リックとランス王の出会いは、リーザス解放戦線からになる。
ヘルマン、皇太子パットンの突然の侵攻により、リーザス城が落とされ、リア王妃が囚われになったあの戦い。
あの戦いのさなかで、二人は出会った。そして、リックは、ランスにどうしようもなく惹かれるモノを感じた。
ランスの性格に、かなりの問題点が存在するのは、今更言うまでもない。女に関して汚すぎるほどに汚い。美女、美少女と見れば、そのTPOの一切合切を無視して、手を出そうとする。いや、実際に出す。おまけに非道く乱暴者で、相手が男の場合、気に入らなければ即座に殺してしまう。平たく言ってしまえば、ランスという人間は悪人だ。品行方正などと言う言葉とは、対極に位置するだろう。
そんな悪人であるが、それでも、リックは惹かれてしまう。
リックのことを、人はリーザス最強の騎士と言う。
ランスとリック、この二人が戦えば、どちらが強いか。そうした興味を持つ人間は少なくない数存在する。言い直せば、人類最強存在は誰か。二人の強さは、そうした地平に存在する。
人々は、その答えを知りたがる。
しかし、ランスがリーザス国王に就いてから、それを確定する機会は、ついに訪れなかった。ランスの「リックの相手は面倒くさい」という理由で、その機会は先送りを続けられたのだ。結局、終戦に至るまで、二人が手合わせをする場は、ついに用意されることなく、ランスの失踪をもって、その機会は失われた。
リックは、自分の強さに自信を持っている。
それは、ランスの「俺様は最強だからな、がはは」と言うような、根拠があるのかないのかわからない様な、いささか自信過剰と思えるようなモノではなく、事実に基づいた、冷静な判断によるモノだ。
恵まれた体格、運動神経。剣の訓練に費やした時間。そして、経験。それらが一体となったモノ。それが、リック・アディスンの強さというモノだ。リックのことを、剣の天才と呼ぶ者もいるが、それは正しい評価ではない。あくまで、地道な努力の積み重ねの末の強さ。それがリックの強さだ。
対して、ランスの方は違う。
──まさしく、天才とはキングのような者のことを言う。
リックは、そう考えている。
リックが、まじめに剣を学び、鍛錬をしてきたのとは違い、ランスの剣は、あくまでも我流だ。冒険者としての経験の中で、独自に築き上げてきたモノが、ランスの剣。リックが先人の技術を受け継いできたのに対して、ランスは唯一人、自分だけの力で試行錯誤し、鍛え上げてきた。
その剣閃を初めて見たとき、背中に震えが走ったことを、リックは覚えている。その鋭さ、その力強さ。生半可な努力や才能で身につけられるものではない。
ランスは強い。
自信過剰とも思えるランスの言葉も、リックは素直に頷くことが出来た。
最強。
まさしく、リックのキングは最強だった。
ランスに勝負を望んだことを、人々は最強を決めるための戦いと考えたようだが、リックの考えは違った。リックの中には、厳然として、「胸を借りる」という思いがあった。これがある以上、最強決定戦であるはずがない。あくまでも最強はランスなのだ。
ランスは、前述のように「リックの相手は面倒くさいから」と、それを拒んだ。リックは、それを残念に思うと同時に喜びも感じていた。間違いなく、自分はランスに強者として認められている。ランスの言葉に、それが確認できたから。
実のところ、その言葉だけでリックは舞い上がり、日頃の鍛錬にも力が入ったモノだ。
それを見た、現在ではリックの妻となっている、当時親衛隊長のレイラには、「本当にランス君が好きなのね」と、半ばあきれたような口調でからかわれたモノである。
確かに、リックはランスに惹かれている。
その剣の強さに。
そしてもう一つ。そして、それ以上に。
その、心の強さに。
ごく一部の人間にしか知られていないことだが、実のところ、リックは小心者であり、そのことにコンプレックスを抱いていたりする。
代々、赤の将軍に受け継がれてきたヘルメット。それをかぶり、戦場に立てば、リックは一個の戦闘機械となる。敵陣に殴り込み、縦横に剣を振るい、敵を倒す。そのことに、恐怖を感じなくなる。自己暗示の類であろうが、ヘルメットさえかぶれば、リックに恐れるモノは──とりあえず、お化けの類を例外とすれば、存在しなくなる。
勇猛なる赤の将軍。
そう評されることに、プレッシャーを感じることもある。自分は、まがい物ではないか。そうした疑念は、リックの頭から離れることはない。ヘルメット無しでは、小心者でしかない自分を、リックは非道く気にしている。
しかし、ランスの方はどうか。
怖いモノなど無い、と言う顔で、いつでも自信たっぷり。リックのように、何かに依存して勇気を振り絞る、と言うようなこともなく、日常から戦場まで、どこから何処まで行ってもランスはランスでしかない。
傍目には、自信過剰すぎる、と思われるランスの態度。「俺様は最強だ、がはは」と言う態度。
それに、眉を顰めるモノもいる。
実際、自信過剰すぎて、ランスの行動は良識派と言われる人間には、ついて行けない様なモノが多々あったのだ。
今だから正直に言ってしまえば、ランス王のぶちあげた世界統一。それを当初まともに信じていた者はごく少数派であった。
リック、バレスの二人。リーザス解放戦争でランスとともに戦った二人こそ、まじめにその言葉を信じていたが、他の者は半信半疑、あるいは、それ以上に信じていなかった。一緒に解放戦争を戦ったレイラにしても、「まさか本当にランス君が世界を統一しちゃうなんてね」と、ぽそりとリックに零したことがあったくらいだから、もしかしたらリック、バレスの二人が、ランスの言葉を信じていた全員であったかも知れない。あとは、せいぜいリア王妃くらいか。ランス王の最強の相棒とされたマリス・アマリリスにしたところで、全面的にランスの言葉を信じていたとは言い難い。リア王妃が望んだから、マリスは全面的にランスに協力した。しかしその一方で、上手く行かなかった場合の手も考えていたはずだから。少なくとも、敗戦となった場合、リア王妃の立場を悪くしないようにするための手だけは、確実に打っていたはずだ。マリスは、伸るか反るかのばくちをするような性格ではないのだ。
そして、ランス王は大方の予想を裏切り、人類圏を統一した。
それも、信じがたいほどの速度で。
だが、快進撃もそこで終わる。多くの者はそう考えた。
リックにしたところで、そうだった。
丁度そのころ、魔人領では内乱が収束していた。人類共存派のホーネットらの敗戦で。
今後は、人類を奴隷としようと攻め寄せるケイブリスらとの、人類の存亡を掛けた凄惨な戦いが始まる。
その戦いは、裏番の砦やマジノラインによる、防衛戦であるはずだった。幸いなことに、人類圏はランスの手によって統一され、国と国の思惑によって足の引っ張り合いをする必要はなく、人類こぞっての防戦が可能となっている。勝てないまでも、負けはしないだろう。それが、おおかたの者の予想。
その予想を、ランス王は軽々と飛び越えていった。
人類による、魔人領への侵攻。
馬鹿な、と思った者は多かっただろう。かつて、闘神都市を擁して魔人領に侵攻し、返り討ちにあってそれまでの栄華を無に帰した、M・M・ルーンの二の舞になるつもりか。いかに、現在魔王不在の魔人領とはいえ、そこは、人の手が触れてはいけない禁断の領域なのだ。
そうした言葉を、ランスは笑い飛ばした。
「問題ない」
軽く、言い捨てる。
「何しろ、俺様は最強だからな、がはは」
その自信。
自分には、絶対に持ち得ない、その自信。決して揺るぐことのないそれ。リックには、ランスのその自信が快絶だった。それこそが、リックの主君であるランス王。
そして、ここでも大方の予想を裏切り、ランスは言葉の通り、自らの最強を証明し続けた。
魔人領を続々と切り取って自領とし、最後には魔人の首魁、ケイブリスを自らの剣で切り伏せる。
驚き、その驚きから冷めると、爆発的な歓喜の声を上げる人類の前に、更に悪意の存在が立ちふさがった。
想像神、ルドラサウム。
大地を人を作り出した父とも言える存在。神。
魔人などとは比べモノにならない圧倒的な存在。それが敵として、人類の前に現れたのだ。
絶望、悲観──様々な負の感情を吹き飛ばしたのは、やはり、ランスの絶対の自信だった。
神であろうが、何であろうが、俺様の前に立ちふさがるモノは叩きつぶす。
これまでと同じ、シンプルなスタイル。
駄目もとで、戦ってみるのも悪くないだろう。このとき、ランスに従った者達の大勢を占めていた気分は、こうしたモノだっただろう。
少なくとも、ランスはこれまで、口にしたことを達成してきた。
人類圏統一。
魔人領討伐。
ならば、今度は、創造神すら、何とかしてしまうかも知れない。
一縷の希望と、やけっぱちの感情。
そうした者達を従えたランスは、今度もまた自らの言葉を──自信を証明して見せた。
このころには、リックのランスに対する感情は、信仰に近いモノになっていた。
リックだけではない。最初、ランスを自信過剰だと笑っていた者も、これだけ立て続けに証明してしまえば、信じざるを得ない。
リックとランス。剣で戦って強いのはどちらか。
そうした疑問を抱く者は多い。
しかし、リックトランス。どちらが「強いか」。
そうした疑問を抱く者はいない。
強いのは、間違いなく、ランスの方だ。
リック自身、そう思う。
リックは、素直にランスの強さに憧れた。元々、自らの強さを求めているだけに、強い者に対する憧れも強い。
ランスは、リックの目標となった。
リックは、凄惨な戦場で剣を振るう。
雲霞のごとく押し寄せてくる敵──正当リーザス赤の軍あるいは、AL教団信徒兵。
敵は膨大で、味方は少数。
味方が、刻一刻と敗北に近づいているのは、疑いようがないこと。
それでも、リックは剣を振るい続ける。
決してあきらめない。
リックはそう誓っていた。
少なくとも、ランスであれば、絶対にあきらめないだろう。
最後の最後まで、あがき、戦い続ける。
そのことが、僅かでもランスへ近づく事と信じ、リックは剣を振る。
そして、リックにはもう一つ、絶対にあきらめるわけにはいかない理由がある。
ここには、彼の妻である、レイラもいるのだ。
共に生き、共に死ぬ。それが望みであるのだが、ここで死ぬのは絶対に違う。
思えば、結婚して以来、戦いずくめだったような気がする。
レイラとの結婚を告げたとき、ふてくされたような表情で。それでも祝福してくれたランスの顔を思い出す。
「まあ、俺様に比べれば劣るが、リックもそこそこいい男だからな」
本当は絶対に認めたくないが、仕方がないから認めてやる。悔しさたっぷりのランスの顔。
そのとき、リックは確かに、自分はランスに認められていると言うことを知り、喜びを覚えた。
自分の目指す目標、ランスに、自分は僅かなりとも認められているのだ。
ならば、決して恥ずかしい真似を──ランスに認められた自分を裏切るような真似は出来ない。
ここであきらめて剣を捨てることなど、絶対に出来ない。
体が動く限り──否、生きている限り、あがき、戦い続ける。
どんなときでも、どんな状況でも決して諦めない。
魔人に、創造神に立ち向かっていったランス。
それに比べれば、自分の決意は小さいかも知れない。
それでも、少しずつでもランスに近づけると信じて。
何より、レイラを守るためにも、決して諦めることは出来ない。
そう言えば。
と、不意にリックは思い出す。
ランスの近くにいつもいる、桃色の髪の毛の女の子のことを。
口でなんと言おうとも、ランスがその女の子──シィル・プラインのことを大切に思っていることは確かだ。下手にそれを指摘してやると、とばっちりがリックではなく、そのシィルに向かうため、口にしたことはないが、それはまず、間違いないことだろう。
誰かを守るために戦う。
ランスの強さの一端は、それにあるのではないだろうか?
だとすれば──
だとすれば、今の自分には、絶対に守りたい人が存在する。
平和になったから結婚したはずが、その後も戦乱続きで、一般的な新婚生活とはほど遠い、二人の生活だった。
西に東に戦陣を移し、戦い続けてきた。
それでも、エクスあたりに気を遣わせたようで、二人で同時に出陣することは多く、僅かながらも、甘やかな時間を持つことも出来た。未だにものなれず、ついつい、「レイラさん」と呼んでしまって、「さん」は要らないとたしなめることも多いが、それでも、いとおしく、大切に思っていることは間違いない。
彼女の──レイラさん──いや、レイラのためにも。
リックは強く剣を握りしめて、AL教団信徒兵に向かう。
まだまだ、自分は戦える。
自分は決して諦めていない。
剣を振るいながら、リックは考える。
──キング。僕は、僅かなりとも、あなたの強さに近づけているでしょうか?
と。
……リックの奮闘むなしく、長崎城のリーザス軍は、確実に追いつめられてきていた。
[BACK]
[TOP]
[次回予告]