#120 決戦が待ち遠しい


 驚異的な回復力を見せる第7使徒に対抗する手段として、シンジが考えた事は、非常にシンプル。
 ──敵の回復よりも早く、破壊し尽くす。
 殆ど頭を使わず、脊髄反射のみで考え出したような、作戦とも言えないような、単純きわまりない方法。
 ユウキは、僅かに鯖目になったが、口に出しては何も言わなかった。
 元々、シンジの考えに多大な期待をしていたわけではない。却って頭を使った複雑巧緻な作戦を出された方が逆に、驚き、戸惑わずにはいられなかっただろう。
 ほんの数瞬、ユウキは頭の中でシンジの作戦を転がし、やらせてみることにした。
 どのみち、シンジは既にやる気満々である。また、このまま引くのも芸がない。ここは、様子見がてら、シンジの好きにやらせてみるのも悪くはないだろう。シンジが意図しないままに、使徒の脅威の回復力に対抗する、何らかの術が見つからないとも限らない。
「情報収集を、厳に」
 ユウキは短くスタッフに命令する。
 これで、作戦とも言えないような作戦の実行が決定した。
 青葉、日向を中心としたスタッフ達が、慌ただしく動き始める。リツコは、一歩引いた場所から、彼らの作業の様子を、そして、使徒の様子を鋭い視線で観察している。
 こちらは、既に勝利したような雰囲気がある。
 アスカが求めて止まないエースパイロット。それは、ネルフスタッフにとってはシンジでしかあり得ない。現実、これまでの使徒戦で、メインとなって戦ってきたのはシンジだ。多少、その言動に危険な部分や、出鱈目な部分が見え、不安に感じるところもあるが──リツコ言うところの「一つ目国の住人」──事、戦いとなれば、シンジ以上に信頼できる存在を、彼らは知らない。
 今回もまた、あの化け物じみた戦闘能力で、何とかしてしまうだろう。
 単純に、そう考えていた。
 ユウキが鯖目になるような、作戦とも言えないような作戦も、シンジの出鱈目さの前では、すぐに現実のモノとなるだろう。
 その様に楽観視していた。
 事実、モニターの中の初号機は、出鱈目なまでに強かった。


 洗練されたとは言いがたい動きながら、初号機は使徒二体を相手にしても、殆ど一方的に攻撃を加え続けていた。
 シンジは、格闘技を本格的に習ったわけではない。鍛えた、と言ってもそれはあくまでも頑健な肉体を作ることを主目的に置いたモノで、戦い方ではない。その頑健な肉体に物を言わせ、真正面から問答無用で叩きつぶす。それがシンジの──シンジを鍛えた碇ムテキのやり方だ。だから、殴り方一つをとっても、武道家のそれと比べれば非道く荒っぽく、無駄も多い。しかし、優れた反射神経と運動神経で、使徒を圧倒していた。
 拳が、肘が、足が、膝が、頭が──次々と面白いくらいに使徒に命中する。その度ごとに、使徒の肉体が弾け、粉砕され、引きちぎられる。
 使徒の方も、黙ってやられているわけではない。甲乙が連携して、隙をうかがい、初号機に攻撃を加えようとする。
 だが、シンジはそれらの攻撃を問題なくいなし、かわし──時には、敵の攻撃ごと叩きつぶすような逆撃を喰らわせていく。その様を見ていると、低いシンクロ率による反応の遅れを全く伺わせない。
 シンジにとって幸いなことは、使徒がおおむね人型をしていたことだ。戦闘経験という話をすれば、当たり前かも知れないが、シンジは人との戦いにもっとも長けている。人との殴り合い、殺し合いこそ、シンジがもっとも得意とし、数多く経験してきたことだ。勿論、使徒は人ではなく、その関節は人以上にフレキシブルで、思わぬ方向に曲がって初号機を攻撃しようともするのだが、それでも、形が人に準じていると言うことは大きかった。これが、得体の知れない形をしていたら、もう少し危険な事になってかもしれない。
 初号機は、攻撃を加える。
 その度ごとに弾け飛ぶ使徒。
 しかし、直後、その破壊され端から修復されていく。
 それでも、シンジは躊躇うことなく、攻撃を続ける。その甲斐あってか、確かに、少しづつ使徒に損傷を与えているようにも見えた。
「……凄い」
 小さく口にしたのは、日向である。半ば呆れ、残りは感心したように、モニターの中の初号機の戦いを見つめている。
「シンジ君って、こんなに強かったんだ」
「……マコト、お前、今更何を言っているんだ?」
 呆れたように応じたのは、青葉である。
「シンジさんが強いのは、前から解っていたことだろう?」
「確かにそうだが……でも、今までは正直、強いと言うよりは出鱈目と言う感じで……ほら、大抵、やくざ──げふんげふん、中段前蹴りの一発で、殆どけりが付いていたじゃないか」
 第3使徒戦は、暴走して殲滅だから除外する。第4使徒戦は、作戦のために逃げ回っていた印象の方が強い。
 だが、ここ最近、第5、第6の使徒戦では、ヤクザキック一発で殆どけりが付いているから、日向の感想は間違いとは言えないだろう。手順も何もかもすっ飛ばし、ただ一撃のみで、勝敗を決めてしまっている。強い弱い以前に、日向の言葉通りに、「出鱈目」、と言う印象の方が強かった。
 しかし、今回、シンジは使徒と真っ向から組み合って戦っている。使徒の攻撃をかわし、使徒に攻撃し──武道家のように洗練されたとは言いがたいが、アレをかわすか?、あの体勢から攻撃を?、どうやったらあんな風に動ける?、と言った具合に、それでも使徒を圧倒するその姿は、素直に、「強い」と感じさせた。
「まあ、確かにな」
 青葉自身も、日向同様の感想を持っていたのか、僅かに考えて頷いた。


「これは……凄いですな」
 感嘆の声をあげたのは、美保野マツバラである。
 ここ、天野連合本部では、幹部が集い、使徒戦の様子を──シンジの戦いを観戦していた。
 本来報道されるはずのない使徒戦。しかし、天野連合の手に掛かれば、その様子をモニターするくらいは余裕のことだ。
 モニターに注視しつつ、暴力を信奉する人間らしい熱っぽい口調でマツバラは呟く。敵味方は関係ない。強い者が尊敬される。それが、マツバラらの生きる世界。
「正直、碇ムテキに比べれば、まだまだとは言え、この戦いは──」
「黙りなさい」
 静かに、苛立ちを抑えた声が、マツバラの言葉を封じる。
 他の者の発言であれば、マツバラは激高して反論したであろう。しかし、素直に沈黙する。
 何しろ、発言者は彼らのトップである、天野ミナカであったから。
 ミナカは、食い入るようにモニターを見つめている。
 微かに口元に笑みを浮かべ、その瞳は僅かに潤み、頬には血が上り──傍目にも、興奮していることが知れた。
 美しき、天野連合の姫君。
 その姫君が、熱っぽい視線をエヴァンゲリオン初号機に──そのパイロットである碇シンジに向けていることを、マツバラは若干、忌々しく思う。勿論、ミナカではなく、碇シンジを。
 モニターの中の初号機は、使徒に向けて、更なるラッシュを加えていく。これまでの攻防がピークであると思われたが、実際は、まだ余力を残していたらしい。
 マツバラには、信じがたいと言う思いが強い。今までの攻防ですら、自分には望めないほどの高レベルなモノだったのだ。
 確かに、碇シンジは碇ムテキの正統なる後継者であると目されているだけのことはある。
「素晴らしいですわ」
 ミナカが、感に堪えないとばかりに呟く。
 表情がそうであるように、声にも熱っぽさを感じさせる。
「正直、ちょっぴり力自慢なだけの、ただの卑怯者だと思っていましたけど、これでしたら……」
 嬉しそうに、笑う。
 その表情には自信が溢れていた。
 自分が負けることなどあり得ないという自信。
 同時に、好敵手を見つけた喜び。
 先代、天野ハシダテと碇ムテキがライバル関係であったように、天野ミナカと、碇シンジも、そうした関係になるのか──
「わたくし、これまで以上に、碇シンジに興味が湧いてまいりりましたわ。私自身が出向いて、戦いたいと思うほどに」
「ミナカ様、それは──」
 慌て、腹心であるマリが制止する。
「わざわざ、ミナカ様が出るほどの敵ではありません。我々に任せておいて下されば──」
 マツバラも同様に制止する。
 ミナカが負けるとは思わない。しかし、万が一と言うこともある。ミナカを危険に晒す事は、絶対に許容できない。その為に、自分たちがいるのだ。
「マリ、マツバラ」
 冷たく、ミナカが二人の名前を呼んだ。
 思わず、マツバラは直立不動の体勢になる。
 外見は夢見るお姫様のようだが、ミナカがその気になれば、自分程度は簡単に倒してしまうだけの力を持っていることは、当然承知している。そうでなくとも、逆らえば吊されてしまう危険が存在する。崇拝されると同時に、恐れられているのが、天野連合会長、天野ミナカだった。
「わたくしは絶対に負けませんわ。エヴァンゲリオンの反応が鈍いという点を考えても、碇シンジは、私には敵いませんわ。──だいたい、何ですか? あの、洗練の対極にある、無駄の多い動きは」
 確かに、ミナカの言うように、シンジの戦い方は肉体の頑健さに大きく依存したモノで、とてもではないが、洗練されているとは言い難い。まともに武道を志したモノの目から見れば、目を覆いたくなるような乱暴きわまりない戦い方だった。
「ですから、わたくしは絶対に負けませんわ」
 ミナカは、もう一度繰り返し、それでも、その対決を楽しみにしているかのように、口元に笑みを浮かべた。


 何処とも知れぬ場所、薄暗い部屋の中で、一組の男女が、モニターを見つめていた。
 同じく、モニターの中には、初号機と第7使徒との戦いの様が映し出されている。
 男は椅子に座り、女はその男の膝の上に腰を下ろしている。お偉い社長と膝掛け秘書、そんな具合に見える配置である。
 ただ、男女は社長と膝掛け秘書と見るには、年が若すぎた。10代半ばの少年少女、そう言う年齢に見えた。
「ユイの作品は、なかなか大したモノね」
 少女が、感心したように呟く。
「とてもじゃないけど、アスカでは、対抗する術もない」
「やけに素直に敗北を認めるのだな」
 信じがたい、そうした口調で、少年が言った。少年と言うには、その口調には途轍もなく年を取った老人のような響きが存在した。
「あら? 誰が敗北を認めたのかしら?」
 少女は、わざとらしく首を傾げ、あでやかに微笑んだ。もう数年すれば、世の男の大半を膝下に跪かせるに足るであろう、美しく、あでやかな微笑。
「そう言うことではないのかね? サードチルドレンに、セカンドチルドレンが敵わないと言うのは?」
「だからと言って、私がユイに敗北したと言うのは早計ですわよ。議長」
 少女は、首を振った。
「確かに、アスカは私の作品──でも、元々は廃棄予定のモノを気まぐれで育てたモノ。それだけを比較して、私が 敗北した、と言うのはあまりに不公平ではありません事?」
「……確かに」
 議長、と呼ばれた少年は、若干考えた後、素直に頷く。少女の機嫌を損ねないように、と言うよりも、素直にそう考えたようだ。
「そうだな、セカンドチルドレン、アレが君の最高の作品というわけではない。それに、君は生きて、美しい姿のままでここにいる。対して、ユイ君は──」
「そう言うことですわ」
 にこりと、少女は微笑む。
「それに、確かにユイの作品は素晴らしい出来ですわ。でも、その力の振るいどころが、目の前の敵を倒すだけでは、どうしようもない。ネルフを手に入れて人がましく振る舞っても、所詮は暴力の専門家。山猿どもの大将に過ぎませんわ。近視的に、眼前の敵に対処しているだけ。そんなことは、一兵卒の仕事。組織のトップのする事ではないわ」
「確かに、彼らは我々のシナリオの上で踊るピエロに過ぎん」
「新世紀のアダムとイブ。それは、議長と私の役目。間違っても、ユイの息子の役所ではあり得ない」
「その通りだ」
 議長は、重々しく頷く。
「その様な素晴らしい役所は、我々のような、優性人種──アーリア人の血を引く者こそが相応しい」
「ええ」
 少女は、素直に頷く。
「しかし、シナリオの完遂のためには、あまり自由に振る舞わせ過ぎるのも問題ですわ。──その為にも、早い段階で劉一族を黙らせる必要がありますわね」
「……そう言う所を見ると、既に目処は付いたと言うことかな?」
「勿論ですわ」
 私を誰だと思って?
 そんな、自信に満ちた表情で、少女は頷く。
「灰と黒に続く、新たな量産型人造使徒も、間もなく完成します」
「最後の大隊──ラストバタリオンか」
「ええ。伝説の、人狼部隊──ヴェアウルフカンプグルッペ。如何に碇シンジが腕っ節の強さを誇ろうとも、ただの人であることには変わりがない。私の人造使徒の前には、無力な存在に過ぎない。──いわんや、劉一族如きでは」
 少年と少女は、視線を合わせて微笑みあった。
「全てはゼーレの──いえ、私と議長、二人のシナリオの元に」
「真の人類補完計画。新たな人類の歴史、新世紀のアダムとイブ──我々の、シナリオの元に」

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