#109 世界はショウバイ、ショウバイ
惣流アスカ・ラングレーの転校は、当人の思いは兎も角、第一中学校在校生の歓迎を持って迎えられた。
何しろ、アスカはきっぱり美少女である。外人と日本人では、その美人の基準が異なることが普通だが、アスカの場合、日本人の血と欧米人の血が絶妙にブレンドされ、日本人好みの顔立ちの美少女だった。更には、スタイルが違う。こちらは欧米人の血が濃く現れているのか、中学生にしてはダイナマイトとでも表現できる程に優れている。腰の高さなどは特筆モノである。
また、内心は兎も角、外面の良さを発揮して、アスカは非常に友好的に転校の挨拶をした。猫を二重三重に被っているなどとは思わない男子生徒達は、即日、アスカに向けてアタックをしたほど。
更に言うならば、このところ、何故か第一中学校では美少女の失踪が続いていた。例えば、二年C組の誰それ、例えば、三年生の誰それ。一年生の誰それ。いつの間にか、男女比が大きく傾いてしまったほどに。
それだけに、美少女は希少だ。美少女転校生となれば、諸手をあげて大歓迎である。
「あ〜あ、猫も杓子もアスカさんかぁ」
と早朝の体育倉庫で呟いたのは相田ケンスケである。
彼は、ただ今商売の真っ最中である。
「みんな、平和なもんや」
鈴原トウジが、それに応じる。
「本当なら、隠し撮りして、商売するところだけど……」
僅かに未練のあるような口調で、ケンスケ。
ケンスケの商売、それは、隠し撮りした女の子の写真を、こっそりと売却することだった。
その写真は、体操服や制服や水着姿と言った犯罪すれすれのモノから、更衣室の覗き撮りと言ったきっぱり犯罪のモノまで。一部のコアなファンを持ち、小遣い稼ぎ以上に稼いでいた。ケンスケの持つ撮影機材の一部は、その売り上げで購入したほどに。
かつて言われた変態覗き魔。これは大袈裟でも何でもなく、勝手に写真を撮られ、更に勝手に売却された女の子達にとっては、偽りのない真実だった。
「なんや、撮らへんのか?」
大人になったとか口にしたくせに、結局行動様式の変わらないケンスケである。そのケンスケが、写真を撮らないなどと言うのは天変地異の前触れか。それは大袈裟にしても、信じがたい事だとトウジが尋ねる。
「だってなあ」
ケンスケは、首を振った。
「シンジさんの婚約者だぞ? 勝手にそんなことをしたら、後が怖いだろうが」
アスカがどう思っていようが、アスカはシンジの婚約者。これはケンスケらにとっては確定事項である。シンジが白と言ったら、黒だって白いのだ。
「せやけど、ユウキさんの時と違って、別に禁止されとる訳や無いやろ?」
「それでもさ」
確かに、今回、シンジはユウキの場合と異なり、ケンスケにわざわざ注意をしていない。
だからと言って、許可されたと考えるのは早計だろうとケンスケは思う。二度三度といちいち言わなくとも解っているだろう?、そう言うことかも知れない。言われなかったから大丈夫だと多寡をくくって撮影販売をして、後で咎められたら──この世とお別れになるような危険は、避けた方が賢明である。
「まあ、商売、っちゅうことやったら、昔とは比べものにならへんし、別にええんやないか?」
トウジは、売り子兼用心棒の様な形でケンスケの商売に昔から関わってきた。だから、最近の稼ぎが、以前の比ではないことを知っている。
同時に、扱っている商品も、格段にグレードアップしている。
その結果、販売場所を校舎裏から、人気のない体育倉庫に移している。
体育倉庫。こんな、あまり人手のない場所で商売が成り立つのか?
勿論、成り立っていた。
商売の上では、以前とは比べものにならない。だが、商売云々を抜きにしても、隠し撮りはケンスケのライフワークのようなモノである。だから、内心、未練じみた感情は何時までも、何処までも存在する。
「しかしなあ……」
その事をトウジに説明しようとするケンスケ。
しかし、ケンスケが続けるより早く、第三者の声が割り込み、ケンスケは口を閉ざす。
「す、すみません」
「はい、らっしゃい」
体育倉庫の扉をおずおずと開けて、一人の男子生徒が顔を出す。
すかさずトウジが声をかけると、その男子生徒は少々迷いの表情を見せたが、意を決するようにして、体育倉庫の中に踏み込んでくる。
「あ、あの、カタログのへの3番を……」
「はい、への三番ですね。少々お待ちを」
にこやかに応じて、ケンスケはノートパソコンを引き寄せる。カタカタターとキーを叩いて検索。
「への3番──『2年C組、委員長、秘密のリンカン学校』ですね」
リンカン学校──カタカナの部分にどんな漢字が当たるのか。それは秘密である。
「は、はい」
赤面し、多少狼狽えながら、男子生徒が頷く。
「いや〜、お客さん、目が高いわ。これは、ここ一月の売り上げナンバーワンでっからな」
「馬鹿。余計なことは言わなくて良いんだよ」
揉み手で如才なく応じるトウジを窘め、ケンスケはお客に向かって頷く。
「それでは、クラスとお名前を──」
「名前は──」
僅かに躊躇するモノの、その男子生徒は、自分のクラスと名前をケンスケに告げる。
ケンスケはそれを端末に打ち込み、一度確認をすると、にっこりと客商売用の笑顔で頷いた。
「それでは、放課後までにDVDに焼いておきますから、取りに来て下さい。お代は──」
最近では取扱商品が多くなり過ぎ、現物を並べて、と言う具合には行かなくなっている。その為、希望者にカタログを渡し、そこから選んでもらい、その後、DVDに焼くという手順を採るようになっていた。
「は、はい、よろしくお願いします」
男子生徒は頷き、そそくさと逃げるようにして退場する。
その男子生徒を切欠としたように、次々と客が、人気のない体育倉庫に訪れた。
「あの、すみません、いの13番を」
「はい、『秘密のセイ徒会』ですね」
「ほの1番……」
「はい、『少女のセイ春』ですね」
「ろの7番と、への3番を……」
「はい、『優等セイ』と、『秘密のリンカン学校』」
斯様に、大繁盛である。
顧客は、生徒ばかりではない。
「相田、いるか?」
謎の、覆面を被った大人の男まで現れる。
「これは先生、毎度──」
「先生ではない。私は秘密の覆面男Aだ」
「そうでした、すみません、秘密の覆面男Aさん」
「うむ」
秘密の覆面男Aは、満足したように頷いた。
「それは兎も角、この間の『巨乳ネルフ作戦部長』は気に入ったぞ。あの女優の他の作品はないか?」
「ええと、『巨乳ネルフ作戦部長』の女優の作品ですか? 少々お待ちを──」
と、頷いて検索。
「他には『作戦部長と賢者の石』、『作戦部長と秘密の部屋』、『作戦部長とアバスガンの囚人』、『作戦部長と炎のゴブレット』、がありますね」
「ううむ、どれも既に持っている」
「そうですか……残念ながら、他には、あの女優さんの登場している作品は無いですね」
「なんだと?」
「巨乳がお好みでしたら──カタログへの5番、『先輩の秘密』とか。これは、先生のクラスの出海チチコさんが主演を……」
「何? あの出海チチコが……いや、私は先生ではない」
「あ、すみません、秘密の覆面男Aさん」
ケンスケは素直に謝罪し、それから尋ねるように秘密の覆面男Aを見る。
「それで、どうしましょうか?」
「うむ、確かに出海チチコの乳はでかい! よし、それを頂こう」
「毎度ありがとうございます」
ケンスケは頷き、それから、思いついたみたいにして続けた。
「そう言えば、秘密の覆面男Aさんお求めの女優ですが──」
「あの女優がどうかしたのか?」
「はい、今度、特殊浴場の従業員デビューをする予定だったはずです」
「何?」
身を乗り出すようにして、秘密の覆面男Aがケンスケに迫る。
「何という店だ?」
「ええと──ありました。駅裏の特殊浴場ネルフで、名前は……リツコですね」
源氏名という奴である。
「成る程、早速行かねばならんな……しまった。給料日前だ」
がーんと、ショックを受ける秘密の覆面男A。
「……それでは、『先輩の秘密』はどうしますか? 止めておきますか?」
「いや」
男らしく、秘密の覆面男Aは首を振った。
「それはそれ、これはこれだ! 男が一度口に出した以上、違えることは出来ない。頂こう」
「毎度ありがとうございます」
ケンスケ、トウジは声を合わせて礼を言う。
それから、ケンスケがキーを叩いて、告げた。
「先生──いえ、秘密の覆面男Aさんにはいつもご贔屓いただいていますから、ここは特別に、碇グループ系列の特殊浴場全店で使用できる、特別優待割引券をおまけで付けましょう!」
「何? 本当か?」
男が一度口に出したことを違えるのは許さないぞ、と、勢い込んで秘密の覆面男Aがケンスケに迫る。
「はい、本当です」
ケンスケは頷き、如才なく告げる。
「その代わりというわけではありませんが、これからもご愛顧の程を」
「うむ」
秘密の覆面男Aは、きっぱりと頷いた。
「任せておけ」
そこで予鈴が鳴り、商売も一区切り。
ケンスケ、トウジは即座にDVDを焼き始める。
約束の放課後までに間に合わせようと思ったら、授業に出ている暇はなさそうだった。そして、それはこのところ、珍しいことでもなかった。
「……しかし、ワイは何でこんな事をしておるんやろう?」
トウジが、トレイにDVDをセットしたところで、不意に疑問に感じたように呟いた。
「なんだ、それは?」
ケンスケの方は、全く疑問に感じていないようだ。トウジの疑問こそ疑問と首を傾げる。
「ああ、帆村さんの真似か? あの人、口癖みたいにそればっか言っているし」
おかしそうに笑う。
最早、ケンスケ、トウジとも、黒服をむやみに恐れたりはしなくなっている。何しろ、自分たちは仲間なのだ。恐れる必要はない。……それでも、シンジは怖かったりするが。
「……」
トウジは、ケンスケでは話にならんと首を振り、DVDを焼く作業に戻る。
しばし、二人は無言。
それから、トウジは再び口を開いた。
「それはそうとして、センセ、一体何考えとるンやろうか?」
「あん?」
ケンスケは、お座なりな返答をして、それから、表情を真面目に引き締める。
「シンジさんの考えることを疑問に思うことはないさ。きっと、俺達には思いもつかないような遠大で素晴らしいことを考えているに決まっているんだから」
すっかり、取り込まれているケンスケである。何しろ、ちょっぴり大人になれたのはシンジのおかげ。いや、あれからもかなりの経験を積んで、ちょっぴりどころか、きっぱり大人であると自負している。何しろ、自ら進んで主演男優を勤めたりもして、「凄い凄い凄すぎる〜!、シリーズ」等と銘打って撮影販売していたりする。そこいらの中学生など比べモノにならないほどに経験豊富なのだ。大人であるに違いない。
「確かにそうかも知れんけど……」
「なんだよ、はっきりしない奴だな」
はっきり言っちまいな、と言う言外のケンスケの声に応じ、トウジは僅かに悩んだ後、口調を落として告げた。
「ユウキさんのことや」
「ユウキさんがどうかしたのか?」
思い当たるところが欠片も無いという口調で、ケンスケが問う。
「いや、あんな……センセ、アスカさんにプロポーズしたやろ? それ、ユウキさん、どう思っているか、思うてな」
「?」
ケンスケは、首を傾げた。
「なんか、気になることでもあったのか? ユウキさん、別に変わりなく、にこにこ笑っているように見えるけどなあ」
「……」
トウジは、ケンスケの表情を見た。
ケンスケは、トウジの方など全く気にせず、端末に向かっている。DVDを焼きながら、学校の男子生徒達に、メイルで新しいカタログの送付を行っているようだ。商売熱心なことである。
どうやら、ケンスケに話しても無駄らしい。
「いや、なんでもあらへん。多分、わいの勘違いや」
トウジはそう告げて会話を打ち切り、それから、そっとため息を零した。
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