#142 渡り鳥が百五十屯
日向マコトの逡巡は、第3新東京市に躍り込んだトライデントたちに、貴重な時間を与えた。
「おらおらおらぁ」
「うざい」
「っ──はぁ、滅殺!」
先頭を切って進むのは、4桁ナンバーたち。生体CPUとして──トライデントの操縦者として処理能力その他を薬物などによって強化された三人は、口々に叫びながら、第3新東京市を蹂躙していく。その様は、トライデントのフォルムも相まって、獲物に食らいつく肉食恐竜を彷彿とさせた。
トライデントの砲撃を受けたビルが崩れ、火災が発生する。その中には兵装ビルもあり、内部に収納されていた火器が誘爆、盛大に火炎を巻き上げる。大音量で流れ始めた非常警報や避難勧告も、それ以上の大音量による破壊により、うまく聞こえない。
「──反撃が無くて楽なのは良いが、そればっか、てのもな」
3279が、言葉通りにつまらないとつぶやく。
「僕は関係ないね。やれっていわれれば、やるだけさ」
9610が、あざけるように応じる。
「……うざい」
0482が、そのどちらの相手もばからしいとつぶやく。
彼らは、同じように戦自研で強化されているとはいえ、仲良くはなかった。
「──それはともかく、敵が反撃をしてこないなら、それは幸いですよ。このまままっすぐに碇組を目指しましょう」
提案したのは、k12──ケイタである。
「うっせえ。おまえが命令すんな!」
「何様のつもりだよ。ばぁか」
「……うざい」
さんざんな反応が返ってくるが、それでも、トライデントの一軍は周囲に破壊をばらまきながら、碇組本部を目指す。
それは、無人の野を行くがごとく。
砲撃により、体当たりにより、兵装ビルやダミービル、その他の建築物を行きがけの駄賃とばかりに破壊していく。ようやく復興のなりつつあった第3新東京市を、再び完全稼働にはほど遠い状況に──それ以上の、更地に戻すかのように、盛大に破壊をまき散らしていく。
とある場所、具体的には埴輪ビルでは、埴輪土木の社長、瑞海カズキが聞いたことがないような悲しい声を上げていた。何しろ、人間の限界ぎりぎりに挑戦するかのような連日の重労働によって、ようやく終わりの見えてきた工事が台無しにされてしまったのだから。悲鳴くらいは上がろうというモノである。
幸いなのは、第3新東京市の中心部近くにはネルフ関連のビルが多く、一般の住人の多くは郊外に住んでいる事。また、この町にはシェルターも充実している事。その上、人々は避難慣れしている事。ネルフの通達が無くとも、やばいと思えば皆、とっととシェルターに逃げ込む習性を身につけていた。その結果、人的被害が、破壊の規模に比べて小さくて済んだ。──これは、後にわかったことだが。
兎に角、抵抗らしい抵抗もなく、無人の野を行くトライデント。
このまま、一気に第3新東京市中央を抜け、碇組の本部へ──
トライデントパイロットたちは、皆、作戦の成功を確信した。
ネルフは何をやっているのか、未だに反撃はない。
後わずかで、碇組に届く。
そうすれば、その場で破壊をまき散らし、碇シンジを討ち取る。いくら碇シンジが強いとは言え、トライデントに生身で対抗できるはずがない。余裕でプチッと出来る。彼らはそう考えていた。
それで、ミッションはコンプリートサクセス。
ナンバー07とナンバー634が進めている第二段階に進む必要もなく、これで終わる。
確信に近い思いを抱いた瞬間──
トライデントの一機がつんのめるようにして止まり、次の瞬間、爆発炎上した。
「何?」
戸惑い。
そこへ、横合いから攻撃。今度は、攻撃であるとはっきりわかった。
白い噴射煙を引いて、ロケット弾が端にいたトライデントの横腹に突き刺さるのが見えた。
爆発。
そのトライデントは、力が抜けたようにがっくりと沈み込む。そして、各所で小爆発を起こした後、全体を巻き込む大爆発。
「散開しろ!」
誰かの命令に従い、残りのトライデント9機は、大あわてで僚機との距離をとる。同時に各種策敵装置を稼働させて周囲を探る。しかし、周囲には、彼ら自身が破壊して起こした火災──熱源その他が大量に存在し、うまく敵の位置を探れない。
「ネルフの攻撃か?」
「兵装ビル? いや、そういう感じじゃなかった」
「じゃあ、なんだっていうんだよ。ばぁか」
「うっせえ、黙ってろ!」
「僕は黙りませんよ〜」
「てめえ」
「黙って!」
罵り合い、混乱の中に陥り欠けた仲間に叫んだのは、ケイタだった。
「静かにしてよ! 何か聞こえる」
「ああん?」
叫ばれて、お前何様だと不機嫌に表情をゆがめたが、皆、黙る。
そして、耳を澄ますと、確かに聞こえてきた。
「何だ、これは?」
「ギターか?」
それは、ギターの音。
彼らは、トライデントの策敵機械を操作して、音源を探る。周囲は雑音だらけで苦労したが、何を探すべきかわかっている分だけ、何とかなった。
そして、見つける。
爆発炎上したトライデントの向こうから、ギターを弾きながらこちらにやってくる男の姿を。
「……全く、マコトの奴は何をやっていやがるんだ?」
男はぼやきながらトライデントたちの方へ歩み寄る。
「まあ、とにかく、おいたはここまでだ。悪いが、ここから先はスタッフオンリーなんだ。関係者以外はお引き取り願おうか?」
そう言って、男はロン毛を片手でかき上げると、口の端をゆがめるようにして、笑った。
「……ギターを持った渡り鳥?」
つぶやいたのは、ケイタだった。
碇シンジの舎弟にして、最強の渡り鳥と名高い男。裏の世界では、広く名前が通っている男。青葉シゲル。間違いなく、その男は青葉シゲルだった。ここから先は俺のステージだとばかりに格好をつけて、ギターを弾いている。その様は、まさしくギターを持った渡り鳥の二つ名に恥じない。
──だが。
「なめるなよ。生身で何が出来る」
3279が叫び、トライデントを前に進める。
「っはぁ──抹殺!」
しかし、先んじて攻撃をしたのは9610だった。
とげ付きの鉄球──トライデントハンマーが、勢いよく打ち出される。
一直線に飛んだハンマーは、身を伏せた青葉の上を通り抜け、その背後のビルに命中する。ハンマーの一撃を食らったビルは、大きく傾げ、破片をまき散らしながら崩壊していく。
コンクリの固まりやガラスの破片が、雨のごとく大地に降りかかる。
「おらおらおらぁ」
さすがに慌て気味にその場から逃げ出した青葉に向けて、今度こそ3279が攻撃する。トライデントの背面や前肢に装着された火砲が、一斉に青葉に向けて放たれる。
青葉は、頭の上にギターをかざして破片が直接当たることを避けつつ、さらに、3279の攻撃も奇跡的な動きでかわしながら、場所を移動していく。
「逃がすかよ!」
回り込み、逃げ道を塞ぎながら、3279はさらに攻撃を加える。
「誰が逃げるか!」
青葉が、それに対抗するかのように吠えた。
頭上にかざしたギター。そのボトム部分が、まっすぐに3279のトライデントに向けられていた。──そのボトム部分がシャコンと小さな音を立ててスライドし、そこに穴が現れた。ネックが分割されてのぞく銃身よりも、さらに大きな口径。
次の瞬間、そこからロケット弾が飛び出していった。ネックのサイド部分からも盛大に煙がこぼれる。噴射煙。青葉のギターには機関銃だけではなく、ロケットランチャーも仕込まれていたのだ。
「なにぃ」
ロケット弾は一直線に飛び、無防備にそこにいた3279のトライデントに命中した。そして、爆発炎上。3279は、「おらおら」言っていただけで、キャラクターの堀下げも見せ場もないままにこの世から退場した。
「おまえ、おまえ──」
「死ねえ。──瞬殺!」
仲間が倒れたからいきり立ち、と言う風でもないが、今度は0482と9610が二人そろって、青葉に猛攻を加える。
青葉は驚異的な動きで両者の攻撃をかわしながら、反撃する。
再び放たれたロケット弾は、今度は0482に向かって飛ぶ。見事命中──と思われた寸前、0482のトライデントは前肢に装着された盾を翳して受けきって見せた。
「──っ、はあぁ」
そして、0482の反撃。
トライデントの胸の部分から、熱戦砲が放たれる。
熱戦砲は、青葉がいた場所を打ち抜き、周囲を爆発、炎上させた。
「はっ」
勝利を確信して笑う0432。
しかし、直後、その笑みは凍り付く。
爆発の炎のなから、煙を引きつつ青葉が飛び出してきたのだ。
反射的に反撃しようとする0482だが、すでに青葉はトライデントの懐に飛び込んでいた。戦車などは、歩兵の肉薄攻撃に結構弱い。トライデントもそうだった。
「──!」
あわてて逃れ、距離をとろうとする0482。
それを青葉は許さず、トライデントに飛びつく。そこかしこの出っ張りを蹴ってトライデントの上に乗り、そこでネックを持ってギターを振り上げた。
今度は、ギターの側面部分に穴が開く。そこから、激しい炎が吹き出す。──噴射炎。それで勢いをつけ、ギターを一気に振り下ろす。
すさまじい音がした。
青葉のギターの一撃は、トライデントのコックピットをパイロットごと、完膚無きまでに叩きつぶしていた。
「──轢殺!」
そこへ、トライデントハンマーが襲いかかってくる。
0482のトライデントから素早く飛び降りる青葉。
ハンマーは0482のトライデントの横腹にぶち当たり、大きくへし曲げた。次の瞬間、トライデントが爆発する。
青葉は背中に爆風を受けて二回三回と転がり、それから立ち上がる。
「──完殺!」
立ち上がった青葉に、またもやハンマーの攻撃。
体勢不十分、これをかわすことは不可能。
そう判断した青葉は、ネック部分を地面に突き立てて、体の前にギターを翳す。
ハンマーは、斜めに立てたギターに当たり、逸らされて明後日の方に飛んでいった。
しかし、ハンマーの勢いを完全に殺すことは出来ず、再び青葉は後方にごろごろと転がっていく。
かなりぼろぼろになり、それでも、青葉はギターを抱えて立ち上がる。
「な、なんなんだよ。何なんだよ、おまえは!」
焦りまくった9610の声が聞こえてくる。生身の人間が、トライデントに対抗できるなど、想像の外にあった。しかし、青葉はしっかりと対抗している。どころか、有利に戦闘を進めているようにも見える。信じがたい。そういう叫びだ。
「俺は、シンジさんの一の舎弟、青葉シゲルだ! お前こそ何だ!」
「何だとは何だ!」
「何だとは何だとは何だ!」
「何だとは何だとは何だとは何だ!」
不毛な言い争い。
「遊んでないで!」
そこへ割り込んできたのは、ケイタだった。
「全員でかかれ! こいつ、普通じゃない!」
ケイタの命令に従い、残り7機のトライデントが、青葉を囲み、用心深く迫ってくる。
「──ちぃ」
こいつはまずいか、と、舌打ちし、青葉はギターを構える。
ロケット弾を発射。ねらい違わずに一機のトライデントが爆発するが、その間に残りが距離を詰めていた。
「貰った!」
トライデントパイロットの誰かが叫び──
それは、嘘になった。
不意に、がくんと、躍り出たトライデントの動きが止まる。そのトライデントは、地面から突き出た杭に、串刺しにされていた。まるで、昆虫採集、ピン留めされたように。あるいは、モズのはやにえのように。
「──!」
戸惑うトライデントたち。
いきなり串刺しにされた僚機に、驚きを隠せない。
「──!」
次の瞬間、一機のトライデントの横合いのビルから、白っぽい液体が噴出した。よけきれずにかぶり、あわてて逃れようとしたトライデントだがそれは果たせない。白い液体。それは、非常に粘度の高いモノで、トライデントを取り込み、その場に引っ付けてしまった。のたうち回るが、ゴキブリホイホイに捕らわれたように身動きがならない。
「……マコト、おせえよ」
青葉が、ぼそりとつぶやく。
ネルフが──日向マコトがようやく決断し、反撃を開始したのだ。
瞬く間に、トライデントは無力化されていく。単純に兵装ビルの攻撃を食らって破壊されるトライデント、鳥もちやネットやねずみ取りで動きを封じられるトライデント。こっそり地中から出てきたタンスの角に小指をぶつけて痛みで動けなくなるトライデント。──これらは、かつてプールサイドで相談した時に話題になった、使徒に対する嫌がらせ、あるいは足止め用にと考案されたモノだった。
「ふぅ」
と、息を抜いた青葉だったが、次の瞬間、表情を引き締める。
トライデントが一機、驚異的な動きで兵装ビルその他の攻撃をかわしながら、青葉に迫ってきたのだ。
「僕はね。僕は──」
それは、9610のトライデントだった。
外部スピーカーからこぼれる声を聞くに、パイロットはパニックを起こしているようだ。ネルフの反撃によって、僚機は全滅している。追いつめられ、精神の均衡が崩れたのかもしれない。
しかし、トライデントが依然、危険な存在であることには変わりない。同情や憐憫はこの場合、じゃまなモノだ。下手をすれば、自分が死ぬことになる。
青葉は、ギターを構えた。
トライデントは、艦首の機銃を向けて、青葉に迫る。機銃が当たればよし。そうでなければ体当たりで跳ね飛ばそうという機動。
発砲。
ほぼ同時に、青葉のギターがロケット弾を放ち、トライデントの機銃がうなる。
トライデントの軌道がわずかによれ、青葉を跳ねることなく、その横を通り抜けていく。そして、そのまま真っ直ぐ進み、正面にあった兵装ビルに正面から衝突する。
さすがのトライデントもこれは無事に済まず、艦首部分からねじ曲がって止まる。直後、兵装ビル内の、そしてトライデントに搭載されていた弾薬が爆発する。
今日、最大の爆発が起こり、これで、第3新東京市に攻め込んできたトライデントは全滅した。
「──めでたし、めでたしとは、ちょっと、行かないか」
青葉は周囲の様子を見て、つぶやいた。
せっかく、修復のなりつつあった第3新東京市だったが、再び甚大な被害を受けてしまった。工事に関連して、再びいろいろと稼ぐことが出来るとはいえ、使徒襲来のこともある。次の使徒襲来までに復旧が間に合うのか。メリットとデメリットの収支報告は、もうしばらく立たないとはっきりしないだろう。
「まあ、シンジさんたちが無事だったから、よしとして……」
つぶやき、きびすを返そうとした青葉の背後で、連続した銃声が響いた。
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