#113 アンドロイドは「はわわ〜」の夢を見るか
光のリボンが、鎌首をもたげた蛇のようにシンジめがけて伸びる。
「うわっと」
今ひとつ緊張感の薄い声をあげて、シンジは背後に跳んで、それを避ける。
光のリボンはそのまま、空気を切り裂き、地面を鋭く抉った後に、正義の味方少女の手元に戻っていく。
「そう言えば」
それを見ていたユウキが、のほほんとした口調で呟いた。
「正義の味方って、基本的に保守的で、がちがちの体制派なんですよねえ」
「え?」
戸惑いながら、帆村がユウキの方を見直す。教育の甲斐あって帆村は自身の銃を抜き、油断無く正義の味方少女の方を伺っている。かつては、隣で仲間が撃たれても呆然としているだけであったことを考えると、格段の進歩である。
しかし、隣のユウキが何もせず、のほほんと突っ立っているのを見て、銃を持て余したような表情になる。これを正義の味方少女に向けてぶっ放しても良いのだろうか? しかし、ユウキさんは何もしていないし。自分がどのように行動することを望まれているのか、判断付かないようだ。
「我々が悪人だと思われているとは、全く考えても見なかったので吃驚してしまいましたが、正義の味方にしてみれば、至極当然の判断でしたねえ」
ユウキの言うように、正義の味方という奴は、基本的に保守的で、がちがちの体制派である。現政権をひっくり返す正義の味方などと言うモノはまず、存在しない。銃刀法違反やら道路交通法違反やらを繰り返していても、それでも正義の味方は体制派なのだ。
おまけに、やることと言えば、警察活動と殆ど大差ない。ダムに毒を入れようとするのを取り締まったり、幼稚園児の乗るバスを襲おうとするのを取り締まったりと、言った具合だ。その上、自分の行動に自信があり過ぎるというのか、犯人に認められている権利は全く考慮しない。例えば、黙秘権とか、弁護士とかを付ける権利だ。たいていの場合、問答無用のまま、その場で処刑までしてしまう。
「基本的に、視野が狭いんですよね。自分たちの対極の者にも、矢張り同様の正義があるとは思いもつかない連中ですから」
少しくらいは、悪いことをしているって自覚を持って下さい。
とは、帆村が内心で呟いた言葉である。
実のところ、発言は兎も角、シンジ、ユウキ共に、自分が正義だとは思っていない。しかし、同時に、悪だとも思っていない。法律を破ることくらい、屁でもない、どうでも良いことなのだ。法律とは、所詮、他者から押しつけられたルールであり、それよりも、自分自信の決めたルールを上に置いて行動する。この辺り、リツコの言う「一つ目国の住人」で、考え方のロジックが一般人とは異なるようだ。
「そ、それよりも、シンジさんの援護をしなくても大丈夫なんですか?」
深く追求しても、自分とは異なる思考形態を持つことが確認できるだけだと諦め、帆村はユウキに尋ねる。正義や悪だのと言った判断は取りあえず棚上げして、今自分が取るべき行動を確認する方が先決なのだ。
正義の味方少女は、シンジこそを悪の大将──あるいは、怪人だと判断したようだ。多分、怪人、何しろ、ヤクザフラストとか呼んでいたから。今も尚、どういう仕組みか解らない光のリボンを操って、シンジに攻撃をくわえている。それを、シンジがひらりひらりと人間離れした反射神経と運動神経でかわしている。
「構いませんよ」
ユウキは、のほほんとした顔で告げた。
「見たところ、シンちゃんの方が格段に反応力が上ですから、攻撃は掠りもしませんよ」
「反応力?」
「ええ、そう言うルールなんです」
どういうルールなのか疑問だが、帆村は追求を止めた。追求すれば、ますます自分の世界観が崩れていきそうな予感がしたのだ。
「しかし、シンジさんだけに任せておいても良いんですか?」
「いいんですよ。──ほら、私は平和主義者ですから」
どの口が言うんだ、と思ったが、帆村は無言。
「本当なら、私が撃ち殺しちゃうのが、一番効率的で早いんですけど──」
と、その端から、自身の発言と矛盾するようなことを口にするユウキである。
「何で、そうしないんですか?」
「それは、敵が女の子で、シンちゃんがケダモノだからですよ」
「成る程──」
と納得しかけ、帆村は慌てて咳払いをした。
シンジが、光のリボンをかわしながら、こちらをギロリと睨んだような気がしたのだ。ユウキが言う分には納得、あるいは諦観しているシンジだが、その他の人間に言われることは、我慢できないらしい。
「そこで──」
ユウキは帆村の慌て気味の咳払いを殆ど無視して、指を一本立てた。
「私は、別のことをしようと思います」
「?」
と、首を傾げる帆村に小さく微笑み、ユウキはちらりと視線を横へ動かした。
正義の味方少女の必死の攻撃にも関わらず、シンジはひらりひらりと攻撃をかわし続けた。
必殺の破壊力を持つ攻撃。しかし、それも当たらなければ虚しい。そして、このまま攻撃を続けても、命中することは決してないだろう。ユウキの指摘したとおり、反応力が決定的に足りておらず、それは即ち、攻撃が絶対に当たらないことを示していた。それが、絶対のルールである。
しかし、正義の味方少女には、とっておきの隠し技が一つあった。今こそ、それを発動するときだった。
「スピードゲインLV3!」
叫びと共に、正義の味方少女の動きが格段に早まる。反応力を30アップさせる必殺技だ。
「え?」
動きの良くなった正義の味方少女に少々戸惑いながら、それでも、シンジはかわす。だが、いきなりの事で、微妙にバランスを崩したように見えた。
チャンスだ。
正義の味方少女は、光のリボンを自分の周囲を護るように回し、叫んだ。
「サブリミット、エスカレーション!」
今度の必殺技は、敵を攻撃する類のモノ、文字通りの必殺の攻撃。
光のリボンは縦横に舞いながら、鋭くシンジを囲むように迫った。
バランスを崩したシンジは、かわすこともままならないだろう。このまま、上下左右前後からの無数の斬撃で、切り刻む──
──瞬間、正義の味方少女の確信をあざ笑うかのようにあっさりと、シンジは手を伸ばして、光のリボンを摘んでいた。
「え?」
戸惑う、正義の味方少女。
いくら何でも、出鱈目すぎる反応速度だった。
しかし、シンジの方は、それほど大したことをしたという感慨はなさそうで、至極あっさりとした顔をしている。
何しろ、反応の鈍いエヴァンゲリオンを操って、第4使徒の光の鞭を掴んだこともあるシンジである。それに比べればこの位は余裕だった。何しろ、自分の体である。EVAの時のように指示を出してから動くまでのタイムラグを計る必要もなく、考えたように動いてくれるのだ。
「さて──」
シンジは、リボンを摘んだまま、正義の味方少女に、にやりとした笑みを向けた。こうした笑い方をすると、間違いなく碇ゲンドウの血を引いていることを、周囲の者に確信させる。
「どことなく、被虐趣味があるみたいな顔しているし、そう言う具合に教育するのが一番かな?」
非道く嬉しそうにシンジは宣言し、未だ吃驚している少女をあっさり掴まえ、主人が連行された後の安アパートの一室に引きずり込んだ。
その部屋からはすぐに、正義の味方少女の嬌声が聞こえてきた。
その様子を、近くの塀の影から見守っていた影があった。高校生くらいのカッターシャツ姿の少年と、小学生高学年くらいの変形メイド服の少女の二人連れである。
「どうすんだ? 負けちゃったぞ?」
少年の方が、慌て気味に少女の方に告げる。
少女の方は、非道く冷静そうな表情を浮かべたまま、様子をうかがっている。
「イデアの壁も使わずに、そのまま──ですか」
落ち着いた声で告げる少女の声は、どこか呆れたような、そして、どこか感心したような響きがあった。
「それに、キョウヘイさんより若いのに、テクニックは格段の差ですね。ドキドキダイナモのエネルギー充填率が全く違いますね」
「……」
なにやら、男の尊厳に関わる話題だったのか、僅かに少年──キョウヘイが不機嫌な顔になる。
「そんなことより、早く助けないと──」
「このまま、エネルギー充填に協力して貰うという手も、ありますが」
このままでは、再戦を挑んだ所で、勝ち目はない。まさしく、反応力が違いすぎた。折角だから、このままD2エナジーを蓄積、その後それを消費して、反応力その他をアップさせるのが得策だ。
と考えたのだが、縋るようなキョウヘイの視線に根負けして、少女は小さくため息を零した。
「仕方ありませんね。すぐに助けに行きます」
言うと、少女はどこからともなく、ごつい武器を取りだした。銃身をいくつも束ねたような武器──ガトリングガンのようだ。それを自身の右手に装着し、立ち上がる。
しかし、その背後から声がかけられる。
「邪魔をされるのは困りますねえ」
え?、と振り向くキョウヘイと少女。
二人の背後には、ユウキが立っていた。二人がここで戦闘の様子を見守っていたことに、ユウキは早い段階から気が付いていた。だから、戦闘をシンジに任せ、自分はこちらの牽制に動いたのだ。
「素直に武装解除して、こちらに従って下さい。そうすれば、悪いようにはしませんよ」
ユウキは、にこにこした表情を浮かべたまま、告げる。
「具体的には、両者とも、あの正義の味方の人と一緒に、お店で働いて貰います。──監察部の人の例もありますし、男性の方の必要性も感じていますからねえ」
「──」
無言で、少女は振り向きざまにガトリングガンをユウキに向け様とする。
しかし、一瞬早くユウキのスカートの裾が揺れていた。まるで魔法のように、瞬き一つ分の時間も必要なく、ユウキの手の中には拳銃があった。そしてそれは、真っ直ぐに少女に向けられていた。
「私は平和主義者ですが、必要と感じれば容赦はしませんよ」
警告する。
それでも、少女の方は動いていた。
銃声。
全く躊躇の欠片もなく、ユウキは引き金を絞っていた。
少女の肩の辺りが弾ける。言葉通り、容赦するつもりはないようだった。
「マドカ!」
キョウヘイが、慌て声をあげる。
「大丈夫です。私は──」
「ロボットですか?」
ユウキが、弾けた肩口を見つめ、僅かに驚いたような口調で呟く。
「アンドロイドです」
その辺り、拘りでもあるのか、少女──マドカが訂正する。
「成る程」
ユウキは、その辺りの拘りはどうでもいいとばかりに、熱意のない口調で応じる。
マドカは、隙をうかがうようにユウキを見る。ユウキは、のほほんとした表情をしている。しかし、マドカに向けた銃口は、小揺るぎもしない。
そのうちに、帆村や他の男達の方もこちらにやってくる。
「二人を拘束して下さい。女の子の方はロボットですから、気を付けて下さい」
「アンドロイドです」
「──だそうです」
「それで、我々をどうするつもりですか?」
それでも尚用心深くユウキを伺い、マドカが問う。
「シンちゃんと相談してからの話ですけど、おそらくは教育した後、客を取ってもらう、でしょうね」
「私は、アンドロイドですよ?」
「女性型のロボットには、大抵そう言う機能が付いているモノだと思っていましたけど……」
ユウキは、僅かに首を傾げる。
「まあ、付いていなくても、使い道はありますよ。耳飾りを付けて、「はわわ〜」とでも言っていれば、それだけで受ける男の人は結構な数、いると思いますから」
連行して下さい。
と言う具合にユウキが首を振る。
帆村達は用心深く二人を拘束し、そのまま連行していった。
一人残ったユウキは、安アパートの方に視線を送った。
「ああ〜ん、ドキドキダイナモ、大回転〜!」
正義の味方少女の、感極まったような声が、そちらから聞こえてくる。
ユウキは、小さくため息を付いて言った。
「ケダモノですねえ」
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