#102 塀の外の懲りない面々


 とある女子刑務所の前に、黒服の、いかにもな男達が集っていた。恰好だけではなくその容姿も、真っ当な職業に就いている人間とは思えない。そんな男達だ。そして印象だけでなく実体も、その通りだった。
 彼らは、静かに整列し、刑務所の通用門が開くのを待ち受けていた。
 そして、彼らが焦れるよりも早く、通用門は開いた。
 そこから現れたのは、一人の女性。
「おつとめ、ご苦労様です!」
 誰かが音頭をとったわけではない。しかし、黒服達は見事に揃って声をあげると、一斉に頭を下げた。
 現れた女性は、その様子を、首を巡らせて一瞥する。
 その女性は、非常に大きい女性だった。身長は、並の男を易々と凌ぐ。おそらく、2メートルは軽く超えているだろう。そして、大きいのは縦方向だけではない。横方向も大きかった。だが、これは太っていると言うことではない。逞しいのだ。筋骨隆々とした体つき。呼吸音が、「ふしゅるる〜」とか、「こ〜ほ〜」とか書き文字で背後に現れないのが不思議なくらいのたくましさだ。
 しかし、その恰好は、少女趣味だった。
 ピンクハウス系の、ヒラヒラした、少女少女した恰好。髪は、何と縦ロール。体つき同様、非常に逞しい顔立ちの女性に、その恰好は全く似合っていなかった。
 と、その女性の正面辺りに止まっていた一台の黒塗りの車の扉が開いた。
 海原山と美少女は足から登場するべきである。
 そんな思いがあるのかないのか、最初に現れたのは、美しいおみ足だった。
 学校指定の革靴のような、しかし、かかっている金額は別世界の、黒い高級そうな革靴。そして、白いレースを施された上品なソックスに包まれた足が、車の中から静かに現れる。
 生足はほとんど露出しておらず、すぐに、黒を主体にして、所々に白いレースをあしらった、ゴスロリ系のスカートが現れる。
 そして、長い、僅かに波打った髪の毛を片手でさらりと背後に流しながら、少女が車から降りる。
「ごきげんよう、ヌボコおばさま」
 挨拶する少女の方は、目の前の女性と違い、その恰好──ゴスロリ系のドレスが、非常に似合っていた。どこからどう見ても、完璧なお嬢様。そんな美貌の持ち主。
 天野連合会長、天野ミナカである。
 対して、女性の名前は天野ヌボコ。先代天野連合会長、天野ハシダテの妹である。つまり、ミナカの叔母に当たる。
 両者を比べるに、ミナカの方は、母親の遺伝子が勝利したらしい。非常に幸いなことに。
「ごきげんよう、ミナカちゃん」
 ヌボコは、ミナカに挨拶を返す。
 それから、じろりと自分の周囲に並ぶ黒服達を眺めた。
「相変わらずね。こんな連中を侍らせて、ミナカちゃんも趣味が悪いわね」
 趣味の悪さでは、おばさまには敵いませんわ。
 とはミナカは言わず、黙って、僅かに首を動かして、ヌボコを誘う。
「おばさま、こんな所に長居は無用でしょう? こちらへ」
「そうね──全く、ここの連中と来たら、非道い連中よ。女性のことを、非道く馬鹿にしているわ。セクハラよ!」
 憤慨したように、ヌボコは応じ、ミナカに従って車へ移動しようとする。
 が。
 途中で、ヌボコは、一人の黒服に目を付けた。
「あなた」
「え?」
 と、目を付けられた黒服が、何処か戸惑ったような態度で応じる。何故、自分に? 訳が分からないと、目ときょときょとさせて、正面にたつヌボコを見つめる。
 その黒服を、ヌボコは決めつけた。
「あなた、今、私をいやらしい目で見たわね?」
「え?」
 今度は本格的に戸惑う黒服。
 彼は、非常に真っ当な趣味の持ち主だった。彼ら、天野連合のお姫様であるミナカならば兎も角、ヌボコはきっぱりと守備範囲外。彼が興味を抱く対象の外に存在した。それも、外も外、思いっきり遠くに。
 だが、それを口にすることは出来ず、また、もし出来たとしても、その余裕はなかった。
「それは、セクハラよ!」
 ヌボコは、黒服が口を開くより早く、その体に比して巨大な手のひらを振り上げた。
「セクハラは、許せませんわ!」
 剛腕一閃。
 男は、大型トラックに跳ねられたみたいにして短く宙を飛び、刑務所の壁に平たく貼り付いて湿った音を立てた。即死である。
 これを見て、ミナカは顔を顰めた。
 またか。
 そんな顔だ。
 ヌボコが服役したのは、抗争によって、ではない。今回同様、部下のセクハラを咎めたためだ。もっとも、その部下にしてみれば、美女美少女相手なら兎も角、ヌボコに対するセクハラとされるのだけは勘弁ならないだろう。
「……」
 ヌボコの迎えにやってきていた黒服達の中に、動揺が走る。
 冗談ではない。
 彼らの判断するところ、今し方不幸な目にあった男は、何処をどう見ても、セクハラを働いたようには見えなかった。全ては、ヌボコの被害妄想としか思えないし、それは事実だったろう。そこら辺の無関係な人間を掴まえて訪ねれば、10人中10人が、同様に判断するに違いない。
 ヌボコは、動揺する男達を、面白くなさそうに見つめた。
「あなた達も、嫌らしい目で私を見たわね。セクハラよ!」
 そして、代表して一人を指さした。


「え?」
 一人の男が、戸惑いの声をあげる。
 どうしたわけか、ヌボコが自分を見ている。指さしている。この大勢の中から、何故か自分が代表に選ばれた。それを悟る。
「セクハラは、許せませんわ〜!」
 ヌボコの手のひらが振り上げられる。
 それが振り下ろされれば、自分も先刻の男に倣うだろう。間違いなく、確実に、一片の疑問もなく。
 その男の脳裏に、走馬燈が走る。
 セカンドインパクト後の辛い生活の中、生きていくために悪事に手を染めた。
 街のチンピラとして過ごした時代。
 天野連合の下っ端としてこき使われた時代。
 出世の糸口を掴んだ、初めてのお使い──いや、鉄砲玉。
 服役、そして、出所。
 気が付けば部下もでき、それなりの地位に上がった。
 人生を楽しむのは、これからのはずだった。
 しかし、理不尽にも、この場で自分の人生は終わる。
 強制的に、終了させられてしまう。
 これが、今まで繰り返してきた悪事に対する罰だとしても、あまりにあんまりだった。
 だが、逃れようもない。
 男は、恐怖から強く目を閉じ、体を硬直させた。
 そんなことで、この理不尽な死から逃れられるわけではない。だが、自分の死を──迫り来るヌボコの巨大な手のひらを冷静に見つめていられるほど、男に勇気は無かった。
 硬く目を閉じる。
 硬く、目を閉じる。
 硬く──
「?」
 しかし、死は訪れなかった。
 おそるおそる、男は目を開いた。
 開いた目の──男の顔の鼻先に存在する、巨大な手のひら。その手のひらを押さえるように、下の方から小さな細い腕が伸びていた。
 細い腕を視線でたどると、これまた華奢な肩に続き、更に動かすと、吃驚するくらいに綺麗な顔が付いていた。
「……ミナカ様」
 呆然と、その細腕の持ち主の名前を呼ぶ。
 ミナカが、自分を助けてくれたのだ。
 両者の腕の太さを見比べれば、それは信じがたい眺め。だが、事実だった。ミナカがその細腕で、ヌボコのぶっとい腕の一撃を止めてくれたのだ。さすがは、あの天野ハシダテの一人娘である。見かけに騙されてはいけないのである。
「おばさま、いい加減にしていただけますか?」
 静かに、苛立ちを堪えるように、ミナカが口を開いた。
「何を言っているの、ミナカちゃん。この男は私をいやらしい目で見たのよ。セクハラは、絶対に許せないわ!」
「おばさま、また、塀の中にお戻りになりたいのですか?」
「セクハラを咎めるのは、女の権利よ!」
「警察や裁判所がそう思ってくださればよろしいですわね」
 非道く冷めた声をかけられて、渋々と言った表情で、ヌボコが腕を下ろす。
 それを見て、ミナカの方も腕を下ろす。
 それから、ミナカは男の方に顔を向けた。
「あなた──たしか、只野……」
「はっ、只野ハヤクと言います」
 自分の名前をお姫様がご存じだった?、と感動に打ち震えながら、男、只野ハヤクは名乗る。
「そう、只野ハヤクさんね」
「はい」
 只野は、直立不動でミナカに答えた。
「申し訳ありませんが、この後始末をよろしくお願いしますわ」
「後始末、ですか」
 ミナカの示したのは、壁にロールシャッハテストの題材になりそうな、赤い模様を描いて平たくなった男。もしかしたら、只野がそれに倣うところだった男。
「ええ」
 ミナカは、優雅に頷く。ほんのそれだけの仕草にも、ミナカには華があった。
 思わず見とれてしまう只野に、ミナカは続けた。
「おばさまには、やって貰わねばならないことがあります。また、塀の中へ逆戻りでは、困りますの。──私が言っていること、解りますわよね?」
「はい」
 只野はしっかりと頷いた。
 つまり、自分に身代わりになって服役しろ、そう命令しているのだ。
 只野に、否は無かった。
 自らの命の恩人。それをさしおいても、ミナカの役に立つ。それは、天野連合を構成する者達にとって、この上ない喜びだった。
「こいつを殺したのは、自分であります!」
 だから、只野は大きく声を出した。
 只野の言葉は、ミナカの求めていた模範解答だった。
 にっこりと、飛び切りの笑顔が、只野に与えられる。
 それだけで、只野は満足しきっていた。満足しきってしまった。
「勿論、悪いようにはしませんわ。最高の弁護士を付けます。出所してきたら、あなたは重要な仕事に就くことになるでしょう」
「光栄であります!」
「よろしくお願いしますわね」
 ミナカは告げて、只野に興味を失ったように、視線を逸らした。
 それでも、只野は満足していた。


 ヌボコは、不満そうだった。それを隠そうともせず、ぶつぶつと文句を言う。
「ミナカちゃんは男に甘いわ。セクハラはきちんと咎めないと、いつまで経っても、女は男よりも一段低く見られることになるわ。それでは、女性の地位向上が──」
「おばさま」
 うんざりした口調で、ミナカはヌボコの言葉を遮る。頭痛を堪えるように、僅かに顔を顰めている。
「おばさまの意見には、一理ありますわ。でも、こんな小さなセクハラを咎めるために、塀の中に戻って貰っては、わたくしが困りますの」
「小さなセクハラ?」
 心外だと、ヌボコが表情を曇らせる。
「大小が問題ではありませんわ。セクハラは、セクハラ。よしんば小さなセクハラだとしても、放っておけば……」
「第3新東京市に、セクハラの大王とでも言うべき男がいます」
 ミナカはヌボコの発言に取り合わず、静かに告げた。
「セクハラの、大王!」
 どうやら、この発言はヌボコの興味を惹きつけたらしい。
「ええ、セクハラ男の中のセクハラ男。全女性の敵。最悪のケダモノ」
「んま〜!」
 ヌボコが、大仰に声をあげる。
「なんて事でしょう。そんな男が存在するなんて、許せませんわ!」
「私も、そう思いますわ」
 ミナカは、頷いた。演技ではなく、本気で。
「ですから、おばさまには、こんな小さなセクハラではなく、その男のセクハラを咎めて貰いたいのです。その男を、教育してやって欲しいのです。容赦なく、慈悲なく、満遍なく、徹底的に」
「……そうね」
 ヌボコは頷いた。使命感に燃える、殉教者のように。
「解りましたわ。それこそが、私がこの世に生まれてきた使命ですわ!」
「第3新東京市までの足は、私が準備しますわ。いつでも、おばさまの準備が整い次第──」
「準備が整い次第? とんでもありません。すぐに参りますわ! セクハラは、絶対に許すことは出来ませんもの!」
「では、あの車をお使い下さい」
 ミナカは、自分が乗ってきた黒塗りの車を示した。
「それでは、参りますわ!」
 即座に行動に移そうとするヌボコを、ミナカは止めた。
「その前に、その男の名前を」
「そうでしたわね。私としたことが、少々取り乱し、慌ててしまったようですわ」
 おほほほほと、ヌボコが照れ隠しのように笑う。
 そのヌボコに、ミナカは告げた。
「その男の名前は、碇シンジ。全女性の敵、セクハラの大王、碇シンジ、ですわ」


 ヌボコを乗せた車が出発し、視界から消えるのを待って、ミナカは、用意されていたもう一台の車の方に移動する。
 その脇に、いつの間にか彼岸花マリの姿があった。
「ご苦労様です。ミナカ様」
「大したことではないわ、マリ」
 それから、僅かに苦笑する。
「確かに、あのおばさまの相手をするのは疲れますけど……。でも、見事にマリのシナリオ通り」
「分かり易い方ですから」
 こちらも苦笑して、マリが応じる。
「しかし、ヌボコ様があの、セクハラ大王の碇シンジを倒せるかどうか……」
「構いませんわ」
 マリの言葉に、ミナカは平然として応じた。
「通用すれば良し。しなければ、また新たな人間を差し向ければいいだけのこと。攻撃は、継続的に、何度でも行う。それが、正しいのでしょう?」
「はい」
 深く、マリは頭を下げる。
「おばさまはさして重要な人材ではありませんし、どのみち、これが本命ではありませんからね」
 ミナカは、婉然として笑う。言葉通り、ミナカにとってヌボコはどうでもいい。どころか、セクハラだセクハラだと部下を減らされてしまうだけ、有害だ。
「……美保野マツバラの指導の元、新たな中核となる部隊は、順調に育っております」
 こちらこそが、本命。
 暗殺者を差し向けているのは、第4使徒戦のついでに潰された、精鋭部隊の回復──いや、新たな中核部隊を育てるまでの時間稼ぎなのだ。いずれ、EVAを無効化したら、即座に精鋭を差し向けて、今度こそ、完膚無きまでに碇シンジを叩きつぶす。それこそが、ミナカの狙い。
 勿論、それ以前に暗殺が成功しても構わない。──が、そうなった場合、ミナカは非道くがっかりすることになるかも知れない。
 碇シンジは、暗殺者などではなく、自分の手で、叩きつぶしたいのだ。潰さなくとも、自らの足下に跪かせるのも言い。靴を舐めさせてやれたら、最高だ。
「鋼鉄計画は?」
 これは、そのEVA無効化計画の一つ。
「少しばかり、スケジュールに遅れが見えますが、修正範囲内でしょう。間もなく、準備が整うかと」
「急がせなさい」
「はい」
 マリは頷く。
 それから、僅かに表情を曇らせた。
「ところで、良くない情報が入ってきております」
「何?」
 ミナカは、良くないと聞いて、僅かに表情を曇らせる。だが、聞かないと言う選択肢はない。嫌だから耳を塞ぐ。そんな選択をするのは、愚か者だ。そして、ミナカは自分が愚か者であるつもりはない。
「ネルフ総司令、碇ゲンドウが、中国の劉一族に接近したようです」
「愚か者ね」
 表社会では切れ者と評判の碇ゲンドウを、ミナカは一言で切り捨てた。
「もしかして、今度こそコントロール可能だとでも思っているのかしら? 碇シンジで懲りたのかと思ったけど、どうやら、少しも学習していないようね」
「はい」
 マリが見ても、碇ゲンドウが劉一族をコントロールできるとは思えない。逆に、利用されるだけ利用されて、終わるだろう。その事は、どうでもいい。碇ゲンドウが素寒貧になってどこかで行き倒れようが、天野連合には関係ない。しかし。
「しかし、その場合、この国に劉一族の橋頭堡を築かれる危険が……」
 天野ハシダテ、碇ムテキ、この二人により、大陸系の闇組織は日本から一掃されていた。ここに来て、再び彼らの上陸を許すのは面白くない。
「放っておきなさい」
 しかし、ミナカは平然と応じた。
「しかし」
「マリ」
 言い募ろうとする、マリの名前をミナカは呼んだ。
「碇シンジを舐めるモノではないわ。最低最悪のケダモノ、セクハラ大王とは言え、無能ではないはずよ。そちらに任せておけばいいわ。それに、碇シンジが駄目だったら、その時こそ、私たちが出て叩きつぶせばいい。それだけのことでしょう?」
 自分たちが──自分が敗北することはあり得ない。
 確信を持って告げるミナカに、マリは無言で一礼した。

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