#117 演習ではない


 最初にその使徒を発見したのは、戦自所属の巡洋艦「はるな」である。それとなくユウキが関係各所に流した、使徒襲来のスケジュール、それを元に、戦自は警戒態勢を敷いていた。太平洋上に展開された艦船群、そのうちの一隻である「はるな」が、紀伊半島沖で巨大な潜行物体を発見したのである。
 その情報は、即座に戦自上層部に送られる。
 ここの所、ネルフと戦自の関係は改善されている。何より大きいには、乃木将軍がネルフを──シンジ支持を表明している事。他に、これまでの部外者扱いを止め、ある程度の情報公開を行い、何度かの関係改善のための会合を開いている事。──これには、特殊なしゃぶしゃぶ屋が会場に利用されたりした。更には、そのものずばりの山吹色のお菓子攻勢。
 まだまだ、反ネルフ感情は完全に消えたわけではないが、それでも、親の敵とばかりにいがみ合っていた以前と比べれば、格段の進歩である。
 その甲斐あって、情報を受けた戦自上層部は、即座にネルフにデータを転送してくれた。
 そこで登場するのは、勿論青葉である。
 青葉は素早くデーターを確認して、叫ぶ。
「パターン青、使徒です!」
 この瞬間から、謎の潜行物体は使徒と認定され、ナンバリングされて第7使徒となった。


 使徒襲来。
 これを受けて、即座にシンジ、ユウキに連絡が行き、二人を中心にして対策会議が開かれる。
 その席で、ユウキは第3新東京市から遠征し、上陸直前の敵を水際で迎撃することを主張した。
 本来ならば、第3新東京市で戦うのがベストである。何しろ、使徒迎撃都市。その為の街が第3新東京市なのだから。
 しかし、現在の第3新東京市の状態は、最悪の一歩手前に存在する。
 先の第5使徒戦、その爪痕は、くっきりと残されている。
 加粒子砲と陽電子砲の撃ち合い。多くの兵装ビルが破壊され、選別された眼鏡っ娘秘書が埴輪土木に出向いて、作業の急進行を促しているが、未だに復興はなっていない。いくら埴輪土木社長、瑞海ミズキがやる気になっても、出来ることの限界は存在する。壊すのは簡単だが、直すには非常に時間がかかるモノなのだ。
 更には、座標0、0の地点に鎮座している、第5使徒の残骸もあった。爆発して果ててくれれば片付けるのも楽だったのだが、ひしゃげたとは言え、その巨体はそのままで存在する。解体して処分を進めているが、未だに先は長そうだ。一応、機密と言うことで隠蔽しようと試みてもいるが、悪臭と、何よりその巨体は隠すことは出来なかった。隠蔽しようと努力したことを示すように、第5使徒の残骸の周囲にはビニルシートが張られているが、全てを隠すには至らず、その上半分を衆目に晒してしまっている。もっとも、各所へ向けての情報公開を進めている現在では、さほどの深刻さを持って行われたことでない為、問題にはなっていないが。
 第3新東京市は、以上のような状態である。数字で表せば復興率は26パーセント、実戦における稼働率は殆ど0という、全く役に立たない状態なのだ。ここで迎え撃つメリットは、殆ど存在しない。
「遠征は、必ずしも使徒殲滅を優先しません。無論、倒せてしまうに越したことはありませんが、無理はしないと言う方向で。前回同様、使徒のデータ収集を目的とします」
 ユウキの言葉に、列席者が頷く。
 使徒の能力、機能拡大。それを考えると、一戦して勝利することがベストだが、それにこだわることはないと言うユウキの言葉だ。
「ヤバイとなったら、とっとと逃げ出します。その時に、N2爆弾を使用して足止めをし、再度、今度はここ、第3新東京市にて最終決戦を挑むという方向でよろしいでしょうか?」
 否はなく、列席者達は頷く。何の彼の言っても、ユウキの意見は絶対だった。これに逆らうことが出来るのはシンジくらいのモノで、シンジは全面的にユウキを信頼しているようだ。
「戦自にも、共同作戦を要請します。──で、この作戦名は──」
 ユウキは、視線を宙にさまよわせる。
 列席者が、ちょっぴり嫌な顔をする。ユウキのネーミングセンスは、お世辞にも良いとは言えないのだ。
「敵が頭を出したところを叩くと言うことで──モグラ作戦とします。どうです? なかなか素晴らしいネーミングだと思いませんか?」
 列席者達は、力無く笑いを浮かべて頷いた。


 作戦が決まれば、即座にネルフは動き出す。
 同時に、戦自も。
 今回、戦自は手出しを控えていたが、それはかつてのように、「税金の無駄遣い」をするのが馬鹿らしいと言うわけではない。ネルフからの要請があれば、即座に出撃できるよう、体制を整えての沈黙である。第5使徒を戦自研の陽電子自走砲が倒したように、今回は、自分たちが倒してみせると志気は高まっていた。この辺りの部分は、ユウキらの手柄と言うよりも、多くは乃木将軍のカリスマだろう。乃木将軍がネルフを支持すると言った以上、自分たちもそれに従う。ほとんど軍神のように崇められている男、それが退役将校、乃木シゲヒコという人物である。
 我々こそ、戦いのプロである。
 その自負に偽りはないことを示すように、上陸予想地点の海岸線に、戦自の部隊は包囲網を敷く。
 それに僅かに遅れ、ネルフの主力である、エヴァンゲリオン、その初号機と弐号機が到着した。
 因みに零号機は、未だ装甲の換装が完了していない。今頃は、科学的アドバイザーとしてネルフ非所属作戦部長補佐心得見習い(仮)のユウキの隣に立つリツコに、その仕事を押しつけられたマヤが、「先輩、私には無理ですぅ」などと泣き言を言いながら、急ピッチで作業を進めているだろう。ここを突破された場合、第3新東京市にての最終決戦には間に合わせなければならないと厳命されているため、楽な仕事ではない。
 ネルフの──この作戦の指揮所は、戦場の後方に設営された。本来ならば、ここには観測機器のみを置き、ネルフ発令所で指示を下しても良いのだが、今回はわざわざ出張ってきている。いざというときに邪魔になるかも知れない、そう言うデメリットよりも、指揮する者が戦場に出るという事から来る、士気の高揚のメリットをより高く判断したのだ。EVA──チルドレンに対するそれと言うよりは、戦自の人間への配慮だ。彼らは、EVAよりも劣る防御力の兵器に搭乗して、戦場に出ているのだ。穴蔵に籠もったまま指示出しをしても、容易には受け入れがたいだろう。
「本当なら、バベルくらいは使いたかったんですけどねえ」
 と、指揮所のユウキが呟く。他に、リツコ、青葉、日向、そして幾人かのオペレーターが詰めている。
 ATフィールドを貫くことが出来るだけの出力を持つ、ネルフの所持する二門の巨砲──電子熱戦砲バベルと、陽電子自走砲(名称考案中)。陽電子自走砲は電源供給に問題があり、現在はその辺りの問題解決を考えている段階で、ほぼ、使用不可能である。人類の未来がかかっているとは言え、日本全国停電、それはあまりにも、デメリットが大きすぎるのだ。対して、バベルの方は単独で電源を準備可能であるため、実戦投入をするはずであった。しかし。
 しかし、横やりが入った。
 チャンバー内で核を爆発させ発電するというのが、バベルのやり方である。核兵器。しかし、これは兵器としてではなく、充電するために使用するモノ。つまりは、発電器。原子炉と一緒である。等と、殆ど詭弁の言い訳を準備しているバベルである。日本政府は山吹色のお菓子などの根回しにより、それを許容した。だが、周辺各国は許容しなかったのだ。特に、アナウンサーがいきんでしゃべる某国の反発は激しく、日本の核武装は再びの侵略を招くと、その国を侵略支配したところでメリットよりもデメリットの方が大きいほど破綻している事や、その国は核配備を外交カードにして瀬戸際外交を繰り広げていることを棚上げして、叫びまくった。そうなれば、弱腰で欠片も役に立たない日本の外務省はあっさりと腰砕けになり、バベルの使用差し止めを要請してきたのだ。
 今のところ、良好になりつつある関係を悪化させるのは良くない。
 そうした判断で、ユウキは今回、バベルの使用を見送った。
「まあ、第3新東京市で決戦となったら、使っちゃいますけどね」
 のほほんと告げるユウキである。必要となれば、一切合切構わず、使用してしまうつもりだ。今回は、メインはデータ収集と言う側面があるため、見送ったに過ぎない。
「それで、これまで、使徒に対する攻撃は?」
「はい」
 指揮所に詰めている日向が応じる。
「戦自は手出しを控えていましたが、近海をうろついていた国連太平洋艦隊が魚雷攻撃を仕掛けています。半分は近く外れましたが、数発が直撃。──矢張り、ATフィールドによって効果は上がっていません」
 元々、目視以外の索敵方法に乏しい使徒である。更に言えば、魚雷の類は、生き物を撃つようには出来ていないのである。それを、幾つか命中させたというのだから、流石に太平洋艦隊の練度は高いと言うところだ。
 ユウキはこの言葉に、僅かに笑みを浮かべる。
「ありがたいことですねえ」
 どうやら、太平洋艦隊も協力してくれるらしい。幾つかの仕込みが、順調にいっている。前途に光明が見えた気分である。
「それでは、作戦を確認します」
 ユウキは、マイクを握ると、EVAに、そして周囲に展開した戦自に通達する。
「使徒が上陸したところで、遠距離からのEVA弐号機によるATフィールドの中和。その後、一斉射を」
 EVA弐号機とアスカのシンクロ率は、初号機とシンジのそれよりも、格段に高い。それでも、格闘戦ではシンジに分があると見られているが、弐号機にも優れた点が存在した。それは、ATフィールドである。こちらは、より密接にシンクロ率の影響を受けるらしく、シンジのそれよりも、強度、展開範囲ともに優れていた。シンジの方は、接近戦──格闘の間合いまで近づかなければろくに中和できず、援護射撃は味方に撃たれる危険と隣り合わせだが、弐号機の方は、もう少し遠間から中和できるだけの強度を期待できた。戦いで最高なのは、敵の攻撃の届かない間合いからの一方的な攻撃で倒すことである。敵の攻撃が届かなければ、当たり前だが、味方の被害はない。被害は無いに越したことはないのだ。使徒の能力が不明であるため、過剰な期待は禁物だが、それでも、遠間からの攻撃をするに越したことはない。特に、今回は情報収集を主に置いているのだから、被害を出さないことを優先すべきである。
『了解』
『了解しました』
 初号機のシンジ、並びに戦自の将校から、承諾の返事が返ってくる。
 その声の響きを聞くに、戦自の士気は高い。これで倒すことが出来れば、再び自分たち戦自に撃墜マークが付くのだ。自分たちが「税金の無駄遣い」ではないことを見せつけてやる。こんな所か。
 しかし、ユウキは微妙に眉毛を動かした。
「惣流さん?」
 この作戦の最重要な存在である弐号機、アスカからの返事がなかったのだ。
『……解っているわよ』
 名指しされて、ようやく帰ってきた声は、隠しようもなく不機嫌な響きを帯びていた。
「この作戦の主役は、惣流さんです。惣流さんが──」
『うっさいわね。言われなくても解っているわよ!』
 苛立たしげな声が、指揮所の中に響き渡る。
「……」
 ユウキは、隣に立つリツコに視線を向けた。
「……あんまり解っているようには聞こえないわね」
「大丈夫でしょうか?」
「私に聞かれてもね。人の心は、ロジックじゃないのよ」
 リツコはため息を零した。
「神にでも祈りますか?」
「あんまり笑える冗談じゃないわね」
 ユウキのつぶやきに、リツコはもう一つため息を零す。
「でも、独断専行はしない──と思いたいけど」
「ありがたいお言葉ですねえ」
 ユウキの方もため息を一つすると、シンジと他には聞こえない通信をつなぐ。
「シンちゃん、用心しておいて下さい」
『了解』
 これ以上の対処は、不可能だろう。そう考えたのか、ユウキは表情を若干引き締め気味にすると、無言でモニターを見つめている青葉に視線を向ける。
 背中からの視線。それでも、その視線に気が付いたらしい青葉が、静かな、若干の緊張を帯びた口調で、告げる。
「間もなく、来ます」
「それでは、みなさん! モグラ作戦を開始します! これは、演習ではありません。実戦です。──繰り返します。これは、演習ではありません。実戦です。各員の奮闘を願います!」
『了解!』
 各所からの勢いのある返事に若干遅れ、使徒が現れた。

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