2,エクス・バンケットの苦悩

(厳しい状況ですね)
 エクス・バンケットは小高い丘の上に設営された本陣から戦場を眺め、眉根に苦悩の色を浮かべる。
 戦場は、一進一退に見える。だが、こちらが圧されていることは間違いない。
 敵兵は、こちらの構築した最終的な防御陣地にまで攻め込んでいる。だが、それ以上は進めない。防御陣地を盾に奮闘する味方によって、虚しく倒れている。だが、際限のない突進を繰り返すことを、辞めようとしない。
 戦場に転がる死体は、圧倒的に敵兵の方が多い。味方の被害は、少数だ。
 圧倒的な数の敵を相手に、良く戦っていると言えるだろう。
 エクスの作戦指揮能力。諸将の部隊指揮能力。そして、個々の兵士の練度の高さ。これらの証明と言える。
 大陸を統一したランス王の大リーザス軍、その面目躍如と言うところだろうか。
 魔物の大軍を相手にしても、怯まずに戦った、大陸最精鋭の軍団。その評価は、決して過大ではない。
 無いが――
 それも、虚しい。


 JAPANとポルトガルを結ぶ、巨大な橋。天神橋。
 その橋のJAPAN側、長崎の街の郊外に防御陣地を築き、橋を渡って押し寄せてくる敵軍を、かれこれ二日、くい止めている。
 敵の、こちらを圧する兵力を、有効利用させない。いかに敵が数を誇ろうとも、狭隘地では自由に展開させることは出来ない。その為の戦場設定であり、布陣である。
 思惑通り、敵は橋の上で渋滞し、こちらと実際に戦っている兵数は、橋の袂に扇状に布陣した味方に比べれば、少数となる。総数では負けているが、直接戦闘に加わる人数のみを数えれば、自軍が上回る。これで、有利な戦闘が出来るはずだった。
 積極的な攻勢を諦め、防御に徹する。敵の攻撃を凌ぎ、消耗を誘い、結果的には勝利を得る。
 これがエクスのプランだった。
 順当に、敵軍は死者の数を増やしている。通常であれば、そろそろ志気も萎え、味方の勝利が近付いているはずだった。
(はず……。はず、ですか)
 作戦は、うまく行っている。
 損害数という、数字の上では。
 これまでの敵の損害は、自軍の軽く数十倍に登るだろう。
 だが、実際に追いつめられているのは、こちらの方だった。
 際限なく繰り返される、敵の突撃。損害を度外視して続けられる攻撃は、味方の体力と気力を奪っていく。いくら優秀な将兵とは言え、永遠に戦い続けることは不可能だ。
 また、有利な状況下における戦闘とは言え、損害は皆無ではない。
 元々、数の少ない味方である。損害数が少なくとも、比率の上では敵に勝るかも知れない。兵数の減少は、敵以上に響いてきている。
(限界が、近いですね)
 冷静に――務めて冷静に、戦況を分析する。
 当初から、敵の物量作戦は予想していた。その為、少ない兵数を3部隊に分け、それぞれを交互に戦場に投入して、敵を凌ぐ。苛酷な要求。だが、味方の将兵は、よく応えてくれた。だが、それも、限界が近い。
(全く死を恐れない兵。……それが、これほど恐ろしい物だとは、思いませんでした。AL教団。そして、神聖リーザス王国ですか)
 この戦いは、リーザス王国と、リーザス王国の戦いだった。片方は、頭に神聖と冠しているが。


 事の発端は、矢張り、リーザス王、いや、世界王ランスの失踪に始まる。
 創造神ルドラサウムとの決戦の後、大陸の覇者、世界王ランスは、愛妾一人を連れてリーザスから忽然と消え失せた。
 その目的は不明。
 巷では、ルドラサウムを本当に倒すための手段を求めて冒険に出たとする説が有力である。リーザス政府も、その考えを肯定するような態度に出た。しかし、それはあくまで宣伝。実際に、それが正解であるかどうかは、誰にも知る術はない。
 リア王妃の指示の元、徹底的なランス王の捜索が行われた。だが、その行方は杳として知れない。
 当時、リーザスの傘下に組み込まれていたヘルマン、ゼス、魔人領の協力もあり、文字通り、大陸全土に張り巡らされた捜索網に、ランス王は全く捕らわれなかった。まるで、この大陸に存在していないかのような、完璧な行方不明だった。
 死亡説も囁かれた。
 だが、上層部で、それを信じた者は少なかった。
 魔人すら倒す、人類最強の戦士。悪魔すら欺く悪知恵の持ち主。溢れんばかりの活力。あの、ランス王なのだ。
 たとえ魔人領に一人で放り出されたとしても、平然と生き抜くに違い無い。そんな人物が、簡単に死ぬわけがない。絶対に、何処かで生きているはず。
 だが、これは多くの願望混じりの考えだ。
 ランス王も、人の子であることには違い無いのだ。そうである以上、絶対はない。最強の戦士が、巡り合わせ、運不運によっては、自らに大きく劣る戦士に倒されることもあるだろう。
 また、ランス王は男には強いが、女には弱さを見せる局面が多い。例えば、女の暗殺者が色仕掛けで近付いてきたら、ほいほいその誘いの乗って窮地に陥るような人物である。
 そう、現実は、いつもドライだ。上層部にそんなことを知らない者は居ない。だから、彼らはランス王の死を考えたく無かっただけかも知れない。
 ランス王の生死は、どちらにしろ、現時点では想像の域を出ない。解っているのは、ランス王が不在であると言うことだけだ。
 それでも、リーザスは、そして大陸は平和であるはずだった。
 創造神の破壊の爪痕も生々しい世界。即座に戦争を起こそうという勢力など、何処にも存在しないと思われていた。
 帝国から自治区へと変更されたヘルマンは、自国こそがリーザスの宗主国であるという思いが強い。元々、リーザス国の辺りを支配していたのはヘルマンである。リーザスは、ヘルマンに反乱――リザースの者にしてみれば独立――をした勢力なのだ。そのリーザスによってヘルマンが支配されると言う状況を、許容できない人間は多い。
 だが、ヘルマンは貧富の格差から始まる経済的な問題を多く抱えていた。旧宰相ステッセル・ロマノフによる政治の壟断は、ヘルマン経済を疲弊させていた。また、食糧問題もある。多くの食料をリーザスからの輸入に頼っている現状では、独立の動きを見せるのは論外だった。国力を回復させること。これが、急務だった。戦争をする余裕などはない。
 ゼスは、上層部のランス王支持が極めて高く、即座に独立の動きは起こり得ないと考えられている。 同じく自治区となり、総督となった旧国王ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーを始め、その副総督に付いた山田千鶴子や、ナギ・ス・ラガール。このトップ3がランス王を絶対的に支持している。ランス王不在とは言え、リーザスに反旗を翻す可能性は低い。
 しかし、問題の火種は存在する。奴隷解放による、魔法使いと奴隷の確執である。既得権を削られることとなった魔法使い=旧ゼス貴族及び高官の多くは、ゼス自治政府に対して距離を取り始めている。内乱の危険は存在する。だが、対外的な戦争は、それだけに考えられないだろう。
 魔人領は、魔王不在という問題がある。更に、現存する魔人の数が少なすぎるのも、その行動を縛る。
 本来24人を数えるはずの魔人だが、健在なのは筆頭魔人ホーネットの他、シルキィ・リトルレーズン、サテラ、ラ・サイゼル、ラ・ハウゼル、メガラスの僅かに6人である。他に、バボラ、ワーグ、ますぞえ、カイトなどもいるが、行動不能だったり行方不明だったりして、数には数えられない。
 また、現存する魔人は、ホーネット派、つまり、一度はケイブリス派に破れた勢力である。最終的な勝利を得たとは言え、それはホーネット派の手柄ではない。何しろ、ケイブリスが破れた相手は、人間、ランス王なのだ。その為、魔人達の魔物への影響力も低下している。魔人を侮る雰囲気が、広がっているのだ。
 現在、魔人領は領土の引き締めにてんてこ舞いという状況で、こちらも戦争をする余力はない。
 どの勢力も問題を抱え、行動を縛られている。これが大陸の状況だった。
 無論、リーザスとて、神の破壊による被害を被っている。
 しかし、自由都市群を直轄地として組み込んだことにより、以前よりも総合的な国力は増している。軍隊の強さでも、大陸第一であることを先の統一戦争によって証明している。
 リーザス国が大陸最強の存在であることは、ランス王抜きにしても、変わらないことだ。
 そして、戦争時であればともかく、平和な状況下において、ランス王という男は……
(間違いなく、向いていませんね)
 エクスだけではなく、それが皆のランス観であろう。そして、おそらく事実である。
 あの有名な――しかし、公式資料の上ではなかったことにされているランス王の即位演説が、それを如実に表している。
「いいか、よく聞け愚民ども!」
 この一言で始まった即位演説。それは、確かに歴代の王が同様に考えていたことかも知れない。権力者の考えることは、さほどの差違がないのだから。だが、決して口にしなかったことだ。いや、思っていても口にしてはいけないこと。それを平然と民衆の前で堂々と宣言してみせる。
 ランス王とは、そう言う人物だ。
 生まれついてのトラブルメーカー。争いや、混乱の中でこそ光り輝く存在。それが、ランス王。下手に在位のままであったならば、要らぬ混乱を巻き起こしかねない。いや、間違いなく起こしていた。確実に。
 更に、ランス王不在でも、内政に関してはまるで問題ない。リーザスには内政のスペシャリストが存在するのだ。
 統一戦争時、政治に無関心なランス王を支えた才女。統一戦争の成功は、ランス王は勿論だが、彼女の存在無しにも考えられない。間違いなく、第一の功労者。リーザス王妃付き筆頭侍女、マリス・アマリリスである。
 鬼畜王などと陰口を叩く者もいるが、何処かに甘さの残る(主に女性に対して)ランス王である。
 それに対して、必要と感じれば、どんなに残虐なことでも眉一つ動かさずに実行する、マリス・アマリリス。影の宰相。
 マリスはこのまま、表の優しい為政者の顔と、裏の冷徹なる謀略家の顔を自在に使い分け、絶妙のバランス感覚で大陸を裏から操って、リーザスの――いや、リア王妃の足元を固めていくだろう。
 誰もが、そう考えた。
(しかし――美貌の才女も、小さなミスを犯した)
 人である以上、完璧はあり得ない。
 いかに完璧に見える才女も、万能ではないのだ。
 その才女の犯した、ミス。本当に、些細な――しかし、影響の絶大なミス。
(いや、あれはミスとは言えない。言えませんね)
 残虐なる、創造神の本性。破壊と殺戮と動乱を好む悪意の創造神。
 これは余計な混乱を嫌い、箝口令が敷かれ、一般には秘密とされた。しかし、隠し通すことは、土台不可能なことだったのだ。
 リーザス軍は言うに及ばず、その配下にあった全軍団――即ち、大陸に存在する全ての戦闘部隊を投入して、創造神との一大決戦を挑んでいるのだ。参加した兵士の数は、莫大である。
 その兵士の中の100人に一人が、口を滑らせる。それだけでも、膨大な数になる。そして、一度流れた噂は、一人歩きを始める。これを留めることは、いかにマリスといえども、不可能だった。

 神は、決して人を救わない。

 その事実。
 そして、それを決して受け入れることの出来ない者たちも、存在する。
 この辺りから、才女、マリス・アマリリスの大陸統治計画の歯車は、狂い始めていたのかも知れない。

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