リポート02,ダンジョン・アンド・ドラゴンズ!
「はあ!」
石畳の通路に響き渡る気合いの声と共に、振り下ろした霊波刀が、真っ向唐竹割に正面の敵を切り伏せる。
「次でござる!」
犬飼シロは、崩れる敵には最早構わず、鋭く視線を横にいた敵に向ける。
敵。
それは、白骨の怪物。いわゆるスケルトンと言う奴だ。片手には所々が錆び、歯の欠けた蛮刀。もう片手には、丸い円形の盾。体には、昔、生前の頃にはぴったりとしていただろうが、今では肉がないためにぶかぶかとなった鎧を身につけている。
白骨化しているせいかどうかは解らないが、動きはさほど早い訳ではない。一対一ならば、十分に対処できる相手だ。
しかし、数が多い。嫌になるほどに。
だが、一度精神的に戦闘状態に入ったシロは、有利不利などは考えない。わき目もふらずに敵を倒し続ける。
シロは人狼族の娘である。見た目、お尻に生えた尻尾以外は、人の娘と変わらない。しかし、細身の体ながら、筋肉その他の質が違うため、人を凌駕する速度、そして力で、スケルトンを屠り続けていく。
「このこの! 来るな来るな!」
そのシロと体を並べて、横島忠夫も戦っている。
流れるような動きで敵を倒すシロに比べて、こちらの戦い方はいささか情けない。「どひ〜!」だの「うひゃ〜!」だの悲鳴を零しながら、両手両足をむやみに振り回し、まるでだだっ子が暴れているような格好だ。洗練という言葉と、対極にある戦い方。しかし、シロと同じくその右手から延びた霊波刀は、不思議と的確に敵を捉え、同じくいくつもの白骨の山を築き上げていく。
「横島、シロ、避けて!」
その背後、一歩引いたところで戦況を見守っていたタマモが、鋭く声をかける。
横島、シロは、その声を受けて、素早く左右に分かれる。
それを確認する暇も惜しいとばかりに、タマモは口元に指先を当てると、鋭く呼気を吐き出した。
吐き出した息は、灼熱の炎となる。狐火だ。
シロの正体が人狼ならば、タマモの方は妖弧。しかも、由緒正しい金毛白面九尾の狐である。今でこそ転生して、かつての力と記憶の大半を失っているとは言え、歴史上の大物妖怪である。
炎が、きわどく避けたシロと横島の間を抜けて、スケルトンの一軍を飲み干す。
そして、炎が消えた後には、スケルトンは全身を黒々と焦げ付かせていた。幾つかはそのまま崩れ落ち、残ったモノも、明らかに動きがおかしくなっている。
「ナイスでござる、タマモ」
数が減った上に動きまでおかしいとなれば、シロの敵ではない。乱暴な口調でタマモをねぎらい、シロは残りを倒すべく、飛び込んでいく。
「あちちちちちち!」
一方の横島の方は、どうやらタマモの炎を完全には避け損ねたらしい。ズボンのお尻の辺りから煙を上げつつ、飛び回っている。
どちらにしろ、この戦いの決着は、最早ついたも同じだった。
「は〜、みんな〜、すごいのね〜」
戦いが終わり、のんびりと声を出したのは、黒髪ショートカットの美女、名前は六道冥子と言う。彼女は、なす術無く戦いを見つめていた。式神使いとして有数の能力を持つ彼女であるが、性格が戦闘向きには出来ていない。呑気な性格も手伝って、素早い戦況の変化には、まるでついていけないのだ。
「それはいいでござるから、先生の治療を頼むでござる」
シロが、石の床にへたり込んだ横島を心配そうに見つめながら、告げる。
お尻についた火はなんとか消し止めたようだ。しかし、既に全身に火が回った後、真っ黒焦げである。これで命があるあたりが不思議だが、この程度の横島の負傷は、いつものことである。誰も、疑問に感じたりはしなかった。
「そうね〜、それじゃあ〜、ショウトラちゃん〜、お願い〜」
冥子の影の中から、白い、おおむねイヌの形をした式神が飛び出してくる。12神将と名付けられた、六道家の女子に代々伝えられている12体の式神の内の一体で、その能力は霊的治療(ヒーリング)である。
「一応、結界を張っておいたわよ」
横島の治療をするため、一時的に簡易結界を周囲に張っていたタマモが報告してくる。エンカウントを避けるための対処だ。専門用語で、キャンプと言ったりする。そのタマモの声には、うんざりしているような響きがある。
どうして、自分はこんな所にいるのか?
そりゃあ、気まぐれを起こして、ついてきてしまった自分が悪い。
それは分かるが、あまりにあんまりではないか。
そんな響きだ。
「しかし、凄い「だんじょん」でござるな」
武士を自認しているせいか、カタカナが苦手なシロである。感心したふうに、周囲を見回す。
そう、ここは、まさしくダンジョンだった。
広い、石造りの廊下がまっすぐに延びており、所々に分かれ道、そして、扉がある。それぞれは複雑に結びつき、広大な迷宮を作り上げている。
そして、そこらを徘徊するモンスター。
まさしく、ダンジョンだ。
「あんたは気楽で良いわね」
タマモは、シロに皮肉たっぷりな声を投げつける。
何処までも脳天気なこの相棒──面と向かって相棒と言われれば、勿論否定する──には、いい加減呆れてしまう。
どうして、この状況で、喜んでいられるのか。
「なかなか、修行になっていいでござる」
全く、脳天気だった。
タマモは、胸の中のもやもやを、ため息として吐き出そうと試みる。しかし、それは成功したとは言いかねた。どうやら、ため息という奴は、胸の中のもやもやを吐き出すのには、欠片も役に立ちはしない。どころか、逆にため息一つつくたびに、胸の中のもやもやは増えていくようだった。
まったく、よりによって、今日この日に気まぐれを起こした自分が憎らしい。
「そう言われると〜、お父様も〜、喜ぶと思うわ〜」
のほほんと、冥子がシロの言葉に応じている。
正気じゃない。
「何で、家の庭に、怪物のうろつくダンジョンなんてモノがあるのよ!」
思わず、タマモは叫んでしまった。
ここは、信じがたいが、六道家の広大な庭の一角にあったダンジョンだ。
庭にダンジョン。裏庭に鶏ならともかく、ダンジョン。
全く、まともじゃない。
「ええと〜。元々はお母様が〜、研修に来たゴーストスイーパーを鍛えるために〜、業者に頼んで作ってもらったの〜」
冥子は、顎に指先を当て、宙に書いてある回答を読むような表情で、タマモの疑問に答える。勿論、タマモの声に混じっていた皮肉の響きには欠片も気が付いていない。
六道家は、代々続く式神使いの名家である。それだけに、その元で修行をしようと言う人間は多い。有名どころ、一流どころでは、唐巣神父、美神美智恵などがいる。
「金持ちの考えることはわからんな……」
どうやら復活したらしい横島が、困ったような声で呟くのが聞こえる。
「横島、あぶらげ驕りなさいよ」
その横島に、タマモは思わず命令してしまう。
「何で、俺が?」
不満の声を出す横島を睨み付ける。
「あんたについて来たせいで、こんなとんでもない目にあう羽目になったのよ。それくらいはしなさい」
自分でも、我が儘な言い分だと思う。しかし、タマモは自分で自分を止められなかった。
「……わかったよ」
苦笑しながら、横島が応じる。
なんだか、子供扱いされているようで、むかつく。
しかし、まあ、あぶらげを驕って貰えることになったのだから、良しとしよう。
タマモは、自分をそう納得させる。
「はい! 先生、拙者は散歩でいいでござるよ!」
わざわざ挙手をして、シロが言う。
「何でお前まで……だいたい、お前は好きでついてきたんだろうが」
「それはそうでござるが、……タマモばっかりずるいでござるよ」
ごね始めるシロ。
そして、そうなってしまえば、横島は結局頷く。頷いてしまう。
何のかの言っても、冷淡にはなりきれない。色々、性格的に問題のある横島であるが、根本的には人が良いのだ。ごね押しがこれほど通用する人間も珍しいだろう。
「あらあら〜、仲良しさんね〜」
冥子が朗らかに微笑みながら、論評する。
その「仲良しさん」に、自分も含まれているのは心外だと、タマモは思った。が、ここは口にするのは控えることにする。いちいちムキになるのもガキっぽい。只でさえ、先刻横島に子供扱いされたような気がしているのだ。これ以上、ガキだと思われるのは面白くない。自分はクールで、大人なのだから。
「それはともかく、早いところ賢者の石とやらを見つけて、こんな薄暗くてじめじめした場所からは脱出するわよ」
タマモは、いらいらを吐き出すように、大きな声を出した。
事の起こりは、今日のお昼。
「助けて〜、令子ちゃ〜ん」
と、六道冥子が美神除霊事務所を尋ねたことから始まる。
慌ただしく入室してきた冥子を見た瞬間の令子の顔には、「また、厄介事が」と書かれていた。
事務所の隅っこでおせんべくわえ、くつろいでいたタマモには、どうでもいいことだった。この時は。
「令子ちゃ〜ん、あのね〜」
「一寸待って、冥子!」
令子は、慌てて口を挟み、冥子の言葉を止める。
「何があったか知らないけど、今日、私の方も仕事があるのよ」
事実である。しかし、余り割のいい仕事ではないらしく、先刻までは気乗りしない顔をしていたことを、タマモは知っている。
だが、わざわざ指摘をしてやるつもりはない。一応、令子は家主。タマモは、ここで世話になっている。敵に回さない方が良い。その他、いろいろな意味でも。
「でも〜、令子ちゃんが手伝ってくれないと〜、私〜」
冥子が涙目になる。
すると、目に見えて令子が慌て始めた。
別段、他人がいくら不幸になろうが気にしないような性格の、あの美神令子が。
タマモは、少しだけ、興味がわいてくるのを自覚した。
「一寸、待ってよ冥子!」
「で〜も〜」
「ええと……」
令子は、なんだか苦悩していた。どっちをとるか。究極の選択。そんな顔だった。
所で、世の中には得てして、トラブルに巻き込まれやすい人間という者がいる。当人にその気がなくとも、いつの間にか、どっぷりとトラブルに首まで浸かっている。意識しなくとも、トラブルのその場に飛び込んでしまう。
間が悪いというのか、良いというのか。
横島忠夫は、そう言う人間だった。
「帰ったでござるよ!」
元気良く、事務所の扉を開いて飛び込むような勢いで入ってきたのは、シロだった。
その背後には、息も絶え絶えの横島。
二人は、散歩に出かけていたのだ。いつものように、渋る横島をシロが無理矢理連れ出すという形で。
そして、さんざんに引き吊り回されたらしい。横島の方は、ぐったりと疲れている。まるでフルマラソンをした後のような。そして、これは決して大袈裟な表現ではなかったりする。
人狼の少女、シロ。その体力は人に比べれば底なしに近く、散歩と言えども油断は出来ない。一寸散歩、のはずが、気が付けばよその県まで出かけていたりする。とてもではないが、これは「一寸」ですむようなモノではない。
つきあわされる横島は、まさしく堪ったモノじゃないだろう。
「この馬鹿イヌ。何が一寸の散歩だ」
「イヌではないでござる。拙者は狼でござる」
「どっちでも良いわい! 今度言うこと聞かなかったら、安楽死させるぞ」
いつものやりとりである。
そこで、横島が冥子に気が付いたようだ。
「冥子ちゃん。今日は何のようで? もしかして、俺に会いに来た? それじゃあ──」
盛りのついたイヌのように、横島が冥子の方に向かう。先刻まで息も絶え絶えだったのは、いったい何なのか。既に完全復活している。こちらもいろいろな意味で人間離れしている。
「あ〜ら〜、横島君〜」
呑気に応じる冥子の両手をとって、にこやかに口説き始める横島。
冥子の方は、口説かれているという自覚があるのかないのか、おっとりとした表情のままである。
その横島の顔に、ぱかんと結構な音を立てて、ヒールが叩きつけられる。
勿論、投げつけたのは令子である。
「全く、いつもいつも進歩のない」
呆れたような口調で呟き、それから、名案を思いついたという顔になる。
「冥子」
「な〜に〜、令子ちゃん〜」
「今日、私は一寸手伝えないけど……」
「え〜〜」
「泣かないで落ち着いて、冥子。だけど、その代わりに横島君を貸すから、それで、何とかならない?」
人身御供。昔から、人間はさほど進歩がないらしい。タマモは、そんな風に見つめていた。
「ん〜〜」
冥子は、一寸考え込むような顔になった。
それから、にこりと頷く。
「うん〜、横島君も、最近は随分霊力(ちから)持ちだから〜、それでも良いかも〜」
「でしょう」
明らかにほっとした顔で、令子が頷く。
「なんでござるか?」
シロが、不思議そうにタマモの方を見る。
タマモは、面倒くさそうに首を振った。
正直、事情は良く分からない。
タマモは、この事務所に居着いて、さほどの時が経っているわけではない。冥子について良く知らない。と言うか、今回が初対面である。どうやら、令子が苦手にしているらしい。この程度しか解っていないのだ。
「それじゃあ〜、横島君にお願いするわね〜」
「解りました」
横島が力強く頷く。
「勿論、冥子ちゃんを幸せにして見せますよ。──結婚式は和風ですかね。ゴンドラサービスなんかも良いかも知れません。新婚旅行は矢張り定番のハワイですね。子供は、やはり一姫二太郎で。いや、早速今からでも婚前交渉を──」
「さかるな!」
令子の叫びと共に、横島は鋭い一撃を食らって轟沈。
「あらあら〜」
と冥子の方は、だくだく血を流して床に伏した横島を見、呑気な感想を口にしている。
「──で、いったい何の話なんですか?」
と、妖怪であるタマモやシロもびっくりな回復力で、早くも立ち直った横島が尋ねる。
「冥子に聞いて」
令子は、素っ気なく言い捨てる。もう、この話は私とは関わりありません。そんな態度だ。
「あのね〜、賢者の石を探して欲しいの〜」
冥子が、いつも通りののんびりとした口調で言った。
「け、賢者の石?」
その言葉に、無関係でいようとした令子が、椅子を蹴倒すようにして立ち上がると身を乗り出し、慌てて口を挟んでくる。
「な、なんすか、その賢者の石って?」
横島はその勢いにびっくりしながら、尋ねる。
「あんたね〜。一応ゴーストスイーパーでしょ。それくらいは知っときなさい」
令子は一言苦言を呈してから、解説する。
「賢者の石って言うのは、錬金術における究極のアイテムなのよ。死者を復活させるとか、あらゆる卑金属を金に変えるとか、パーティ全員の体力を回復するとか、色々言われているけど、実際の効果は良く分からないと言うのが本当ね。何しろ、究極のアイテムだけに、実際に作り出した人間がいるのかどうかも疑問。全盛期のカオスだって、作り出せなかったって言うし」
ドクターカオス。最近では半ばボケ老人だが、かつてはヨーロッパの魔王とまで呼ばれた魔法技術の大家だった。その作品、アンドロイドのマリアは、作られた当時は勿論、現代ですら通用するどころか凌ぐ、究極とも言える技術の集大成である。先●者は勿論、ア●モだって、マリアの足下にも及ばないだろう。
そのカオスにしても、賢者の石を作り出すことは出来なかった。半ば、空想上のアイテムといえるかも知れない。
「──で、何、冥子、あんた、賢者の石に当てがあるの?」
金儲けの臭い。
何しろ、賢者の石を発見、自分のモノにすることが出来れば、果たしていかほどの金額を稼ぐことが出来るか?
目の色変えて、令子が冥子に迫る。
「あのね〜」
こちらはあくまでおっとりと、冥子が答える。
「お父様が〜、昔〜、ヨーロッパで手に入れたの〜」
「ヨーロッパね。その、どの辺り? やっぱり、オカルト大国、イギリス? コーンウォール辺りかしら……」
直ぐにでも旅券をとって出発しそうな勢いの令子。
「よく〜、わかんない〜」
しかし、この答えである。
ぐったりと脱力する令子。
「あのね、冥子。ヨーロッパ、ってだけで見つけられるほど、生やさしい話じゃないわよ」
パラケルススとか、賢者の石を作り出した、と言われる魔術師、錬金術師の話は、幾つか存在する。その多くはヨーロッパである。元々、錬金術師というモノ自体、あちらの方の存在だから、当たり前の話であるが。
そして、その賢者の石を求めて探し続けている人間もまた多い。
しかし、発見したという知らせは丸でない。
そんなところへ、ヨーロッパと言うだけでは、手がかりにもなり得ない。
「別に〜、ヨーロッパに行く必要は無いの〜」
「?」
「だって〜、家の倉庫の中に〜、お父様がしまっているから〜」
「……どう言うこと?」
「その〜、倉庫の中から〜、持ち出すのを手伝って欲しいの〜」
「倉庫の中?」
令子は、冷や汗をながしながら、尋ねた。
昔、卑弥呼の金印を手に入れるため、冥子の父親の隠し部屋に足を踏み入れたことがある。その時、罠で危うく小笠原エミが死にかけている。壁から飛び出してきたギロチンのような刃に、前髪を掠められたのだ。まあ、エミである。だから、令子にしてみれば、前髪を掠めるどころか、頭蓋骨に命中したって構わないのだが……
今回は倉庫。おそらく、泥棒よけにトラップの類が仕掛けられているに違いない。それも、冥子の父親は、「厳しい人」らしいから、命に関わる、ろくでもないトラップに決まっている。
「成る程、横島君。そう言うわけだから、よろしく」
あっさり手のひらを返す令子である。
何しろ、幻のアイテム、賢者の石とは言え、既に所有者ははっきりしている。これでは、さほどのお金にはならない。
また、冥子につきあうと、大抵最後はぷっつんで非道い目にあう。ならば、割りが悪いとは言え、地道に仕事をして稼ぐ方がまだましである。
「賢者の石って、そんなにでっかいんすか?」
こちらは、父親の隠し部屋にあった罠の存在を知らない横島が、間抜けなことを訪ねてくる。自分は肉体労働要員だと考えたらしい。自分の仕事は、荷物運び、そう言う具合に。
「だいたい〜、ゴルフボールくらいの大きさなの〜」
「? ……だったら、別に助っ人なんて必要ないんじゃありませんか?」
「倉庫には〜、番人がいるの〜。それに、なんだか、魔物も住み着いているみたいで〜」
やっぱりか。と内心頷く令子。
「倉庫って、何処にあるんすか?」
「おうちの〜、裏庭なの〜」
「裏庭? そんなところに、魔物の住み着いた倉庫?」
「元々は〜、倉庫じゃなかったんだけど〜、お父様が泥棒よけになって良いから〜、倉庫にしようって〜」
「金持ちの考えることはわからん」
横島が首を傾げる。
令子も金持ちだったが、それでも冥子の──六道家の人間の考えることは理解できない。同列に扱われるのは心外だと思う。しかし、わざわざ口を挟んで巻き込まれるのも馬鹿らしいと、その事については口をつぐむことにする。変わりに、絶対に押さえておかねばならないことを口にする。
「まあ、兎に角、横島君は冥子を手伝うこと。冥子、ちゃんと横島君のレンタル料は払って貰うからね」
「うん〜」
おっとりとした声で、冥子が素直に頷く。
「拙者も先生に付いて行きたいでござる」
と、ここでシロが口を挟んだ。
タマモは、相変わらずおせんべを囓ってくつろいでいた。
「シロちゃんも〜?」
「そうでござる。美神殿、どうでござるか?」
「うん、別に今日の仕事はオキヌちゃんがいれば事足りるけど……まあ、良いか、好きにしなさい」
「やったでござる」
シロが単純に喜びの声をあげる。それから、タマモの方に視線を向けると、尋ねた。
「だったら、タマモも来ないでござるか?」
「私?」
タマモは首を傾げた。
どうでもいいというのが、本当。
令子の仕事に付いていくのも、冥子の方に付いていくのも、等分に興味がない。
が。
「そうね、私もそっちについて行こうかな?」
タマモは気まぐれで、そんな風に口にしていた。口にしてしまった。
で、この状況である。
「また出た」
うんざりと、呟く。
目の前に、なにやら鎧を着込んだ人間らしき影が現れていた。
一体、何度目になるのか。数えるのも馬鹿らしい、怪物とのエンカウント。
「行くでござる!」
シロの方は、即座に戦闘態勢をとる。単純に修行となると思っているのか、こちらは喜んでいるように見える。
「横島、文殊で一掃しちゃってよ」
めんどくさいので、タマモはそう提案した。
いちいち、一体ずつ屠っていくのは、確かに面倒くさい。ここは、横島の文殊の「爆」あたりを使って、一撃で全滅させて欲しい。
「後、残り2個しかないんだ。いざという時の「脱出」用にとっておきたいから、こんな雑魚で使うのは……」
もっともな発言だったので、タマモは黙る。
「兎に角、倒すでござるよ!」
最早、シロはやる気満々である。その右手から延びた霊波刀を構え、即座に敵に飛び込んでいこうとしている。
「あんまり、突出しないでよ」
「解っているでござるよ」
何処まで解っているのやら。
そんな顔で、シロの背中を眺めるタマモ。
自然、3人の役割分担が出来ていた。
前衛はシロと横島。そして、後衛にタマモ、と言った具合だ。
元々、タマモは肉弾戦には向いていない。得意技は幻術、変化、そして、狐火。妥当な配置だろう。
「で、あんたは、何をするの?」
冷めた目で、自分の脇に、何をするでもなく突っ立っている冥子を見る。
一流ゴーストスイーパー。
そのはずである。
しかし、先刻の戦いもそうだが、何もしていない。
「いや、冥子ちゃんはいざというときの切り札だから、ここは俺達で……」
なぜだか、焦った声で横島が告げてくる。
「──ん?」
タマモは首を傾げる。
美神さんと言い、横島と言い、この腫れ物に触れるような態度は、いったい何なのだろうか?
そんな疑問に満ちた視線を横島に向ける。
「悪いことは言わないから、冥子ちゃんは……」
横島はタマモのそばに寄ってくると、冥子に聞こえないように、小声で話しかけてくる。
「……」
どこか、納得いかなかったが、タマモはあまりに真剣な横島の顔を見て、ここはその顔を立てることにした。
そんなこんなで。
怪物とのエンカウントを繰り返しつつ、一行はダンジョンを制覇して行った。
落とし穴、グレーゾーン、ダメージを受ける床、回る床、ワープゾーン。うんざりするような仕掛けも乗り越える。
「流石の拙者も、疲れたでござるよ」
シロが呟く。
横島の方も、相当に消耗している。
勿論、タマモも。
その中で冥子だけが、平然とした顔をしている。一度も戦わず、後ろで見ているだけだから、当たり前と言えば、当たり前である。
「とは言え、ゴールも見えたわけだし……」
横島が扉の前にしゃがみ込んで呟く。
ようやく、一行は目指す倉庫の扉の前にたどり着いていた。
「横島、開けられるの?」
しかし、その扉には鍵がかけられていた。まあ、貴重品を収納した倉庫だから、当たり前かも知れない。
「任せろ。伊達に、深海大脱出やらを繰り返してきたわけじゃないからな」
タマモの問いに、横島は自信たっぷりに応じた。
「……そ、そう」
タマモとしては、こう答えるしかない。
確かに、令子の横島の扱いは、普通の人間であれば、即座に死にかねないようなやり方である。横島の隠れたトランクに鎖を巻き付けて海に投げ捨てたり、エトセトラ、エトセトラ。しかし、横島はその度ごとに、しっかり脱出してきている。GSではなく、奇術師としても通用するだろう。きっと、横島の技術の前には引田●功もびっくりだ。
「開いた」
と、横島が告げると同時に、かちりと小さな音が、鍵穴あたりから聞こえてきた。
本当に開けてしまったようだ。
「横島って、ゴーストスイーパーやるより、他の職業を選んだ方が良いような気がする」
タマモが呆れて告げる。
まあ、鍵開けの才能で他の職業と言えば、泥棒とかしか思い浮かばないが、意外に多彩な横島である。実際、他の職業を目指しても何とかしてしまいそうではある。
「少なくとも、今よりは稼げると思うわよ」
横島の時給は、それでも多少アップして、300円になっている。だが、それにしたって世の常識に照らし合わせれば、薄給──いや、薄給を通り越しているだろう。少なくとも、命がけの仕事をして得る報酬としては、安すぎるほどに安い。
「俺もそう思うが……」
横島は、少し考え込むような顔をした。が。
「しかし、あの乳尻太股が〜」
「──あ、そ」
タマモは呆れ、興味を失って、扉に向かう。まともに話をして存した。そんな顔である。
「兎に角、これで賢者の石を取ったら、横島の文殊で脱出しましょう」
言って、扉を開ける。
そして、タマモは凍り付いたように動きを止めた。
扉の向こうは、黄金色の輝きに満ちていた。
そこは、かなり広い部屋だった。東京ドームは大袈裟にしても、普通の家くらいならば、二つ三つは余裕で入りそうな広々とした空間。天井も高く、地下だというのに圧迫感は欠片もない。
その広々とした部屋の床一面を、無造作に金銀財宝が埋め尽くしていた。
令子が見たら、目の色変えるに違いない、莫大な量の財宝だった。
「……す、すごいでござるな」
シロの声が震えている。確かに、とんでもない量だった。
「冥子ちゃんちが金持ちなのは知っていたけど、これほどとは……。俺の時給に換算したら、一体、何年分の稼ぎになるんだ?」
横島も呆然としている。ちなみに、横島の時給換算したら、おそらく一生涯、どころか七代かかっても、これほどは稼げないだろう。比べる基準が大間違いである。
「ねえ、あなた、男の兄弟はいない? ううん、お父さんが、愛人募集していても良いわ」
思わずタマモはそう口走り、冥子に向かっていた。
金毛白面九尾の狐。その本性がでたのか、権力、もしくは財力に心奪われた格好である。
「タマモ……なんだか、美神さんの影響を受けたみたいでござるよ」
シロが呆れたように呟く。
「……う」
影響を受けたと言うよりも、本来の資質なのかも知れないが、そう言われて、タマモは思わず動きを止めてしまう。アレに似ていると言われては、立つ瀬がない。そんな感じだ。
「冗談に決まっているでしょ!」
思わず、誤魔化すように大声を出してしまう。
今世、かつての玉藻の前や華陽夫人などと言われていた頃のような、権力者の庇護を受けての贅沢三昧の暮らしをしようとは思っていない。言われもなく悪者扱いされるのには、もう懲りた。しばらくは大人しく暮らしていくのも良いかも知れないと思っている。が、三つ子の魂百までとでも言うのか、思わず、口走ってしまった。
あまりに金に浅ましいのも、誉められた話ではない。それは、令子の姿を見ることによって学習している。自分も同様に権力財力に汲々していたというのは、傍目からは随分格好の悪いことだったのだろう。人の振りみて我が身を直せ。令子を反面教師として反省したタマモである。
今回はもう少しスマートに、財力、権力につきあおう。そう心に決める。
「兎に角、早いところ賢者の石を見つけて、脱出しよう」
横島が淡々とした口調で言って、部屋に入っていく。
こちらは、常に金が無くてぴーぴー言っているが、目の前の財宝を見て目の色を変えることはない。金が欲しいのは確かだが、それが一番大事なモノではない。横島にとって、金よりももっと大事なモノがある。伊達に、貧乏神の試練を乗り越えたわけではない。──と言うと立派に聞こえるが、金に汚くない分、他の自分にとって一番大事なモノ──女性に対して汚すぎるほどに汚いのだから、立派でも何でもないが。
少なくとも、諦観が入っているようで、所詮は人の金と、簡単に割り切ったようだ。
「そ、そうでござるな」
多少気圧されつつも、シロが後に続く。
こちらは、金のありがたみについて、余り良く分かっていないと言う部分が多いだろう。元々、田舎の人狼の里で、自給自足の生活をしてきた。こちらに出て来てからは、金が無ければ好きなドッグフードも買えないと、その価値を感じ始めてはいるが、それほど、金にこだわっていない。まだまだ、金で苦労したことのない子供だと言うこともある。それでも、これだけの圧倒的な財宝の山には、平静でいられないようだ。
一行は、宝の山に踏み入る。
これだけの財宝。その中から、ゴルフボール大の賢者の石を見つけだすのは難しい──そう考えたのだが、実際は、簡単に見つかった。賢者の石は、財宝の山の真ん中、特別製にあつらえられた台の上に、ちょこんと鎮座していた。この気の使いよう。この財宝の山の中でも、賢者の石は飛び切りの価値を有するという証明だろう。
「よかったでござる。これで、もう後は帰るだけでござるな」
「そうね〜」
シロの言葉に、冥子が頷く。それから、冥子は顎に指先を当てて、首を傾げた。
「でも〜、変ね〜」
「どうかしたんすか?」
横島が、その冥子の態度に不審を感じて尋ねる。
「あのね〜、本当なら〜、財宝の番人がいるはずなんだけど〜」
「ば、番人すか?」
横島が、ちょっぴり焦った声を出す。出来れば、そんなモノにはあいたくない。そう言う態度。
そのあたり、タマモも同感だった。が。
「早いところ、戻ることにしましょう。そんなもんに会ったら、洒落にならん」
慌て、文殊を取り出す横島。
その横島に、タマモは声をかけた。
「……横島」
「タマモも、早くこっちに来い。番人とやらに出会いたくないだろう」
「……なんか、もう、遅いみたいよ」
タマモは、震える指先を、財宝の山の向こうに向けた。
そこには、赤い山のようなモノが蹲っていた。
硫黄臭い呼気が、一向に向けて吹き付けてくる。殆ど、物理的な圧力を持っているのではないか。そんな風に錯覚するほど、濃密な硫黄の臭い。
蹲ったモノは、首を持ち上げた。
高い天井。流石につっかえはしないが、それにしても充分に大きい。
ぎらぎらした二つの瞳が、高所から見下ろしてくる。その瞳は、は虫類のそれに酷似していた。
「……ド、ドラゴン」
横島が震える声を出す。
令子には、勉強しろ勉強しろと言われている横島である。霊力や戦闘能力では、どうかすると令子を凌ぐ横島であるが、知識では全く相手にならない低レベル。GS試験に筆記試験があったら、その場で確実に落ちていただろう。その横島にしても、そいつの正体は一目で知れた。それだけ、有名な怪物。
巨大な、は虫類に酷似したその姿。しかし、只の大トカゲではない。トカゲは背中に翼なんてはやしていないし、頭に角もないだろう。
見間違えようもなく、そいつはドラゴンだった。
全身は赤い鱗に覆われ、硫黄臭い口元には、ぎらぎらした牙が並ぶ。その牙の大きさは、下手をすると横島らの身長くらいはありそうだ。前足の指先からは、これまた大きくて鋭い爪。延びた尻尾の先には、スパイクが付いている。牙、爪、尻尾。どの一撃を食らっても、人間なんか簡単にバラバラにされてしまいそうな迫力があった。
「め、冥子ちゃんがいるんだし、大丈夫ですよね」
横島は、横で感心したような顔をしてドラゴンを見ている冥子に尋ねた。どんなに獰猛な番犬だって、飼い主には懐いているモノだ。肯定して欲しいという願望百パーセントの質問だった。
「ん〜」
しかし、冥子は首を振った。
「お父様は〜、容赦なく厳しい人だから〜」
「厳しいとか言うレベルじゃない〜!」
横島は、悲鳴に近い声を出す。
ドラゴンと言えば、大ボスも大ボスである。連載中に相手をした、ハーピーやらガルーダなどとはきっぱり格が違う。おまけに、サイズも尋常じゃない。その大きさだけでも、脅威だった。
横島の声が刺激となったのか、ドラゴンは口を開いた。
「……なんだか、凄く嫌な予感がするでござるよ」
シロが、非常に控えめな表現をした。
開いたドラゴンの口。その喉の奥の方で、光が瞬く。
「やばい、ブレス攻撃よ!」
タマモが、顔面蒼白にして叫ぶ。常にクールに。そう考えているタマモにしても、落ち着いていられるような状況ではなかった。
「ひ〜〜〜〜〜!」
おかしな格好で踊りを踊っていた横島だが、遂に光がドラゴンの喉の奥から溢れた瞬間、右手を突き出した。
その右手に握られていたのは、文殊。
浮かび上がった文字は、「壁」。
タマモ、シロはとっさに飛んで、横島の背後に隠れる。冥子は、最初から横島の後ろ。この期に及んでも、のほほんと言う顔をしている。ある意味、非常に大物だった。
ドラゴンの口から、灼熱の炎が迸る。
全てを焼き尽くす奔流は、まっすぐに延びて、横島らに迫る。
しかし、文殊が効果を顕わし、直前で、まさしく壁にぶち当たったようにして分散していく。
だが──
「もの凄い熱でござる!」
「このままじゃあ、直撃食らわなくても、蒸し焼きになっちゃうわよ!」
炎の直撃こそ避けたが、その炎の持つ熱量は、周囲の温度を一瞬で耐え難いまでに高めてしまう。
「この──」
横島はもう一つの文殊に「冷」の文字を浮かべて、熱を相殺する。
熱気と、冷気がぶつかり、何とか、そのブレスを耐える。
「兎に角、今の内に逃げるぞ!」
横島の言葉に、一二もなく、シロ、タマモは従う。
取りあえず、ここは相手の大きさにつけ込むべきである。倉庫への入り口の扉。いろいろと規格の大きいダンジョンではあるが、流石に、ドラゴンの巨体が通り抜けるようには出来ていない。兎に角、倉庫から脱出すれば──
しかし、ドラゴンはそんなに生やさしい相手ではなかった。
ドラゴンの姿がぶれたと見えた次の瞬間、ドラゴンの巨体は、入り口を塞ぐような場所に移動していた。
「移し身!」
タマモが叫ぶ。
要は、瞬間移動である。巨体だから鈍いだろう、そんな期待もあったが、こんな裏技が使えるらしい。
一行は、扉にたどり着く遙か以前の場所で、通行止めにされてしまった。
「……やるしかないって事ね」
呟いたタマモの目は、完全に据わっていた。同時に、腹も据えていた。
相手は、こちらを逃がす気はないらしい。しかも、瞬間移動までできるとなれば、逃げ切るのは不可能だろう。だったら、やるしかないのである。
あちらが有名な怪物ならば、こちらも有名な妖怪だという自負もある。力の半ばを失っているとは言え、戦いようはある。
「シロ、横島、あんた達二人は接近戦! どこかに逆鱗があるはずだから、そこを思いっきり霊波刀で突き刺しなさい」
「逆鱗て、触るとやばいんじゃないのか?」
小竜姫の逆鱗に触れて、暴走させてしまったことのある横島が、ぞっとしないと言う顔で尋ねてくる。何しろ、怒らせたって良いことは全くなさそうなのだ。
「逆鱗の下には、急所があるのよ。弱点だからこそ、触られると怒るのよ」
「タマモはどうするでござるか?」
「私? 私は──」
タマモは、額に指を二本立てて手を当てる。次の瞬間、乾いた音を立てて、タマモの姿が鴉に変化していた。
「──?」
鴉に化けて、どうするんだ、と言う顔の横島。鴉とドラゴンでは、格が違いすぎるだろう。
「あのね〜、鴉は竜の天敵なのよ〜」
流石にプロのゴーストスイーパーと言うべきか、冥子が説明してきた。
「鴉につつかれた傷は〜、竜の致命傷になったりするの〜」
「成る程」
横島が、喜びの表情になる。どうやら、充分に渡り合えるらしい。そう知って、安堵の表情になる。
が。
「でも〜、それは東洋の竜の話で〜、西洋のドラゴンとは一寸違うから〜、鴉が天敵とは言えないと思うし〜、逆鱗なんてものも〜、無いと思うけど〜」
「ええ?」
タマモは、金毛白面九尾の狐の生まれ変わりである。東洋の大物妖怪で、どうやら、西洋の方の怪物の知識は乏しいらしい。
「嘘! じゃあ、どうするのよ?」
変化を解いたタマモが、焦りまくった声を出す。
「ど、どうするって──」
横島が、慌てた風に左右を見回す。
と、ドラゴンは、再び口を大きく開いていた。再び、ブレス攻撃をして来るつもりらしい。
先刻のブレス攻撃は文殊を使って、何とか防いだ。しかし、今回はその文殊がない。
「──やむをえん! 最後の手段だ」
横島は、心を決めた。
きっぱりとした表情をして、その、最後の手段を執る。
命と、プライドの天秤。ここは、どんな汚れ役をする羽目になっても、命を取るべきだ。自分は悪者になるだろう。しかし、それを厭っていられる状況ではない。決然とした顔をして、横島は行動した。
最後の手段。
それは──
「え〜?」
冥子が、戸惑いの声を出す。
横島は、冥子のスカートをめくっていた。しゃがみ込んで、その中をのぞき込む。その顔は、先刻の決意の表情は何処へ行ったのか、だらしなく緩みきっている。役得を、心から楽しんでいるようだ。
「煩悩充填!」
横島の霊力の源は、煩悩である。人並みはずれた煩悩。それ故に、横島は人並みはずれた霊力を持つ。
「この清楚なシルクのパンツが何とも…… 良し、これならば、直ぐに文殊が──」
右手を開き、集中する。本来ならば、生成に10日近くかかる文殊であるが、今回、それほどの日時は必要なかった。どころか、即座に、横島の掌に5,6個の文殊が現れていた。
「横島、あんたって……」
「先生、拙者は呆れたでござるよ……」
「背に腹は変えられんのじゃ! 死ぬのはいやや〜!」
言い訳のように、横島が叫ぶ。
「兎に角、これだけの数があれば──」
なんとかなる。
叫びつつ、ドラゴンの方に向き直った横島は、そこで凍り付いたように動きを止めた。
圧倒的な存在感を持って、横島らの前に立ちふさがるドラゴン。
しかし、それ以上に圧倒的な迫力が、横島の背後に発生していた。
振り向くと、そこには涙目の冥子。
式神使いとして有数の能力を持つが、その性格故に、今ひとつ実力を発揮していない。戦闘能力で言えば、令子や、下手をしたらそこらの三流ゴーストスイーパーにだって遅れをとりかねない。──が、単純な霊力だけの話をすれば、冥子のそれは群を抜いていた。12体の式神を制御下において行使する。それは、尋常な力では無いのだ。何しろ、令子や小笠原エミですら、その半数の式神を制御できかねて暴走させたほどだから。
そして、12体の式神を制御するのは、天才と令子に言わしめた冥子にすら、楽なことではない。冥子は常にぎりぎりの霊力を振り絞ることになり──結果。
「ふえええええええええええええええん!」
冥子の泣き声と共に、その影の中から12体の式神が飛び出した。
「くすんくすん」
僅かな後。
瓦礫の山の上にぺたんと座り込んだ、冥子が嗚咽を零していた。
天井は崩れ、ダンジョンの中に、光が降り注いでいる。
その脇には、ずたぼろになったドラゴンが転がっている。凶悪無比なドラゴンも、冥子のぷっつんの前では、敵ではなかったのだ。暴走する式神にどつかれ、なす術無く、平たくなってしまった。
同時に、横島、シロ、タマモも……
「……横島」
立ち上がることもできない程にぼろぼろになったタマモは、同じく倒れたままの横島に向かって、物騒な声をかけた。
「私にこんな汚れ役をさせるなんて……覚えてなさいよ」
「しかたなかったんや〜、不可抗力なんや〜」
必死で言い訳をする横島だが、これからしばらく、タマモには狐うどんやらお稲荷さんを驕らねばならなくなり、同時に、毎日シロの散歩につきあわされることになった。
めでたし、めでたし。
ダンジョン・アンド・ドラゴンズ
有名なTRPG。
take4も、過去、一度だけ遊んだことがあります。
でも、どちらかと言えば、ウィザードリーをイメージしたダンジョンです。
もっと言えば、八房龍之介著、宵闇幻灯草子の影響を受けています。
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