#136 我が森に集えペンギン


 碇シンジと、一匹のペンギンが、3メートルほどの間をおいて対峙していた。
 両者とも構えらしい構えもとらず、堂々と胸を反らして立つ。
 徐々に、両者の間に緊張感が高まり──先に動いたのはシンジだった。
 爆発するような音がシンジの足下であがった次の瞬間、シンジは一瞬で彼我の距離をゼロとしていた。爆発的な音響は、シンジが踏み込んだ音。その凄まじさを示すように、100人乗っても壊れないどころか、エヴァが踏んでも壊れない様に強化された第三新東京市の地面に、くっきりとシンジの足形が残っていた。
 そして、シンジはそのまま足を突き出す。足の裏をまっすぐに突き出すその蹴りは、必殺のやくざキック。
「……馬鹿?」
 それを見て、ユウキは小声で、しかし、心底呆れたように呟いた。
 初っぱなの必殺技は通用しないのがお約束。いや、通用しないどころか、得てして破られるモノである。バッタの改造人間だって、番組が始まった瞬間に、必殺キックを放ったりはしない。いや、最近のバッタの改造人間の事情は知らないが。バッタの改造人間以外でも、いきなりサ●アタックやゴッ●バードは無いだろう。気力が上がっていないと駄目というシステム上の制約以前に、いきなり開始直後の必殺技で即座に敵殲滅では、普通、お話が成り立たないのだ。このお話がお話として成り立っているかどうかはともかく、世の中はそういうモノなのだ。そして、それで居て初っぱなに必殺技を使うとなれば、その技が破られる時、そう言う具合に相場が決まっている。
 しかも、それをシンジは先の第7使徒戦で体験したばかりのはずである。
 しかし、全く学習していなかったようだ。
 思わず、ユウキが呆れようとも言うモノである。
 また、繰り返された必殺技は、新鮮さと同時に、その威力も落ちていくモノである。たとえば、種弾けも最初は瞬殺コンボへと繋がったが、最近では弾けてなお、へっぽこ三人組にやられたりするように。いささか、やくざキックも頻発しすぎていた。
 そして、実際。
 シンジの必殺やくざキックは、ペンギンには通用しなかった。
 一応、やくざキックは中段前蹴りに分類される。まともに格闘技を学んだ者が見れば、目を覆いたくなるような不格好で柄の悪い蹴りながらも、一応は中段前蹴りである。人間が相手であれば。
 だが、今回の相手は、人ではなかった。ペンギンである。
 目撃者の情報では、おどろおどろしい悪魔の様に知らされていたが、実際はペンギン。サイズは、シンジの腰当たりまでしかない。中段前蹴りも、ペンギンにとっては上段攻撃になっていた。
 そのせいもあったのか、ペンギンは身を低くして、あっさりとやくざキックをかわしていた。
 そして、そのまま、地を這うような低い体勢のまま、シンジの懐に飛び込んでいく。その様は、まるで獲物をねらう蛇。
「──!」
 学習していないことを示すように、やくざキックをかわされて驚きの表情になるシンジ。
 ペンギンはシンジの驚きの隙をつくように、一気に飛び上がり、アッパーカットを放った。いや、ただのアッパーではなかった。これまでのアッパーの概念を覆すかのようなすさまじいアッパー。JETアッパーだって敵じゃない。海面から天に向かってまっすぐに伸びる、虹が見えた。シャイニング・ザ・レインボウ!
 それでも反射的に、シンジは胸の前で両手をクロスさせてガードする。
 そのガードに、ペンギンの拳(?)は当たり──そして、そのガードをはじき飛ばした。
 万歳の格好になったシンジ。
 崩れたガード。その隙を、見逃すほどペンギンは人(?)が良くは無かった。
「くぇええええええ!」
 そのシンジの顔の高さで、ペンギンは吠えると、更なる攻撃を繰り出す。
 なすすべ無く、シンジはその攻撃をまともに食らう。
 シンジの顔が、はじけ飛んだように見えた。実際、普通の人間だったら、首から上が無くなりそうな、すさまじい一撃。
「くっ」
 大きくのけぞり、それでもシンジは反撃した。
 万歳の格好になって持ち上がっていた腕を、そのまま打ち下ろす。
「くぇええ!」
 ペンギンの左腕(?)がくるりと円を描く。レフトサークル、回し受け。きっと、日々ワックスがけを行っているに違いないと思えるような、完璧に近い防御。
 そしてさらに、ペンギンは攻撃する。
「……嘘」
 思わずユウキが呆然と呟く。
 シンジは、ペンギンの攻撃をいくつかガードした。それは、シンジの反射神経が人間離れしているが故。そうでなければ、すべての攻撃を食らっていたに違いない。──逆に言えば、シンジの反射神経でも、すべての攻撃をガードすることは不可能だった。
 ペンギンの連続攻撃。
 圧倒的に、手数が違った。
 ペンギンの手が、足が、嘴が、おもしろいくらいにシンジを打ち据える。
 シンジを擁護すれば、彼我の距離が、ペンギンの間合いであったと言うことがある。ペンギンは自由に手足を振り回せ、シンジの方は近すぎて攻撃手段を限定される間合い。
 それにしても、ユウキは信じがたいという思いを抱いてしまう。
 ユウキにしてみれば、シンジが押されることは珍しい見物ではない。どころか、敗北するところだって。何しろ、ムテキに簡単にのされるシンジを、幾度と無く見てきたから。
 それでも、シンジより体重で劣り、更にはリーチでも劣る相手に圧倒されている。全く、信じがたかった。
「このぉ」
 シンジはガードを捨て、無理矢理の反撃に出た。
 場を仕切り直そうという意図があったのか、それはダメージよりも、相手を突き飛ばそうという意図が多く含まれた攻撃。
 しかし、ペンギンは一歩も下がることなく、わずかに腰を落とし、その攻撃を受けきって見せた。速度はシンジを凌ぎ、パワーでも、互角に近いようだ。
「くぇええ!」
 そして、そのままするりと滑るようにして再びシンジの懐に飛び込む。
 再びの連打。
 懐に飛び込んだままの勢いで腹部への肘撃ち。体がくの字に折れたところ、顎を跳ね上げる。そして、すさまじい回し蹴りが、シンジの側頭部を跳ね飛ばした。
「くぇええ」
 今度のペンギンの鳴き声は、勝利を確信したモノだったかもしれない。
 確かに、相手が普通の人間であれば、一撃ごとに死んでいてもおかしくないような攻撃。最後の一撃などは、その中でも会心のモノだったらしい。生涯最高の蹴りだ。そんな具合に、どこか、ペンギンの表情に満足げなモノが見えた──様な気がした。様な、と言うのはいつかの亀男の時同様に、ペンギンの表情にユウキは詳しくないから。ただ、何となくそう感じたと言うだけの話だ。
 しかし、ペンギンの勝利の確信。それは早計だった。
 このペンギンがただ者(?)でないように、シンジもまた、ただ者ではなかったのだから。
 ペンギンが気を抜いた一瞬。
 それを待ちかまえていた様に、ぬっとばかりにシンジの腕が伸びる。
 伸びた腕は、ペンギンの右足を捕まえていた。
「なめるな!」
 シンジは叫びと共に体を捻る様にして振りかぶり、そのままペンギンの体を地面に叩きつけた。
 大地に、蜘蛛の巣状のひびが入り、陥没する。象が踏んでも壊れ無いどころか、エヴァが踏んでも大丈夫なように強化された、第三新東京市の大地に、だ。その衝撃は、想像を絶するモノだろう。
 だが、シンジの攻撃はこれで終わりではなかった。
 大地で弾み、ペンギンの体が宙に舞う。
 それは、ちょうどいい高さに弾んだ。
「死ねぇ!」
 そこへ叫びと共に、2度目のやくざキック。
 過剰とも言える追撃?
 いや、そうではなかった。
 宙に弾んだペンギンはフラッパーを激しく動かし、場所をずらしてやくざキックを再び避けて見せたのだ。
 第三新東京市の大地に蜘蛛の巣状にひびを入れ、陥没させるほどに叩きつけられても、ペンギンはまだ戦闘力を残していたのだ。
 シンジ、ペンギンは再び距離を取って対峙する。
 そこで、シンジが言った。
「ユウキ、手を出さないで」
「……まあ、いいですけどねえ」
 ユウキは、言葉ほどに納得していない表情でもって応じ、ペンギンの後頭部に向けていた対戦車ライフルを下ろした。
 ユウキはさりげなく、ペンギンの背後に回り込んでいたのだ。
 ユウキの動きに気が付いていなかったらしいペンギンが、ぎょっとしたような表情で──ペンギンの表情は今ひとつはっきりしないので推定──ユウキを見る。
「どこを見ている?」
 そのペンギンに、シンジが告げた。
「おまえの相手は、僕だ」
 言って、シンジはぺっと唾を吐いた。血が混じり、真っ赤に染まった唾だった。
 ペンギンはシンジの方に顔を戻すと、器用に手鼻をかんだ。ねっとりと血の混じった洟だった。
 シンジは、にやりと人食い虎のような笑みを浮かべた。
 ペンギンは、応えて人食いペンギンのような笑みを浮かべた。
 シンジとペンギンは、にらみ合う。
 シンジは、胸を張り、仁王立ちして。
 ペンギンは半身になり、軽く跳ねながら。
 両者の間の空間が、両者の殺意によって、ぐにゃりと、異次元空間のように歪んで見えた。
 そして、まるで示し合わせたかのように、シンジとペンギンは同時に踏み出した。
 再度の激突。
 拳を鋭く打ち下ろすシンジ。
 再びの超絶アッパーを放つペンギン。
 虹が砕けた。
 銀河が哭いた。
 シンジは宙高く舞い、ぐしゃっとした音を立てて車田落ちで地面に落ちる。
 ペンギンが後方に吹き飛び、そこにあったビルの壁面にめり込んで止まる。
 どちらの攻撃も、一撃で殺せる攻撃。
 しかし、両者は足下がおぼつかないながらも、立ち上がった。
「……やるな」
「……くぇええ」
 シンジとペンギンは、血まみれの顔で笑いあう。互いを強敵と認め合った笑み。
「おまえ、強いよ」
「くぇえええ」
「でも、勝つのは──」
「くぇええ──」
「僕だ!」
「くぇえええ!」
 叫び、今度こそ、次の一撃でけりをつけると、両者、同時に踏み出す。
 その寸前、横手から叫びがあがった。


「止めて!」
 それは、ユウキではなく、新たな人物の叫びだった。
 機を外された格好で、シンジ、ペンギンが蹈鞴を踏む。
 同時に互いから離れるように後方に飛び、再び距離を取る。
 そしてそろって、新たな人物の方に顔を向ける。
 新たな人物。
 真田デンパである。
 悲しそうな表情で、両手を胸の前で併せて懇願するように、デンパは繰り返した。
「争いを止めて」
「邪魔をするな!」
 高まった戦意は、そう簡単には消し去れない、と、シンジが叫ぶ。
 しかし──
「くえ?」
 思わず語尾にハートマークが付きそうな声で一声鳴くと、ペンギンはとことことデンパの方に歩いていった。
「え?」
 と戸惑うシンジを完璧に無視し、ペンギンはぴょんと軽く飛んで、デンパの胸に納まる。
「くぇえええ」
 豊満なデンパの胸に顔を埋めるようにして、ペンギンがゆるみきった鳴き声を上げる。
「一人で寂しかったのね。でも、もう、大丈夫だからね」
「くぇえええ」
 なにやら、両者の間にはコミュニケーションが成立しているようだった。
「……別段、パンダ限定というわけではなかったんですね」
 ユウキが、首をかしげながら、呟く。
 それを余所に、デンパとペンギンは会話を交わしていた。
「一緒に森に帰りましょう。森には、仲間達が居るわ」
「くぇええ」
「そう、みんな、優しくていい子達よ」
「くぇええ」
「あと、あなたにも名前が必要よね。──ぶれあ、って言うのはどう? 戦争のためならば事実のねつ造もいとわない、立派な人物の名前なの」
「くぇええ」
 初めて、ペンギンが反対のニュアンスで鳴いた。
「え? もう、名前はあるの? ペンペン? そうなの?」
「くぇええ」
「わかったわ。ペンペン、これから、よろしくね」
「くぇええ」
 そして、デンパとペンギン──ペンペンは連れだって、その場から立ち去っていった。
「……このやり場のない拳はどうしたらいいと思う?」
「……さあ?」
 後には、中途半端な表情をしたシンジと、もうどうでもいいですと言う具合に呆れきった表情のユウキが残された。


 こうして、謎の悪魔事件は解決し、ジオフロントの森に新たな仲間が加わった。
 しかし、全てがうまく行くと言うことはなく、デンパが森に帰ると、うさまとふせいんが行方不明になっていた。
 その理由は謎に包まれている。

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