#143 時計仕掛けのおれっち


 スタッカートを効かせたような軽妙な銃声が背後で連続して響いた。
 青葉は素早くギターを盾にするように背負いなおし、その場から飛び退く。
 背負ったギターの表面で、何かがはじける感触。そのつもりで背負ったとは言え、背筋にいやな感じの汗が溢れることは避けようがない。
 そのまま、近くにあった瓦礫の影に飛び込む。
「──くそっ」
 舌打ちが零れる。
 右の脇腹に手のひらを持って行くと、ぬるりとした感触。敵の攻撃の殆どはかわし、ギターで受けたが、無防備に喰らった初撃は避けようがなかった。内臓器官にまで達するような傷ではないが、呼吸の毎に、心臓の鼓動の毎に、痛みが響く。自分の戦闘能力が落ちたことを自覚する。たかだか銃弾一発喰らっただけで、普段の戦闘能力を発揮することは不可能になる。闘争を日常としている様な人間──ギターを持った渡り鳥、青葉シゲルといえども、それは同様。斯様に、人は痛みに弱い。
 青葉は歯を食いしばる。痛みにではなく、怒りを感じて。
 許せない。
 何が許せないと言えば、自分が許せない。
 自分の油断、それが青葉には許せなかった。
 第3新東京市に侵攻してきた機動兵器は壊滅した。
 その瞬間、勝利したような気になってしまった。
 確かに機動兵器は全滅した。
 しかし、そのパイロットは?
 パイロットの生死を確認したわけではない。
 なのに勝利を確信するなど、自分の甘さ、油断に反吐が出そうになる。
 たとえば自分が、青葉シゲルがあの機動兵器のパイロットだとして。
 自分であったら、たとえ機動兵器が破壊されたとしても、体が動く限り戦いを続行するだろう。指が動く限り、引き金を引き続けるだろう。手足が動かなければ噛みついてでも。命を失うまその時まで、敵と戦い続けるだろう。
 ──ならば、敵も同様だと考えてしかるべきだ。
 なのに、自分は油断した。既に、勝利したと思った。
 なんという甘さ。
 歯がみする。
 そして、直後、気持ちを切り替える。
 反省も後悔も、すべては生き延びてから。まずは、今は敵を倒すことに集中するべきだ。
 心を定めた瞬間、青葉の隠れた瓦礫を削っていた銃撃が止んだ。
「──」
 用心深く、懐から取り出した鏡を使って瓦礫の向こうを伺う。
 ──誰も、いない?
 ゾクリとしたモノが背筋を這い上がっていく。
 その感覚に導かれるように、青葉は横に飛ぶ。
 銃撃は、上から来た。
 瓦礫の上を軽々と飛び越え、敵が頭上から銃撃を加えてくる。
 尋常な跳躍力ではない。
 しかし、青葉は既にその場にはおらず、素早くギターを構え、空中の敵に向ける。
 青葉の口元に笑みが浮かぶ。
 確かに、たいした跳躍力だ。だが、それだけの話だ。おまけに、利口でない。人は、空中で自在に動けるようには出来ていない。
 ギターのネックが開き、のぞいた銃口をいまだ空中にある敵に向ける。クレー射撃よりも簡単な目標。何しろ、敵はクレー射撃の的よりも大きく、近い。
 狙いをつけて、引き金を絞る。
 ──が。
 敵の足、ふくらはぎのあたりで光が瞬き、空中で軌道を変えて見せた。
「何?」
 同時に、敵の左腕が伸びた。倍以上の長さになり、近くのビルの壁面を叩き、さらに大きく軌道を変える。
 青葉の攻撃は、空しくはずれ、ビルの壁面を叩く。
 敵は、さらにビルの壁を蹴り、跳躍する。
 まともじゃない。
 そしてもう一つ、まともじゃないことに、敵は武器を持っていなかった。何ら、銃のようなモノを持っていない。
 代わりに、その右腕を真っ直ぐに伸ばし、青葉に向ける。
 自身の勘を信じ、青葉は横っ飛びによける。
 直後、青葉のいた場所を銃弾がえぐる。
 敵の手のひら。付け根付近にぽっかりと穴が開き、それは、銃口だった。青葉がギターに銃を仕込んでいるように、敵は自分の手に銃を仕込んでいたのだ。
 全く、まともじゃない。
「──っ!」
 さらに、敵は跳ねる。
 ビルの壁面を蹴り、地面を蹴り。前後左右の平面ではなく、上下まで加えた、立体的な動きで青葉を幻惑する。さらに、その速度が尋常ではない。
 追い切れない。
 青葉の持つ仕込みギターは、火力の点では申し分ないが、取り回しに難がある。一般的な軍用の突撃銃と比べても、大きく、重すぎるのだ。この敵のように、素早すぎるモノを相手にするには不向きだ。
 即座に青葉は仕込みギターの使用をあきらめ、背中にしょい直すと、懐から拳銃を抜き出す。
 敵が跳ねる。
 そして、跳ねながら銃撃を加えてくる。
 それを、避けまくるのは、青葉もまた、尋常ではないという証明かも知れない。
 しかし、押されているのは青葉の方だった。
 敵の銃撃を転がるようにして避け、瓦礫の影に飛び込む。しかし、一瞬後には敵が瓦礫を易々と飛び越してくる。敵の長く伸びた左腕が、青葉に迫る。見れば、その腕の先には、ナイフが付いていた。肩をかすめ、背後の瓦礫をナイフが刻み、跳ね戻ってくる。慌てて引っ込めた首をかすめ、ナイフが戻っていく。ただ腕は伸びているだけではなく、いくつか関節も増え、フレキシブルな動きが可能らしい。思わぬ方向から、刃が迫る。
 こけつまろびつしつつ、青葉は瓦礫の影から飛び出す。
 そこを狙っての銃撃。
 ギターを盾のように翳して防ぐ。
 幸いなことに、ギターはEVAの装甲と同じ複合素材で出来ていて、銃弾程度は余裕で弾く。とはいえ、表面で銃弾のはじける感触は、気分の良い物ではない。
 拳銃による反撃。
 しかし、敵は易々と避けて、青葉を飛び越える。
 振り向く。
 直後、再び頭上を飛び越えていく敵。
 完全に、敵の方が早い。
 慌てて再度振り返り、青葉はそこに、敵がしゃがんでいるのを発見する。
 動きを止めた、チャンスか?
 しとめようと拳銃を向け──
 敵の折り曲げた足、その膝の部分に注目する青葉。そこにはぽっかりと穴が開いていて──
 慌てて横っ飛びに避ける。
 直後、敵の発射したロケット弾が、青葉のいた場所で爆発する。
 まるで、冗談のような武装。この敵は、右手の銃、左手のナイフの他に、膝にロケット砲を仕込んでいるのだ。
 爆炎や飛び散る破片をギターで受け。しかし、その衝撃、爆風までは受けきれずに青葉の体が易々と吹き飛ばされる。
 二転、三転して止まる。
「──っ」
 笑い出した膝を叱咤して、立ち上がろうとする。
 その、背後に殺気。
 連続する銃声。
「──ぐぅっ!」
 悲鳴を堪えることが出来なかった。
 再び、青葉は地面に転がる。
 転がる勢いを利用して何とか立ち上がり、瓦礫に背中をぶつけるようにして止まる。
 眼前に翳すギター。その表面で、銃弾が跳ねる。
 銃弾の大半はギターの表面で弾かれる。しかし、全てとは行かなかった。
 いくつかは背後の瓦礫を削り、いくつかは青葉の体を削った。
 血がしぶき、瓦礫をぬらす。
 敵の攻撃は巧妙で、右にも左にも逃げようがない。
 それでも、体幹部分、致命傷だけを避けるようにして、銃撃に耐える。
 そして、攻撃が止む。
 カラカラと乾いた音が敵の掌のあたりから聞こえる。どうやら、弾切れ。
 青葉は前に崩れかかり、膝を叱咤して踏みとどまる。血にまみれた顔を上げて、敵を見る。
 敵は、青葉の想像以上に若い。
 ──シンジさんと同年代くらいか?
 内心でつぶやく。
 青葉の見たところ、シンジと同年代、中学生くらいの少年と見えた。
 そして同時に、見た目だけで言えば、シンジなど比べモノにならないくらい、尋常ならざる存在に見える。
 そう考えて、青葉は苦笑した。比べる相手が間違っている。何しろ、シンジは見た目だけで言えば、そこいらの普通の少年と大差ない。平凡すぎて、大多数の中に埋没してしまいそうなのだ。
 対して、この少年の方は、見た目からして普通ではない。おおむね人の形をしているが、その左腕は右腕の倍以上の長さがあり、しかも、関節が二つばかり増えている。そして、その先端部には、ぎらぎらしたナイフが付いている。右腕はさほど人の物と変わりないが、それでも機関銃が仕込まれているのだから、まともではないだろう。両の足は、形こそ大差ないが、メタリックな輝きを放っている。そして、青葉の銃弾がえぐったのか、それとも機動兵器を破壊されたときに出来た傷か、その右の頬が大きくえぐれ、金属質な頬骨と歯列をさらしている。未来からやってきた殺人ロボット。何となく、そんなモノを連想した。
 戦自の、強化兵士か。そのうちのKナンバーと呼ばれる、機械仕掛けの兵隊。
 時田ゴロウに聞いた情報から、眼前の少年の正体に思い当たる。
「──何がおかしい?」
 少年が、尋ねてきた。
 声は、普通の少年のモノのように聞こえた。ビブラートがかかったり、感情に薄い合成音のようなモノかと想像していたのだが、普通の、声変わり前の少年のモノのようにしか聞こえなかった。
「さあな」
 いつの間にか笑っていたかと思いつつも、青葉は、素っ気なく応じた。闘争の場に、喜びを感じる。我ながら、救いがたい性だと思う。そしてそれを、わざわざこの少年に教えてやる必要もないと思い、軽く応じる。
 しかし、その反応は少年のお気に召さなかったらしい。
「だったら、なぜ笑う!」
「……さあな」
「貴様はもうぼろぼろで、僕に勝ち目はない。なのに、なぜ笑うんだ?」
 青葉は少年に笑ってみせると、言った。
「まだ、俺は生きている。──だから、全然俺は負けちゃいない」
「なら、貴様を殺して、確実に勝利してやるよ」
「無理だな」
 青葉は、ギターのネックを握りしめ、それを杖のようについて体を支えながら、この世の真理を告げるみたいな口調で言った。
「だいたい、わかった。お前は、俺より早くて力もあるみたいだが、それだけだ。怖くはない」
「死ね」
 少年の顔が怒りにゆがみ、一気に青葉に向かって跳ねる。左腕のナイフが大きく振り上げられる。
 青葉は、慌てず騒がず、あっさりとした動きで、足下の瓦礫を蹴り上げた。いや、蹴り上げると言うよりは、軽く持ち上げ、投げ上げた。そんな感じだった。
 そして、瓦礫は少年の、ちょうど進行線上、それも、顔の高さに舞った。
「──!」
 少年の驚愕の表情。殆ど反射的に急ブレーキをかけ、顔に向かってくる──自分がつっこもうとしていた瓦礫をはねのける。
 人は、顔に向かってくるモノがあれば、反射的に腕で弾いたり、かわそうとしたりする。だが、この場合、それは致命的な反射行動。
 それは、ちょうど青葉の真ん前で、どうぞ攻撃してくださいという場所だった。
 青葉は、ネックを握りしめると、ギターを振るう。
 サイドから噴射炎がほとばしり、さらにギターを加速させる。
 鋭く横殴りされるギター。
 だが。
 少年はそれをかわして見せた。
 たいした物だ。と、青葉は感心する。この反射速度は全く、たいした物だ。しかし、それでも青葉は自分の勝ちを確信した。
 それを証明するように。顔を青葉に向けた少年は、表情を凍らせる。
 青葉はその場で、右足を軸に独楽のように回転して、もう一度ギターを少年に向けて振り下ろしていた。
 スラスターによって加速されたギターの一撃は、容易に止める事は出来ない。だが、力の加え方によっては、進行方向を変えるくらいは出来る。
 初撃をかわされることも考慮に入れた、二段構えの攻撃。
 見事な反射速度で初撃をかわしたモノの、体勢を崩していた少年には、二撃目を避けることは不可能だった。
 初撃よりもさらに加速されたギターが、少年の脇腹に食い込んでいった。

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