6,リック・アディスンの強さ
「バイ・ラ・ウェイ!」
踏み込みと同時に、無数の斬撃を放つ。魔剣パイロードの軌跡──赤光が世界を縦横に切り裂く。
見るからに間に合わせ、即席と見える梯子を使い、城壁をよじ登ってきたAL教団信徒兵がその赤光に触れ、全身を分断され、悲鳴も残さずに落ちていく。不幸にも、その破片を食らった者を巻き添えにして。
長崎城は、正統リーザス、赤の軍の──AL教団信徒兵の激しい攻撃に晒されている。
雲霞の如く押し寄せてくるAL教団信徒兵。
城壁に依って戦うという有利さがなければ、一瞬で押しつぶされてしまうであろう彼我の戦力差。
神聖リーザス軍、赤の将軍ガーウィン・トローフ率いるAL教団信徒兵は、相も変わらぬ物量作戦。しかし、それで良いのだ。戦争とは、大兵力をそろえた方が勝つ。これが基本である。その大兵力を間断なく投入し、疲弊を誘えば、それで勝利は近づく。もっとも、基本的な戦法。それだけに、城方には打つ手がない。押し寄せる敵兵を何とかくい止める。それ以上の事は出来ないでいる。そして、それも少しずつ怪しくなってきている。
相手は、未だ、膨大な戦力を残している。いくらでもつぎ込める。
しかし、こちらの兵数は少ない。負傷者、死者が出るたびに、こちらの陣営は薄くなっていく。目に見えて弱体化している。
それでも、リック・アディスンは諦めずに剣を振るう。
リーザス赤の将、リック・アディスン。
大陸で、知らない者はいないだろう。あのランス王に次ぐ、あるいはランス王を凌ぐ強さを誇るとすら言われる騎士。統一戦争時、配下の赤の軍を率い、烈火の如く侵攻し、いくつもの城を落としてのけた、最強の騎士。また、ランス王が世界王、統一王ともてはやされる裏で、あの有名な即位演説を初めとする言動の数々により、鬼畜王などと陰口をきかれるような、性格的に問題のある人間であるのに対して、リックの方は、騎士の中の騎士と言われるような、人格者として知られている。現実には、ウォーモンガー的な部分があったり、代々、赤の将に伝わるヘルメットを取ると気弱だったりするのだが、そのあたりは、わざわざ宣伝する必要もないことであり、民衆の誤解を解く必要はない。確かに、ランス王などよりは余程、いい人、であるのも確かだ。
リック・アディスンは、またもや、梯子を掛けてよじ登ってきたAL教団信徒兵を一刀のもとに切り捨てる。斬られたAL教団信徒兵は、重力に引かれて落ちていく。今の一撃は、致命傷ではない。意識を失ったわけでもない。しかし、AL教団信徒兵は、悲鳴すら上げなかった。顔に、どこか満足したような不気味な微笑を浮かべたままで、「ムーララルー」と、今は亡き彼らの指導者の名前を唱えつつ、落ちていく。そして、その表情のまま地表にぶつかり、平たくなった。
ヘルメットをかぶると、一個の戦闘機械のように敵を屠ることのみに走るリックである。しかし、そのリックをしても、背筋に冷たいモノを感じるのを避けることは出来ない。
狂信者。
まさしく、彼らは狂信者だった。
死に対する恐怖はなく、常に薄笑いを浮かべたまま、従容として死へと向かう。彼らにとって死は開放なのか? 彼らにとって、死は恐怖を与えるモノではない。全てを失い、無に帰ることではない。彼らにとって、死とは、神の喜びの野に迎え入れて貰うための、儀式。神の楽園へたどり着くために必要なこと。その様は、暴走して集団で海に飛び込むという、レミングの群にも似て、他の、信徒以外の者の肝を冷やす。
リックは、下方から突き出されてきた即席の槍を避ける。そのまま、返す刀で槍先を切り飛ばしたが、これは、意味のないことだった。
信徒の槍は、穂先を金属で作った、ちゃんとしたモノではない。只の、竹槍。粗悪な代物。しかし、それだけに穂先が飛んだくらい、全く意味がない代物だった。
リックは、近くにかけられた梯子を蹴飛ばして、ひっくり返してやる。
梯子に取り憑いた人間諸共、梯子が倒れていく。しかし、その端から新しい梯子が掛けられ、命を惜しまぬ狂兵達がよじ登ってくる。
際限のない繰り返し。
賽の河原に石を積むが如き、先のない戦い。
しかし、リックは諦めない。
近場の足元を蹴飛ばす。その一撃で崩れた城壁が礫となって降り注ぎ、下のAL教団信徒兵を打ちのめす。
「負傷者は、下がれ! まだ戦える者は前に出ろ!」
リックは、声をからして叫ぶ。
彼の配下、赤の軍の兵士達は奮闘している。煮えたぎった油や湯を降らせ、石を投げつけ、剣を振るい、槍を突きだし、弓を撃ち下ろし──必死で戦っている。
しかし、それも空しかった。
敵は、全く際限ない。
配下の兵士達が、疲弊していくのが目に見えるようだ。
「む〜……らら……る〜〜〜……」
風を唸らせ、大地を揺るがすような、低い、唱名の声。
AL教団信徒兵は、全く怯まない。AL教団信徒兵の死体は、城壁の前に累々と積み重ねられている。その数は、尋常ではない。これだけの被害を出せば、通常であれば、少しくらいは怯むモノだ。いったんは引いて、しきり直そうとするモノだ。しかし、それがない。
彼らは、まるで攻め手を弛めようとせず、ただただ、押し寄せてくる。
その様がまた、防衛側、リック達の精神的な疲弊を誘った。
元々、援軍の当てのない籠城戦。先が見えないと言う点で、志気が上がりようがない。これまで、さほどの脱走者、反乱者が出ていないのは、リックらの指導力に依るわけではない。只、AL教団信徒兵が恐ろしいから。そして、例え降伏したところで、待つ運命が「死」であることに変わりがないから。──AL教団信徒兵は、絶対にリックら、二十一派の人間を許さない。邪教徒。悪魔の使い。AL教団に仇なす者を、仇なした者をこの世界に残して置くつもりはないのだ。降伏したところで、大軍に囲まれて虐殺されるだけ。彼らは、邪教徒を一人屠る度に、自分が天国に近づくと確信している。慈悲などは期待できない。
脱走しようにも、長崎城の周囲は何重にも囲まれて、文字通り、蟻の這い出す隙間もない。必ず見つかり、矢張り死を与えられることだろう。
それならば、リックら、首脳部の指導に従って、戦って、戦い抜くしかないと言う事情。
死兵。
軍略上では、敵兵をここまで追い込むことは、絶対に避けなければならない。背後を顧みることのない兵士の爆発力を、侮ってはならないのだ。死兵を敵に回す。そんなことをすれば、余計な被害を出すことになるから。
しかし、元々、軍人でも兵士でもないAL教団信徒兵に、そんな考えはない。
何処までも、敵対者は抹殺する。
狂信者にありがちな排他的な思考に陥り、皆殺しにしようとしている。
正統リーザス軍の黒の軍、将軍、キンケード・ブランブラはそれがいかに危険で、そして無駄なことであるか、そのあたりの事を理解している。いかに、「死兵」が危険な代物であるか。キンケード位の戦歴を持つ将軍であれば、当然に理解している。しかし、彼は、AL教団信徒兵の好きにさせている。止めて聞くような連中でもないし、もともと、被害は度外視している。キンケードに必要なのは、狂信的な連中ではなく、自分の配下の、専門的な訓練を受けた兵士のみ。AL教団信徒兵がどれだけ数を減らそうとも、キンケードには全く痛くもない。逆に、数を減らしてくれた方がありがたい。キンケードは表向き、AL教団に改宗したことになっているが、これは、大人の事情という奴で、心底からAL教を信仰しているわけではない。AL教団が、潜在的な敵であることを、キンケードは良く理解しているのだ。これから先、神聖リーザスの軍部の責任者、大将軍として働くには、AL教団信徒兵が数を減らし、影響力を弱めてくれた方がありがたいのだ。
こちらが死兵ならば、AL教団信徒兵も死兵。見事なまでに血なまぐさい闘争。
リックは、城壁の上で奮戦している。
リーザスの、いや、大陸、最強の騎士。それは、伊達ではない。
元々、軍隊として、兵士としての専門教育、訓練を受けたわけではないAL教団信徒兵は、個対個の戦闘であれば、リックの敵ではない。リックだけではない。精強を持って鳴る彼の配下、赤の軍の兵士の敵ではない。しかし、数が絶望的なまでに違う。一度に攻め寄せてくる人数は知れている。だから、何とか対処できているが、何度も何度も攻め寄せられれば、兵士達は疲労していく。疲労は、彼らから強さを奪う。AL教団信徒兵と、同じレベルに引きずり落とされる。
攻防が長引くに連れて、赤の軍兵士の被害も馬鹿にならなくなってきている。
元々、赤の軍の兵士に向いた戦いでは無いという事情もある。
赤の軍は、侵攻するための部隊。その破壊力、その機動力で、攻める戦いにこそ、本領を発揮する部隊。一カ所に依って防衛する。そう言う戦いには向いていない。主将のリック自身も、攻める戦いに於いては最高の指導力を誇るが、防衛戦については、三流以下の将となる。そして、これまで、リーザス内乱以前までは、それで充分であった。何しろ、リーザスの攻める戦いの天才がリックならば、同じく、リーザスには防衛戦における天才もいたのだから。わざわざ、リックが苦手とする防衛戦に参加する必要はなかった。餅は餅屋、防衛戦は、その天才に任せておけば良かったのだ。
青の軍将軍、コルドバ・バーン。それが、防衛戦の天才である。
リック、コルドバは、それぞれ得意とする戦いが正反対であったため、統一戦争、そしてそれより以前から、実際に戦場で肩を並べて戦ったというような機会は少ない。しかし、赤の将、青の将と、同格の将軍であり、同じ目的のために戦った仲間であることには違いない。コルドバは大雑把な顔や大雑把な体の持ち主でありながら、その実繊細な男で、防御陣地の構築など、リックなどは感心するしかない精緻さを誇った。また、趣味もハーモニカと、ごつい外見に似合わない男だった。ここにコルドバがいれば、その天才を遺憾なく発揮したであろう。
しかし、そのコルドバも、もういない。神聖リーザスに組したキンケード・ブランブラの謀略により、戦場で後ろから刺された。
コルドバ不在により、リーザス軍の4軍の一角が崩れた。いや、元々、黒の軍、将軍バレス・プロヴァンスはぼけ気味で、既に第一線から引いて──引かされていたため、一角どころの騒ぎではないだろう。残ったのは、エクス・バンケット将軍の白の軍と、リック自身の赤の軍のみ。半減だ。
青の軍の残兵は、それぞれ配置換えされたが、主将の傾向が色濃く出るのが軍隊である。それまでに培ってきた能力を──防衛戦に対する能力を出すことは、難しくなってきている。
そんな状況で、赤の軍、白の軍を主力とするリーザス軍は、長崎城に依って戦っている。
確実に、リーザス軍は、追いつめられてきていた。
破綻は、近い。
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