#132 恋の呪文はスキトキ……


 ユウキは右足を軸にして、くるりと回転する。
 靴底が耳障りな音を立て、煙を上げそうな案配。スカートの裾が大きく翻る。
 元々、本気で逃げ出したわけではなく、距離をとりたかったというのが本当だ。
 銃と刃物。
 単純に銃の方に軍配をあげてしまいそうだが、距離によっては、刃物も馬鹿にできない。手足を振り回せば当たるような距離では、銃が有利だとは言えない。やはり飛び道具。相手の手足が届かない距離からの攻撃こそが本当だ。
 神父へと再び向き直るユウキ。
 そこへ、神父の投げた銃剣が殺到した。
 向き直ったユウキの手には、いつの間にか再び拳銃が握られている。
 未だ、これまでの勢いを完全に消すことはできず、体は流れており、不十分な格好。
 それで、銃剣を迎え撃つのは、非常に困難と言えた。やはり、狙った場所、モノに当てるためには、しっかりとした格好でしっかりと銃を構える必要があるのだ。
 ──普通ならば。
 そして、ユウキは普通ではなかった。
 人間離れしているシンジが言うところの、「天才」。
 ユウキは間違いなく、銃器に関して天才的な技量の持ち主である。
 それを、ユウキは今ここで証明して見せた。
 ユウキの両手の拳銃が、轟音とともに弾を放つ。
 明後日の方に飛んでいってもおかしくないその弾は、すべてが目標をはずすことなく命中した。
 空中をユウキに向かって突き進んできていた銃剣。そのすべてが、その場から弾かれ、へし折られ。空しく、的を外して転がり落ちる。
「……とと」
 しかし、流石にこれまで進んでいた全ての勢いを殺しきれず、蹌踉めいたユウキは壁に手を添えて体を支える。
「シィィィィィ」
 そこへ、神父が突き進む。
 必殺のつもりで放った攻撃は、無効とされた。
 ならば、再び必殺の攻撃を放てばいい。
 そうしたシンプルな思考。
 相手の天才的な技量に、気圧されたり躊躇したりはしない。
 逆に、神父の顔には喜びがあふれていた。
 強敵と戦いたい。
 そうした欲求。
 筋金入りのウォーモンガーと見えた。
 ユウキは壁に片腕を付いたまま、神父に銃を向ける。
 神父は、一切合切気にせずに、銃剣を構えて突き進む。実際、気にする必要もないだろう。拳銃弾ごときで、どうにかなるようにも思えないから。ユウキが稼いだ距離を再び、一気に詰めようという勢いで。
 ユウキが発砲。弾倉を一気に空にするような、連射。
 拳銃弾程度、問題ではない。
 そうした態度で進んでいた神父の体が蹌踉めいた。
 ユウキの攻撃は、見事に神父の右足に集中していた。
 人が歩いたり走ったりするときは、動歩行という方法をとる。
 人は、普段は両足で支えられる位置に重心がある様にして立っている。その重心を、前方向にずらしてやる。そうすれば、自然、体は前に倒れる。体が倒れる前に、足を出してやる。更に、体を前に倒す。今度は逆の足を前に。更に重心を倒す。再び、最初の足を前に出して支える。──その繰り返しで、人は前に歩いていく。シンジの水上歩行はそれを更に進めたモノで、足が沈む前に次の足を──となる。更に極めれば、足が地面に落っこちる前に次の足を──という具合で、空中すら進めるようになるだろう。残念ながら、未だシンジはそのレベルにないが。
 ──それはともかく。
 ユウキの攻撃は、神父の踏み出そうとした右足に集中したのだ。これ以上ないタイミングで。
 ダメージはともかく、その衝撃により、踏み出さねばならない足が遅れた。
 重心は、すでに前に来ている。
 神父はその場で片足跳びをして、何とか転ぶのを避けようと試みる。
 そこへ、轟音。
 神父の体が、後方に向けて突き飛ばされる。神父の体は空中を数メートル飛んで、床に転がる。
「何というか、出鱈目ですねえ。機械仕掛けの警察官だって、これを食らえば凹むくらいはする可愛げがあるのに」
 スカートの中から対物ライフルを引っ張り出すという出鱈目をかましたユウキが、その一撃を食らっても平気で身を起こそうとしている神父に、呆れたように呟く。
 更に轟音。
 どうやったらその細い体で支えられるのか不思議だが、ユウキが対物ライフルを平然と扱い、発砲するたびに、神父はおもしろいくらいにすっ飛んでいく。食らえば胴体真っ二つでもおかしくないような一撃。しかし、ダメージという点では問題でもないらしく、その度ごとに神父は立ち上がる。
「……」
 まるで、ゾンビを相手にしているような気分になりそうな見物。
 いくら倒しても、際限なく立ち上がってくる敵。
 大の大人でも泣き言をこぼしそうな状況で、ユウキは──ユウキは、口元に笑みを浮かべた。
「そうでなくては」
 にこやかに呟くと、対物ライフルを捨てて、今度は短機関銃を取り出した。そのまま、腰溜めに構えて盛大に発砲──弾をばらまき始める。
 その次は再び拳銃、小銃、突撃銃、軽機関銃、重機関銃と、相変わらずどこに隠しているのかという量の武器を、惜しげもなく神父めがけて撃ちまくった。


 ユウキの足下で、空薬莢同士が衝突して音を立てる。冗談のような量の空薬莢が、ユウキの周囲に散乱している。空気に、鼻が曲がりそうなくらいに火薬の臭いが満ちあふれている。
 盛大に撃ちまくった後、ようやく気が済んだのか、ユウキは銃口から薄く硝煙をたなびかせる軽機関銃を片手に小さくため息をこぼし、お約束のように呟いた。
「カ・イ・カ・ン」
 年、いくつだ。
 と言う突っ込みはせず、代わりに銃剣を構えて神父が立ち上がる。
 これだけの攻撃も、神父を倒すには至らない。どころか、負った傷も片端から治っていき、あっという間に回復しきってしまう。出鱈目な回復力だった。
「……それだけか?」
 銃剣を眼前で構え、神父が問う。
 ユウキはわずかに首をかしげ、顎に指先を当てた格好で、答えた。
「──ストレス発散には、もうこれで十分です。というより、さすがに飽きました」
 ゆっくりとした動きで、ユウキは両手の指でスカートを摘む。
「と言う訳で、そろそろ決着をつけたいですねえ」
 言って、スカートを揺らす。
 ユウキの足下で、金属がぶつかり合う音が響いた。
 ころころと、スカートの中から生み出されたのは、いくつもの手榴弾だった。それらが、まるで通路がそちらに傾いているかのように、神父の方に転がっていく。
 逆にユウキの方は、距離をとる。
 そして、爆発。
 中には焼夷手榴弾も含まれていたのか、盛大な爆炎が上がり、神父を飲み込んだ。


「ユウキさん」
 炎を見つめるユウキに声をかけたのは、ようやくやってきた帆村である。その背後には、トウジの姿もある。二人とも、よほど急いでやってきたのか、息を乱している。
「あら、マサさん。──鈴原君も?」
 なぜ、トウジまでいるのか。首を傾げ気味に、ユウキが二人の名前を呼ぶ。
「よかった、無事でしたか」
 帆村が、安堵したように胸を撫で下ろす。
「──というか、倒してしまったんですか?」
 流石ですねえ。
 と、感心の表情になる帆村。
 しかし──
「──さて●エスは、御霊によって荒野に導かれた。
 悪魔にテストされるためである。
 そして40日40夜、断食をし、その後に空腹になられた。
 そこは不毛の岩山である。
 食うものは何もない。
 すると、試みる者が来て言った。
 『もしあなたが神の子であるなら、
 これらの石をアジのひらきになるように、命じてご覧なさい』
 ●エスは答えて言われた。
 『人はアジのひらきのみにて、生きるにあらず』」
 声は、炎の中から聞こえた。
 そして──
「『悪魔よ、退け!』」
 叫びとともに、炎が吹き散らされる。
 その向こうから現れたのは、五体満足、怪我らしい怪我一つしていない、神父の姿だった。
「な、なんや、この牧師はんは」
 トウジが驚きの声を上げる。
「違う!」
 間髪入れず、「神父」が叫んだ。
「え?」
 トウジが、とまどいの表情になる。自分が、なぜ怒鳴られたのか、理解できないでいるのだ。
「ええと、牧師というのは、新教系の聖職者のことで、旧教の場合は神父と呼ぶんですよ。──で、こちらは旧教系なので、神父さん」
 ユウキが、神父をさして告げた。
「新教? 旧教?」
 トウジは、未だ首を傾げている。
「仏教でも、天台宗とか浄土真宗とかあるみたいに、あっちの方もいろいろと複雑なんですよ」
 ユウキは再び簡単に説明して、それから、よけいなことを付け足す。
「まあ、宗教ちゃらんぽらんな日本人にしてみれば、どっちもどっち、どうでもいいことですけどねえ」
「邪教徒め!」
「ええと、先刻も言ったみたいに、私は無神論者ですけどねえ」
 呟いているうちに、ばたばたと足音がして、ユウキらの後ろに、ネルフの保安部員──否、碇組実戦部隊、帆村の下についたウサギさんチームが到着していた。
「ユウキさん」
 と、ついでに、青葉シゲルも。
 彼らは通路に並び、手にした突撃銃──ステアーAUGを神父に向けて構える。青葉は一人前に立ち、愛用の仕込みギターを構えている。
 ダース単位の銃口を向けられた神父であるが、一向に恐れ入ったりはしなかった。とんでもない数の銃弾を撃ち込まれても平気だった神父である。今更という感じだった。
 ユウキの方も、マイペースだった。
「それはともかく、あの唱えているモノ──呪文って言うんですか? なんだか、格好がいいですねえ」
 そうか?
 と、帆村は首を傾げたが、ユウキのセンスについては、考えるだけ無駄だと思っている。だから慎ましやかに、沈黙を守る。
 駆けつけたウサギさんチームも、命令のないままに、突撃銃を構えて止まっている。
 そこで、ユウキは言った。
「私も、呪文を唱えてみましょうか」
「……もしかしたら、手をゆるめてくれるかもしれませんから反対はしませんけど」
 つい、帆村は口を開いてしまった。
 この手の狂信者は、他宗派には厳しいが、信者には優しかったりするモノなのだ。ユウキが、彼らの神をたたえるようなことを口にするのは、損ではない。そのように考えたのだ。
 それから、一つ付け足す。
「しかし、呪文──と言うよりは、祝詞と表現した方がよいのでは? 一応、宗教関係ですし」
 ユウキは、わずかに驚いたように、感銘を受けたように動きを止めた。
 やばい、余計なことを言ったか。
 びびる帆村に、ユウキはにっこりと頷いた。
「確かに、その通りかもしれませんねえ。呪文よりも、祝詞の方がいいですね。──まあ、それはともかく」
 ユウキは動きを止めて、こちらを見守っている神父に向かう。
 そして、咳払いを一つして、高らかに言った。
「フムグルイ〜・ムグルイナフ〜」
「やめ〜!」
 帆村は、即座に叫んでいた。
「やめてくださいよ。それじゃあ本当に邪教徒じゃ……」
 ユウキは、くるりと振り向いて、帆村を見た。
 帆村の言葉が、尻切れで途絶える。
 やばい、ユウキさんに突っ込みを入れてしまった。
 もしかしたら、命のピンチか?
 と、顔中汗にぬらしてフリーズする帆村に、ユウキは言った。
「ナイス突っ込み」
 親指を立てて、うれしそうに笑う。
「いやあ、助かりましたよ。所詮うろ覚えですから、長くは続きませんし。──いつかのナイフで切り裂けの時みたいに、誰も突っ込んでくれなかったらどうしようかと思いましたよ。帆村さん、ナイスです」
「え、いや」
 帆村は、先祖代々日本人らしく、曖昧に応じる。とにかく、命は助かったらしいと安堵しながら。
 しかし、即座に顔色を変える。
「邪教徒め!」
 神父の声。
 その声には、深甚なる憎悪の響きが込められていた。
 確かに、あんな祝詞を唱える人間は、邪教徒だろう。それも、すこぶる付きの。
「主は我が牧舎なり
 我、乏しき事あらじ
 主は我を緑の野に伏させ
 憩いの汀に伴いたもう
 主は我が魂を活かし
 御名のゆえをもて
 我を正しき道に導きたもう」
 神父は呪文──祝詞を唱えながらまっすぐにユウキ目指して歩き始める。自分に向けられた数多くの銃口など、問題ともしていなかった。
「やっぱり、本職は格好いいですねえ」
 ユウキが、ぼそりと呟く。
 格好いいか?
 と、帆村は内心で首を傾げつつ、それ以上に必要だと思われることを問うた。
「どうしますか? 一斉射撃で?」
「いえ」
 ユウキは首を振る。
「同じことの繰り返しになりますから、それは無しで。それに、もう飽きましたから、けりをつけます」
「では、どうするんですか?」
「こうします」
 ユウキは顔を上げ、通路に響き渡る大声で告げた。
「への13番、14番隔壁緊急閉鎖!」
「え?」
 戸惑う帆村の視線の向こうで、実際に隔壁が降りてきていた。それも、緊急と言うだけあって、安全を度外視した速度で。
 ユウキは何もしていない。何らかの操作をしたという訳ではない。しかし、隔壁は降りた。
 何故か。
 それは、直ぐに知れた。
「ナイスです、マヤさん」
『いえ、この仕事は日向マコトです。日向マコトをよろしく。──できれば、ご褒美にチケットなど……』
 館内放送が、ユウキの声に応じる。
 発令所では、しっかりと監視していたらしい。そして、ユウキは当然監視しているモノとして、命令を下したようだ。考えてみれば、当たり前のことだ。組織のナンバー2が戦っていて、それを監視できるとなれば、見ていないはずがないのだ。
 神父の方は、悠然とした歩みをやめ、一気に駆けだしていた。隔壁が閉まりきるより先に──と言う試みは、無駄に終わった。
 ユウキのつま先、ほんの数センチ先に隔壁が勢いよく降りきる。
 神父と、ユウキらは分厚い複合装甲によって隔てられる。
 神父がただ者ではないことを示すように、その隔壁の向こうから、とてつもない轟音が響いてくる。下手をすれば、そのまま隔壁をぶち抜いて、こちらに出てきたかも知れない。
 が、ユウキはそれをのんびり待つ程にお人好しではなかった。
「日向さん、閉鎖区画内に、LCLを注入」
『了解しました』
 直ぐに、液体の注入される轟音が、神父の立てていたであろう音を塗りつぶして行く。
 注入が終われば、LCLは硬化させられる。そうなれば、エヴァの暴走を止めるのに使用される代物である。いくら人間離れしている──きっぱり化け物でも、どうにかできるとは思えない。
「……今の世の中、不死身なだけで渡って行けるほど、甘いモノではありませんよ」
 ユウキが嘯き、この件は終わった。


 終わったかに見えた。
 しかし、貴重なサンプルをそのままにしておけないというリツコの願いで発掘を試みたところ、神父の姿は、どこにも発見することができなかった。

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