#11 一つ目国
「15年ぶりの使徒襲来か。あまりに、唐突だな」
暗闇の中、浮かび上がった影が口を開く。
怪しい、怪しすぎる会合だった。
「我々の先行投資が無駄にならなかった点に於いては、幸いとも言える」
その会合の末席に、碇ゲンドウの姿があった。
いつもの、顔の前で手を組んだ格好。上位者を前にして、不遜とも言える。
「しかし、碇君。君が初陣で壊した兵装ビルと、初号機の修理代。さらには、先の零号機の起動失敗。国が一つ傾くよ」
不遜な態度が気に入らないのか、矛先がゲンドウに向かう。
ゲンドウは、その指摘を内心であざ笑う。
計画が遂行されれば、資産などは意味をなさない世界となる。それなのに、金銭を問題とする。馬鹿らしい。それが、ゲンドウの思いだ。
無論、表情に出しはし無い。今は、ひたすら忍従の時であることは承知している。計画に必要不可欠な駒は、ゲンドウの元に集いつつある。しかし、未だ揃いきったわけではない。しばらくは、否、計画の発動の時まで、彼らと袂を分かつのは拙い。最後の最後、決定的な場面で、裏切る。それが、狙いである。その時、この老人達の浮かべるであろう吠え面、それを思い浮かべ、ゲンドウは溜飲を下げる。
「玩具に金をつぎ込むのはよいが、肝心なことを忘れて貰っては困る」
「君の仕事はそれだけではないだろう」
「左様」
席次がトップの老人が、もったいぶって口を開く。おかしなバイザーを付けて、目元を隠したこの老人の名前は、キール・ローレンツと言う。
「人類補完計画。我々にとって、この計画こそが、この絶望的な状況下における、唯一の希望なのだ」
「──承知しております」
ゲンドウは、素直に頷いてみせる。その計画を利用して、自分の目的を達成する。それをわざわざ説明してやる必要はない。
「いずれにせよ、使徒再来によるスケジュールの遅延は認められない。予算については一考しよう」
「情報操作の方はどうなっている?」
他の老人が口を挟む。
「ご安心を」
ゲンドウは、苦い思いを感じながら、短く応じる。
使徒は、サードインパクト、人類滅亡を誘発すると言う。それに対抗するネルフは、非公開組織である。同時に、使徒の方も、世間一般にはその存在を隠されている。これは、異常なことだ。情報を公開し、知恵を集める。それが、それこそが、正しい方法だろう。
なのに、全て、極秘のベールの向こうに隠されている。これは、この老人達の意志による。つまり、逆の視点から見れば、それだけの力を有している言うことでもある。ネルフ総司令、碇ゲンドウ。この地位も、老人達に投げ与えられた物だ。この局面で裏切れば、ゲンドウごとき、容易に叩きつぶされるだろう。それだけの力の差が存在する。
が、現時点でのゲンドウの苦い思いは、それに対してではない。
情報操作、その内容についてである。
何故、あんな情報操作をせねばらならないのか。呆れを通り越して、腹立たしい。
「その件については、既に対処済みです」
いらだちを隠し、ゲンドウは応える。
「よろしい。今回の会議は、ここまでとする」
キールが締めくくり、老人達の姿が消えていく。全ては、フォログラフ。現実に、老人達はここにはいなかったのだ。
最後に残ったのは、キールとゲンドウ。
「碇、裏切るなよ」
「全ては、ゼーレのシナリオのままに」
そして、両者も別れる。
キールの姿も消え、闇の中に光が点る。ここは、ネルフ本部の司令室。
ゲンドウはただ一人、司令室の自らの席に座り、両手で隠した口元に、嘲りの笑いを浮かべる。
呉越同舟。どちらも相手を出し抜くことしか考えていない。それを、確認して。
「オーライ、オーライ」
騒がしく、街の建設が進められていく。
建設、と言うには、いささか物騒ではある。
巨大な、人ほどの大きさのある銃弾が、クレーンでつり上げられ、ビルに収納されていく。巨大なEVA用の拳銃が、矢張りビルの中に収納される。
同時に、使徒の残骸の処理も進められていた。
最後は自爆して果てた使徒。しかし、それ以前に飛び散った血や肉片、そうした物は、重要なサンプルとして確保される。同時に、そうした物の清掃も行われている。
セカンドインパクトの影響、地軸の移動により、日本は一年中が夏である。早急に処理しないと、腐敗して非道いことになる。否、僅か一晩、それなのに、腐敗臭が漂い始めている。
その、処理を指揮する為のトレーラーの中、葛城ミサトは仏頂面で、作業の様子を眺めていた。その脇では、テレビががなり立てている。
ミサトが、仏頂面になろうとも言う物である。
待ちに待った、使徒の再来。自分の華麗な戦闘指揮による勝利。
それが、ミサトの描いていた未来予想図だった。しかし、結果は──
気絶をして──否、させられて、気が付けば戦闘は終了していた。
更に、半年の、給料30パーセントカットが付いてきた。
上機嫌でいられる理由など、欠片もない。
その脇で、携帯コンピューターのキーを叩いていた赤木リツコが、一区切りが付いたのか、手を休めてコーヒーを入れる。
リツコは、コーヒーにこだわりがある。リツコの入れるコーヒーは食堂のモノなど、比べモノにならない一品である。しかし、味音痴のミサトには、その違いは理解できない。
コーヒーはコーヒー。
その程度の認識である。はっきり言って、勿体ない。
普段は、その思いを正直に口にして、ミサトが自分のコーヒーを欲しがることを嫌がるリツコである。
だが、今回は求めてもいないのに、リツコはミサトの分まで入れる。
ミサトの不機嫌は、傍からも知れる。邪魔をされないよう、大人しくしているようように、そう言う配慮だ。
リツコは、コーヒーを手に席に戻ると、外の作業の様子に視線を向けた。
明らかに、ピッチが上がっている。
つい先日までは、だれた雰囲気があった。セカンドインパクトから、15年。本当に使徒は来るのか? 昨日までは、そうした懐疑的な者が増えた状況。おかげで予算は出し渋られ、本来は完成していたはずの兵装ビル──迎撃都市、第3新東京市の状態は、稼働にはほど遠いところで停滞していた。
しかし、実際の使徒の襲来。
今まで渋られていた予算のアップがなされることが決定し、慌てて兵装ビルの建設が進められることとなった。
今さらな感もある。下手をしたら、昨日の戦いに敗北して、全てが終わっていたかも知れないのだ。
勿論、思い直して貰って幸いである事は確かだ。EVAの武装関係の開発のピッチも上がっている。これで、次回には、シンジに使えないと酷評されることもなくなるだろう。
これは、リツコにとって、忙しい、忙しすぎるほどの状況を招く。しかし、今までの、実験や開発をしたくとも、予算の関係で何もできない状況に比べれば、余程、精神安定上、ましだ。
また、サンプルにも事欠かない。EVAはようやくまともに起動した。使徒の肉片などのサンプルも入手した。そうしたことの研究だけでも、かなりの時間がかかるだろう。暇をする、そんなことだけは無い。
「発表は、シナリオB−22か」
慌ただしくテレビのチャンネルを変え、ミサトが呟く。
使徒の存在は隠されている。その為、公式発表は、当たり障りのない事故と言うことになっている。そこに、異形の存在、使徒の名はない。
「広報部は、やっと仕事が出来たわけだけど……あんまり、喜んでいなかったわね」
リツコが、軽く口を挟む。しかし、これは失敗だった。
「あったり前でしょうが!」
ミサトが、リツコの軽口に過剰反応して、吼えた。
しまった、拙い話題だったかと顔を顰めるリツコだが、既に遅い。
「うちの広報部は、犯罪の尻拭いを、暴力団の抗争を隠蔽するのが仕事じゃないわ!」
「……」
リツコは飛んでくるミサトの唾に閉口する。
「死者、23人。徹底的に殺しまくり。とどめ刺して回ったそうじゃないの。何なのよ、あのガキ」
「目撃者、余計な口を消す。情報操作をやりやすくするための、理知的な判断だと思うけど」
リツコが、注釈を付ける。
生き残りがいれば、折角、情報操作をしても、その口から事情が漏れる危険がある。それを避けるため、敵対者、全員を殺す。そうした判断。確かに、理知的といえるかも知れない。誉めてやってもいい。人を殺す、そこに至る過程がまともではないことを排除すれば。
「何よ、リツコ、あいつの味方をしようっての?」
「違う側面から見た意見という奴よ。味方をしたつもりはないわ」
リツコは、コーヒーを一口すすり、ミサトに尋ねた。
「一つ目国の話、知っている?」
「は?」
突然の意味不明な質問に、ミサトが戸惑う。
「ええと、確か落語のネタで、そんなのあったわね」
「そうね」
リツコは頷く。
「ある男が、一つ目の人間が住む国の話を聞いて、一人捕まえて来て、見せ物にしようと考える。でも、一つ目国に行った男は、そこで捕まってしまう。そして、「珍しい二つ目の」人間だと言うことで、逆に見せ物にされてしまう、そう言う話」
「何よ、いきなり」
「つまり、シンジ君は私たちにとって、一つ目国の住人だという事よ。私たちにとっては奇妙なことも、シンジ君にとっては当たり前のこと。逆に、シンジ君からしてみれば、私たちの方が奇妙、と言うことになるわ。彼は、そう言う世界で育ってきているのよ」
「……」
無言で考え込むミサト。
そちらを、リツコはちらと見ると、再びコーヒーをすする。
さて、どうやってミサトを追い出そうか。そんなことを考えていた。
はっきり言って、ミサトがここにいても、何の役にも立たない。かえって、邪魔である。愚痴につき合わされる。そんなことで、貴重な時間を浪費したくはない。
「──で、あいつは今、何をしているわけ?」
「精力的に飛び回っているらしいわね。第3新東京市は、ええと、シマって言うのかしら? シンジ君の縄張りになったみたいだし。みかじめ料? 近隣の歓楽施設に、上納金をよこせって言って回っているらしいわ」
「は?」
「店で、何かのトラブルがあったときには、これからは我々で対処します。その代わりに、金をよこせ。そう言うシステムみたいね。おしぼりの代金、って事で、領収書を切るみたいだけど」
「どういうガキよ!」
盛大に顔を顰めて、ミサトが吐き捨てる。
「先刻も言ったように、そう言う環境で育っているんだから、仕方ないでしょ。彼の善悪の基準は、私たちとは違うの」
「だからって、ネルフを良いように使われるのも、問題じゃないの? ネルフは使徒を倒す為の組織であって、暴力団を支援する組織じゃないわ」
「今回は、特別よ。──次回からは、そんなわけには行かない。いえ、行かせないわ」
レイの復帰を急ぐ必要がある。予算さえ都合が付けば、直ぐにでも。
今回は、他に手がなかったため、シンジに大幅な譲歩をすることとなった。つまり、他に手さえあれば、あそこまで譲歩する必要はないのだから。
「まあ、ミサトの気持ちも分かるけど」
正直に、自分の思いを口にする。わかったようなことを口にしても、やっぱりリツコもまた、二つ目国の住人なのだ。一つ目国の住人の常識は、今ひとつ以上、理解できない。
「でも、パイロットのケアは、あなたの仕事よ」
「げ」
「げ、じゃないわよ。これは、忠告。早い内に、シンジ君との間に友好な関係を築く事ね」
「何で、私が……」
「作戦部長でしょ。それに、好き嫌いを行っていられるような状況なの? はっきり言って、あなたの首が繋がったのは、奇跡に近いわ」
「……それは、わかるけど」
「だったら、シンジ君に会いに行ってみれば?」
意訳すれば、邪魔だから出ていけ、である。勿論、外見はそんな風には伺わせないが。
「あいつ、何処にいるか、わからないんでしょ?」
「取りあえず、住所はわかるわ」
「ネルフの用意した物件、蹴ったのよね、あいつ。──で、どこよ」
「旧、風間組の組長宅」
「え?」
「どういう神経、どういう手段を使ったのか、土地の名義から、上物の権利まで、全てシンジ君の物になったわ。あそこが、彼の家よ」
同時に、碇組の本部。
と、これは省略する。
「げ〜〜〜〜〜〜」
ミサトは、鼻を歪ませる。
「自分でぶち殺した人間の家に、住み着こうっていうの?」
「元々、同じ世界の人間が住んでいた場所。いろいろと設備が整っていて、便利だって事よ」
どういう設備かしらね。そう付け足すリツコであるが、現実には、知りたくない。教えてくれるといわれても、正直、お断りする。どうせ、禄でもない設備に違いないから。
「リツコ〜〜〜」
縋るミサト。
「先刻も言ったけど、パイロットのケアは、あなたの仕事よ。嫌だって言うのならば、私から司令に口添えしてあげるわ」
それへ助け船を出すような振りをして、逃げ道を塞ぐ。
「その場合あなたは今度こそ、ネルフを首になるわね」
ミサトの真の目的、使徒へ対する復讐。それをするためには、ネルフにいるしかない。ネルフの作戦部長の地位にしがみつくしかない。それを見越して、である。
「……わかったわよ」
不機嫌に言い捨てて退場するミサト。
これで、ようやく静かに仕事が出来る。リツコは、モニターに向き直った。
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