#152 フルメタルパニック・ふもっふ


 口にした直後に、自分の馬鹿さ加減に気が付いた。
「あっ」
 思わず呟くが、こんな事で自分の発言を無しにすることは不可能だ。
 霧島マナは、自分の顔から血が引いていく音が聞こえたような気がした。
「なあ、おい……」
「ああ……」
 マナを見やる生徒達の瞳から、先刻までの飢えが綺麗に消え失せた。
 そして、なにやら危ないモノを見る色が混じり始めている。あるいは、気の毒そうな色か。
「す、すみません、出来れば、軍曹は忘れてくださると幸いです」
 マナは、今更ながら小声で付け足す。
 しかし、誰も聞いてくれなかった。
 かえって、気の毒そうに見る視線が増えたような気がする。
 ──と、そこで。
「凄い凄い凄すぎる〜!」
 と、天パに眼鏡にそばかす。手にはハンディカメラという少年が飛び上がるようにして立ち上がった。


 勿論、相田ケンスケである。
「軍オタの女の子。凄い凄い凄すぎる〜!」
 もう一度、ケンスケは叫んだ。
 ケンスケは、喜びに満ちあふれていた。
 自分と同じ趣味の女の子。これは、酷く希少だ。その上、標準以上の容姿となればますますに。ちょっぴり胸が薄いのはマイナスだが、それは些細なこと。
 こんな、ほぼ理想的な女の子に出会えるなんて。
 今日の自分はついている。
 これは一つ、積極的に話しかけてお近づきにならなければ。
 運の良いことに、彼女は転校生である。きっと、一人で心細いに違いない。そこへ、自分が頼りになるところを見せる。
 にやにやと、ケンスケは笑みを浮かべる。
 しかも、同じ軍オタどうし、共通の話題がある。これはもう、彼女が自分に惚れることは間違いない。
 さらに言えば、自分はすでにかなりの経験を積んだ大人である。その辺りも全く問題でなく、シンジさんには劣るモノの、グンバツなテクニックに、彼女は自分から離れられなくなるに違いない。
 そんな具合に脳内シミュレーションを進めるケンスケ。
 その様子に、周囲の者が──マナを含めて引いているのだが、妄想に浸っているケンスケは気がつかない。
「さて、何かほかにありますか?」
 そこで全く動じない恍惚の人、担任の老教師が尋ねる。
「あ、はい。それでは、一つ質問よろしいでしょうか?」
 マナが、その言葉に頷く。
 慎重に、慎重に。これ以上、自分が軍隊関係者であることを悟らせ無いように。
 そう考えながら、マナは一つ、どうしても聞いておきたいことが出来た。
「どうぞ」
 老教師の許しを得て、マナは、クラスの生徒達に向かって口を開く。
「あの、少々ぶしつけな質問かと思いますが、そちらの方は、もしかして傷病兵ですか?」
 と、ケンスケをさして問う。
「え?」
 生徒達が戸惑う。
 それを見て、マナは言葉が足りなかったのかと思い、さらに告げる。
「頭部に、何らかの障害を受けたとか。──たとえば、撃たれた弾が、取り除けないままに脳内に残っているとか……」
 この言葉に、クラス中が静かになった。
 直後、爆笑。
「ケンスケ、やっぱおまえ、傍目にはそう見られるんだよ」
「確か、ユウキさんにも言われたよなあ」
「やっぱり、この間更衣室を覗こうとして塀から落ちた時、頭をぶつけたのが悪かったんだよ」
 生徒達が、立ちつくすケンスケに向けて、さんざんはやし立てる。
 ここの所、ケンスケは「俺は大人で、おまえ達はガキ」そんな態度を多々見せていた。それが、かなりしゃくに障っていたのだろう。ユウキの時以上に執拗にはやし立てる。
 この様子を見て、もしかしてまた何か失敗しただろうかとマナは心配になったが、やっぱり、口にした言葉を無かったことには出来ない。
「はいはい、皆さん、静かに」
 ケンスケを救ったのは、老教師である。いい加減喧しすぎると、生徒達を制する。それで、一応静かになった。
「霧島さん、ほかにも何かありますか?」
「はい、いいえ。質問はありません」
「そうですか。では、霧島さんの席は──」
 そう言って示された自分の席に向かいながら、マナは自分に向けられている件の男の子──ケンスケの視線を感じていたが、問題なしとして無視した。碇シンジこそが目的であり、とりあえず、かまっている余裕はないのだ。


 授業は滞りなく終わり、休み時間。
 ケンスケは、シンジの所へ泣きついていた。
「シンジさん、是非、自分にあの生意気な女の教育をさせてください!」
「? 生意気な女って、誰?」
「転校生です。あの、失礼な転校生です!」
 唾をまき散らす勢いで、ケンスケが迫る。
「え? 何で?」
 心底不思議そうに、シンジが首をかしげる。
 シンジにしてみれば、ケンスケが腹を立てている理由など、どうでも良いことなのだ。きっぱり、興味もない。
「あの軍オタ転校生、人のことを馬鹿にしやがって。誰が傷病兵だ。誰の脳みそに鉄砲玉の欠片が残っているだ。──人をあんまりなめるとどうなるか、俺が、俺が、あいつの心身に思い知らせてやります。──あ、勿論、その様子は撮影して、その後きっちり教育して素直に働くようにしますから、心配はいりません」
「──そうすると、私なんかも相田君に教育されてしまうんでしょうか?」
「え?」
 と、ケンスケは戸惑い、発言者、ユウキの方に視線を向けた。
「私も、初対面の相田君に、似たようなことを言いましたよねえ。まあ、怖い。私、教育されちゃうんですね?」
「え、それは……」
 戸惑い、焦るケンスケ。
「シンちゃん、私、どうしたら良いんでしょうか?」
 ユウキはわざとらしく、よよよ、と泣き真似なんぞしながら、シンジにしなだれかかる。
「……ケンスケ?」
 シンジは、にっこりと笑って告げた。
 途端、ケンスケは直立不動の格好になる。びしりと、指先にまで気を遣った気をつけの姿勢。
「そ、そんな、ユウキさんを教育だなんて真似、するわけが無いじゃないですか。あはははは」
 全身汗まみれで、うつろに笑うケンスケ。
 ユウキはそれを見て、興味を失ったようにシンジから離れる。
「まあ、冗談です。──それはともかく、相田君では、とてもではありませんが、役者不足です。だから、駄目です」
「俺が役者不足ですか? 何故です? 俺だって経験を積んで、すっかり大人の男なのに」
 ああ、すっかり思い上がっていますねえ。
 と、ユウキは冷めた目でケンスケを見る。しかし、表情は常のようなおっとりした笑いを浮かべたままだったから、ケンスケは全く気がつかない。
 どちらにしろ、特に問題にすることではない。本当に問題となれば、切り捨てればいいだけの話である。最近では、碇組に自主的に協力してくれている女の子、出海チチコを始めとして、ケンスケ不要論もわき上がってきているから、その時は近いかも知れない。
 まあ、それはともかく。
「まじめな話、あの娘、どうするかですけど」
 ユウキはケンスケを無視して、シンジに話しかけた。
「シンちゃんはどう出ると思いますか?」
「う〜ん」
 シンジは腕組みをして首をかしげ、それから、これしかないという具合に断言した。
「色仕掛けで誘惑?」
「これはまた、願望100パーセントの結論を」
 ケダモノですねえ、とユウキ。
「でも、それもあり得ない話じゃないですけど。わざわざ、女の子を送り込んでくるくらいですから、そうした目的であっても、不思議ではありませんし。──でも、忘れないでくださいよ。あの娘は、おそらく、青葉さんが戦った、戦自研の強化人間でしょうから」
「ああ、そう言うのもいたねえ」
 シンジがのんきに頷く。
「忘れないでくださいよ」
 呆れたように、ため息をこぼす。
「いやあ」
 と、それを受けてシンジは頭をかいた。
「何しろ、ずいぶん間の開いた、久しぶりの更新だし、以前書いた部分をかなり忘れているんだよねえ。また、いろいろとつじつまが合わなくなったりして……」
「以前も同じようなことがありましたねえ。私の性格や能力が、登場当初と違うとか」
「あははは」
「うふふふ」
 二人は顔を見合わせて表向き、にこやかに笑いあう。
「まあ、伊達や酔狂、その場の思いつきでずらずら書き連ねているだけのお話ですからねえ。そのあたりはぬるい目で見てもらうとして」
 ユウキは、この話はこれまでと結論づけて、続けた。
「とにかく、どう対応するか、早いうちに決定しておく必要がありますねえ……って、おや?」
 しかし、二人の相談がまとまるより先に、事態は進行していった。
 どこか思い詰めた表情で、くだんの霧島マナ軍曹が、こちらの方へやってきたのだ。


 授業は、緊張のあまり、ろくすっぽ頭に入ってこなかった。自意識過剰かもしれないが、自分を観察する視線をいくつか、授業中通して感じていた。振り返ることを戒めていたため確認はしていないが、一つは碇シンジの隣に座っていた女の子──加賀ユウキのモノ。この女子生徒も、碇組の構成員で、シンジの片腕。シンジと並ぶ求心力の持ち主で、武の要がシンジならば、知の要はこちら。見た目はおっとりしているが、中身は老獪で、しゃれにならない要注意人物。そのユウキが、こちらを観察している。それは、ひどくマナを消耗させた。すでに自分はいくつかのボロも出している。もしかして、自分のことはばれているのではないか。そうした不安もある。
 できれば、ここは用心深く撤退したいところだ。しかし、それは無理だ。駄目でした、と戻れば、天野ミナカに吊されることは確実。絶対に成果を出さねばならないのだ。むろん、天野ミナカに対する恐怖だけではなく、これまで倒れた仲間たちのためにも。
 とにかく早い段階で動くべきだと、ひるむ心を強引に押しつぶし、マナは結論した。
 すでにいくつかのボロを出している。時間を掛ければ、ますますボロが出てしまうだろう。戦自研の強化人間として、戦闘能力にはいささか自信があるが、潜入任務はこれが初めてなのだ。用心深く慎重に行動しているつもりでも、どうしてもボロが出る。ここは時間を掛けて隙を探すように行動するよりも、拙速を尊ぶべきだ。長時間は自分の精神が持たないだろうという自覚もあった。
 霧島マナは、若干俯き加減で、すばやく脳内シミュレートを繰り返す。どのように行動すれば良いのか。碇シンジのプロフィールその他を念頭に、最前と思われる手段を考え、すぐに結論した。碇シンジは女好きのケダモノである。女の子ならたいてい大丈夫。何とも簡単な結論で、自分でも拍子抜けした。
 マナは、軍オタとクラスメートには認識されていた。それでも、最近ではひどく希少な、十分見栄えのする女の子と言うことで、マナの周囲には男子生徒が集っていた。転校したてで心細い女の子に優しくして、高評価をゲットだぜ、と、先刻のケンスケのようなことを、皆、考えていたらしい。マナが考え事に没入していて、彼らに対してろくすっぽ反応していないが、それはそれ、シャイだと都合よく考えているらしい男子生徒たちが、口々に話しかけ続ける。  そこへ、俯き加減でいたマナが、唐突に立ち上がった。
 周囲の男子生徒がとまどいの表情を浮かべるにもかまわず、大きく息を吐き出すと、表情を改める。
「よしっ」
 小さく呟いて気合いを入れると、一直線に碇シンジの方に向かって歩き始めた。

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