#140 マナ・ナンバーセブン


 霧島マナ──これは偽名。
 戦自研のラボで彼女は、ナンバー07と呼ばれている。
 時田サブロウ印の強化人間、その内の二桁ナンバー唯一の生き残り。通称、鋼鉄少女。
 二桁ナンバー、それは即ち、高品位強化人間を示す。高度で難度の高い肉体改造を施し、将来の強化人間部隊の司令官となることを期待されている。
 期待。
 それでも、実験動物は実験動物だった。
 端的に、彼女の呼び名、ナンバリングされたそれが示している。
 サブロウを始め、研究者達は即物的、あるいは合理的で、わざわざ実験動物に名前を与えようなどとは考えもしていなかった。また、名前を与えて情が移るのも問題とでも考えていたのだろう。あくまで、実験動物は実験動物。人ではないとして扱う方が、彼らの精神衛生には良いのだろう。道を踏み外した科学者、とは言え、全ての人間性を失っているわけではないから。
 それでも、彼女自身が名前を覚えていれば良かったのだが、ごく年少の頃より戦自研で実験動物として扱われていた為に、自身の名前を知らなかった。あるいは、投与された薬品に、記憶を混乱、あるいは消してしまうような類のモノがあったのかも知れない。
 兎に角、彼女には名前がなかった。
 ただ、07という番号があっただけ。
 だから、たとえその番号をもじって適当につけたとしか思えない名前でも、自分の名前という事に、彼女は──霧島マナは喜びを感じていた。


 戦自研、時田サブロウが主任として研究してきた強化人間の素体は、全て孤児でまかなわれている。
 セカンドインパクト後の混乱期。世界には孤児があふれていた。
 単純に、親がセカンドインパクトによって、あるいはその後の混乱期に失われた子供達。
 何らかの事情で、親に捨てられた子供達。
 前者も後者も、世にあふれていた。
 何しろ、世界人口の大半が失われた大災害である。二親を失う確率は、低いモノではない。むしろ、二親残っている家庭の方が珍しい方だろう。
 そして、セカンドインパクトを乗り越え生き延びた人間も、その後の混乱期にばたばたと死んでいった。食糧の不足、疫病の発生──こうしたモノから、人災まで。大災害の後にありがちな流言飛語が飛び交い、命がけの衝突は珍しくもなかった。食料その他の奪い合いなどでも、簡単に人が死んでいった。生きるために殺す。そんな例は珍しくなかった。
 セカンドインパクト後と言えば、そんな世界。
 しかし、出生率は高かったりする。
 貧乏人の子だくさんと言う。それを地でいく格好である。
 何しろ、娯楽がない。そんなときに男女がいれば、することは一つくらいしかないだろう。
 そして、避妊のための道具が無い。そんなモノをわざわざ手に入れるくらいならば、食料を得るための努力をしたい。そんな状況。
 そうなれば、いくら気を遣っていたとしても、子供が出来てしまったりする。
 食料を得るために苦労している最中で、その種の運動をして疲れるのはばからしいのではないか? 良くそんな状況で、そんなことをする気になるモノだ。そう思う向きもあるかも知れないが、男の欲望をなめてはいけないのである。疲れ●●と言う言葉もあるくらいだし。また、種の保存の為、本能にも関係しているのだろう。
 そうやって無計画に生まれた子供は、多くは邪魔者扱いされた。自分一人だって満足に養えない。そこで新たに口が増えたら、共倒れも必至だ。
 結果。
 とある極秘の研究機関に売り渡す者、単純に捨てる者、その他諸々。
 必要とされなかった子供達は、町にあふれた。
 そうした捨てられた子供達の中で、どこかの孤児院などの施設に入れた者はごく少数の幸運な者のみ。否、孤児院ですら、裏でやばい商売と繋がっていたり、政府からの援助金目当てで子供を集めただけ、あるいは名目だけの場所も数多く、それも素直に幸運とは言い難かった。
 セカンドインパクトの後とは、そうした混乱の世界。
 正直者が馬鹿を見る世界で、捨てられた子供達はどうしたか。
 やはり子供達もまた、世界に、大人達に倣って、他者を押しのけ、他者から奪い──いっぱしの悪党として世にあふれた。
 そんな最中、日本政府が一つの決定を下す。
 戦略自衛隊──戦自の結成である。
 世界中は混乱している。そんなときに、他人の者を奪おうと考える者は、何も個人ばかりではない。同様に考える組織、国が出てきても不思議ではない。
 世界中で戦乱が起こり、日本も無縁でいられない。頼みの綱のアメリカも、他国を助ける余裕がない。
 日本は、日本独自でこの国を守れる力を、早急に整える必要がある。
 何しろ、隣人に恵まれていない日本である。セカンドインパクトの混乱前から日本国領土の竹島を不当に占拠していた国がある。核兵器を外交のカードに使用して援助を求めるならず者国家もいる。のんびりしているのは非常に危険だった。
 そこで、政府は世にあふれた孤児を、兵隊として徴用することに決定した。
 どのみち、何ら生産に関与していない子供達である。つまり、税収の足しにはなり得ない。また、選挙権もないのだから、将来はともかく今のところは自分の支持者にもなり得ない。ならば、問題ない。
 更に言えば、兵士として子供時代から育てるのは、酷く効率が良い。
 兵士の仕事は戦争──即ち、殺し合い。
 普通に暮らしていれば、通常、殺しは禁忌とされる。一般に人殺しをすれば、それは罪として裁かれることになる。殺してはいけないと、自然に習ってきている。
 だが、戦争は人を殺してなんぼである。敵を殺せない兵士など、欠片も役に立ちもしない。いくら訓練を積んで優秀な成績を得ている兵士でも、いざというときに殺せなければ意味はない。かつて、ユウキがネルフ保安部員を見て同様の懸念を抱き、イヌやネズミやコウモリを殺させて度胸をつけさせている。──ユウキのやり方は一般的ではないが、軍隊でも同様に、ほぼ洗脳のようにして、人を殺せるようにし向けていく。人を──敵を殺せない兵士など意味はないのだ。
 だが、いくら訓練をしても、社会通念と戦場の現実との違いにより、兵士がいろいろと精神を病んだりする危険もある。殺し合い──それは、普通に育ってきた人間にとっては、絶対に普通のことではないのだ。
 しかし、子供の場合、その辺りの教育がさほどに必要ない。子供とは、基本的に残酷なモノだ。事の善し悪しだって、良くわかっていない場合が多い。人を殺してはいけない。それは本能に刷り込まれたモノではなく、社会通念として教育によって覚えることなのだ。子供にはそれがない。
 だから、簡単に人を殺すように教育することが可能。
 兎に角、即時に使える兵隊が必要な今この時に、それは重要な資質だった。
 児童福祉団体?
 関係なかった。
 今は、ほとんどの人間が、自分が生きることに手一杯の状況。わざわざ慈善事業を出来るような余裕のある者は少ない。
 それに、子供達にもメリットがないわけではない。
 兵士になれば、少なくとも飢えることはなくなるだろう。おまけに、お国のために働くことが出来るのだ。その辺りもすばらしい。そのような場所を提供した我々に感謝するべきである。──と政治家連中は思ったらしい。
 そんなわけで、戦自に大量の少年兵が(強制的に)入隊することになった。
 マナも、このころの記憶が曖昧だが、多分これに含まれていたのだろう。
 そして、同時に、その少年兵を使って、禁断の実験も始められた。
 科学者、時田サブロウの提案した強化人間計画。
 非人道的と切り捨てられるはずのそれが、セカンドインパクトの混乱に乗じて、極秘裏に通ってしまったのだ。
 普段ならば、そんな真似は出来ない。
 しかし、今このとき、セカンドインパクトの混乱期であれば?
 少々人が消えたとしても、問題にもならないだろう。
 非合法な実験は、どこぞの特務機関の三人の女科学者の専売ではないのだ。
 そう、少なくとも、あの特務機関の三人の女科学者達はやっている。そして、彼女たちの専売ではない。──ならば、他の国でもやっているのではないか? だとしたら、我が国も是非にやらねばならない。一国だけ遅れることは、非常に不味い。
 このような思考の流れで、即座に戦自研内に専門の施設が作られた。
 国の研究機関として、非合法な実験は不味いのではないかという意見も少数出たようだが、あっさりと黙殺された。
 ばれなければいいのである。
 また、ばれたとしても、この国のマスコミは断じて社会の木鐸ではない。抗議団体の有無や、スポンサーの意向によって、あっさりと事実をねじ曲げて報道するのは得意技だ。否、事実をねじ曲げないにしても、ピックアップする部分を選べば、異なった印象を与えることだって可能で、その辺り度が過ぎていると思う。たとえば最近では、「爆弾をしかけられても当たり前だ」と言った具合の某都知事の発言は問題だ的に取り上げられていた。確かに、褒められた発言ではないが、その都知事の言葉の全文を読むと、重要なのはその部分ではない。それ以後に続く部分の方が、よほど重要なことを言っているのだ。マスコミのあの取り上げ方では、某都知事の言いたかったことを欠片も示さず、ただの問題発言と言うだけで片づいてしまう。当の某都知事自身が「片言隻句にバカなメディアがダボハゼのごとく食いついた」と発言しているが、全くその通りである。兎に角、そんなマスコミであるから、なんとでも対応しようがある。
 話は戻る。
 兎に角、強化人間計画実行が決定されると、後は早かった。
 適当な候補者を少年兵の中から選別する作業が始まった。そして、マナは選ばれてしまったのだ。
 マナは、他数人の素体候補と共に戦自研のラボに送られ、そこで、実験体としての日々を送ることとなった。
 連日の薬物投与と、その影響。体を切り刻まれ、良くわからない部品を埋め込まれる。実験動物としての生。
 一緒につれてこられた他の者達は一人一人と居なくなり、その穴を埋めるために新顔がやってくる。そして、その新顔もいつの間にか──と繰り返される状況。
 マナ自身、いつ死ぬとも知れない生活。
 しかし、ある種の奇跡なのか、マナは生き延び、指揮官候補の10人の中に選ばれるほどの能力を身につけていた。そして、00から09までの10人の内、最後まで生き延びたのもまた、ナンバー07である、マナであった。時田サブロウはマナの示した能力に驚喜し、「鋼鉄少女」の称号を与え、その後は危険な実験は行われなくなった。何しろ、マナは時田の強化人間の中でも、珠玉の珠玉、至宝とも言える存在なのだから。
 その後、安定した強化人間の製造を確立するため、マナらに行われたようなぎりぎり限界のチューニングを避け、その分能力もそれなりの三桁ナンバーや、別アプローチの──薬物ではなく、機械を主に利用した機械化強化人間のKナンバー(KはきかいのK)、そして、天野連合に時田が接近した後、トライデントパイロットとしての能力を主眼にして高めた生体CPUの4桁ナンバーなどが、製造──それでも多くは途中で死亡する──の様を、マナは見つめてきた。
 自分は、このまま一生を終えるのだろう。
 自由に渇望しつつ、マナはそう諦観していた。
 珠玉として大事にされた。至宝として大事にされた。──しかし、それだけに、絶対にサブロウは手放すことはないだろうから。
 大事にされたと言っても、それでも、あくまで実験動物として、一生を終える。
 マナ以上の強化人間が完成すれば、サブロウの興味はそちらに移るかも知れないが、そのときは、大きな確率で、死が待っている。優秀だから大事にされてきた。そうでなければ、大事にする必要はなく、数ある実験体の一つでしかなくなるのだから。
 諦観しつつも、自由にあこがれてしまう。
 今回の、偽名、霧島マナに喜びを感じているのも、その思いの一つだろう。ナンバーではない。それは、人としての名前だった。


 霧島マナは、時田サブロウに命じられたように、三々五々散らばっているナンバーズ達に、声をかけて集合を促す。
 ナンバー634──いや、こちらはマナの真似をして、ムサシと呼ぶようにと当人が言っていた。どうやら、そうやってナンバーをもじって呼ぶのがはやりになったらしい。実験動物とは言え、何も感じず、何も思わないわけではない。こうした小さな遊びは、彼らの間にだって存在するのだ。
 ナンバーK12──これは、ケイタ。マナがなぜかと尋ねたら、数字を漢字にして横書きにしろをと言われた。K十二、「十二」を「た」と読ませたいらしい。強引だ。
 この二人は、長いつきあいである。実験動物歴が長いと言うことで、実は、あんまり嬉しくないが。
 一緒に屯っていた二人に、マナは声をかける。
「出番か?」
 浅黒い肌、精悍な顔の少年、ムサシが尋ねる。。
 その横にいる、小柄で気の弱そうな少年がケイタ。
 ムサシはともかく、ケイタは強そうには見えないが、そこはそれ、侮ってはいけない。何しろ、機械的なアプローチで肉体を強化された一人であり、戦闘能力は高いのだ。
 マナはうなずき、集合場所を示した。
 そのほか、仲間達に声をかけていく。三桁やKナンバーは割合つきあいが長くて気心も知れているのだが、4桁ナンバーはそうではない。何しろ、最近、天野連合の援助を受けられるようになって予算が倍増してから集められ、改造された人たちだから、今ひとつつきあいが短い。おまけに、彼ら自身、つきあいの悪そうな連中だった。
 ナンバー3279は暗闇の中で本を開いているし、9610は携帯ゲームをしている。0482はイヤホンで音楽を聴き、細かく体を揺すっている。
 声をかけると、不機嫌な顔になった。
「面倒くせえな」
「……うざい」
「そんなことを言っていると、また痛い目に遭うだけだぞ──ばぁか」
「んだと──」
 と、同じ4桁同士でも仲が良くないようだ。
 それでも、何とか皆を集合させることに成功した。


 皆を集めて、その前に立つのはジロウ、サブロウの時田兄弟。
「さて、それじゃあ予定通りに始めるぞ」
「一応、作戦のしおりを最後にもう一度目を通して──おくほど、難しい作戦じゃないよね。ナンバー634をのぞくみんなは、トライデントで大暴れをする。一応最優先目的地は碇組本部。ここを完膚無きまでに破壊する。出来れば、碇シンジごと。──まあ、やばいと思ったら無理をしないで逃げること。トライデントなんかよりも、君たちの方がよほど大切だからね。いざとなったら乗り捨てて構わない」
「何を言うか。貴様の改造人間よりも、トライデントの方がよほど──」
「はい、それでは作戦を決行します」
 と、言い合いを始めたジロウサブロウを呆れた目でちらりと見て、マナが代わって言った。
「──兎に角、ムサシのトライデントを芦ノ湖に極秘裏に送り込む。それが、この作戦の目的です。ですから、皆さんの目的は、暴れ、ネルフの目を引き付けること。それ以上のことは、無理してする必要はありません」
「待て。私のトライデントの優秀さは──」
「これ、天野連合のお姫様の指示した作戦ですよ?」
 吊されたいんですか?
 と尋ねると、ジロウは慌てて首を振った。
「まあ、いい」
 それから、気を取り直すようにして、号令した。
「各自、トライデントに搭乗。目指すは第三新東京市! 発進!」
 強化人間達は、サブロウに渡されたアンプルを一息にあおると、それぞれの乗機に向かう。
 そして、すぐにトライデントは起動し、獲物に襲いかかる肉食獣のようにして、第三新東京市に突入していった。

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