか?」
「……極論ですね。残念ですが、それもやめておいた方が良いです」
マサムネや仲間の戦闘能力であれば、それも十分可能だろうと、サシカイアは見ている。しかし、あの魔法使いとマーファ司祭の夫婦がやばい。あの二人は、拙いとなれば瞬間移動で逃げる事が出来るのだ。そして、逃がしてしまった場合のリスクは大きすぎる。
また、もし彼らを全滅させたとしても、他の目撃者もいる。仲間は信頼出来る。人間性はともかく、同じ仲間であるから、余計な事は言わないだろう。だが、漕ぎ手達にそこまでの忠誠を期待出来るはずもない。こちらまで全滅させるのは、流石にちょっと躊躇われてしまう。
とにかく、今回、ライデンギルド長、フォースと言う名前らしい──は、命拾いをしたと言う事である。
後、問題になったのはダークエルフのアスタールと、カシューを裏切ったホッブ司祭の始末である。
ダークエルフのアスタールは、カミュの願いもあって、マサムネが身柄を引き受ける事になった。
「ストーカー野郎に気遣ってどうするんだ?」
「しょうがないでしょ。私も正直、見捨ててしまった方が良いかも、って思うけど、世話になったのは確かだし──」
「下心満載でな」
「うっ、茶化さないでよ。決意が揺らぐじゃない」
カミュはマサムネに文句を言って、続けた。
「それに、お兄ちゃんはアレでも、お父ちゃんの大事な右腕なのよ。一族有数の精霊魔法の使い手だし。私としては、一族の戦力低下は嬉しくないの」
「……そう言えば、カミュのお父ちゃんというのは、何物なんですか?」
「あれ? お姉様に話してなかったっけ?」
「……聞いてません」
そうだっけ、と首をかしげながら、カミュは教えてくれた。
「私のお父ちゃんは、ダークエルフの族長やってます」
「……はい?」
「族長のルゼーブ。それがお父ちゃん」
「なるほどそれで、結構強力なモンスターをぽんぽん貸してくれたのか?」
マサムネは平然としている。
「……良いんですかね、これ」
サシカイアは首をかしげて、マリーらに尋ねてみた。
「良いんじゃないの? マサムネに常識云々を言っても始まらないし。カミュも、私たちの仲間である事は確かなんだから」
「裏切ったら、戦うだけっすよ」
「カミュちーは、裏切らないですよ〜」
良いらしい。
なんだか自分だけまじめに考えるのも損なような気もしたので、サシカイアはそれ以上の思考を止めた。
その横では、ホッブの処遇について、カシューらが話し合っていた。
もちろん、カシューは面白くない人間の筆頭であるから、厳罰を持って望もうとしていた。
しかし、それをシャーリー侍祭を先頭に、パーン、スレインと言った人間達が取りなす。
「……やられちゃったと言うのに、ずいぶんとお優しい事ですね」
何故、シャーリーが助命を懇願するのか解らない。サシカイアは首をかしげた。
「いや、初物だったぞ」
「……え?」
サシカイアは首をかしげた。
マリーの尋問を受けたアルハイブは、こっちが尋ねても居ない事までぺらぺらしゃべってくれた。その中には、ホッブ司祭が率先して、捕虜の陵辱を始めたという話もあった。誰よりも先に、部下であったシャーリーを自室に引っ張り込んで、お楽しみだったという話だが。
「……我々はアルハイブに騙されたという事ですか?」
「いや、部屋に連れ込んだのは確からしいぞ、シャーリーちゃんもそう言っていた」
「……じゃあ」
「その後は、宗教談義をしたらしい」
「……はいぃ?」
「これだから、宗教家はよく分からない」
「……まあ、世の中にはヤる事しか考えていない人間も居ますからね」
「お前とはじっくり話し合う必要があるな」
「……遠慮しておきます」
そんなやりとりをしている内に、ホッブの処遇はカシューが譲る形で付いた。
ホッブは、このままパーンの旅に同道して、再び信仰について見つめ直すとの事。
そして、シャーリー侍祭はフレイムのマイリー神殿をまとめる役に付く事が決定したらしい。
「うちに欲しいが」
と、マサムネが呟いたが、シャーリー侍祭はその視線から逃れるみたいにして、カシュー王の後ろに隠れてしまった。
「や〜い、嫌われた」
「五月蠅い、アレは照れて居るんだ」
カミュがからかい、マサムネは不機嫌に言い返す。そのまま、子供の喧嘩みたいなやりとりを始めてしまった。
とにかく、これでシューティングスターの目覚めから始まった支配の王錫を巡る事件は、決着した。