アラニア王パーンの可能性。


「十分に目がありますね」
 と、頷いたのは娼婦のお姉さん。それから、失礼しますね、と言いながら湯船に入ってくる。どうやら、マットの始末は終わった様子。自然な動作でマサムネの横にぴったりとくっつく。
 体の凹凸をさりげなく押しつけられて、マサムネの鼻の下がのびるのびる。
 比例してサシカイアの視線の温度が下がる下がる。
 くすりとかすかに笑みを浮かべて、お姉さんは自然な動作でマサムネから距離を取る。そして、言った。
「元々、自由騎士パーンと言えば、北の勇者、ザクソンの英雄として名前を売っていますからね」
 ザクソンはアラニア北部の村の名前。いや、最近では難民を大幅に受け入れて人口を増やし、町と言っていいレベルに成長している。……成長率、並びに規模では旧ラバダンの街、現ヒノマルの街にはかなわないが、それでも大した成長である。
 そのザクソンの街であるが、現在、アラニア政府に反旗を翻している。と言うか、サボタージュか。
 ラスター公とアスモン伯に分かれ、次期王位を争っているアラニアである。そして、とかく戦争は金がかかる。何しろ、戦争は何も生産しない。ただ、破壊だけ。結果、税は上がる。更に、街や村や畑を焼き、働き手の男を兵士として奪っていく。そのくせ、何も還元してくれない。それが戦争。
 そんな状況に、ザクソンの住民がついに切れた格好だ。住民は税の支払いを拒否。徴兵も拒否。そしてついにはアラニアからの独立自治を宣言した。
 ザクソンの位置も良かった。ラスター公の本拠地はアランの街、アスモン伯の本拠地ノービス。その両者から適度に離れた位置にあった。戦争状態にある両者は、ザクソン鎮圧の為の大軍を派遣する余裕がない。更に、ザクソンの奥、北にはマーファ本神殿があり、元々支配には否定的なこの神様の神官達が合流、協力をしてくれた。更に、北のドワーフ族までが、マーファ神殿との友好から戦士を派遣してくれる事になった。これで、結構な戦力になる。そうなれば、利にさとい港町ビルニの商人達も資金援助をしてくれるようになり──と、現在ではアラニア第三勢力と言っても差し支えない規模になっている。
 そのザクソンの中心人物が、北の勇者こと、自由騎士パーンである。
「……厳密には、魔術師のスレインさんが中心人物みたいですけどね」
 あの純朴そうな騎士に、駆け引きは難しいだろう。マーファ神殿の協力、北のドワーフ族の協力、ビルニの商人の協力。そう言ったモノを取り付けたのは、あの顔色の悪い魔術師の仕業で間違いない。
「でもまあ、人は戦士に英雄を求めますからね」
 娼婦のお姉さんの言うとおり、勇者、英雄と言えば戦士を差す。
 これは過去、魔法王国の支配を受けていた事に対する民衆のアレルギーのようなモノである。魔術師は未だに恐れられているのだ。
「それに、自由騎士パーンは、今となれば全国区の英雄ですからね。英雄戦争におけるヴァリスでの活躍。フレイムの精霊戦争の活躍。そこへ、モスでの巨人殺しの名声。求心力の中心としては、充分でしょう」
「俺の方がよっぽど英雄だし凄いぞ。だいたい、フレイムの精霊戦争で本当に活躍したのは俺だ」
 と、娼婦のお姉さんがパーンを誉めるのを聞いて、マサムネが不機嫌になる。しかし、ちょっとおだてられるとすぐに機嫌を直す。
 男って、馬鹿だ。
 サシカイアは確信しつつ、娼婦のお姉さんを見る。
「既に素地は十分に整っています。こちらは、完璧に「民に望まれて王位につく」って言うスタイルで即位出来そうですね」
 それは、マサムネ達が当初望み、レオナー王子の存在故に諦めたやり方だ。いや、レオナー王子が生存しているかどうかはまだ未知数だが、その可能性を考慮したと言うべきか。
「そして、ひとたび立てば、フレイムの援助を受けて──そうなれば、ぐだぐだな旧アラニア両軍を下す事は余裕でしょうね」
「……かくして、カシュー王はアラニアを背後から支配する、と」
 言いながら、サシカイアは、娼婦のお姉さんを伺う。
 この的確と言える状況判断、何者だいったい。
「人気ナンバー1ってのは、顔だけでなれるモノじゃないぞ」
 そこで、マサムネが口を挟んでくる。
 サシカイアの疑問を正確に読んだ様子。
「スタイル、テクニックはもちろん、性格や知識──そう言ったモノも、必要になるんだ」
 盗賊ギルドに育てられたサシカイアは、当然そんな事は知っている。サシカイアも娼婦として売られる可能性もあったのだから。師匠に拾われなければ、多分そうなっていただろう。
 サシカイアは、改めて、娼婦のお姉さんを見直す。
 長いブルネットの髪。瞳の色も同色。年の頃は20代前半か。その割に、落ち着いたしっとりとした物腰。立ち居振る舞いはきちんと礼儀作法の訓練を受けたように見えるし、教養もありそう。──それも、娼婦にするに当たっての、盗賊ギルドによるものではない様子。当たり前に教育を受け、当たり前に礼儀作法を習う。そうした環境で育ったモノ特有の自然さが見える。
 没落貴族の娘か?
 阿婆擦れ──そんな娼婦の一般的なイメージとは、このお姉さんは対極にある。まあ、そんなイメージ通りの娼婦など、最下級の連中だけだったりする。高級娼婦となれば、上品なのはもちろん、そこいらの連中など問題にならないほどの教養を持っていて当たり前なのだ。
「……でも、結局は顔なんですよね」
「それも否定しない」
 先刻のマサムネの言葉が真理であれば、身も蓋もないがサシカイアの言葉も真理である。ブスで性格がよい娼婦と、美人で性格の良い娼婦では、どちらを選ぶか。そう言う、単純な問題。
「……まあ、それはともかく」
 サシカイアはそれかけた話を戻す。
 国営の娼館で働いている人間は、当然の事ながらヒノマル盗賊ギルドの調査を受けて、問題ないとされた人物だ。機密の漏洩とか、そうした心配はあまりしなくても良いだろう。娼婦としての手管だけではなく、そうした方面でもしっかり、教育されているのだ。どのみち、ここでするのは世間話程度のモノであることだし、このお姉さんの意見を聞いてみるのも面白いかも知れない。
「……こちらとしてはどうしますか?」
「何も」
 マサムネは首を振った。
「っていうか、お前、解ってて聞いているだろう? 優先順位ってモノがあるだろうが」
「……理解しているようで、安心しました」
 ニッポン王国の当面の目標は、カノンの解放──そして再占領である。
「だが、アラニアの動乱が落ち着くとなると、ペースを上げる必要があるな」
 国王パーンの元でアラニア再統一がなれば、背後に敵を抱える事になるかも知れない。カシューはマサムネを危険視している。その危険なマサムネがカノンを占領する事を、ただ黙ってみているとは思えない。
「……今日明日の事ではありませんが、確かに」
 サシカイアは頷く。
「……でも、無理して強行して、大きな被害を出すのは論外ですし」
 ニッポン王国の支配地域は、カノンの東半分近くに及んでいる。つい先だってはフランページの街を落とし、旧カノン王国首都カノン、港町ルードを望める位置にまで到達している。──が、ここで街道がカノンへ向かう道、ルードへ向かう道と分かれた事、そして、流石にアダンへ続く補給線でもあるカノン、ルードの守備隊がこれまでの比ではない事から、流石に攻めあぐねて、現在は地道な地下活動を繰り広げている所だ。マーモの支配には不満が溜まっているから、そうした住民をまとめて反抗運動をさせ、地下組織を作り、援助をし──と言った地道な活動を、主に盗賊ギルドあたりが進めている。出来れば、そう言った仕込みが十分に出来てから攻めたい所だが、アラニアの様子如何によっては、強行する必要もあるかも知れない。
「隕石落としたり、精霊王を呼んで壊滅させる、ってだけなら簡単なんだがなあ」
 当然、マーモ帝国は防衛の為に街に籠もるであろうから、この方法も駄目。解放軍であるニッポン王国軍は、住民にも被害を出すような攻撃は御法度である。
「……最近、ヴァリスの方でアダン解放の為の準備が進められている様子ですから、その時がチャンスかも知れませんね」
「まだ、早いと思うが?」
「……ですが、現実に武器や防具、そして食料が結構な勢いで揃えられていますし、各地の聖騎士にロイド招集がかけられています。小規模ながら、傭兵の募集も始まりました。様々な情報が、ヴァリスが決戦の準備を整えている事を示しています」
 思い立ったら吉日。とばかりに即座に戦争を始める事は出来ない。様々な準備が必要になってくるのだ。その準備を見て、戦争が近いとか予想をする事は可能である。
 ちなみにこの辺りの情報は、密偵ギルドはもちろん、トリスからも入っている。武器や防具、そして食料と言ったモノは商品であり、それ故に商人、トリスの情報網にも引っかかったのだ。
「多分、エト国王はせっつかれて仕方なく、ってところじゃないですか? あの方は、ヴァリスの前例を無視し、神官から国王になっていますから、騎士団受けが非常に悪いですし。どっちかって言うと、自由騎士もとい、聖騎士パーンをこそ国王に、って意見も少なからずありますから」
 アラニア国王にヴァリス国王にと、自由騎士パーンも大人気である。
 マサムネが面白くなさそうにぶすっくれた。俺だって英雄だし、パーンよりも強いのに、そう言う話は一個もない。確かにニッポン王国国王だが、それは自ら進んで得た地位である。他者に望まれてと言うわけではない。それが、面白くないのだろう。
「陛下は、他の人よりも桁違いにスケールの大きな人物ですから。凡人にはなかなか解らないのですよ」
「そうか?」
「そうですよ」
「そうか、やっぱりな」
 とマサムネは胸を張って笑う。
 やっぱり男って、馬鹿?
 と、なんだか力の抜けたサシカイアと娼婦のお姉さんの視線が合う。お姉さんは、マサムネに気が付かれないようにぺろりと小さく舌を出す。
「……とにかく、ヴァリスの方はそんな感じで」
「しかし、無理があるだろう。今のヴァリスの力じゃあ、マーモとまともに戦えるとも思えないぞ」
 あるいは、ヴァリス滅亡も近いか? そうなると、またこっちにも色々と迷惑がかかってきそうで、面倒くさいが、とマサムネ。
 何しろ、マーモの当面の敵はヴァリス、そうした隙をついて、マーモの領土を奪ってきたのがニッポン王国である。ヴァリスがマーモに占領されてしまえば、当然マーモの正面の敵はニッポン王国になるだろう。そうなると、色々大変なのは目に見えている。
「……マーモの方も、政変があって、色々ごたついているようです」
「政変?」
「……評議会メンバーの一人、暗黒騎士団長アシュラム卿の失脚です」
「ああ、あいつな」
 流石に、直接対決したのはつい先日の事でもあり、覚えているようである。
「……それが、失脚の直接原因みたいですね。マーモの情報はなかなか集めにくくてアレなんですけど、多分、十中八、九で」
 マーモ島に渡っての情報収集は、ヒノマルの街の密偵ギルドをしても難しいのだ。さすがは呪われた島の中でも一番に呪われている島である。
「……で、後を継いで暗黒騎士団長に、そして評議会に名を連ねる事になった人物がジアドと言う人で。これがまた」
「何か問題があるのか?」
「……脳みそオーガ、そんな感じの人らしいです。体の方もオーガで、戦闘能力は結構あるみたいですが、騎士団トップになるのはちょっとって、人物みたいです。うちとしては都合が良いんですが、何と言うか、人ごとながらマーモの将来が心配になりますよ」
「評議会の足の引っ張り合いもそこまで行くと、末期だな。マーモも長くねえ」
「……そうですね。──とまあ、そんなわけで、ヴァリスの行動も、一概に無謀とは言えなくなっているんですよ。情報室や作戦部の判断では、状況は五分。どう転んでもおかしくない、との事です」
「50パーセントって、思考放棄、責任放棄に感じるのは俺だけか?」
「……昼日中から娼館にいりびったっている王様並に、そうかもしれません」
 ちくりと、鯖目でマサムネを見ながらサシカイア。
「それに付き合っているメイドもな」
「……私は無理矢理付き合わされているのですが」
 にらみ合う二人を、仲良く、仲良くと、娼婦のお姉さんが仲裁した。