#144 渡り鳥が一杯


 第3新東京市は、赤々とした炎に彩られている。
 その第3新東京市を見下ろす郊外の山に、人が集っていた。
 それぞれが、何らかの楽器を持った不思議な集団だった。
「ギターを持った渡り鳥──」
「あの戦闘能力──」
「さすがは、仮にもナンバー1の渡り鳥を名乗るだけのことはある」
 誰かが、うそぶいた。
「そう、仮にも、だ」
「俺を──このタンバリンを持った渡り鳥を倒さずして、ナンバー1を名乗るなど、片腹痛い」
「何を愚かな。真のナンバー1はこの俺。鍵盤ハーモニカを持った渡り鳥よ」
「違うな。俺こそがナンバー1よ。バグパイプを持った渡り鳥こそが、真の最強よ」
「何を?」
「なんだと!」
 一触即発の険悪は雰囲気に陥る一行。
「まあ、待て」
 しかし、そこへ仲裁の声がかかる。
「ここで我々が争っても仕方があるまい。ギターを持った渡り鳥、あやつを倒さねば、ナンバー1を名乗るわけには行かぬのだから」
「むう」
「確かに」
 納得したように、頷く。
「何はともあれ、今はチャンスだ」
「そう、奴は今、負傷している──いや、別に負傷などしておらんでも、真実のナンバー1である俺にかかれば、楽勝の相手であるがな」
「全くだ。奴が負傷していて、まことに残念なことだ。いや、本当にそう思っているんだぞ。ラッキーだなんて、欠片も思っていないのだ」
「気にすることはない、世の中というモノは非常に厳しいモノなのだ。負傷したからと言って、それを理由にする様では、どだい、奴は真のナンバー1ではなかったと言う、それだけの事よ」
「いや、全くだ」
 と、かなり駄目駄目な会話を交わしつつ、一行は立ち上がる。
「何はともあれ、恨みっこなしの早い者勝ちで」
「よかろう」
「──では、参るか。この、木魚を持った渡り鳥が真実のナンバー1であることを、見せてやるわ」
「ふっ、笑止な。ナンバー1はこの俺、そろばんを持った渡り鳥よ」
「お前ら、少し待て。俺の楽器はオルガンで、重いんだ。だから、待てと言っている!」
 ぞろぞろと連れ立って、一行は第3新東京市を目指して進んでいく。
 そして、後には二人の男が──二人の男だけが残った。


 金属のひしゃげ、破断する感触。
 青葉は、思い切りギターを振り抜いた。
 少年の体は腹の部分で分断され、上半身は一直線にはじけ飛んでいく。そして、瓦礫の山に衝突し、半ば埋もれるようにして動きを止めた。
「ぐ、ぐう」
 それでも、少年は体を起こそうとする。
 そちらへ、青葉はギターを向けた。
「馬鹿な!」
 少年は、そのギターを気にした風でもなく、叫んだ。
「なぜ、僕が負けるんだ。僕の方が早いし、力も強い。なのに、なぜ──」
「それだけだからだ」
 青葉は、冷たく告げた。
「お前は、JAと同じく、学者の作品、ただ、それだけのモノだ」
「何を──」
「いくら何でも、まともに戦闘訓練を受けたモノなら、あの程度のことで動きを止めたりはしない」
 あの程度のこと。
 青葉が起死回生の手段とした、顔へ向けて瓦礫を蹴り上げたこと。
 普通の人であれば、顔にモノが向かってくれば、反射的に腕で弾いたり、大あわてでよけようとしたりする。逆に、動きを取り損ねて止まってしまったりする場合もある。
 しかし、これらはあくまでも普通の人の反応である。
 訓練を受けた戦士の反応としては、こんなにまずいモノはない。
「お前は、スペック的に高くなるように、高くなるようにと改造を加えられてきたのだろう。ただ、早く。ただ、力が強く。ただ、反応を鋭く。──学者先生の考える強さ、そのままに。ただ、機能を追求する。ただ、高い性能を追求する。ハイテンション、ハイスペック、それのみを追求して、それだけが強さだと考える。単純に数字ではかれる事ばかりに視線を向けたやり方。戦闘訓練を軽視した、学者のやり方だ」
「……」
「お前はただ基礎体力が優れているだけのアマチュアなんだよ。そんな奴に、プロとしては負けるわけにはいかない」
 青葉は言って、仕込みギターの銃口を向ける。
「次にあうときには、おまえはきっと、今もっと強くなっている。だけど、ここで永遠にさよならだ」
「──!」
 少年は、その瞬間をおそれるように、きつく目を閉じる。
 しかし、青葉は引き金を引かず、ギターを明後日の方向に向けてぶっ放した。
 そこには、青葉の方に迫る影があった。
 影は踊り、銃弾を易々と避け、その向こうのビルの壁面が削れる。
 影は、壁を地面を何度か跳ねて、青葉との距離を詰める。
「──!」
 青葉は、背筋にいやな汗をかいていた。
 速い。
 今度の相手は、今し方倒したばかりの少年よりも、さらに速いかもしれない。
 しなやかな動きで銃弾の雨をかいくぐり、影は青葉の懐に一気に飛び込んできた。
 一気に飛び込まれてしまった。
 その、影の拳がうなる。
 武器は持っていない。
「鋼鉄パンチ!」
 ご丁寧なことに、影がその攻撃の種類を叫んでもくれた。
 それでも、武器を持っている以上に危険だとの警鐘が頭の中で鳴り響き、それに素直に従い、青葉はギターを翳してそれを受ける。
 凄まじい衝突音。
 青葉の体は宙を浮いていた。
 拳を叩き付けられたと言うよりは、大型トラックにはねられたような衝撃。
 何とか足から地面に降りられたのは、殆ど奇跡の領域に入る出来事だろう。
 ギターを構え、追撃に備えようとして、青葉はぞっとする。
 ギターの装甲が、くっきりとこぶし大に陥没している。EVAの装甲と同じ素材を使ったギターが、だ。
 尋常な破壊力ではない。
 この攻撃力は、シンジさんクラスか?
 背筋が、冷たく濡れる。
 勝てないかも知れない。
 弱気が、脳裏を走り抜ける。
 五体満足、怪我のない状態でも分が悪いかも知れない。それが、今の負傷した状況では……
 おそれる青葉に対する追撃はなかった。
 影は、倒れた少年のそばに移動し、その首を引っこ抜いた。
 引きちぎってしまったのかと一瞬、スプラッタを想像したのだが、現実は、元々そう言う具合に取れるようになっていたらしい。
 青葉は油断なく、ギターを構える。
 青葉の方に、脇に少年の首を抱えた影は視線をくれる。目抜き帽をかぶっているため、その顔はわからない。体の方はボディスーツ。どちらも黒で、全身真っ黒。まさしく、影の様に見える。
「あれを防がれるなんて、思わなかったわ。──なるほど、ケイタが勝てない訳ね」
 青葉は、影を観察して、呆然とつぶやいた。
「……女、か?」
 それも、かなり年若い少女。
 体にぴったりした黒のボディースーツなため、体型がよく見える。──が、非道くメリハリに乏しい。少年と言われても納得しそうなほどだが、股間部が少年ではあり得ないほどにすっきりしている。そのあたりからようやく判断できた。
「……あ〜、非道い! 女以外の何に見えるって言うのよ」
 ちょっぴり不機嫌に、影が応じてくる。どうやら、体型のメリハリのなさは、当人も自覚、気にしているらしい。
「……いや、済まん」
「何謝っているのよ。あ〜、よけいに腹立つ」
「いや、本当に済まん」
「……まあ、良いや」
 無理矢理納得したことにしたみたいにして、影──少女が頷く。
「本当なら、そのあたり、きっちりと教育してあげたいところだけど、今日はケイタのこともあるし、引くわ」
 この状態では長持ちしないのよね〜、と少女がつぶやく。この状態とは、首だけ状態のことらしい。確かに、長持ちしそうにない。
「逃がすとでも?」
 勝てるか?
 それは棚上げして、少女を睨み付けたまま、青葉は言った。
 敵に弱みを見せることは出来ない。たとえ敵わないとしても、倒れるときには前のめりに。それが、男の──青葉の生き方である。
「敵が多いのも大変ね」
 僅かに笑う気配を見せて、少女が言った。
「何?」
 なんの話だと、青葉は首を傾げる。前後の文脈がつながっていない?
「渡り鳥さんたちが、一杯。あなたが怪我をしているからチャンスだって」
 少女はにやりと笑う様子を見せて、告げてきた。
「……」
 青葉は、うんざりとした表情になった。
「死ぬなよ」
 声は、少女の脇、抱えた首から。
「貴様を倒すのは、僕だ」
「じゃ、そう言うことで──」
 言うが速いか、少女は軽々と飛び上がり、あっという間に退場していった。
 青葉はそれを追わず、その場に立ったまま、懐からタバコを取り出した。
 火を点して一吸い。
 天を仰いで、紫煙を吐き出す。
 少年の体が、盛大な爆発の後、燃え上がった。どうやら、少女が証拠隠滅にテルミットあたりで焼き払っていったらしいと推測しつつも全く無視して、青葉はタバコを吸う。
 そして、うんざりとした顔で、背後を振り返った。
 そこにずらりと並ぶ──渡り鳥たち。
「我こそは、タンバリンを持った渡り鳥よ! いざ、尋常に勝負!」
「貴様がナンバー1を名乗るのも、今日で終わりだ。明日からは、この俺、鍵盤ハーモニカを持った渡り鳥が──」
「あなたのお名前なんて〜の、このそろばんを持った渡り鳥が──」
「誰か、俺の背中のオルガンをどけてくれ、重い……」
 青葉は、タバコを投げ捨てると、ギターを握りしめ、そして、非道くやるせない声で叫んだ。
「てめえら、頼むからどっかよそへ行ってくれ!」
 ……
 そして、激しい戦いが始まった。


「……貴様は、行かないのか?」
 第3新東京市郊外。
 残った二人のうちの一人が尋ねた。
 恵まれた雄偉な巨体の持ち主。日本は年中夏で糞暑いというのに、黒いコートを着込み、前もきっちり閉じている。──しかし、その下からのぞいた足は毛ずねを放り出しているのが、不気味と言えば不気味だった。
 男たちの視線の先、第3新東京市では、再び激しい戦火があがっている。
 最強を名乗る渡り鳥、ギターを持った渡り鳥と、その他の有象無象な渡り鳥との戦い。
「……」
 もう一人の男は、無言でギターをかき鳴らしていた。ギターの色は勿論白。おまけに、ズボンは裾が広がってラッパのようになった、やはり白いジーンズだ。
「お前こそ、真っ先に行くモノと思ったがな。何しろ、一つの楽器につき、渡り鳥は一人。これは、絶対のルールだ。同じギターを持った……」
 つぶやくコートの大男に、ギターを持った男は不機嫌な表情で、そのギターを突き出しす。
「……あちらはエレキギター。俺の方はアコースティックだ」
「そ、そうか」
 その勢いに押されたようにして、コートの大男は曖昧に応じる。
 それから、即座に気を取り直すと再び尋ねた。
「しかし、それは貴様がアレに参加しない事への理由にはならないが?」
「……俺はプロだ」
 男は再びギターをかき鳴らし始める。
「奴らのようなアマチュアじゃない」
「アマチュア?」
「報酬もないのに戦う。これは、断じてプロのやる事じゃない」
「なるほど」
 コートの大男は、納得したように頷く。
「──だが、ここに来た以上、お前も奴と戦うつもりがあるのだろう?」
 どうするつもりだ?
 言外の質問に答えるように、男はギターをケースにしまうと立ち上がる。おしりの汚れをはたき、コートの大男を正面から見る。
「……雇い主を捜す」
「そうか」
 にかっと、コートの大男は笑う。
「ならば、俺と一緒に来ないか? 心当たりがある」
「……なぜ、俺を誘う?」
「お前は腕が立ちそうだからな。あの、有象無象どもとは違う」
 ちらと、第3新東京市を──そこで戦う、渡り鳥たちの方に視線を送る。
「……いいだろう、任せる」
「うむ」
 コートの男は、満足したように頷いて、それから尋ねた。
「お前の名前は? 俺は、元祖人間打楽器を持った渡り鳥、アドン・マッスルと言う」
「……アコースティックギターを持った渡り鳥──」
 男は、静かな口調で続けた。
「──青葉カレル」


 ギターを持った渡り鳥、青葉シゲル。
 彼の戦いはまだまだ続く。
 負けるな青葉!
 がんばれ青葉!
 最強の渡り鳥となる、その日まで!

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