#123 エニグマ


 暗闇の中に、ぼんやりとした人間達が浮かび上がる。
 ホログラフを利用した、会議システム。多忙で、あるいは遠距離にいるために、一堂に会することが難しい者達が会話するためのモノとしては、かなり凝った作りだろう。わざわざ、立体映像を出現させなくとも、双方向モニターがあれば充分に会議は可能だから。自分たちの技術力と、そして、これだけのモノを作り上げ、利用するその財力を示すためのモノ。あるいは、悪役っぽい演出に酔っているのかも知れない。
 これは、欧州ゼーレ組、その首脳部の人間の集まりである。
「第7の使徒を倒しましたな」
 一人の男が、最初に口を開き、それが会議の始まりとなった。
「さすがは碇ムテキの正統なる後継者。碇シンジと言うところですかな?」
 男の声には、素直に賞賛する響きがあった。上等なスーツを着て、大きなお屋敷に住み、豪華な食事をとって、上流階級の人間であるように見せても、その本質は変わらない。彼らは、暴力と無法を信奉する人間なのだ。強い人間には、純粋に憧れ、好意を抱いてしまう傾向がある。それは、ゼーレ組の首脳とは言え、変わらぬ性質らしい。
「何を気楽なことを!」
 その発言に対して、甲高い声が上がった。鷲鼻の男である。苛立たしげに、机を叩く。本来の距離は非常に離れているのだが、高性能なマイクは、鷲鼻の男が机を叩いた音をも拾い、まるで、その場で鷲鼻の男が机を叩いたように聞こえる。
「碇シンジは、我々の敵ですぞ! 奴のせいで余計な被害を──」
 鷲鼻の男が苛立つにも理由がある。
 碇シンジの画策によって始まった、劉一族との抗争。それは、圧倒的な物量差により、短時間に欧州ゼーレ組が勝利すると思われてきた。しかし、劉一族は彼らが考える以上に精強だった。さすがは、4000年の歴史。伊達ではなかったのだ。
 無論、ゼーレ組も黙ってやられ続けたわけではない。抗争が始まったばかりの頃に、ゼーレ組のヒットマンは、劉一族のトップである劉ゲントクを焼き討ちして殺害に成功している。
 これで、抗争はゼーレ組の勝利で終結した。
 誰もがそう考えた。
 頭を失ったのだ。最早、劉一族は脅威となり得ない。
 能力的には兎も角、絶大なカリスマを持つ劉ゲントク。彼がいるからこそ、劉一族は纏まってきた。そのはずだった。
 その上、劉ゲントクの後継者である劉コウシははっきり言って無能だった。彼の元で一族が結束するとも思えず、それ以上の攻勢を加えるまでもなく、劉一族は分裂し、消えていくモノだと考えられた。
 だが、劉一族の実権を握ったのは諸葛コウメイだった。トップには殆ど飾り物として劉コウシを据え、諸葛コウメイは実務面の全てを取り仕切った。
 この時も、ゼーレ組の首脳部は楽観視していた。諸葛コウメイは、所詮は経済ヤクザである。武闘派というわけではない。つまりは、戦争向きの人材ではなく、矢張り成す術無く消えていくのは変わりないモノと思われた。
 しかしである。
 しかし、諸葛コウメイはその評価をあざ笑うかのように、徹底抗戦をうち立てた。経済ヤクザらしく、出師の表なる口先三寸で配下をやる気にさせると、殆ど無謀としか思えない一大攻勢をゼーレ組に仕掛けてきたのだ。その様は、死なば諸共。4000年の歴史と相まって、ゼーレ組は苦戦に追い込まれてしまった。無論、そんな攻勢が何時までも続くモノではないが、ゼーレ組は馬鹿に出来ない被害を既に受けている。勿論、攻め手の劉一族も、かなりの被害を出しているはずだ。両者共に疲弊し、しかし、今も尚、戦い続けている。
 その劉一族との抗争のきっかけを作ったのは、碇シンジである。これは、ゼーレ組の首脳にとっては確信──いや、事実である。大らかに賞賛など出来るはずもない。
「灰は一体何をしているのだ?」
 甲高く、鷲鼻の男が叫ぶ。面倒くさいので、以後、この男の名前はワシバナとする。一応ドイツ人という設定なので、フルネームはワシバナ・シェーンハウゼンとしておく。
 ワシバナの怒りは、ネルフ本部に派遣された、彼らのエージェントである灰に向けられた。
 欧州ゼーレ組のトップエージェントの一人、灰。確かに有能だ。しかし、性格面で難がある。態度は不真面目だし、やることなすこと、派手好きで、起こさなくても良い騒ぎを起こす。
 それでも、結果を出しているから重用されていたのだが──
「そう言えば、灰が出たにしては、ずいぶん大人しいな」
 一人が、不審そうに頷く。
 灰がいるというのに、ネルフ本部で大騒ぎが起きたという話は聞かない。騒ぎのネタがないのであれば、自身ででっち上げるのが、灰だ。火のないところに煙を立てるどころか、大火災を巻き起こす。それが、灰のやり方。
 なのに、ネルフ本部は静かだ。静かなままだ。
 これは、きっぱりと異常だった。
「まさか、碇シンジに返り討ちにあったという可能性は?」
「ま、まさか!」
 ワシバナの声がひっくり返る。
「そ、そんなはずがないではないか。素行に問題があるとは言え、奴は我々の切り札だぞ! いくら何でも、ただの人間に討たれるなどと言う事は──」
「碇ムテキの正統後継者」
 ぼそりと呟きがあがり、ワシバナの声が止む。
 ぞっとしない顔で、ワシバナは周囲を見回した。
 誰も彼もが、難しい顔をして沈黙している。
 地上最強の生物、碇ムテキ。その強さの上限は、誰も知らない。使徒ですら、碇ムテキの前には雑魚でしかないのかも知れない。いわんや、灰程度では……
 その正統な後継者であるとされる、碇シンジ。ムテキほどの強さはないとは言え、それでも、灰を倒すだけの力を有しているのかも知れない。実際、情報では、シンクロ率が低いために反応の鈍いエヴァンゲリオン、しかし、それを使って、これまで使徒を倒してきた。倒し続けてきた。ならば、生身での強さはいかほどのモノであろうか。
 それでも、灰が倒されることなどあり得ないと思いつつ、同時に、あり得るかも知れないと言う疑惑。互いに表情を伺いあい、嫌な沈黙がその場に満ちた。
 そこで、議長であるキール・ローレンツが口を開いた。
「先走るな。灰は、ちゃんと生きておる」
 皆の視線が自分に集まったのを確認した後、キールは続ける。
「滞りがちだった定時連絡が、ようやく、今日届いた。本日の集いは、それを皆に確認して貰うと言う事もあった」
「確認、ですか?」
 一人が首を傾げながら、問う。
 灰は──いや、4枚の切り札と言われる人造使徒達は、全て議長であるキールの私兵でもある。それを、わざわざ自分たちに、何を確認させようと言うのか。
「全く、奴は何をしているのだ! 所詮は黄色人種──」
「ワシバナ、少し静かにしろ」
 定時連絡が入った、即ち、灰は生きている。間違っても碇シンジに倒されたわけではないのだと知って、ワシバナが元気を取り戻す。しかし、即座に五月蠅いとばかりに文句を言われる。
 不機嫌に黙り込むワシバナを無視して、一人が尋ねる。
「つまりは、我々に確認させねばならない連絡と言うことですか?」
 重要情報か?
 と身を乗り出してくる幹部達に、キールは首を振った。
「いや、そう言うわけではない」
「?」
 と首を傾げる幹部達に、キールもまた、首を傾げているような顔で──バイザーで殆ど表情は解らないが、印象として──言った。
「まずは、見て貰おうか」
 そして、キールは首を振り、その定時連絡のメッセージを皆に示した。


『我、現在西瓜探索中』


 全員が、首を捻る。
 しばらく、場を無言が支配し、一人がおそるおそると言った具合に口を開いた。
「これは?」
 質問に対し、キールは静かに首を振った。
「文面通りに受け取れば、西瓜を探していると言うことだが──」
「これは、何かのコードネームですか?」
「私の記憶では、その様なコードを割り振られた場所、物、人間共に存在しないはずだ」
「では、一体?」
「わからぬ」
 キールは首を振り、幹部をゆっくりと見回して、言った。
「そこで、急遽皆を召集した。定時連絡も滞りがちだった灰がわざわざ送ってきたメッセージだ。何の意味もないと言うことはあるまい。いや、逆に、余程の重要情報かもしれん。何としてでも、このメッセージを解読する。皆の知恵を貸して欲しい」
「ううむ」
 全員が腕組みして、考え込む。暗号は、確率論などで解読できる物ではない。MAGIにかけたとて、解読は難しいだろう。しかし、灰が自分たちに送ってきた物である以上、それを解読する方法があるはずだった。
 その内、ワシバナが名案を思いついたと言った具合に、頭の上で豆電球を点灯させた。
「エニグマ! エニグマ暗号機にかけてみたらどうですか」
 その声に、皆の表情が輝く。
「成る程、エニグマか!」
「左様。我々、偉大なる優等人種が生み出した、最高の暗号装置。確か、日本にも流出していたはずです。──劣等な黄色人種の灰が、それを使いこなせたかどうかは疑問ですが、試してみる価値はあるかと」
 伺うように、ワシバナはキールの顔を見た。
「よかろう」
 キールは、重々しく頷く。
「早速、エニグマにかけてみよう」
「はい」
 ワシバナは、しっかりと頷いた。


 早速、エニグマが持ち出され、暗号解読を試みる。
 『我、現在西瓜探索中』
 その文字が打ち込まれると、解読された正しいメッセージが現れる。
 そして、待つことしばし。
「でました」
 歓喜の声をあげて、ワシバナが叫び、即座に読み上げる。
「『我、現在西瓜探索中』、これを、エニグマのコードに沿って解読しますと──私は現在西瓜を探しています──え?」
 会議の場に、嫌な沈黙が満ちあふれた。


 その頃。
 ネルフ本部の地下深く。大深度施設と呼ばれる場所に、欧州ゼーレ組のエージェント、灰──加持リョウジの姿があった。
 大深度施設には、ネルフの暗部とでも言える物が、山ほどに存在する。セカンドインパクト直後の混乱に乗じて繰り返した、後ろ暗い実験の数々。ゲンドウのシナリオの達成のための、ゼーレ組にすら秘された数々の実験。更には、使徒を第3新東京市に惹きつける要因となっているリリスの存在。その為に、そのセキュリティーレベルは異常なほどに高い。情報だだ漏れ、その様に言われたことすらあるネルフであるが、ここの情報だけは、必死で守り続けている。──MAGIをクラッキングしたシンジ達には、すっかりばれていたし、その他の組織でも知っている者達は多いだろうが。
 それは兎も角、変質狂的なまでのセキュリティー設備が備わっており、許可された人間以外が立ち入るのは、自殺行為といえる。
 その場所に、加持リョウジはいた。
 勿論、ここに立ち入る資格は持ち合わせていない。だが、加持はそこまで到達していた。これは、加持のエージェントとしての能力の高さを示しているだろう。
 ここで、加持は何をしているのか。
 加持は、大深度施設でも最高の秘密である、リリスの玄室にまで足を踏み入れていた。
 磔にされた巨大な白い人のような物。人の出来損ないにすら見える物こそ、このジオフロントで発見された第2の使徒、リリス。
 しかし、加持はそのリリスには一遍の注意も払わず、近くのロッカーを開けた。
 そして閉めると、大きくため息を零した。
「葛城、一体何処にいっちまったんだよ……」
 確かに、加持は定時連絡の通り、西瓜の──西瓜のようなでっかい胸を探し求めていた。

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