ニッポン王国は、娼館を経営している。


 ニッポン王国国王マサムネは、女好きだと知られている。
 だが、娼館を経営している理由の全てが、助平なモノばかりではない。
 あくまでも、これは兵士の福利厚生施設の一つなのだ。
 一応は光の陣営の隅っこの方に、こそっと存在しているつもりのニッポン王国である。であるならば、兵士の民間人に対する暴行沙汰は控えなければならない。そうでなくとも、カノンを占領統治しようとしているニッポン王国。マーモの圧政から解放する、その事で支持を得ているのに、開放した街で暴行を繰り返していたらマーモと同じ、意味がない。だから、とにかく兵士にはお行儀良くして貰わねばならない。
 しかし、それがなかなか難しい事なのだ。
 戦争なんてモノは、希に正義の、なんて冠を付けて飾る連中もいるが、例外なく狂気に満ちあふれた代物である。殺し合いなのだ。凄惨な、血で血を洗う代物なのだ。まっとうな神経では、なかなかやってられる事ではない。戦いに於いて、理性よりも、狂気や獣性が必要で正義よりも勝利が必要だ。極言してしまえば、戦争は勝った者が正しい。敗者の語る正義などは負け惜しみと大差ない。どんな手段を使ってもとにかく勝つ事。それが必要。
 そうした興奮状態で戦いを繰り広げ、街を開放。これで終わりのはずなのだが。なかなか上手く終了とならない。
 興奮しきった兵士達は、その興奮のはけ口を、解放したばかりの街の住人に求めたりする例も少なくない。と言うか、結構頻繁に起こる。落城した城で行われるのは暴行と虐殺。そんな例は枚挙に暇無いのだ。日常茶飯事と言える。
 お上品なはずの騎士団だってそうだ。ならば、元々野放図で品性に乏しい傭兵団では?
 そしてニッポン王国の兵士達は、ほとんどがつい先日まで元傭兵。一応上品に振る舞うように教育してはいるが、戦いになって興奮すれば、即座にメッキがはがれて地金が現れてしまう。
 困った事に、傭兵にとっては街での暴行は、当然の権利、恩賞の一部だと考えている連中すら居る。
 そうした連中にただ頭ごなしで禁じるだけでは、なかなか上手く行かない。
 罰則を強化して禁じるのは当然。しかし鞭ばかりでは不満が溜まる。
 飴の用意も必要──と言うわけで、国営の娼館である。
 戦争の時はきちんと従軍慰安婦を連れて行くし、平時には安価で利用出来る娼館を用意しておく。まじめに兵隊をやっていれば、通常よりも格段に安価に女を抱く事が出来る。
 その様にして、とにかく常日頃から溜めさせないようにと、気を遣っているのだ。
 ……それでも、暴行事件が完全になくなる事はないあたり、男という生き物の救いの無さを示しているかも知れない。
 とにかく。
 決して、マサムネの助平心だけが理由ではないのだ。
 無いはずなのだ。


 なのだが。
 サシカイアは、死んだ魚の様な虚ろな視線をさまよわせながら、湯船に浸かっていた。
 湯船には、何かの香料が垂らされている様子。鼻孔の奥をくすぐる臭いは、本来は緊張を解き、とても心地良いものだろう。水も綺麗に澄んでいて、湯加減も最高。本来なら、このままゆっくり浸かっていたいと心から思う所だろう。
 背後からマサムネに抱きしめられていなければ。
 ここは、国営娼館の一室。国王マサムネ専用の特別室である。
 特別室、なだけあって、他の部屋よりも広く豪華に作られている。あるいは複数対応か。部屋の扉には魔法の鍵がかかるようになっており、入室の為の合い言葉は「らぶらぶ」。なんでも、マサムネの尊敬する人物に倣ったとの話だが、あんまりセンスがある様には思えない。扉の向こうには控えの間があり、そこには護衛の者──盗賊ギルドから派遣された女性でみんなメイドの格好をしている──が守りについている。たまに──否頻繁に、その護衛も部屋の中に引きずり込まれたりしているらしい。
 部屋の中には大きな湯船が一つ。そして広い洗い場。更には大きなベッド。洗い場には先刻まで使用していた巨大なマットが敷かれており、本職の娼婦が後始末をしている。
「……と言うか、私は何故ここで、何をしているのでしょうか?」
 虚ろな声でサシカイアは呟いた。
 国営の娼館は、あくまでも兵士の為の福利厚生施設のはずである。
 あるというのに、一番利用しているのはやっぱりマサムネだったりする。わざわざこんな特別室を作らせて、暇さえあれば利用している。いや、暇でなくとも。しかも王様だから無料で。
 今日も今日とて、最近お気に入りの娼婦──お店のナンバー1──を呼び寄せて、昼間っからお楽しみである。
 そこへマサムネに報告があって来てみれば、裸に剥かれて湯船に投げ込まれ、その後は背後から抱きしめられて湯に浸かっている。確かに軽率だったかも知れないとも思うが、時間的に一戦やらかした後だったはずだし、部屋の外から報告してとっとと帰る予定だったのだ。
 それが……
「……だいたい、何でこんなに広い湯船なのに、くっつくんですか? 鬱陶しいです、離れてください」
 湯船はサシカイアの言葉通りに広かった。無駄なまでに。10人以上が同時に苦労なく浸かる事が出来そうな、大衆浴場のそれ並みの広さだ。
 その広い湯船の隅っこに、二人してぴったりくっついて湯に浸かっている。せっかくのスペースが、ものすごく無駄になっている。
「俺って結局は兎小屋の日本人なんだよなあ。あんまり広いと、却って落ち着かないかも知れない」
 王様王様威張っているマサムネだが、生活は結構質素だったりする。女性関係以外。
「……だからって、私を抱きしめている理由にならないでしょう?」
「こうやってべったりくっついて湯船にはいるのも、またアリだろう?」
「……なしです。そんなもの、何処にもなしです」
「照れるなよ」
「……照れてません、本心からです」
 がやがやわいわいぎゃーすぎゃーす。
 そんなマサムネ、サシカイアの様子を見て、せっせとマットの片付けをしていた本職の娼婦のお姉さんがくすりと笑みを零した。
「お噂通り、仲がよろしいですね」
「どこが?」
 間髪入れず、サシカイアは返していた。
「おう、らぶらぶだぞ」
 マサムネの方は、ますますサシカイアを抱きしめて応じる。
「……む〜〜〜」
 ぶくぶくぶく、と口元を湯に沈ませて、サシカイアは唸った。
 傍目には、仲良く見えるのか。やばい、ショックだ。と言うか、自分はギアスで強要されているのだが。
 ぶちぶちと口の中で呟くサシカイアだったが、気を取り直すと、ここに来た理由に話を戻すことにする。このままでは、いつまでたっても話が進まないし。
「……盗賊──否、密偵ギルド経由で入った情報ですが」
 一応、盗賊ギルドでは外聞が悪いと密偵ギルドと改名している。油断すると、すぐに盗賊ギルドと言ってしまうが。
「お。急にまじめな顔になったな」
「……まじめな話ですから」
 サシカイアは素っ気なく言って続ける。
「……話を戻します。──情報に寄りますと、モス公国の内乱が、どうやら決着が付いたようです」
「ヴェノンの勝ちか?」
 モス公国は少々変わった国である。モス地方の王国(魔神戦争以前はほとんど都市国家)、その連合がモス公国である。普通は、王国の方が公国の上に来る。それが逆になっているのは、連合の緩やかさを示していると言って良いだろう。外敵には協力して当たるが、それ以外の場面では、はっきり言ってしまえば敵国。そうした関係なのだ。だから、内乱が起こる事は珍しい話ではない。
 そのモス公国ではヴェノン王国とハイランド王国の間で戦争が行われていた。元々は、ヴェノンがモス公国公王を討ち、モスの支配者は自分たちだとぶちあげた事から、この戦乱は始まっている。このヴェノンの動きにハイランドが対抗して軍を進め、両者の間では延々と戦いが繰り広げられた。
 この戦い、当初の予想では、ハイランドの圧勝とされた。
 何しろ、ハイランドには竜騎士という、ほとんど反則に近い騎士が存在するのだ。竜騎士──即ち、ドラゴンライダー。ドラゴンに騎乗した騎士達。総勢12名とごく少数だが、それでも充分だった。何しろ、ドラゴンだ。例えドラゴンでも最弱、モンスターレベル5,6程度、幼竜、インファントドラゴンから最下級のレッサードラゴン程度であるとは言え、それでもやっぱりドラゴンである。空を飛べて炎を吐く。十分だ。
 また、数が少なくとも、頭上を自由に飛び回って攻撃して来るという竜騎士が相手にいて、まともに戦いが出来るはずもない。対抗手段がほとんど無く、制空権を文字通り独占されてしまうのだ。
 ハイランド圧勝。誰もがそう考えた。
 しかし、戦いは予想外にヴェノンの優勢で進んでいた。
 もともと、戦争を始めたのはヴェノンである。ただの勢いや何も考えずに始めたわけではなかったと言う事。
 ヴェノンには、ファイアージャイアントという隠し球があったのだ。
 ヴェノンが何処でそれを手に入れたかは解らない。しかし、Fジャイアントは、ドラゴンの天敵、とまで言えそうな働きを見せた。ファイアーと冠するだけあって、竜の炎を無効化し、肉弾戦ではドラゴンを圧倒。そうでなくとも、乗り手の竜騎士はドラゴンよりも圧倒的に貧弱で、両者の肉弾戦になった瞬間に挽肉に化してしまう。
 一匹、また一匹とFジャイアントはハイランドの竜騎士を屠りまくって行った。最新の情報では、竜騎士の数は僅かに4騎まで減っていたという話。それがゼロになるのも時間の問題だろうと考えられていた。
 のだが。
「……いえ、ハイランドがFジャイアントを屠る事に成功し、完全に盛り返しました。Fジャイアントがいなくなれば、数を2騎にまで減じたとは言え、竜騎士の強さは圧倒的ですから」
「Fジャイアントは、確かモンスターレベルは11だったよな。それを倒す人材が、モスにいたのか?」
 ジェスターはくたばりかけているという話だったし……と呟くマサムネ。
 ジェスターとはハイランド王国の王様だ。彼が王位継承者でなければ、もっとも深き迷宮への探索に参加し、魔神王を倒した6英雄は7英雄になっていただろうと言われているほどの傑物であるらしい。しかし、最近は竜騎士の宿命とも言える病、竜熱にかかっていて、体がろくに動かず、ベッドから出る事もかなわないという。マサムネの言うように、死がすぐ身近にあるのだ。とても、戦える状態ではない。
「……レドリック王子の働きによるようです」
「そんなに強いのか?」
「……いえ、そんなには強くありません」
 きっぱりと、サシカイアは答えた。
 報告では、レドリックはLv7ファイター。世間一般のレベルで見れば十分に強いが、Fジャイアントに比べれば全然弱いのだ。
「……古代魔法王国の危機管理に助けられた格好みたいです」
 と、サシカイアは説明する。
 どうやら、Fジャイアントはモス地方の遺跡から発見されたものらしい。そして、その遺跡には、いざというときにFジャイアントを止める為の安全装置も用意されていたらしい。それを手に入れる事の出来なかったヴェノンは、遺跡を封鎖、守備隊を駐留させる事で他者の手にその安全装置が渡る事を避けようとしていたが、自ら出馬、潜入したレドリックに奪われ、結果、Fジャイアントは倒されてしまったらしい。
「しかし、古代王国の連中は用心深い事だな」
 マサムネが感心半分で呟く。
 古代王国の遺跡では、何らかの強力な力のそばに、それに対抗する為のアイテムが準備されている例が多々ある。例えば、魔神王は、魔神王を倒す為の剣──ソウルクラッシュを持っていたし、マサムネが風の精霊王を封じていた砂塵の塔で手に入れた魔法剣には、精霊王を殺す為の魔力が込められている事がカルーアの調べで判明している。
「……用心深いのはよい事です」
「それでも、滅びちゃいましたけどね」
 と、口を挟んできたのは娼婦のお姉さんである。
「人生って、なかなかままならないモノですよね」
「……いや、全くです」
 サシカイアは素直に頷いた。自分の人生は、何処でどう間違ったのか、ロクでもない事になってしまっている。
 多分、この娼婦のお姉さんも、こんな仕事をしているくらいである。きっと、ままならない人生を歩んできたに違いないのだ。
 と、それかけた考えを元に戻す。報告はまだあった。
「……あ、それと、どうやらレドリック王子に協力者がいて、それが、例の自由騎士パーンさんだったらしいです」
「誰だ。それ」
 この反応、素である。サシカイアはぐったりと疲れを感じた。ようよう口を開いて、マサムネにわかりやすい注釈を付けてやる。
「…………ディードリッドさんの彼氏です」
「ああ、あの馬鹿正直で世渡りの苦手そうな奴か。って、誰がディードちゃんの彼氏だって? お父さんは認めませんよ!」
「……誰がお父さんですか」
 はあ、とサシカイアは心の底からため息を零した。
「……とにかくそれでパーンさんの名声は、更に上がったみたいです。ジャイアントスレイヤーは、結構な名誉ですからね」
「俺は、ドラゴンスレイヤー……じゃなくて、テイマーか。とにかく、ドラゴンテイマーでもっと偉いぞ」
「……はいはい」
「すげえ投げやりだな、おい」
「……私も一応、ドラゴンテイマーですよ」
 戦士に名誉は独占されがちだが、サシカイアだってその戦いには参加しているのだ。だから、決して強弁ではない。参加以上であるとはあんまり言えない辺りが悲しいが、少なくとも弾を散らす役に位はたっていたはずだ。それに、シューは無理でも、エイブラには話が通じそうだ。交渉次第では言う事を聞いてくれるかも知れないし。
「……とにかく、今一番民衆に受けている英雄が、パーンさんである事には違いないです。何処の国にも与せず、民衆の為に戦う勇者。自由騎士パーン」
「って、結局はカシューの犬だろ?」
 マサムネの、身も蓋もない表現。しかし、これはマサムネがひねくれているからと言うだけの感想ではない。そうした見方も、マーモ帝国を中心に、存在しているのも確かだ。
「……とは言え、英雄視する者の方が多いのが現状ですよ。特に、光の陣営では」
「イメージの問題でしょうね」
「……あるいは、フレイム王国がコントロールして噂を流している可能性もあります」
 サシカイアは、カシューの顔を思い浮かべる。あのやり手の王様は、そのくらいはやるかも知れない。吟遊詩人などを使ったイメージ戦略はマサムネの十八番かも知れない。が、他の者にだって出来るのだ。そしてカシューの立場ならば、十分に出来る。ライデンギルドはまだまだごたついているようだが、ブレードの街にだって盗賊ギルドはあるのだから。
「しかし、何でカシューが新しい英雄作りに励む? 俺の対抗馬にするつもりか?」
 マサムネのこの言葉は、自意識過剰というわけではない。実際、マサムネの名声もそれなりにある。そして、カシューにとってマサムネは潜在的な敵。マサムネが名声を独占するのを嫌い、早いウチに対抗存在を作り出しておこうという考えは理解出来る。
 しかし。
「……かも知れません。──が、他の理由もある様子です。まだこれは未確認の噂にしか過ぎませんが」
 と、サシカイアは前置きして続けた。
「……カシュー王は、パーンさんをアラニア国王にしたがっているみたいです」