#100 たった一つの冴えないやり方
コアを砕かれた第6使徒は、逝きがけの駄賃とばかりに、その場で爆発した。
膨れ上がる炎、まき散らされる爆風。
天に向けて立ち上がった炎は、まるで墓標のように十字架の形をしていた。
「むうう」
果たして、この戦いで何度目か、鳴動する海面に煽られるようにOTRの巨体が揺れ、提督は必死で椅子にしがみつき、転がるのを堪えた。OTRはその役目上──EVAの足場──、使徒の至近にいた。そのせいで、爆発の影響は大きい。深刻なダメージこそ受けることを免れたが、艦橋の窓硝子の何枚かが砕け散るのが見えた。
全く、尋常でない戦いだ。並の嵐では小揺るぎもしない大型空母であるOTRが、まるで木の葉のように揺らされまくるとは。
ようやく揺れがおさまると、提督は慌て、叫んだ。
「ネルフの人形はどうなった?」
爆発にまともに巻き込まれた位置に、初号機はいた。
折角の勝利、なのに、その立て役者である少年少女が失われたとなれば、その勝利が色あせる。意味を失いかねない。
必死の思いを表に出して叫んだ提督に、副長は無言で、外を示した。
割れた窓硝子の向こうに見える海面。まだ、くすぶり続ける残骸が波間に漂っているその場所に、紫色の鬼は傲然と胸を反らすようにして、しっかりと立っていた。
あの爆発にまともに巻き込まれたと言うのに、呆れたことに、見た目、全く煤けたり、壊れたりしていない。
「……ATフィールドか」
どうにも自分の戦いとは世界が違うのではないか。
そんな思いを抱いてしまう。
しかし、それは兎も角。
「良くやった。人形に──いや、エヴァンゲリオンに通信を繋げ!」
何はともあれ、我々は勝ったのだ。
そして、それは、あの少年少女と共に祝うべきだ。
提督は叫び、部下に命じる。爆発による電波攪乱で、一時的に通信が断絶していた。
「はい、了解しました」
大分、その攪乱もおさまってきている。今ならば、通信可能だろう。
部下もまた顔を輝かせて、通信を繋ぐ作業を始める。
が。
「……なんだか、あの人形、沈み始めていませんか?」
副長が、首を傾げた。
「ん?」
と、提督も同様に首を傾げながら、そちらに視線をやる。
確かに、徐々に沈んでいるようだ。いや、徐々にどころか──
『電池切れ?』
繋がれた通信から飛び込んできた第一声は、これだった。
少年の、泡を食いまくった悲鳴。
『動け! 動け! 動け! 動いてよ! 今動かなきゃ、何にもならないんだ! みんな──は兎も角、僕が死んじゃうじゃないか!』
『落ち着いて下さい、シンちゃん。別に動かなくなっても、沈みはしませんよ』
『嘘だ! 人は水に沈むように出来ているんだ! ああ〜、沈む、沈む〜〜〜!』
『人じゃなくて、これはEVAですよ』
宥めようとする少女の声にも関わらず、少年の方は半狂乱状態になっているようだ。
初号機は一旦水に沈み、それから浮かび上がり、再び土左衛門のポーズで波間に漂い始めた。
それでも尚、少年は焦りまくり、叫びまくっていた。
……
これに対する、E計画責任者のコメント。
「無様ね」
その後、大騒ぎのままに初号機、並びに弐号機を曳航出来るようにすると、OTRは目的地、ヨコスカへ向けて出発した。
残りの航海は取り立てて特筆することもなく、平穏に過ぎた。そうでなければ、困る。だいたい、大した距離、時間でもないし、二度も三度も騒ぎが凝っては困る。
EVAの陸揚げも終わり、取りあえず、この任務は終了した。そのまま、乗員には休暇が与えられたが、提督には休んでいる暇はなかった。今回の戦闘で、いろいろとダメージを受けた。沈んだ船は一。その他、テンペストが中破。死者も出ている。報告書、その他、する事はいくらでもあった。
また、本来の仕事とは異なるのだが、提督にはもう一つやるべき事があった。
ネルフに──あの少女に渡された、詳細のレポートである。
そして、一日、提督は副長を自室呼びだした。
「何の御用ですか?」
問う副長に、据え付けの机の向こうに座ったまま、提督はネルフのよこしたレポートを投げ出した。
「貴様も読め」
別段、ネルフの者達は、提督一人だけで読むようには告げていない。つまり、これは提督の判断次第で公開しても良いのだと、理解していた。もっとも、それが果たして冴えた手段か、提督は未だ、結論を出していないが。
「……ネルフのレポートですね」
確認するように副長は口にし、それを持ち上げる。
「で、どんなことが書かれていたのですか?」
「ふん」
提督は、不機嫌に鼻を鳴らした。
「全く、荒唐無稽な話だ。──何でも、今の世の中には、世界の裏側から歴史を操る悪の秘密結社が存在するらしい」
「悪の秘密結社ですか?」
「そう、悪の秘密結社だ!」
提督は、やってられるか、とばかりに乱暴に吐き捨てる。
「欧州の闇に長いこと潜んできた、悪の秘密結社。その名は、ゼーレと言うらしい」
「ゼーレ?」
「そう、そいつらは巫山戯たことに、国連にも絶大な影響力を持っているらしい。──しかもだ」
「しかも?」
「しかも、この連中、何をトチ狂ったか、世界中の人間を巻き込んで、無理心中を図るつもりだという話だ。──なんだ? 確か、国連にその為の委員会があるらしい。人類補完計画とか言う計画を隠れ蓑に、ネルフを操り、サードインパクトを起こそうと画策しているらしい」
「成る程」
副長は、静かに頷いた。
「そこまで知ってしまいましたか」
「何?」
提督は激高して叫び続けるのを収めると、副長を見た。
副長は、提督の知らない、奇妙に表情の失せた顔をしてこちらを見ていた。
まるで能面のような表情だ、と提督は思った。
「残念ですね」
副長は、肩をすくめ、さらには首を振って見せた。
「実を言いますと、私はあなたを気に入っていたのですよ。単純で喧しく、品がない。でも、凄く、気に入っていたんですよ。上司は、分かり易いに越したことはありませんから」
「……」
提督は、用心深い視線で、副長を見ていた。
「全く、あなたは素晴らしい上官だった。同時に、軍人としても有能だった。数々の紛争に参加し、平和維持のために戦い続けてきた。時には敗北しましたが、おおむね勝利を重ね、つい先だっては、EVAの力を借りたとは言え、使徒を倒すという快挙を成し遂げた」
「……まるで、弔辞を読んでいるようだな」
「弔辞ですよ」
にこりともせず、副長は応じた。
「ああ、動かないで下さい」
そして、副長は素早く、流れるような動きで拳銃を抜き、それを提督に向けた。
自身の机の引き出しを開け、そこにしまってある拳銃を抜こうと考えた提督は、それを果たす遙か以前──机の引き出しに手をかけたところで動きを止めた。
「どういうつもりだ?」
「わかっているでしょう? 知りすぎたモノは、長生きできない。そう言うことですよ」
「例の随伴に飛行機を与えたのも貴様か?」
「いえいえ」
副長は、首を振って見せた。しかし、提督に向けた拳銃は、小揺るぎもしない。
「この艦隊にいるゼーレの人間は、何も私だけではありませんから。ゼーレの手は、提督が思っている以上に長いのですよ」
「……何が楽しくて、人類纏めての無理心中なんてモノを試みる組織に属しているのだ?」
「時間稼ぎですか? 無駄ですよ。何しろ、この部屋に至る通路は、我々が抑えていますから。救いの騎兵隊は、やって来たりはしませんよ」
嬲るように副長は告げ、それから、おかしそうに続けた。
「まあ、冥土のみやげ、で教えて上げましょう。──人類纏めての無理心中、と言うのは、敵対組織の口にしそうなでっち上げに過ぎませんよ。本当の目的は、人類の補完なのですから。心に欠けた部分を持つ人類が、新たなステージに上る──進化をするための重要な試みなのですよ。これは。──おそらくは、この閉塞した、滅びを待つ世界に置いて、人類救済のための唯一の方法だと、私は考えております」
「その為に、サードインパクトを起こすというのか?」
「はい」
副長は、頷いた。
「ですが、セカンドインパクトのような、無秩序な破壊力の氾濫ではありません。その経験を生かし、今回のインパクトでは力の方向を正確に絞り、人類が新たな階梯を上るための──」
「では、セカンドインパクトを起こしたというのも、貴様らと言うことか?」
「そう聞こえましたか?」
副長は、口元に笑みを浮かべた。
「そうとしか聞こえん。──では、何か? 貴様らは、その貴様らの言う進化のために、セカンドインパクトであれだけの人間を殺したというのか?」
「必要な犠牲ですよ」
全く悪びれず、副長は答えた。
そこに、迷いや躊躇、疑問、そう言ったモノは一切存在しない。組織の、あるいは指導者の全てを肯定する。そうしたモノに、提督は心当たりがあった。
「狂信者だな」
提督は吐き捨てた。もっとも質の悪い人種。
「カルトの人間に、貴様のような奴を見たことがある」
「カルト?」
副長は、不快そうに顔を顰めた。カルトと同列に扱われるのは、我慢できないらしい。
「不快か? だが、真実だ。他の人間にとってはどうでもいい、下らない理由のために人を殺し、しかし、それは必要な犠牲だったと抗弁する。全くもって、カルト以外の何者にも見えん!」
「……」
副長は、不機嫌に黙り込み、充分時間が経ってから、口を開いた。
「あなたと分かり合えないのは、非道く残念なことですね」
「ワシは、貴様と分かり合えずとも、一向に困らん。いや、逆に、貴様のようなカルトとは、分かり合いたいともおもわん。──残念なのは、今まで貴様のような無能で既知外な人間を副長として使ってきたことだ」
「無能で既知外?」
副長の声は、裏返った。
「あっさり挑発に乗るな、馬鹿」
「馬鹿? 私が? 私が馬鹿?」
「ああ、馬鹿だ。それも、とっておきのな。Dマイナーをくれてやる。落第だ」
提督は、だめ押しするかのように告げた。
「貴様が利口だったならば、今回のやり方はしない。今回のやり方は、思いつく限りの最低最悪のモノだ。これで、貴様はワシに、ゼーレの存在、そして、サードインパクトを利用しての人類補完とやらを本気で考えている既知外どもが、確かにこの世のどこかに存在するという確信を抱かせてしまった。貴様が今回取るべきだった行動は、レポートを読んで、一言こう言えば良かったのだ。──「非道く荒唐無稽な話ですな」と。──はっきり言って、こんな巫山戯た話、真っ当な人間ならば、無批判に信じたりはしない。勿論ワシは真っ当な人間だから、信じていなかった。おまけに、ネルフと貴様、どちらを信じるかと言えば、あの少年達には悪いが、貴様の方を信じただろう。何しろ、貴様とのつきあいは長いからな。しかしそれも……貴様が馬鹿な行動を始めるまでの話だ」
「──!」
副長は、顔を真っ赤にして拳銃を提督に向けた。
「何と言おうとも、提督、あなたはここで──」
副長は、引き金を絞ろうとした。
そこへ、非道く冷静な、提督の声。
「副長、レポートには、ゼーレへの協力者の名前も載っていたのだよ。──いの一番に、貴様の名前も」
銃声が提督の部屋に響いた。
悲鳴を上げて床にしゃがみ込んだのは、副長だった。
その右手から銃ははじき飛ばされ、撃たれた場所を抑えてうめく。
「やれやれ、こんな狭い場所に潜むのは、もう勘弁ですな」
呟きながら、部屋の隅のロッカーから、男が一人姿を現した。戦場経験豊富です、と言う容姿の男の腕には、今し方、副長の手から銃をはじき飛ばした銃弾を放った拳銃が握られており、薄く硝煙を上げている。
男はそのまま数歩進み、副長の手からこぼれ落ちた拳銃を蹴り飛ばす。拳銃は床の上を滑り、壁に当たって止まる。副長がどれだけ手を伸ばしても、届かない位置に。
「謀ったのか?」
副長が、呆然と呟く。自分がしてやられた。その事の方が、痛みよりもショックが大きいらしい。
「あなたは、最初から私を疑っていたんだな?」
自分のことを完全に棚上げして、副長はなんて非道い、と叫ぶ。
「用心は常に必要だ」
提督はその叫びに全く心を動かされたふうでもなく、平然と嘯く。
「この卑怯者め!」
「負け犬の遠吠えだな。こうした場合、引っかかった方が間抜けなのだよ。特に今回は、それほど大した仕掛けをしたわけではない。どころか、引っかけるという意識も薄かった。この程度であっさりと尻尾を出すな。この間抜け」
悔しそうに顔を伏せる副長。
ここでノックの音がして、提督が答えると、扉が開いて数人の武装した兵達が入ってきた。
一瞬、表情を輝かせる副長だが、すぐにそれは失意に取って代わられる。
「不審な動きを見せた者達は、全員、拘束しました」
「ご苦労」
彼らは、副長の救いではなく、提督の手の者だったのだ。
「さて、副長」
提督は椅子から立ち上がり、副長を見下ろしながら、告げた。
「貴様には、いろいろと話して貰うことになる。良い待遇を受けたかったら、素直になることだな」
「弁護士を──」
「今の世の中、そんな悠長なことが通用すると思うか? 実際、貴様もこれまでやって来たことだ。今更、自分だけ例外だと思うな」
セカンドインパクトの混乱期から今まで。悠長に国際法など守っていられる状況でなかった場面は多い。そして提督の言葉通り、その多くの場面に、副長も関わってきていた。
「……」
副長は、顔を上げて提督を見た。
そこに浮かんだのは、微笑。
「?」
と、首を傾げる提督に、ロッカーの中に潜んでいた男が飛びかかった。
「逃げろ!」
男は、入り口にいる兵達に一言叫ぶと、提督を押し倒すようにして、備え付けの机の向こうに飛び込んだ。
そして──
「ゼーレのシナリオのために!」
副長の叫びは、直後の爆発にかき消された。
備え付けの机は、思った以上の強度を持っていたらしい。体や耳が痛いが、何とか生きているようだと、自分を観察する。
「生きているか?」
提督は、痛みに顔を顰めながら、尋ねた。
「何とか……」
男は、提督よりは幾分ましな声で応じた。
「ならば、速いところ貴様の糞重い体をワシの上からどけろ」
「これは失礼」
言って男は立ち上がり、続いて、提督も腰を押さえながら立ち上がった。
部屋の中は、非道い有様だった。
焦げ臭い臭い、血の臭い──
「……人間爆弾か」
提督は、うんざりしたように呟いた。
「ますますカルトだな。正気じゃない」
「全くですね」
頷く男。
男の声に従い、慌てて逃げ出して事なきを得たらしい。部屋の外から武装した兵士達が顔を出し、指示を仰ぐ。
男は彼らに指示を出すと、提督を促し、部屋から出る。長居したい部屋でもなくなった。
「……しかし、貴様、良く解ったな」
「何がですか?」
男は、提督の質問に首を傾げた。
「良く、副長が自爆すると解ったな、と尋ねたのだ」
「ああ」
男は頷き、私はゼーレのスパイじゃありませんよ、と笑ってから、説明した。
「昔、中東辺りに赴任したときに、自爆テロを喰らったことがあるんですよ。20くらいの平凡に見える男でしたがね、いきなり、ぼかん。私は運良く助かりましたが、部下が3人、やられました。──その時、そいつが、さっきの副長みたいな笑いを浮かべたんですよ」
「ろくでもない経験だな」
「ですが、それで今回は助かった。私も、提督も」
「得難い体験だったかもしれんな」
「もうご免ですがね」
心底そう思っているらしい声で、男が応じる。
提督は背後、自分の先刻までいた部屋に視線を向け、小さく呟いた。
「狂信者どもか……」
その狂信者達との対決以前に、生き延びるための舵取りすら難しくなりそうな予感がして、提督は思い切り顔を顰めた。
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