リポート08 天国に一番近い島!(その1)


 参考書から顔を上げ、ふと時計を見ると、結構な時間になっていた。明日のことを考えると、これ以上の夜更かしは辛い。
 弓かおりは参考書を閉じ、眠る準備を始める。
 そこで、視線が学習机の隅っこに置いた携帯電話を捕らえる。
 父親は、子供がわざわざ携帯を持つ必要がないと言う。教育の方針との事だが正直それは言い訳で、只単にそれを嫌っていると言うだけの話のように思える。しかし、長いことの交渉の結果、持つのはかまわないが金は自分で払え、と言う譲歩を引き出すことに成功していた。その為、弓は自分のお小遣いの中でやりくりして携帯を手に入れた。見栄──主に一文字魔理辺りへの──もあり、それなりの機種のモノを用意し、月々の維持費を払うとなると、さすがに楽ではない。携帯を手に入れていらい、かおりのお小遣いは緊縮財政を強いられている。
 と言うのに。
「あの馬鹿は今頃、どこをほっつき歩いているのやら」
 目つきの悪い彼女の恋人──そう言われれば勿論否定する──からは、音信不通ですでに三ヶ月近くになる。
 元々、購入の動機の幾分かは、その男と会話をするため、というモノもあった。
 かの男は住所不定、定収入無し。ゴーストスイーパーとしての能力は、何かと彼に対しての点が辛いかおりから見ても一流の部類に入るのだが、生活態度は最低だ。仕事をして纏まった金が入ると、その金がつきるまで修行と旅に明け暮れ、素寒貧になった後に慌てて仕事を探す、という生活サイクル。それを知った弓父が断固としてこの男とのつきあいに反対。元々かおりの長電話には否定的な見解を表明していたが、以後、彼からの電話に父が出ようものならば、問答無用で切るようになってしまったのだ。
 それで仕方なく、携帯電話を購入する運びになったというのに。
「別に、あの男のためだけじゃありませんわ。そう、今日日の女子高生が携帯の一つも持っていない方がおかしいから──」
 口走り、一体自分は誰に向かって言い訳をしているんだと馬鹿らしくなって、携帯から視線を外す。
 今度こそ本格的に眠るための準備をすることにする。
 押入から出した布団を床に敷き、寝床を作る。内心のむかむかは未だに消えてくれておらず、腹立ち紛れに枕を乱暴に投げつけるようにして配置。やはりと言うべきか、それではいつもの位置にきちんと納まらず、ますます胸の奥にもにゃもにゃした怒りを覚えつつ、今度はしっかりと修正。
「──全く」
 不機嫌な声で吐き捨てて、布団の上にごろんと横になる。
「どこで何をやっているのか。連絡位しなさいよね」
 ぼんやりと呟く。
 そうでなくとも、危機的状況で心を躍らせるという、いささか救いがたい性癖の持ち主だ。
 今頃、どこでどんな危険な目に遭っているのか。いや、目に遭うくらいならば良いが、自分から積極的に関与していそうだ。
 危険。
 きゅっと、心臓あたりに鈍い痛み。
 かの男は確かに強い。でも、それは無敵、不死身と同意ではないのだ。それに、強いと言っても人外の存在に比べれば、多寡が知れている。かつて出会った魔族──確かパピリオとか言った──のように、デコピン一つでこちらを戦闘不能にするくらいは余裕の存在だって、少なくはないのだから……
「あ〜、やめですわ。これではまるで、恋する乙女のようじゃないですの」
 それ以外の何者でもないのだが、かおりはぶんぶんと乱暴に頭を振って否定し、今度こそ寝てやると電気を消して布団に横になる。
 目を閉じることしばし──
 部屋に電子音による、「こん●ちは赤ちゃん」のメロディが聞こえてきた。
 このメロディは、あいつ用に設定してあるモノ。あいつにはふさわしいと、自画自賛した曲目である。
 かおりは布団を蹴飛ばすようにして起きあがると、携帯を手に取る。
 彼女も未だ無資格とは言え、六道女学院の霊能科に通うGSの卵である。今日に限って携帯が気になったのは未来予知のたぐいかと内心で納得しつつ、慌て勇んで電話に出ようとし──そこで、一つ深呼吸をする。
 あまりに慌てて出たのでは、まるであいつからの連絡を待っていたようではないか。
 深呼吸で頭は幾分冷えた。
「はい?」
 そのせいか、第一声は自分でも、かなり冷静だったと思えた。
『かおりか?』
 いつからだろうか? 自分が弓ではなく、かおりと呼ばれるようになったのは。
 つれづれとそんなことを考えながら、かおりは意識して素っ気ない声を出した。
「どちらさまでしたかしら? ずいぶん久しぶりに聞く声のような気がしますけど」
 気にしていたなんて、そんなモノを表に出したりはしない。男女関係は駆け引きでもある。弱みを見せた方が負け。勝ち負けを競ってもしょうがないのだが、かおりはそのように考えた。
 かおりは、電話の向こうで、あいつがかすかに笑う事を予想した。最近、どうも意地を張っても見抜かれているような気がする。それだけつきあいが長いと言うことであり、しゃくなこともあるが、逆にうれしかったりもする。
 とにかくこれは、珍しくもないやりとり。お約束で、それだけに安心できるやりとり。
 今回も、そうなるはずだった。
 しかし、受話器の向こうから聞こえてきた声は酷く真剣で、かおりの予想を打ち砕いた。
『すまんが、別れを言うために連絡した』
「え?」
 言葉が、すんなりと頭に入ってこない。
 六道女学院が誇る才媛の弓かおりが、たったこれだけの言葉を理解しかねてフリーズしてしまう。
『おまえの知っている伊達雪之丞は死んだ。俺のことはもう、忘れてくれ。──じゃあな』
「ちょ、ちょっと、雪之丞!」
 慌てて叫ぶが、耳元の電話から帰ってきたのは、回線が切断されたことを示す冷たい電子音のみ。
 呆然と、耳から離した手の中の携帯を見つめる。
「なによ、それは……」
 自分のモノだとは信じられないほど、潤いのないひび割れた声。
 かおりは、携帯を壁に投げつけると、声を荒げた。
「なによ、それはっ!」


 ゴーストスイーパーという職業にとって、知名度という奴は結構重要なステータスである。あるいは、霊能の多寡以上に重要かも知れない。
 何しろ、ゴーストスイーパーはたいていの場合、個人営業の自営業。GS協会やオカルトGメンから流して貰える仕事もあるが、基本的に顧客の獲得は自身の手で行わなければならない。たとえ霊能力で他を圧するモノがあっても、誰にも知られていないのでは仕事の得ようがない。知名度は、重要なのだ。霊能の世界に限ったモノではなく、ほかの商品──たとえばお酒でも、良心的な製造を行っている昔ながらの小規模酒造よりも、大々的にテレビコマーシャルを打っている大規模三醸酒メーカーの方の売り上げが高いみたいに。
 伊達雪之丞の場合、知名度の高さは折り紙付きだった。
 あのアシュタロスの事件で活躍をした一線級のGSの一人!
 知名度がない方がおかしい。
 だが、彼の場合、知名度の高さは諸刃の剣だった。
 かつては、魔界のテロリストであったメドーサの配下。その後、モグリのGSとして真っ当でない仕事をこなしていた。そんな過去まで知れ渡ってしまっていたから。
 一流どころ、真っ当ななところは、彼の能力を知りつつも、あえて無視をした。わざわざ、脛に傷を持つGSを雇う事もない。ほかにもGSはいるのだから。そう考えるのは、まっとうな判断という奴だろう。
 また、雪之丞の普段の生活態度も問題だった。
 信用を得るためには、長い時間をかけて、自分が信用できると言うことを伝え続けていく必要がある。
 地道に仕事をこなし、少しずつ、少しずつ。そうやって、信用は得るモノだ。短期間で素早く、なんて方法はない。日々の積み重ね、それが重要だ。
 だが雪之丞は一つ仕事をこなして報酬を得ると──と言う生活を繰り返してきた。繰り返してきた。
 これでは、なかなか顧客との間に信頼関係を築くことは出来ない。
 さらに、人間、貧すれば鈍す、等の言葉もあるように、貧乏な事では人に負けない横島に食事をたかるほどに貧乏になってから仕事を探すような雪之丞である。そうなってくれば、仕事を選んでいる余裕がなくなるも自明のこと。彼の手がけた仕事の幾割かは人に言えないような類のモノも含まれ、結果、ますます信用を落とすという悪循環を繰り広げていた。


 今回、雪之丞の受けようとしている仕事も、いささか人に言えない類の仕事だった。
 雇い主に関しては、申し分ない。
 日本の誇る大企業の一つ南武グループ、その傘下である、南武リゾート関連の仕事である。
 もっとも、大企業だからと言って、それだけで安易に真っ当であるとはいえない。商売の規模が大きいことと、その品性の高さに比例関係はない。大企業、大きいだけに、その暗部も余計に深く、暗いのかも知れないのだから。かえって、商売規模と品性の高さは反比例の関係にあるのかも知れない。
 そして今回の仕事、それはやはり、後ろ暗い類のモノだった。
 仕事内容については内密に。裏社会の人間を中心にした人集め。
 こんな怪しい仕事、真っ当なGS──たとえば唐巣神父辺りであれば即座に回れ右をするだろう。美神令子であれば、金次第、そんなところか。
 雪之丞とて、積極的にやりたい類の仕事ではない。しかし、仕事を選んでいる余裕はなかった。
 肩にかけた鞄の中に入っている、例によって横島から分けてもらったカップ麺、それが尽きれば、即座に食う物がなくなる状況。少々の怪しさは、この際目を瞑るしかない。
「こちらです」
 案内してくれる女性──須狩と名乗った──は、見るからに私は有能ですと言った類の冷徹な美貌の持ち主。横島辺りが彼女を見れば「お美しい! 素敵だ!」と飛びつくこそ間違いない美女。だが、かすかに目元の辺りに荒んだような影が見え、雪之丞には積極的にお近づきになりたいとは思えなかった。それに、雪乃丞にはママやかおりがいるのだ。
 相手は雇い主である。あるから、その辺りの感想は用心深く胸のうちに秘め、雪之丞は須狩の案内に従い、一つの部屋に招き入れられた。
 そこへ入った雪之丞は、品定めをする視線に晒されることとなった。


 部屋は、上品に、そして高級に纏まった応接室、そんな感じだった。
 部屋の中央にはガラス張りの低いテーブル。その周りにおしりが深く沈み込んでしまうこと確実のソファーがあり、総勢7名の人間が思い思いの格好で時間をつぶしていた。その人間達は、部屋の上品さ、高級さに比して、いささか不釣り合いの人種と見えた。
「こいつらは?」
「今回の仕事は、大がかりなモノになります。ですから、ここにいる全員で、チームを組んでもらう予定です」
「チームね」
 雪之丞は軽く顔をしかめた。
 一匹狼を気取る彼にとって、チームプレイはさほど気が進むモノではない。いや、それ以上に、チームのメンツの能力についても問題がある。美神令子ら、一流どころと組んで仕事をしたことのある雪之丞だけに、程度の低い、自分の足を引っ張りかねない連中と協力するというのは、酷く気が進まない事だ。
「……そいつが最後の一人?」
 と、そこへ声をかけてきたのは女性。少女と言った方が適当か。雪之丞も若いが、それ以上に若い。
 少女は気の強そうな顔立ち。十分以上に可愛いと表現できるだけの容姿を持っている。体にぴったりとした黒いボディスーツの上にパーカーを羽織り、胸元には小さな拳銃のペンダントをしていた。横島あたりであれば、飛び掛かるか掛かるまいか葛藤し、「俺はロリじゃないんだ〜」と涙を流しそうな微妙な年齢の女の子。はっきり言って、裏社会にはそぐわないほどに若い。
 若いが──ちょっぴり、ママに似ているかも知れない。
 その少女は雪之丞を品定めするような視線で上から下まで。それから、挑発するような口調で言った。
「若いわね。本当に、私たちと組むだけの実力があるの?」
「……ガキが粋がっても、強がっているようにしか見えないぜ。お嬢ちゃん」
 こいつは絶対ママに似ていない。
 自分を雑魚扱いするような少女の口調にむっとするモノを感じ、内心で先ほどの評価を修正しつつ、それでも雪之丞は冷静な声で応じた。ガキ相手に真剣になるのも、みっともない話だ。こういうのはまじめに相手にしないに限る。軽く流すべきだ。それが、大人の対応だ。
「誰がガキよ」
 少女はガキであることを証明するかのようにあっさりと機嫌を悪くして、雪之丞を睨み付けてくる。そして、もう一言。
「私より背が小さいくせに」
「うるせ〜!」
 先刻の思いはどこへやら。雪之丞は思いきり叫んでいた。背の低さは、雪乃丞のコンプレックスの一つだ。特に女性で長身の部類に入るかおりとつきあい始めてから、以前より気にするようになった。
「この程度で怒るなんて、心が狭いわね。それとも、身長と同じで中身もガキって事?」
 勝ち誇ったような少女。
 雪之丞は何か辛らつな言葉で帰してやろうと脳内語彙を検索し──それを口に出すより先に、男が割って入った。
「お嬢ちゃん、よしな」
 重厚な声。
「お嬢ちゃんって呼ぶな! このハゲ!」
 間髪入れずに少女が吠える。
「わかったわかったよ。お嬢ちゃん」
 ちっともわかっていない、しかし余裕に溢れた声で応じる辺り、この男の方が雪之丞よりも大人、と言うことだろう。実際、年齢的にも雪之丞よりもだいぶん上だ。40前後か。
 男は、少女に「ハゲ」と罵られたように、禿頭。しかし、ハゲというのは公平な意見ではないだろう。無論、年齢的にその可能性も削除できないが、どちらかと言えば職業的な意味合いで禿頭にしているに違いないから。墨染めの衣、そして袈裟。この男は坊主のようだ。霊能者としては、読経を主にするタイプではなく、肉弾戦に重きを置くように見える。何しろ、ずいぶんとたくましい体つきをしているし、体の脇に、ずいぶん長いこと使い込んだと見える鉄棍を立てかけている。先刻、坊主と思ったが、これはどちらかと言えば僧兵かと、雪之丞は男の分類を改める。
 男は、きゃんきゃん吠える少女をいなしつつ、雪之丞の方に男臭い笑みを向けた。人食い鮫が笑ったようにも見えたが、もしかしたらこれは、友好の表明なのだろうか?
「おまえさんはこのお兄さんの実力が心配だっていっていたが、安心しろ。このお兄さんの実力は本物だ」
 やはり友好の表明だったらしい。
「何で、あんたにそんなことわかるのよ」
 少女は、それだけでは収まらないようだ。かみつきそうな勢いで男に迫る。
「このお兄さんは、有名人だぜ? 伊達雪之丞。知らないのか?」
 雪之丞はこの男を知らない。しかし、こちらが知らなくても向こうは知っている、そんな状況は珍しくもない。アシュタロスの事件は大々的にマスコミに取り上げられた。世界規模の大騒ぎだったから、当たり前の話だ。──もっとも、マスコミに主として取り上げられたのはピートだが。
「伊達雪之丞……?」
 思い当たらなかったのではなく、驚いているのだろう。少女は確認するように口にした。それから、まるで珍獣でも見るような視線で、雪之丞に注視する。
 いや、少女だけではなく、部屋にいた人間の半数以上が雪之丞に注目していた。推し量るような、驚いたような、中には、敵意の混じった視線もあった。
  どこかいたたまれない気分になりつつ、雪之丞は自己紹介の必要を感じた。
「伊達、雪之丞だ」
 なるべく感情を表に出さず、素っ気なく告げる。
「嘘……」
 少女の方は、まだ納得いかないらしい。小さく呟く。
「こんなちっこいのが?」
「ちっこい言うな!」
 吠える雪之丞。
 そこで、今まで沈黙を守っていた須狩が、ぱんぱんと手を打って自分に注目するように促す。
「さて、これで全員が揃ったわけだけど、仕事の説明の前に、自己紹介の時間でも設けた方が良いかしら?」
 問うように、視線を一巡りさせる。
「別に必要なかろう」
「俺たちは別段、仲良しクラブの仲間達、ってわけでも無いしな」
 これに否定的な言葉を返したのは二人。
 雪之丞はこの二人を観察して、あっさりと興味を失った。
 雰囲気だけは作っているが、一目でその実力は二流以下と知れた。話にもならない。自分たちで仲良し小良しをする必要がないと言っているのだから、危機に陥っても救ってやる必要もない。実のところ、酷くありがたい申し出だった。
「まあ、それぞれの主義主張があるのは当たり前だな」
 例の坊主は笑う。それから、笑いを収めると、言った。
「だから、俺は俺の流儀で行こうか。──俺は、英正(えいしょう)。得物のせいで、「鉄棍鬼」と呼ばれることもある。まあ、好きなように呼んでくれてかまわんよ」
「ハゲでも?」
 挑発的に言葉を返したのは少女。
 しかし、鉄棍鬼は鷹揚に笑って、かまわんよ、と返した。
 大人の対応に、自分がガキだと言われているような気分になったらしい。少女は不機嫌な表情をしたが、鉄棍鬼に促され、渋々といった口調で自己紹介をする。
「別に、本名を名乗る必要はないでしょ? 何しろ、後ろ暗い仕事なんだから。だから、私のことは「ガンナー」と呼んで」
 言い捨てると、横の男に視線を向ける。
 こちらは、鉄棍鬼と同様宗教関係者。だが、鉄棍鬼と違い、こちらは神父の格好をしていた。僧服に胸元にはロザリオ。膝の上には聖書を置いていた。見るからに肉体労働者の鉄棍鬼とは容姿の点でも逆を行く。こちらは頭脳労働者。なでつけたオールバックが特徴的な、理知的な落ち着いた容貌。そして、落ち着いた声で、自分のことは神父と呼んでくれと、格好そのままの呼び名を要求した。まあ、その格好で巫女さんと呼んでくれと言われれば戸惑っただろうから、これはこれで良いのだろう。
 次は、骨に皮を張り付けた、そんな具合に不健康に痩せた男。目だけがぎょろりとしている。ゆとりがあると言うよりは、ぶかぶかでサイズが合っていないように見える、暗色のローブを身に纏っている。見た目、「悪い魔法使い」と言った具合だ。病的なまでに痩身な癖をして、自分のことは「ファットマン」と名乗った。少女──ガンナーがあまりに容姿とかけ離れた名乗りに不審な視線を向けたが、骸骨が笑ったような笑顔とも言えない笑顔を見せただけで、何も答えなかった。
 最後の一人は、独特の緊張感を身に纏った男。その緊張感から、一目でナイフ使いと知れた。おまけに、一癖も二癖もありそうだった。
 この男はどうやら本名を名乗った様だ。
「ジャック霧崎だ」
 そのシンプルな名乗りに、幾人かが記憶野を刺激されて、男に視線を向けた。
 雪之丞も、その名前に覚えがあった。
「切り裂きジャックか?」
 思わず、口にする。
 雪之丞とは違い、裏の世界限定の有名人。
「え? ジャック・ザ・リッパー?」
 びっくりしたようなガンナーの声。
「ああ」
 苦いモノを吐き出すような声で、雪之丞は応じた。
「老若男女如何を問わず、依頼があれば──いや、無くても、人を切り刻んで喜ぶくそ野郎だ」
 裏の世界。それだけに、どこか逝ってしまった人間──最早存在そのものが有害とも言えるような怪物も存在する。リッパーはそう言った怪物の一人。趣味で、自分の愉悦のために、人を切り刻む。
「そんなに嫌わないでくれよ」
 雪之丞の言葉にリッパーは薄く笑う。そんな反応は飽き飽き。今更腹も立ちはしない。余裕の態度。
 余計に雪之丞の燗に障る。
「俺たちは一緒に仕事をする仲良しグループなんだぜ? 仲良くしようぜ?」
「誰が貴様みたいなくそ野郎と──」
「俺もあんたも、裏の世界で生きている人間だ。五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑う、だ」
 にやにやと、雪之丞の神経を逆なでするような笑みを向けてくる。
 俺はおまえと違う。
 反射的に叫びかけ、雪之丞は思いとどまる。
 ならば、何故おまえはここにいる?
 リッパーの視線がそう問うていたから。
 確かに、ここにいる以上、雪之丞もまた日の当たる世界の真っ当な人間ではないのだ。
「くそったれ」
 代わりに、雪之丞は自分自身に向けて吐き捨てた。


 険悪になりかけた空気を攪拌したのは須狩の声だった。
「自己紹介はもう良いかしら?」
 そして、答えを待たずに言葉を重ねた。
「私──南武グループとしては、あなた方が仲良くしようがしまいが、依頼を完遂してくれさえすればかまわないわ」
「わかったよ」
 雪之丞は不機嫌に言って、乱暴にソファーの空いた場所に腰を下ろした。
 意図したわけではないが隣になったガンナーが、その乱暴さにちょっぴり眉を歪めるのが視界の隅に見えた。
「で、俺たちは何をすれば良いんだ? 先に言っておいたが、もう一回言っておく。俺は、殺しはしねえぞ」
「そんなことは依頼しないわ。何しろ、南武グループは一部上場の優良企業なんだから」
 軽く応じてくる須狩に、だったら裏の人間を雇うな、と内心で悪態を付き、雪之丞は先を促す。
「まずはこの写真を見てちょうだい」
 雪之丞の内心などお見通し、そんな、さらに不機嫌にさせる余裕の笑みを見せたあと、須狩は壁のスクリーンに一枚の写真──航空写真を示した。
 全周を海に囲まれた島。海の色合いから、おそらく南方。島の大半は濃い緑に覆われている。隅の方に見える灰色の部分は、その形から滑走路のように見えた。
「島だな」
 鉄棍鬼が分かり切ったことをわざわざ口にして、重々しく頷く。
「ええ」
 須狩はそれを軽く受け、説明を始める。
「この島は北緯●●度東経●●度に──まあ、わかりやすく言えば太平洋、赤道あたりの小島の一つ、名前はコンナシマネエヨ島。通称、コ島と呼ばれている島です」
「そんな南の島に何の用事だ? 俺たちをリゾートにでも招待してくれるってのか?」
「ええ」
 雪之丞の軽口に、須狩は頷いた。
「この島を改造して一大レジャーアイランドを作る計画が、南武リゾートで立ち上げられました。巨大遊園地、巨大カジノ、巨大ゴルフ場、巨大海水浴場──」
 この女は巨大が好きなのか?、と雪之丞が疑惑を抱く程、巨大が連発する。
「余計なお世話かもしれんが、そんな所にそんな施設を作って元が取れるのかね?」
 須狩の説明を聞きながら仕切と首をかしげていたが、ついに我慢が出来なくなったのか、疑問を口にしたのは鉄棍鬼。
「それだけの価値があるモノを作り出します」
 きっぱりと、須狩は答える。社内のプレゼンでも同様だったのだろうと思わせる、自信に溢れまくった口調。採算がとれない? そんなことはあり得ません、表情、態度、全てでそう答えていた。
「レジャー施設の成功例と言えば、デジャブーランドが真っ先に思い浮かぶでしょう。あそこの成功の秘訣は、「客を楽しませるためには金を惜しまない」です。完璧な管理運営は勿論、施設の一つ一つに莫大な金額をかけて「客を楽しませる」事に特化しています。このレジャーアイランドも、それに倣います。南武グループの総力を挙げて、最高のサービスと最高の設備で客をもてなします。そして、軌道に乗った後は、全世界でチェーン展開、「南武ランド(仮称)」を、デジャブーをしのぐ遊園地の代名詞として見せます!」
 ご立派、と拍手するしかないような力強さで、須狩は言い切った。
 実際、鉄棍鬼は拍手をしていた。
 ご静聴、ありがとうございますと、一礼した須狩に向かって、今度は神父が口を開いた。
「……それで、そこに我々がどう必要になってくるのかね?」
 もっともな疑問である。
 デジャブーランドには、美神令子監修のオカルト技術を使った施設もある。しかし、美神令子とここにいるメンツのネームバリューでは比べものにならない。だいたい、闇の世界に住人ばかり。逆に知名度があったら客に引かれてしまうだろう。
「……」
 須狩は、大演説の後だけに、少々言いづらそうな顔をしたが、言わずにすませられる類の事柄ではないと、一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けような仕草をすると、うってかわって重い口調で話し始める。
「調査部の調査が不完全で、この島に問題があることがわかったのです」
 だからこそ、雪之丞達が呼ばれたわけだから、当たり前だ。
「たとえばガ島ほどには知られていませんが、この島も太平洋戦争時の激戦区の一つで、多くの日本兵が倒れた場所だったのです」
「つまり、出ると言うこと?」
 ガンナーが問う必要がないほどに分かり切ったことを問う。繰り返すが、だからこその、雪之丞達なのだから。
「悪霊退治か?」
 しかし、拍子抜けした声で、鉄棍鬼。顔には、だったら何故、俺たちなんだ?、と書いてあった。通常の除霊であれば、わざわざ裏の世界の人間を集める必要など無い。
「除霊は、秘密裏に行う必要があります。表沙汰になれば、供養だの何だの面倒くさいことになって余計なお金がかかります」
 先刻の「金を惜しまない」と矛盾しないか?
 雪之丞はそんなことを考えた。
「金を惜しまないと言うことは、無駄金を惜しまないと言うことではありません」
 それが通じたというわけではあるまいが、須狩は性急な調子で否定する。
「さらに、金だけではなく余計な時間もかかります。さらに言えば、あなた方は墓場の上に立っている遊園地で楽しみたいと思いますか?」
 納得だ。
 と、鉄棍鬼が両手を広げる。
「別の島にするという選択肢はないのですか?」
 神父の疑問。確かに、わざわざ問題のある島にこだわる必要はない。
「すでに、資材の搬入その他が始められてしまっているのです。無論、今は中断させていますが、最早よその島を探してと言う状況は過ぎてしまっているのです」
 調査部の無能ども。須狩はそんな怒りをちらと顔に浮かばせる。
「本当ならば、こうして話をしている時間も惜しいわ。こうしている間にも、金がだだ漏れしていくのよ」
 今すぐにでも除霊に出発してちょうだい。そんなことを言い出しそうな、口調。下手な質問をしたら怒り出しそうだ。
 しかし、もう一つ確認しておく必要がある。雪之丞は、虎の尾を踏む覚悟で口を開く。
「その、霊どもの規模は?」
「調査部の最新報告では無数。正確な数はわかっていないけど、その島で戦死したとされる人の数は約5000人よ」
「最大で5000か?」
 うんざりとした気分になってしまう。その数を一々除霊する。はっきり言って面倒くさい。
「だからこそ、この人数。さらに、口止め料込みで、それだけの報酬は払います。他に何か質問は?」
 最早、質問する者はいなかった。


 コ島までは、南武リゾートの用意した輸送機で向かうこととなった。
 どうやら軍用払い下げらしく、味も素っ気もない国防色で塗られた双発の機体に、南武所有を示す黒いライオンのマークが描かれていた。
「居住性は最悪ね」
 ガンナーがぼやいたように、軍用だけに、居住性には気が遣われていなかった。しかも、雪之丞達は荷物と一緒に格納庫に押し込められているのだから、居住性がいい訳がない。
「一々ぼやくな」
「何よ、ちび」
 雪之丞にとっては、さらに居心地が最低に感じられた。何かとガンナーに突っかかられるのだ。
 何で俺ばっかり、と思うが、おそらく、これは一行の中で一番年齢が近いのが雪之丞だからだろう。他の人間はガンナーにとって世代の離れた「おじさん」ばかりで、気軽に軽口を叩くのが躊躇われる。そんなところか。しかし、理由が何にせよ、勘弁して欲しいというのが雪之丞の本音だった。
 それでも、ガンナーはすぐに静かになった。娯楽に乏しい飛行機の中。寝ているくらいしかすることがないのだ。
 実際、他の連中も皆、眠っているかはともかく、瞳を閉じて静かにしている。遊びに行くわけではないのだから、休める時には休んでおく。これがプロの姿勢で、ガンナーは若干、それが乏しいようにも思えた。言ってしまえば素人くさい。
 フライトを数時間。
 雪之丞は飛行機の種類に詳しくないため、詳細は不明だが、この機体はかなり優速であるらしい。
 操縦席からこちらにやってきた男が、もうすぐだ、と知らせてくる。
 ガンナーはそれを聞いて待ちかねた様に、小さな窓に飛びついて眼下を探る。
「うわ〜、海の色が違う」
 と、まるで子供のようにはしゃいでいる。
「ガキだな」
 ここで言わなくても良いことを雪之丞は口走り、ガンナーが不機嫌な表情で雪之丞に向き直る。
 これまでに雪之丞は、口ではガンナーに勝てないことを悟っていた。こちらが一言言う間に、相手は三言四言、絶対的な口数が違った。かおり相手に、女には口では勝てないと学習しても良さそうなモノなのに、成長していない雪之丞だった。
 ガンナーが雪之丞に向かって何か辛らつな言葉をたたきつけようとした瞬間、雪之丞はそれを感じた。
「──!」
 圧倒的なプレッシャー。
 背筋にちりちりする感覚。
「あんたねえ──」
「黙れ!」
 鋭く言い捨てた雪之丞の言葉に、気圧されたようにガンナーが黙る。
 いや、ガンナーが口を閉ざしたのはそれだけが理由ではないだろう。
 おそらくガンナーもこのプレッシャーを感じていただろうし、その他、鉄棍鬼、神父、ファットマン、そしてジャック霧崎の表情も変わっていた。──救いがたいことに、残り二人は何が起きたのかと不思議そうな表情をしていたが。
「おい、あんたら、何を──」
 と、二人のうちの一人が、雰囲気の変わったメンツに異常を覚えたらしく、口を開きかける。しかし、その言葉は不自然に中断された。
 その瞬間、機体が揺れた。
 がつん、がつん、がつんと、連続して何か堅くて小さなモノが衝突する振動。
 そして、元軍用機のそれなりの装甲を持つであろう機体を貫いて、中に何かが飛び込んできた。
 その何かは目にもとまらぬ速度で格納庫の中で壁に当たって跳弾、縦横に飛び回る。
「うぉ」
 誰かの声が上がり、それから逃れようととっさに身を伏せる。
 大半のモノが迅速な反応を示し、例の一匹狼気取りの二人と、ガンナーが遅れた。
「糞っ」
 何で俺が──と思いつつも、見捨てる訳にもいかず、雪之丞はガンナーを押し倒すようにして床に伏せる。
 ぎりぎりのタイミング。直後、ガンナーの頭のあった場所を、何かが空気を切り裂いて通り抜けていった。
 そしてさらに跳弾。
 先刻、言葉を発していた一人の腹に、それは命中した。
 ばしゃりと、湿った音。男の背後の壁に、ロールシャッハテストに使えそうな模様が、真っ赤に描き出される。確かめるまでもなく即死。雪之丞の場所からでも確認できるほどの大穴が開いていたのだ。これでは、あの横島だって生き残るのは難しいだろう。
「ひっ」
 と、雪之丞の体の下でガンナーが体を硬くして怯えた声を出す。
 そちらをいたわる余裕もなく、雪之丞は体を起こす。
 幸いなことに、何かはこれで止まっていた。
「銃撃か?」
「わからん」
 誰にともなく聞いた言葉に、鉄棍鬼が答える。
「悪霊ではなかったのか?」
 これは、実体を持った攻撃である。どういう事だと、一匹狼気取り、残りの一人が甲高い声で叫ぶ。
「あの女は、俺たちに嘘をついたのか?」
「知るかよ! 詮索は後だ」
 雪之丞は吐き捨て、操縦席の方へ向かう。
 機体が傾いている。何か、そちらでも良くないことが起きた可能性がある。今は、何よりそちらが重要だった。
 仕切の扉を開けると、そこには予想通りの光景があった。
 血にまみれた操縦席。
 正面キャノピーには蜘蛛の巣状のひび割れがあり、顔が吹き飛んでしまっている操縦士、そして、こちらは顔は残っているが、左目が無くなり、そこから血を流して事切れている副操縦士。
 雪之丞は違和感を感じて周囲を探る。
 銃弾が飛び込んできたと見える痕は一つ。なのに、二人とも死んでいる。跳弾にしては不自然だし、一直線に二人を──と言うには、ラインがおかしい。どうやったって、一直線にはならないのだ。
「左のエンジンも死んでいる」
 そこへ声をかけてきたのは神父。機体がかしいでいるのは、そのせいだろう。
「パイロットは二人とも殺られている。誰か、この機体を操縦できる奴はいないか?」
 乱暴に死体を操縦席からどかしながら、雪之丞は尋ねた。
「このタイプは操縦したことはないが、俺がやろう」
 応じてきたのはリッパー。
 僅かに雪之丞は顔をしかめるが、この場はその人間性の好悪で判断できるような状況ではない。
「頼む」
 短く伝えた言葉に、リッパーはうれしそうに顔を歪めた。にやにやとした、嫌な笑い。
「あんたから俺に頼むなんて言葉が出てくるとはな」
「うるさい」
 やはりこいつは嫌いだ。相容れない。
 リッパーはやはりにやにやと笑いながら、血で汚れるのもかまわずに操縦席に座る。周囲の計器を一瞥して、操縦桿を握る。
「あまり長くは飛べそうにないな。海に落とすぞ」
「任せる」
 雪之丞は言い捨てて、後部に戻る。
「おい、どうなっている?」
 性急な様子で尋ねてきたのは、一匹狼気取りのもう一人。かなりせっぱ詰まった表情だ。
「パイロットが二人とも殺られた。今はリッパーの奴が操縦しているが、長くは飛んでいられないそうだ。海に落とすと言っていた。対ショックの準備をしておけ」
「本気かよ!」
「俺も冗談だったらどんなに素敵かと思うぜ」
 雪之丞はとりあえずクッションになりそうな荷物を適当にチョイスすると、壁に並べていく。他の者もそれに倣う。生き延びるために、今、何をするべきか。それを理解している動きで。
 だが、一匹狼気取りと、ガンナーの二人は動かなかった。
「待てよ、一体全体なんだってこんな事になるんだよ。俺たちの仕事は除霊だろう? それが何でこんな場所で攻撃を受けなくちゃならないんだ?」
 一匹狼気取りは、誰にも答えようのない疑問をいらだたしげに口にし、頭をかきむしる。
 ガンナーの方は顔面を蒼白にして、立ちつくしている。死体を前に茫然自失、そんなところか。
「おい、どうして誰も俺の疑問に答えない。答えろ。おい。何で俺はこんなところでこんな目に──」
「黙れ」
 ドスのきいた声で一匹狼気取りの言葉を封じたのは、鉄棍鬼だった。厳つい顔立ちであることも手伝って、その迫力は十分、一匹狼気取りはもごもごと黙り込む。
 ただ、ガンナーの方がさらに蒼白になってしまったのは余計な効果だった。
 雪之丞はそちらにちらと視線をやった後、精神を集中した。雪之丞が放出した霊力が物質化し、体を鎧のように包み込んでいく。魔装術。雪之丞の得意技。
「もしかしたら、そいつで飛べるのか?」
 鉄棍鬼がうらやましそうに尋ねてくる。
「いや」
 雪之丞は首を振って否定。
「残念ながら飛べないが、それなりの防御力はある。無いよりはましだろう?」
「違いない」
 頷く鉄棍鬼。生き延びるために使えるモノは使い尽くす。その姿勢を肯定していた。
 だが、収まらなかったのが一匹狼気取り。
「汚いぞ、てめえだけ助かろうとしやがって」
 口の端から泡を飛ばし、雪之丞に食ってかかる。
 面倒くさくなって、雪之丞は一匹狼気取りを軽くぶん殴り、大人しくさせる。そんな義理はないのだが、気絶した一匹狼気取りをクッションで守られるであろう場所に配置する。
「お優しいことだな」
 別に否定しているわけではない口調で鉄棍鬼が声をかけてくる。
「わざわざ見捨てる事もないだろう」
 そちらを見もせずに応じ、雪之丞は、未だ立ちつくしているガンナーに視線を向けた。
「おい、お前もこっちへ来い」
「……嘘、何でこんな事に──」
 見れば、ガンナーも一匹狼同様の事を、こちらは小声でぶつぶつ言っている。
 こいつもぶん殴って大人しくさせるか?、と考えたが却下する。女の子には優しくしてあげなさい。ママの教えだ。
 雪之丞は立ち上がってつかつかガンナーに近づくと、その手を取って乱暴に引っ張り寄せる。
 ガンナーは自失状態で、雪之丞のなすがままになっている。
 俺が横島だったら、「この状況は、俺が何しようがオッケーって事?」等と感涙を流すところだろう、と考えて苦笑する。良い意味でも、悪い意味でも緊張を解いてくれるのが横島だ。美神の旦那は、もしかしたら霊能力以上に、横島のこの特性を買っているかも知れないな、等と考える。こうした危機的状況でも、奴がいれば絶望的な雰囲気になることは免れる事が出来る。否、いなくとも、奴の行動を考えるだけでも、かなり効果がある。今の俺のように。
 さすがは俺の一生のライバル、と雪之丞は考えつつ、クッションに体を預け、なすがままになっていたガンナーを胸に抱きしめた。
「──ちょ、ちょっと、何を!」
 これで、ガンナーは我に返ったようだ。顔を赤くして大声を出し、火がついたように暴れ始める。
「静かにしていろ。これで俺をクッションに出来る!」
 怒鳴り返してやると、暴れるのは止めた。
「どさくさ紛れに、役得を楽しんでいるんじゃないの?」
 代わりに、口の方は動き続けている。
「横島の奴じゃねえよ!」
 うんざりした気分で言い返す。
「誰よ、それ?」
 横島の知名度は低い。美神令子の助手、その程度にしか見られていないためだ。
「誰でも良いから黙ってろ」
「それに、なんだかちりちりするんだけど」
「魔装術の特性だ。我慢しろ」
 ほぼ完璧に物質化している雪之丞だから、この程度で済んでいる。陰念などは物質化が半端なせいで、触れるだけでダメージを与えてしまう。その方が攻撃力という面から見ればすばらしいようにも思えるが、所詮、それは低レベルの相手にしか通用しない為、物質化して能力を高めた方が格段にましだった。
「──変なところ、触らないでよ」
「触らねえよ!」
 雪之丞は酷く疲れた気分で答え、口調を改めた。
「とにかく、黙っていろ。舌噛むぞ」
 言った直後、これまでとは比較にならない振動が、雪之丞達を襲った。



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