リポート01 マスク!

「令子ちゃん、助けて欲しいあるよ」
 と、馴染みのオカルトショップ厄珍堂の店主、厄珍に呼び出された美神令子は、横島忠夫と氷室キヌをお供にして出かけた。
 そして、厄珍堂で、間抜けなモノを見ることになる。
「……なによ、あれ?」
 と、令子が指さした先には、なんだか妙に顔色の悪い男が、厄珍堂のカウンターの上に寝そべり、親指をくわえていた。
「ばぶー」
 などと口走っているところを見ると、赤ん坊──のつもりらしい。
 残念なことに、男はとっくに成人──しているかどうかはともかく、少なくとも、赤子ではなかった。
「これって、雪之丞さんじゃないですか?」
 オキヌが、一寸びっくりしたように、その男の名前を呼ぶ。
 言われてみれば、確かに雪之丞と見えた。顔色は悪い、と言うよりは、何かのマスクを被っているようだ。顔色が悪いどころじゃない。蛍光黄緑色。人の顔色じゃない。しかし、余程顔にぴったりと貼り付いているのか、それでも、どこか雪之丞の人相を伺わせるのが不思議だった。
「……一体何があったの?」
 令子は、厄珍に冷たい視線を向ける。
 どうせ、録でもないオカルトアイテムの実験につきあわせたのだろう。
 疑惑、ではなく、きっぱりと確信している表情だった。
 令子が確信するのも無理はない。厄珍が店に訪れた客を使い、出所不明だったり効果不明だったりする怪しいオカルトアイテムの実験をすることは、決して希ではない。以前には令子の助手の横島忠夫も、飲むだけでお手軽に超能力者になれるという薬の実験台に使われ、ろくでもない事になっている。
「……あははは」
 厄珍は、誤魔化すように、乾いた笑いを浮かべる。
「いや、一寸、出所の怪しいアイテムが手に入ったあるから、坊主を呼んで試してみようかと思ったところに、こいつが来たある。──で、つい」
「って、俺をまた実験台にするつもりだったのか?」
 横島が流石に怒りの声をあげる。
「巫山戯たこと考えているんじゃないわよ!」
 と、ほぼ同時に、美神も叫んでいた。
「え?」
 それに、横島は驚きの顔になる。
「美神さんが、俺のために怒ってくれている? つまり、これはもう愛? ──美神さは〜ん!」
「欲情するな! 服も脱ぐな!」
 自分に飛びかかってきた横島を、げしんと、突っ込みにしては強烈すぎる一撃で轟沈させると、きっぱりとした口調で、美神は言った。
「良いこと、横島君は、私の助手なのよ。つまりは、奴隷も同じ。──だから、今度から横島君を実験台に使うときには、私にいくらか払いなさい。無断使用は絶対に許さないからね」
「……奴隷ッスか?」
 だくだくと、流れる血潮に顔面を染めた横島が、不満一杯の声で呟く。
 が、令子は当然のように無視する。
「──で、こいつの方だけど」
 難儀そうに、雪之丞を見る。
「一体、どんなアイテムを使ったの?」
「良く分からない仮面ある。持ち込んだ人間は、川で拾ったと言っていたあるよ。オカルトアイテムであることがきっぱり解る程の霊気を発散してたあるから、後で調べるつもりで引き取ったあるよ」
 オカルトアイテムショップ厄珍堂。最大のお得意さまは、令子を初めとする現役ゴーストスイーパーである。しかし、その他、霊能は持ち合わせていなくとも、そうしたオカルトアイテムに興味があるという好事家などもいる。効果的で有用なアイテムであればゴーストスイーパーに、そうでなければ好事家に売りつけるつもりだったのだろう。
「……そんなもんを、俺に試させようとしていたのかい」
 横島が、ジト目になる。
「いや、坊主ならば大丈夫だと思ったあるよ」
 流石に顔中汗に濡らしながら、厄珍が言い訳する。
「どこから、そう思えたんだ?」
「令子ちゃんの突っ込みを食らってもぴんぴんしている坊主あるから、まあ、大抵のことは耐えられるあると……」
「……」
「そんなに、怒ることないある。──そうそう、今度、面白いアイテムが手に入ったら、優先的に坊主に回してやるあるから」
「いらんわい!」
 どうせ、効果が怪しかったりするアイテムに決まっている。だから、横島は間髪入れずに叫ぶ。
「横島君は、少し黙っていて」
 当然の抗議をする横島を簡単に黙らせると、令子は、赤ん坊のようになってしまっている雪之丞を慎重に伺う。
「う〜ん、着用者を赤ん坊にしてしまう仮面? ──いえ、これは……成る程」
「わかったあるか?」
 厄珍が、勢い込んで尋ねてくる。
「当然よ、私を誰だと思っているの?」
 豊満な胸を張って、令子が威張る。
 その胸に横島の手が伸び、令子の一撃を食らって再び轟沈する。
「何をする気よ!」
「いや、胸を突き出すから、俺に触って欲しいのかと」
 即座に復活。悪びれず、横島が答える。
「誰が思うか!」
 吼えてもう一撃。横島は三度床に平たくなってしまう。その横島の体の下に、でっかくて赤い水たまりが出来ているが、令子は全く気にしなかった。
「横島さん!」
 流石に、尋常じゃない出血と見て、オキヌが慌ててヒーリングを始める。
 そちらを興味なさそうに一瞥する令子。
 ほっといても、こいつがこの程度でどうにかなるわけがないのに。
 令子はそんな顔だ。
 現実、たいていの場合、本当にどうにかなったりしないから、横島の生命力には呆れ返る。
「で、令子ちゃん、この仮面は一体何あるか?」
「ん〜〜」
「もったいぶってないで、教えて欲しいある」
「私に、只で仕事をさせようって言うの?」
「しっかりしているあるね」
「当たり前でしょ!」
 無料奉仕なんて言葉は、令子の辞書にはない。
「それじゃあ、これでどうあるか?」
 取り出した電卓をピポパと叩いて、厄珍が令子に示す。
「安すぎるわ」
「そうは言っても、こちらも商売あるから」
「……こんな騒ぎになったのは、自業自得でしょ」
「う、それはそうあるが、……それじゃあ、これでどうあるか?」
「もう一声!」
「……それじゃあ、これで」
「オッケイ」
 どうやら、充分な報酬になったらしい。令子が、にこやかな顔で請け負う。
「これでは赤字あるよ」
「何言ってんのよ。どうせ、その分、客にふっかけるんでしょ」
 嘆く厄珍に、冷たく言い捨てる。まあ、令子の言ったことも嘘ではない。世の中というのはそう言うモノだ。
「──それはともかく、一体、この仮面は何あるか?」
「この仮面は、ロキの仮面よ」
「ロキ?」
 厄珍は繰り返した。
「ロキって、あの北欧神話のロキあるか?」
「そうよ」
「あの〜。二人で納得していないで、こちらにも説明お願いできますか?」
 そこへ、復活した横島が口を挟んでくる。確かにたいした生命力である。
「全く、あんたも見習いとは言え、ゴーストスイーパーなんだから、もう少し勉強しなさいよね」
 ゴーストスイーパーという仕事は、霊力の強さが重要であることは確かだが、それだけでは勤まらない。敵の正体を見抜く目や知識も重要である。敵の弱点を知っていれば、要らない苦労をしなくても済む。正面から力押しばかりが能ではないのだ。特に横島の得意技、文殊などは、力の発現する方向をコントロールできる。敵の正体、弱点を知っていれば、より効果的な運用が出来るはずだ。その辺りを理解しているのか、いないのか、未だに半人前な横島に一言苦言を呈してから、令子は説明を始める。
「シロと出会った事件の敵、フェンリルは覚えている?」
「あのでっかい狼ッスか?」
「そう、そのフェンリルの父神、それが、ロキよ」
「──って事は、これって非常にろくでもない状況なんですか?」
「まあ、ろくでもないことは、確かね」 
 ばぶ〜ばぶ〜、とか言っている雪之丞に視線を向けて、令子。全く、非常にろくでもない状況である。
「ロキって神様は、北欧神話の神々の中でも、最大のトリックスター、いたずら好きの神様なの。──いたずらって言うには、悪意がありすぎるけどね」
 盲目の神ヘグを誑かして、皆に愛されていた、ヘグの弟バルドゥルを殺させたのは、いたずらの範疇にはとても収まらないだろう。
 また、ロキは北欧神話の神々の敵となる者達の父親でもある。前述のフェンリルの他に、ヨルムンガンド、ヘルと言った怪物を、女巨人アングルボザとの間にもうけている。
 それをさておいても、連日悪戯ばかり。流石に神々もロキを許容しかね、捕縛してしまう。
 しかし、ロキは世の終わり、神々の黄昏の時に解放され、盛大な戦いの末、世界を滅ぼすのに一役を買うとされる。
「なんだか、無茶苦茶大物の神様じゃないんですか?」
 アシュタロスクラスか? そんな感想を抱き、尋ねる横島。
「まあ、そうかも知れないわね。──でも、神と魔はデタントの流れで、神々の黄昏が起こるのは、かなり先のことになるんじゃないの? それに、最近の神界を仕切っているのは、ナザレの大工の娘の私生児。魔界もサタン辺りみたいだから、マイナーな神話の世界の滅びなんて、心配する必要なんて、無いんじゃないの?」
「……随分ヤバイ発言があったような」
 知り合いの魔族、ワルキューレがこの発言を耳にしたら、洒落にならないことになっただろう。彼女も、北欧神話体系に属している存在だ。──もっとも、キリスト教が支配している現在の神界では異端。結果、魔族にされてしまっているが。
「大丈夫よ、何しろ、私は美神令子だし」
「……説得力があるんだか、無いんだか」
 横島は首を捻る。
「でも、そのロキの仮面というのは、いったい何なんですか? 身につけた人が、赤ん坊になってしまうんですか?」
 オキヌが首を傾げ、尋ねてくる。
 話を聞いた限りでは、悪戯好きの神様の、しょうもない悪戯として、納得できないこともない。だが、悪意ある悪戯好きという。もっと何か、非道い効果があるのかも知れない。
 そんな心配げな口調である。
「この仮面はね、被った人間が心の奥底に秘めている欲望を表に出してしまうの。──例えば、気の弱い、言いたいことも言えないヘタレ男が、仮面を被った途端に、社交的で、派手で、積極的になったり、とか」
「……それって、悪意、あるんすか?」
「その、程度にもよるわ。兎に角、秘めた欲望を派手に表に出すのよ。おまけに、善悪の判断が曖昧になるの。大騒ぎにならない方が希ね」
 美神は、ばぶーばぶー言っている雪之丞を指して、続ける。
「──更に言うなら、こいつの場合は赤ん坊への回帰願望?、みたいだけど、こんな間抜けな被害のない欲望を秘めているならともかく、世界征服を願っているような人間が身につけたら? 腐っても、神の作ったアイテム。その効果は、馬鹿みたいに高いのよ」
「つまり、美神さんみたいな性格の悪い人間が着用したら、洒落にならないことになる、って事ッスね」
 げいんと、四度、横島が平たくなる。
「──で、問題は、どうやったら、仮面を外せるあるか? このままでは、売り物にならないあるよ」
 ここで厄珍が口を挟んでくる。
「売るんですか?」
 オキヌが驚きの声を出す。今の美神の話を聞いた限り、ろくでもないアイテムだ。封印するのが妥当と考えている。売るなど、論外だ。
「私も、商売あるからな」
 厄珍は、全く自分の行動に疑問を抱いていない口調で答えた。
「で、令子ちゃん、早いところ、仮面を外して欲しいあるよ」
「了解。横島君、手伝って」
「どうすりゃ、いんですか」
 既に復活してきた横島が答える。
「簡単よ。押さえつけて、顔から無理矢理ひっぺがせばいいの。霊力を使う必要も無し。力は、一寸いるけどね」
「そ、それは無いある」
 厄珍が、悲鳴を上げる。
「だったら、わざわざ令子ちゃんにやって貰わなくても」
 オカルトアイテム。引き剥がすのに霊力その他が必要だと思ったから、安くない金を払って令子に依頼したのだ。なのに、只の力任せで大丈夫。これではあんまりだ。
「もう、契約は成立しているんだから、お金は払って貰うからね」
 しかし、冷たく、令子は告げる。
「じゃあ、横島君、あなたは雪之丞の体を押さえていて」
「わかりました」
 答えて、横島は雪之丞の体を起こすと、後ろから羽交い締めにするようにして、押さえる。ばぶばぶ言ってる雪之丞は、無抵抗で横島に捕まるに任せている。
 これは楽勝と、令子は、正面から雪之丞に近づき──
「ママ!」
 と、不意に雪之丞が叫んだ。
「え?」
 戸惑う令子。
 その令子の豊満な胸に、雪之丞が飛びかかった。
「ママ、ママ!」
「ちょ、一寸、何をするのよ!」
「てめえ、その胸は俺んだ!」
「私の胸は、私のモノよ! って、こら、触るな!」
「ママ、ママ!」
 この騒ぎを見て、厄珍は、高い金を払っただけのことはあったかも知れないと、少々溜飲を下げた様子である。


「済まなかったな」
 雪之丞が、クールな口調で告げた。
 しかし、誰も感銘を受けたりはしなかった。どれだけクールに装おうとも、先刻の「ばぶー」である。感銘など、受けようがなかった。
 雪之丞の前には、ぐったりとした令子、横島、オキヌ、厄珍がいる。
 暴れまくり、と言うよりは、赤子が母のおっぱいにしゃぶり付くように、美神を抱きしめて離さなかった雪之丞である。それを令子から引き剥がし、更にその顔からロキの仮面を外す。非常な苦労をし、みんなすっかり憔悴しきっていた。
「全く、下らない苦労をかけてくれたわ」
「全くだ」
 令子、横島が疲れたままの口調で、投げやりに告げる。
「全くあるよ。良い迷惑ある」
 厄珍まで。
 流石に、こればかりは許容できない。
「誰のせいだ、誰の!」
「……済まなかったある」
 雪之丞の勢いに圧され、厄珍が必死で謝る。
「そうだ、お詫びの印に、この薬をあげるあるよ。何と、飲むだけでお手軽に超能力者になれるという画期的な──」
「やめんか!」
 令子が、厄珍が取り出した薬を横からひったくる。
「あんた、全然反省していないわね」
「軽い、冗談ある。令子ちゃん、そんなに怒っちゃ駄目あるよ」
「……こいつは」
 間違いなく、欠片も反省していない。再び同じ様な事件を引き起こすことは間違いない。そう確信する令子。出来れば、次回は関わりたくない。もし、関わることになったら、今回以上にふっかけてやる。そう心に誓う。
「しかし、ばぶ〜、は良かったなあ」
 横島が、にししと笑いながら、告げる。
「何というか、秘めた欲望を表に出す、と言う話だけど、全然秘めて無いじゃないか。もしかしてお前、底が浅いのか?」
「何だと!」
 底が浅いと評されては、黙っていられない。雪之丞が、吼える。
「仮面を付けても、普段のままじゃないか。ママ〜!、って。──しかし、しまったな。さっきの雪之丞の様子をカメラにでも収めて、弓さんに見せれば……」
「何で、そこであいつが出て来るんだ?」
 真っ赤になって雪之丞。きっぱりと、見え見えである。
「そうすれば、弓さんも、こんな底の浅いマザコン男にはあきれ果てて……」
「貴様にだけには、底が浅いと言われたくないぞ」
 絶対に認められない。更に、吼える。
「何を言っているんだ。俺の内面は、いろいろと複雑なんだ」
「は、どうだか。きっと、お前が仮面を付けても、いつもみたいにセクハラを繰り返すだけだろうよ!」
「負け犬の遠吠えはむなしいなあ」
 せせら笑う横島。
 そちらを、雪之丞は物騒な視線で睨み付けた。
「横島さん、もうその話は止めましょう」
 横島、雪之丞を等分に眺め、はらはらした顔で、オキヌが宥めにかかる。
「そうだな、結論、雪之丞の底は浅い、と言うことで、この話題は止めよう」
「ああ、横島さん、それじゃあ喧嘩を売っているような……」
 必死でオキヌが咎めるが、その甲斐はなかった。
 ぶちんと、雪之丞のこめかみ辺りで、何かが切れる音が響いた。
「そこまで言うならば、証明して見せろ!」
「──ちょ、一寸、何を!」
 それまで、生ぬるい視線で二人のやりとりを見守っていた令子が、慌てて叫ぶ。
 雪之丞は、よりにもよって、今し方ようやく引き剥がしたばかりのロキの仮面を掴みあげると、横島の顔に押しつけたのだ。
「うわ、何を!」
 横島は慌てて、仮面を引き剥がそうとする。しかし、仮面はしっかりと横島の顔にくっついてしまっていた。
 そして──


 横島の体が震え始める。最初は、微妙に。しかし、即座にその揺れは、激震になる。
 顔が震え、首が震え、体が震え。
 仮面から、足の先まで震えが伝わると、今度は激しく回転を始めた。ぐるぐるぐると、洗濯機の中か、ミキサーの中に放り込まれたように、横島の体が回転する。そして、まるで喧嘩ゴマのように、あちらこちらにぶつかりながら、厄珍堂の店内を走り回る。
「きゃあ」
 慌てて、オキヌ、令子、厄珍、雪之丞は、カウンターの中に飛び込んで、喧嘩ゴマよろしくはじき飛ばされるのを避ける。
 横島ゴマはさんざんぶつかりまくった挙げ句、最後には煙を発して、その向こうに隠れた。
 そして、煙が晴れると──
 そこには、しっかりと仮面が顔に貼り付いた横島がいた。
「ははははは、ハーイ、エブリバデみなさん、こんにちは、デース」
 なんだか野太い声で、横島が陽気に挨拶する。
 顔はやっぱり雪之丞の時と同じく蛍光の黄緑色。そのくせ、横島であることが判別できる。さすがは魔法の仮面と言うところだろう。
「あんた、どうするつもりよ!」
 令子が、カウンターから顔だけを出して、雪之丞にくってかかる。
「す、すまん、つい」
 一時の激高は去っている。雪之丞は慌て、謝る。
「すまんで済んだら、警察は要らないのよ!」
「美神さん、喧嘩をしている場合じゃなくて、横島さんを何とかしなくては」
 オキヌが建設的な意見を述べる。
 しかし。
「私はいや」
 きっぱり、令子は答えた。
「ええ?」
「ええって、オキヌちゃん、相手は横島君よ。どうせ、これ幸いとばかりにセクハラをするに決まっているんだから、絶対に私はいやよ。──雪之丞、あんた責任をとって、何とかしなさい」
「俺が?」
「何か、文句ある?」
 物騒な視線で睨まれて、雪之丞はカクカクと頷く。頷かなければ、殺される。そう確信していた。
「ははははははははははは」
 横島は、未だに笑い続けていた。相変わらずの、野太い声。更に言えば、イントネーションなど、どこかメリケン臭い笑い方だった。
「横島、恨みは……無いが、覚悟しろ」
「その、間のリーダーは何ですか?」
 オキヌが突っ込む。
「何でもない。兎に角、覚悟!」
 わざわざ、雪之丞は霊気の鎧を纏う。雪之丞の得意技、魔装術。本気だった。
「ははははは。かかってきなさい、デース」
 横島が笑いながら、応じる。
「へっ、その余裕がいつまで保つか、楽しみだ」
 こんな時でも、雪之丞は戦いへの喜びを隠せない。元々、戦いは好きだ。その上、雪之丞にとって、横島はライバルだ。正直、アシュタロスとの決戦の最終局面、横島に水を空けられたと感じていた。しかし、雪之丞は何時までもその状況に甘んじたりはしない。以後も、修行を繰り返してきた。自分は、確実に強くなっている。そして、今。果たして、どちらが強いのか。それを、確かめたい。そんな欲求もある。
「行くぜ!」
 雪之丞は一声叫ぶと、横島に躍りかかった。遠距離からの霊波攻撃では、横島に通用するとは思えない。また、外れた場合、厄珍堂を破壊することになる。そうなれば、厄珍は平然とした顔で、壊したアイテムの代金を請求するだろう。それも、避けたい。
 雪之丞は右の拳を握りしめ、殴りかかる。狙いは、その腹。
 対する横島は、自分の脇腹に手を添えると、勢い良く、それを横に引っ張った。
「な、なに?」
 横島の横腹が、冗談のように横にスライドした。ゴム仕掛けのように、ぐにゃりと。
 その為、雪之丞は空振りしてしまう。
「くそっ」
 舌打ちしつつ、足を跳ね上げる。狙いは、顔。
 横島は、今度は、自分の頭を上から叩いた。
「──な!」
 すると、頭が体にめり込んでしまう。
 狙った場所が無くなってしまったため、再び空振り。
 唖然として、距離を取る雪之丞。
 普段からでたらめな横島だが、今回のでたらめさは、すこぶるつきだ。悪い夢を見ているとしか思えない。
 距離を取った雪之丞に対して、横島の方は首が体にめり込んでしまったせいか、前が見えないようだ。ふらふらと歩き、壁にぶつかって転ぶ。それから、両手を頭のあった場所に添えると、一気に持ち上げる。
 ぽんと、炭酸ジュースの栓を抜いたような音を立てて、顔が飛び出す。
「……なんて言う、出鱈目」
 様子を見ていた令子が呟く。
「糞、まじめにやれ!」
 焦れて、雪之丞が叫ぶ。
「ハーイ、それでは、今度はこっちの番、デース」
「来るか?」
 身構える雪之丞。どんな攻撃が来ても、即座に対処できる。心身の緊張感を、限界まで高める。
 横島は、両手をつきだした。
 霊波攻撃か?
 いや、違った。
 何処にどう収納していたのか、まるで手品のように、その両手にはいくつもの銃器が握られていた。マシンガンと見えるモノ、バズーカと見えるモノ──兎に角、銃火器を大量に束ねた様に見える、物騒な代物が。
「──なんだそれは!」
「ハハハハハハハハ」
 横島は、笑う。そして、言った。
「ダーイ(死ね)」
 泡を食って、横っ飛びに逃れる雪之丞。魔装術は、霊力を使った攻撃だけではなく、物理的な攻撃にもある程度は有効な防御力を持つ。しかし、ある程度、だ。横島の構えた銃火器。アレをまともに食らえば、とても無事で済むとは思えない。
 しかし、向けられた銃口から飛び出したのは弾や爆弾ではなかった。
 クラッカーを破裂させたような音を立て、飛び出したのは煙と花だった。ごつくて派手だが、悪戯の玩具だったらしい。
「ハハハハハハハハ、びっくりしましたか? びっくりしましたね?、デース」
 言って、構えていた重火器を背後に放り捨てる。
「何なんだよ、それは!」
 いい加減、頭に来て雪之丞が叫ぶ。
 こっちは真剣なのに、あちらは巫山戯きっている。頭にも来ようと言うモノである。
「……でも、これって、横島さんの秘められた願望なんですか?」
「お笑い系なのは、いつもと変わってないじゃない」
 オキヌ、令子が小声で囁き会う。
 横島は、そちらに視線をちらと移した。
 それに気が付いた令子は、口元を引きつらせる。
 秘められた欲望を露わにする。きっぱり、秘められてはいないが、横島の欲望と言えば、一つしか思い浮かばない。つまり、ピンチ。
 慌てて逃げようとするが、横島の動きは素早かった。通常時でさえ、欲望を満たすためであれば、小龍姫の超加速に追いついてしまうような横島である。どうやら、あの仮面の能力で力をアップさせている様に見える今の横島。逃げられるはずがない。
「く、来るなら、来なさい!」
 きんと、澄んだ音を立てて神通棍が延びる。こうなったら、半殺しにしてでも、横島を止め、仮面をひっぺがす。そう、決意する。
 が。
「ハハハハハハハ。オキヌちゃん。二人で明日の夜明けのコーヒーを飲まないかい?、デース」
「え?」
 横島はダッシュでオキヌのそばに移動すると、まるでプリマドンナを支えているみたいな格好になって、口説き始めていた。
 オキヌは驚いた顔をしている。
 これが、普段の横島だったら、顔を赤らめたかも知れない。しかし、今の横島の顔は、マスクに覆われ緑色をしている。きっぱり、気持ち悪い。
「どうですか、オキヌちゃん、デース」
 きらりと、緑の肌に白い歯がやけに目立つ。
「え、えええ?」
 オキヌは焦りまくっていた。
「……何というか、意外な展開か?」
 もう、戦うことはすっかり諦めてしまった雪之丞がげっそりとした声で呟く。
「坊主は、実は、オキヌちゃんを好きだったあるか?」
「多分、普段の直線的な口説きじゃなくて、少しは洒落た口説き方をしてみたい。そんな欲望があったみたいだな」
 どこか方向が間違っているのは相変わらずだが。
 そんな口調で、雪之丞。
「それでは、誓いのチッスを、デース」
 何処がどう展開して、「それでは」なのか不明だが、横島の中では、そう言うことになったらしい。
「ええ〜!?」
 オキヌが悲鳴に近い声を出す。
 しかし、横島は構わず、唇を尖らせ、突き出した。見事なまでのタコ口である。いくら好意を寄せているとしても、こんな口で迫られるのは願い下げだろう。
「ちょ、一寸、横島さん、──きゃ、何処に触っているんですか?」
 どうやら、お尻辺りを撫でたらしい。
「気にしない、気にしない、ドンウォーリー、デース」
「気にします! 一寸、止めて下さい!」
 必死で、キスされまいと横島の顔を押さえ、自分の顔から引き離そうとするオキヌ。それは成功したようで、横島の顔はオキヌの顔から離れていく。しかし、代わりに横島の口が延びて、オキヌの唇に近づいていた。まるで、冗談か何かのように、長く延びて。
「……いや、確かに普段の坊主とは違うある」
「そうだな。そう言えば、あいつ、前に言っていたぞ。美神の大将はともかく、オキヌにはセクハラは出来ないって。そんなことをしたら、まるっきり悪役になるから、って」
 もう、すっかりやる気ナッシングで魔装術を解いた雪之丞が厄珍の呟きに応じる。
「成る程、口で何と言っても、やっぱり本心ではセクハラをしたかったあるか」
 うんうん、と厄珍が頷く。確かに秘められた欲求だと納得していた。
「あんたらねえ、気楽に論評しているんじゃないわよ!」
 その二人を令子が怒鳴りつける。
「横島、あんたも、いい加減にしなさいよ!」
「よいではないか、よいではないか、デース」
 横島は、ちっとも聞いていなかった。
「こいつ……」
 令子は、神通棍を力一杯握りしめた。
「いい加減に、しろ!」
 叫びと共に、横島の顔面に一撃食らわせる。
 手加減無用、半殺しどころか全殺しにしても構わないとばかりの一撃だった。
 それは見事に命中し、横島の顔の中心が縦に真っ直ぐ陥没する。
「え?」
 流石に、陥没するとは思わなかった令子が戸惑う。
 兎に角、その間にオキヌは横島から逃れている。真っ赤になってお尻を押さえているところを見ると、矢張り撫でられたのはそこらしい。
 横島の方は、顔が陥没してしまったため、また、周りが見えなくなったらしい。しばらくうろうろしていたが、何かを思いついたように、耳を押さえた。そして、いつの間にか、そこだけ元に戻っている口から、大きく息を吸い込んだ。
 すると、顔がまるで風船のように膨らんでいく。
 令子らは、冗談のような光景に、呆れ、ぽかんと口を開けて見守る。
 その視線の先で、横島の顔はどんどんと膨れ上がっていき、陥没部分が元に戻る。しかし、それでも息を吸い込み続け、遂に張力限界まで膨れ上がってしまったらしい。パンと、風船が割れるときのような音を立てて破裂する。
「え?」
 戸惑う令子ら。
 横島の顔は──破裂したというのに、しっかりと首の上に付いていた。
「びっくりしました、サープライズ、デース」
「何処まで出鱈目なのよ、あんたは!」
 令子が吼える。
「あなたには、言われたくない、デース」
 それに、横島が反論した。
「何ですって?」
「もう、あなたには、うんざりしている、デース。口を開けばお金お金お金、がめついのも、いい加減にして欲しい、デース。はっきり言って、見ていて悲しくなる、デース。それに、その格好、いい加減にした方が良いと思う、デース。一昔前ならばともかく、今となっては、ボディコンなんて、時代遅れ、デース。いい加減、いい年なんだから、年齢相応の落ち着いた格好をした方が良いと思う、デース。それに──」
 横島はべらべらべらと、令子に文句を付ける。そのがめつさから始まり、格好、ふだんの生活態度、自分の給料のあまりの安さにまで細々と。
「おお、確かに坊主の本心あるね」
「成る程、今ひとつ信じられなかったが、確かに、仮面を被ったモノの秘められた欲望が表に出るらしい」
 厄珍、雪之丞が感心したように頷きあう。横島が口にしているのは、普段から思っていても、怖くてとても口に出せないようなこと。しかし、言いたくて堪らなかっただろう事だ。そう、両者は確信していた。
「……あんたらねえ」
 令子の、この言葉は、小さな声で発せられた。
 しかし、周囲のモノを、全て凍り付かせるだけの冷気を持っていた。
 ごごごごごごご、と、背後に不穏な書き文字が浮かび上がりそうな迫力を伴って、令子は横島を睨み付けた。きっぱりと、怒っていた。完璧に、怒っていた。今の令子を見たら、あのアシュタロスだって、「ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい」、そう、詫びを入れること間違い無しの迫力だった。
 正面から、迫力のありすぎる視線に晒された、横島の体が震える。
 と、次の瞬間には、仮面が独りでに外れ、床に転がっていた。
 逃げた。
 厄珍、雪之丞はそう確信した。
「おお、とれた!」
 横島が、喜びの声をあげる。
「美神さん、どうもありがとうございます。おかげで、助かりました」
「そう」
 応じた令子の声は、平坦だった。
「良かったわね」
 言って、令子は神通棍を握りしめた。


 厄珍堂の床に、横島、雪之丞、そして厄珍がぼこぼこになって転がった。
 流石の横島も、五度は立ち上がらなかった。

 めでたし、めでたし。

マスク
多分、ハリウッド映画。
何となくテレビを付けていたら、放送していた。
内容はヘタレ男がロキの仮面の力で、やくざの情婦を手に入れるという話。
多分、そうだったと思う。


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