#130 漢の戦い


「うん、それじゃあ、ユウキに任せるから」
 連絡を受けたシンジは、あっさりと頷いた。
 ユウキに任せておけば大丈夫だろうと言う信頼。ユウキはアレで結構強いから、まず滅多なことで遅れをとることはない。また、それ以上に、無理はしない。駄目だと思えば、あっさりと逃げるだろう。どうにも手に余るとなれば、こちらに連絡してくるだろう。その辺りの見極めがしっかりとしている。だから大丈夫だと、シンジは判断した。
 そして、もう一点。
 ある意味、より以上に重要な事。
 シンジはただ今アスカ相手に戦闘中だった。
 これがユウキに知られれば、「ケダモノですねえ」と言われること間違い無しだが、それでも矢張り、中途半端はよろしくないのだ。
「それじゃあ、よろしく」
 あっさりと言って、シンジは通信を切ると即座に思考を切り替え、アスカとの戦闘を再開した。


 シンジへの連絡は、あっさりと済んだ。
 そして、すぐに侵入者、襲撃者の始末もつくだろう。
 日向マコトは、そう考えていた。
 ユウキが出ると言ったが、出るまでもなく、けりは付く。
 何しろ、佐藤イチロウの部隊が既に向かったのだ。たった一人で、完全武装の保安部員──あるいは、碇組構成員の内の武闘派に、敵うはずがないのだ。
 ユウキが、出番がないことを面白くないと感じるかも知れないが、その方が良い。ナンバー2が──実務面では殆どナンバー1が現場に出て戦う、そんなことは、ない方が良い。ユウキがどうにかなるなどとは思わないが、万が一と言うこともある。危険に近づかないことに越したことはないのだ。
 自分の心遣いに、日向は満足して一人頷いた。
 これは、報償モノの気配りかも知れない。具体的には、特別なチケットが貰えると嬉しいなあ、等と、日向は鼻の下を伸ばしていた。チケットを貰えたら、駅裏の特殊浴場ネルフに──あそこの新入りの『リツコさん』の乳を使ったサービスを、と、すでに、全てに片が付いたモノと考えていた。
 しかし──
「マコト、何にやけている! まだ終わっていないぞ。気を抜くな」
 青葉に窘められて、慌てて表情を引き締める。
「……不潔」
「え?」
 ぼそりとした呟きが右から聞こえ、そちらを見る。
 伊吹マヤが、私は何も言っていませんよ、と、まじめな顔をして端末を叩いている。──が、そちらにはマヤしかいない。
 どうやら、表情に出ていたらしいと、顔を引き締めて、モニターに注目する。
 モニターの中では、男が一人、到着した佐藤達に銃を向けられている。
 そして、あっさりと佐藤は発砲を命じたようだ。
 男の体が、小刻みに揺れる。
 結構な長い時間、男は揺れていたが、糸が切れたみたいにして、倒れた。
「はい、終わり」
 日向はそれを見て、呟き、通信機に手を伸ばす。
「すぐに警報を解除──え?」
 即座に警戒態勢を解除しようとして、日向はぽかんと口を開けて固まってしまう。
 体重が何割か増える程に銃弾を撃ち込まれたはずの男が、あっさりと立ち上がり、そして、近くにいた保安部員、あるいは碇組構成員を、懐から抜きはなった剣のようなモノで切り伏せたのだ。
「そんな、死んだはずじゃ……」
 呆然と呟く日向の視線の先、モニターの中では、一方的な虐殺が始まっていた。
 男が、佐藤率いる一団を切り伏せていったのだ。
 佐藤達は、無抵抗でやられたわけではない。それぞれ、手にした武器を男に向ける。しかし、男はまるで関係ないと言った具合に、佐藤達に襲いかかる。
 そして、ぶつんと音を立てて、モニター画面が消えてしまった。どうやら、流れ弾が当たったらしい。
「……何だよ、アレ」
「……パラディン」
 答えを期待して呟いたわけでないのに、答えが返ってきて、日向は慌ててそちらを見た。
 そちら──日向の左の席では、厳しい顔をした青葉が、用を成さなくなったモニターを睨み付けていた。
「シゲル、お前、あの男を知っているのか?」
「噂を聞いたことがある」
 青葉は頷いた。「ギターを持った渡り鳥」等という二つ名で、裏社会に知られている男である。そっち方面は全くの素人である日向などとは知識の量が違う。
「教会の作り出した、最強の異端査問官」
「はあ?」
 首を傾げる。
「パラディン、首切り判事、天使の屑──いくつもの二つ名を持つ、異教弾圧、異端殲滅のスペシャリスト」
 青葉は、解っていない顔の日向に、辛抱強く説明した。
「化け物退治まですると言われる、教会最強の戦力だ。俺が知っているだけでも、3桁近い人間を始末しているはずだ」
「……大物なのか?」
「……大物だ」
 おそるおそると言った具合に尋ねてくる日向に、青葉が頷く。
「天野連合が雇ったヒットマン、最後の一人。──糞、ちょっと洒落にならん相手だぞ」
「──あのぉ」
 と、そこへ、黙って聞いていたマヤが口を開いた。
「そこへ、ユウキちゃん向かっているんですよね」
「──!」
 日向、青葉の二人は顔を見合わせ、直後、青葉は立ち上がった。
「マコト、すぐにユウキさんに連絡! その他の部隊にも、完全武装の上でへの三番入り口へ向かわせろ! 最優先はユウキさんの保護! 俺も向かう!」
「解った」
 既に愛用のギターをひっつかんで駆け出した青葉の背中に日向は答え、即座に各所に連絡を取り始めた。


「佐藤さんの部隊が全滅?」
 まさか、と言う顔で、帆村マサカネは確認した。否定して欲しい。全身でそう言っていた。
 しかし、返事は肯定だった。
 本当に、全滅してしまったらしい。
 しかも、話はこれだけでは終わらず、帆村にも出撃命令が下された。一応帆村は、佐藤、鈴木に並ぶ、碇組戦闘部隊の隊長の一人である。佐藤が敗れたとなれば、お鉢が回ってきても不思議ではない。
 それでも。
 何でこんな事になってしまったのだろう?
 絶望的な思いで首を傾げる帆村である。
 更に、悪いことは重なるモノで。
「え? ユウキさんが?」
 ユウキが、単独でそちらに向かっているという。
 帆村は、一つ唾を飲み込んだ。
 ユウキは強い。
 そりゃ〜もう、強い。少なくとも、自分などよりは断然強い。絶対に敵にしたくないと思うくらい強い。
 だから、放っておいても……
 君子、危うきに近寄らず、とも言うし。
「──て訳に行くか!」
 帆村は頭を振って、魅力的な考えを脳内より放り捨てる。
 見捨てたとなれば、ユウキが敗北した場合も、勝利した場合も、等分にやばい。ユウキが敗北すれば、何もしなかった自分は後でシンジに始末されるだろう。ユウキが勝利すれば、何もしなかった自分は職務怠慢と始末されるだろう。
 行くしかないのだ。
「ええい」
 帆村は、一つ吼えて、通信機を握りしめる。
 おまけに、ここからでは控え室に戻って味方と合流するよりも、ユウキの方に向かった方が早い。何しろ、先刻別れたばかりなのだ。多分、部下もなく、敵の所へ到着してしまうだろう。
 帆村は、手早く配下に連絡を取る。
「ウサギさんチームは大至急、への三番入り口の方に向かえ! クマさんチームは少し遅れても良いから、完全武装して続け。他のチームは完全武装して待機。他の敵に備えろ!」
 チーム名はユウキの命名である。名を賜ったと、誰も喜んだりはしなかった。何しろ、ユウキの命名センスは独特だったから。
「畜生」
 帆村は連絡を終えると、懐から銃を抜いて弾を確認する。
 普通の相手ならば、充分な殺傷力を持つ拳銃。しかし、今は非道く頼りない。何しろ、相手は単独で20人からの人間をぶちのめしたと言う。同じようにその20人も銃を持っていたはずなのだから余計に。
「あの〜」
 と、ここで声をかけられて、帆村はそちらに視線を向けた。
 声をかけたのは、鈴原トウジである。
 そう言えば、いたんだよな、と帆村はトウジの存在を久方ぶりに思い出した。
 元々、トウジを出入り口まで案内する仕事をしていたのだ。そんな事などどうでも良くなるような「事件」のせいで、すっかり忘れていたが。
「悪いが、ここで待っていてくれ」
 素っ気なく、告げる。
 一応チルドレンに登録されたとは言え、トウジは未だ、殆ど部外者である。こんな所に一人置き去りにされるのは心細いだろうが、構っている余裕はない。
 こっちは、これから命がけで戦わなければならないのだ。
 帆村は、トウジを捨て置いて、先に進もうとした。
 しかし、その背後にトウジも続く。
「こっちに来るな! 解っているのか? 敵がいるんだぞ?」
 理解できないと、帆村は怒鳴りつける。
 何を好きこのんで、敵のいる方に向かうのか。正直、自分は逃げ出したいというのに。全く、何でこんな事になってしまったんだろうか。
「……ユウキはんも、おるんですよね?」
 トウジは帆村を正面から見て、尋ねてきた。
「……お前」
 それは、ずいぶんと危険な感情じゃないか?
 帆村は、トウジの糞度胸に恐れ入ったように絶句した。
 確かに、ユウキは可愛いと思う。顔立ちは整っているし、見た目、穏やかで優しい。同じ年代の男の子が好きになるのは、決しておかしな話じゃないだろう。
 だが──
 中身が怪物だった。
 箱根風間組との抗争時の狙撃。
 その後、訓練の時の犬の始末。
 エトセトラ、エトセトラ。
 自称は平和主義者だが、現実は非道く物騒で、危険きわまりない存在である。
 しかも。
 それ以上に怖い、シンジがいる。
 シンジが、ユウキにちょっかいを出す人間を許すかどうか、考えるまでもない。
 何しろ、ユウキにちょっかいを出した津山組は、皆殺しにされているのだ。
 過去の事例から判断するに、今なら優しく見守ってくれるなどと言う可能性は欠片もないだろう。
「ワイは男ですよって。男やったら、戦わねばならん時があると思うんです!」
 帆村は、トウジを正面から見た。
 確かに、惚れた女のために戦う。それは、基本だろう。
 しかし……
「お願いします。ワイも、ワイもつれていって下さい」
 トウジが、決意を視線に乗せて、帆村を見る。
 本気だった。
 しかし、困ったことに、トウジは素人である。
 トウジは結構長い事、碇組で働いてはいるが、仕事は便所掃除で、戦闘訓練の類は一切受けてきていない。
 素人を連れていっても、ろくな事はない。戦力として計算できないどころか、邪魔者になる危険の方が大きい。
「お願いします!」
 トウジは、真っ直ぐに帆村に向かう。
「……」
 帆村は、根負けしたようにため息を零した。
 駄目だと言っても、勝手についてきそうだ。そして、これ以上問答している時間も惜しい。
「俺が逃げろと言ったら、すぐに逃げろよ」
「──!」
 トウジが、表情を輝かせる。
「解りました!」
「行くぞ!」
「はい!」
 二人は、揃って駆け出した。

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