#148 TRICK


 とりあえず日向の処分は済んだ。
 それに併せるように、青葉や田茂地、時田ゴロウと言った、遅れていた人間も参上した。青葉などは全身を包帯でぐるぐる巻き、ほとんどミイラ男の出来損ないのような格好だが、それでもまだまだ元気、だてに、「最強の渡り鳥」ではないのだ。
「さて」
 ユウキは、一つ前置きをして、話題を変える。これからが本題だ。
 軽くあごを動かして指示を出すと、応えてマヤが端末を操作する。
 すると、部屋の床に第三東京市の俯瞰図が浮かび上がった。この部屋の床は只の床ではなく、モニターが仕込まれているのだ。
「トライデントの侵攻についてですが──マヤさん、そのルートを」
「はい」
 応え、再びマヤが端末をいじると、俯瞰図に赤い矢印が現れる。
 外周の山の一つからのびた矢印は、芦ノ湖をかすめるようにしてさらに伸び、第三東京市中央あたりまで進んだところで、現れた巨大なばってんマークにぶつかって止まる。
 矢印はもちろん侵攻ルート。ばってんは、青葉との戦いが繰り広げられた場所である。
 それに頷くよりも先に、ユウキは若干慌て気味に、場所を移した。ちょうど、ユウキの立っていた場所──足の間を抜けるように矢印はのびていたのだ。
「──しかし、この無意味な床下モニターはいったい何なんでしょうか? 普通のモニターで十分だと思いますけど?」
 自分の足の間を矢印が通ったから、と言うわけでもないだろうが、ユウキが軽くぼやく。
「そうだよね。ネルフって、なんだか妙なところでこだわりがあるというか」
 シンジが頷く。
 たとえば、エレベーターの階数表示。たとえば、司令室のセフィロトの木。戦艦か何かの艦橋のように、段々になった発令所。その他諸々。全くもって、無意味なこだわりとしか思えない。もっとシンプルに、実用本位で良いのではないかという疑問。
「……なんだか、呪的な意味合いがあるとかないとか聞いたけど。──設計したのは私じゃないわよ」
 何となく視線が集まってしまったリツコが、若干慌て気味に首を振る。冤罪だと、さらに続ける。
「私がネルフに就職した時には、もう、ハコモノはほとんど完成していたんだから」
 リツコはどちらかと言えば、マギを中心に、ハードよりもソフト面の充実に力を割いてきている。
「とすると、母さん達かな?」
 シンジが僅かに嫌そうにつぶやく。そろって、リツコも嫌そうな顔になる。母さん達。つまりはゲヒルンの三博士。その中には、リツコの母親も数えられるのだ。完全な人ごとでは済まない。
「こんな妙な床下モニターじゃなくて、いっそのこと、指揮卓にするとか」
 マヤがつぶやくが、それは皆に無視された。それこそ、趣味の世界だ。
「私としましては、只でさえ、床の反射率が良すぎることが気になっているのに、モニターともなればますますに」
 ユウキが床を見てつぶやく。
「下手をすると、スカートの中を覗かれそうで……」
 その言葉に、はじかれたように顔を動かしたモノがいる。
 日向である。
 ユウキ、リツコ、マヤと、その足下に順繰りに視線を送り、がっかりした表情になる。
 マヤは、ネルフ至急の制服姿。スカートは短いがその下に厚手のタイツをはいているために、覗いたところでなんと言うこともない。下着を見られる危険性は絶無である。
 リツコは、黒のミニスカート。ただし、こちらも濃い色のストッキングをはいている。その上、スカートがタイトなため、闇に紛れてしまっている。
 ユウキはゆったりとしたスカート。だが、これは丈が長く、床の反射程度では奥の奥まで覗き込むことは出来ない。
 がっかりとため息をこぼした日向は、はっとして顔を上げる。
 周りの人間が、サバ目で日向を見ていた。
「いや、あはははは。……大丈夫です。確認したところ、お三方とも、問題ありません」
 日向の声が、虚しく通り抜けていく。
 ユウキは、重くため息をこぼした。自分で話題を振ってしまった罪はあると自覚するが、それでも、あまりにあんまりである。
「マコト……」
 青葉も、重くため息をこぼした。日向を目覚めさせてしまったのは自分だという自覚はあるが、それでもこれはあんまりにあんまりだ。
「と、とにかく、戦闘評価を始めましょう」
 日向は場違いに明るい声を無理矢理絞り出す。
 ユウキは、もちろんその言葉に感銘を受けたりしなかった。ユウキだけではなく、その部屋にいた全員も。
 ユウキはもう一つため息をこぼす。それから、あんまり調子に乗っていると、シめちゃうぞ、と言う視線で日向の顔を一撫で。日向がおびえてごくりと唾を飲み込むところを確認して僅かに溜飲を下げ、話を元に戻すことにした。あまりこだわっていても仕方のない問題なのだ。これは。
「これを見ると、郊外の山から第三東京市に突入。そのまま、碇組の本部を目指した──が、その途中で青葉さんにインターセプトされた。そんな感じですかね?」
「そう見えるっすね」
 青葉が頷く。それから、首をかしげた。ユウキの言葉の中に微妙に含まれた、それだけではないというニュアンスを敏感に捕らえたらしい。
「何か、問題でもあるっすか?」
 青葉の中では、すでにこれは終わった問題だとなっているようだ。
 天野連合はトライデントでの襲撃を企画立案し、実行。その作戦は途中までうまくいったモノの、予定外の戦力である青葉が、たまたまその場所にいたため、阻止された。とりあえず、いったん退いて、仕切直すつもりだろう。そのように。
「すっきりしないんですよ」
 ユウキは、首をかしげたまま、告げた。
「なにが、でしょうか?」
 口を挟んだのは、時田ゴロウ。
「トライデントが第三東京市中央あたりまで到達できたのは、日向さんの逡巡があったからです。そうでなければ、市内に入ってすぐに迎撃、破壊されていたことはほぼ確実」
 ちらとユウキは視線を日向にくれる。
 日向はその視線を受けて、悄然と肩をすぼめる。
「初手から、効果的な打撃を与えられないような作戦を作戦と言っていいのですかね?」
「しかし、兄たちのことですから、自分の作品に、ありすぎるほどの自信があったのではないですか? 曰く、第三東京市の防衛網など、自分のトライデントには全く問題ではない、と言う具合に」
 兄弟のことであるから、時田ゴロウの評価は間違いではないのだろう。実際、自分の作品に点が甘くなるのは珍しい話ではない。たとえば、日曜農家で作った自分の野菜は、市販のモノよりおいしく感じたりするモノだ。手に入れるための苦労が、評価に加点されるのだ。
「あり得そうな話だけど?」
 シンジが素直に頷く。
 しかし、ユウキは首を振り、断言した。
「甘過ぎです」
「甘すぎるの?」
「はい」
 ユウキは頷き、続ける。
「良いですか? 確かに、そうした側面がある事は否定しません。たとえば、この間のJA。あれなんて、まさしく制作者の評価の甘さが如実に伺えましたから。確かに、制作者だけで作戦立案をすれば、今回のような甘々な攻撃もアリですが──忘れないでください。そのバックには、天野連合がいるんですよ? 天野連合のあのお姫様が、そんなに甘いとお思いですか?」
「む……」
 確かに、とシンジが口を閉ざす。
 JA戦。あの、問答無用、横紙破りの先制攻撃は、間違いなく天野連合の──天野ミナカの指示だろうと、ユウキ、シンジの意見は一致している。彼我の戦力差を冷静に見つめ、勝てないと見たならば、勝てるように手を整えようとする。今回のような無意味に近い神風アタックが選択されるはずがない。
「だいたい、なぜにトライデントか、と言う辺りにも疑問を感じるんですよ」
 ユウキは、理解不能と眉を微妙に動かす。
「なぜに、トライデントなのか。──どうして、JAじゃないのか? JAであれば、先制された時点で、勝負は決していました」
「その場でぼかん?」
 リツコが上向きにした握り拳を、ぼかんに合わせて開いてみせる。
「ええ」
 ユウキは頷いた。
 原子炉内蔵のJA。その原子炉を暴発させてやれば、第三東京市くらいは簡単に更地に出来る。ジオフロントまで破壊することは不可能だが、EVAを無力化するのはそれで十分である。電源がなければろくすっぽ使えないEVA。EVAがなければ、碇組と天野連合の力関係は圧倒的で、いくらシンジらが個人の勇を奮おうとも、数の差がちがいすぎる。あっさりと勝負は付いてしまう。
「それは、第三東京市の収入が惜しかったと言うことではありませんか?」
 控えめに口を挟んだのは、日向。珍しく、まともなことを言う。
「それはあるかも知れません」
 ユウキが頷くと、うれしそうに──それこそ、しっぽを振りそうな程にうれしそうな顔になる。
 実際、第三東京市を押さえれば、莫大な収入が約束される。元々、ネルフの城下町と言うことで、発展度合いが高いことに加え、最近の特殊浴場からの上がりは、とてつもない額に上る。天野連合の規模から考えれば、無くても問題ない収入。しかし、収入は多ければ多い程良いモノだ。只、更地にしてしまうというのは惜しい。そうした考えは理解できる。
「──が、勝てなければ意味はありませんから」
 ユウキは、目を閉じて首を振る。
 絵に描いた餅は食べられない。この場合、食べられない他人の餅か。それがおいしそうであればあるほど、持っていない者にはねたましく、嫌なモノであろう。それこそ、自分のモノにならないのであれば、全て台無しにしてやりたいほどに。そして、台無しにしても、天野連合にとって痛くもなんともない。逆に、碇組にとっては生命線を断たれるに同意。是非とも手に入れようと、無理する必要はないのだ。
「どうにもこうにも、情報が足りないんですよね」
 ユウキは、ため息をこぼす。だいたい、トライデントに関してだって、ろくすっぽ情報を手に入れられていなかったくらいだ。製造されていたことは知っていた。しかし、その規模、完成度合い、そう言ったことがほとんどに。そうでなければ、もう少しまともな対処が出来たはずだ。
「申し訳ありませんです……ひいふう」
 それに対して、田茂地からの謝罪。
「あ、いえ」
 ユウキは慌てて顔の前で手のひらを振った。
「別に、田茂地さんを責めている訳じゃありません。──と言うか、田茂地さんの仕事に文句はありません」
 ユウキは、田茂地ほど優秀な諜報員を知らない。おそらく、田茂地ほど優秀な人間は、ほかには存在しないだろうとまで思っている。殺しのライセンスを持っているダブルオーナンバーだって田茂地の敵ではないと思っている。
 が、残念なことに、田茂地は一人しかいないのだ。
 いくら優秀でも、一人に出来る仕事量が限られて来るのは仕方のないことである。特に最近、田茂地は対欧州ゼーレ組で動いていた。天野連合に対する調べが甘くなったのも仕方のないことである。
 もちろん、ネルフの──碇組の抱える諜報員は田茂地だけではない。諜報部という部署もあるし、かなりの人数を抱えている。彼らとて、無能というわけではない。マギの存在もあって、「エシュロン張りの諜報能力」と彼らは自負している。
 が。
「エシュロン張りと言っても」
 ユウキはため息をこぼす。
 エシュロンというのは、某「うふふふ」笑いをする停滞な女生徒会長に匹敵する諜報能力──と言うと、全然たいしたことがないように聞こえるが、現実はたいした物なのである。エシュロンとはアメリカ中心に人工衛星を使って行っている通信傍受システムのことだ。要は盗聴。その極めつけである。ファックス、Eメールその他、とにかく、各種通信を盗聴し、危険な言葉──テロ、爆弾、とにかくそのようなモノを捕らえると、即座に通報されるというシステムの事だ。
 ネルフもマギを使い、それと同種のことを行っている。マギの能力の高さもあり、確かに、諜報部の能力はエシュロンに劣らない。ほかに、ハッキングの能力も、マギの存在があって高レベルであるから、ある意味、エシュロンに勝っているとも言えるだろう。
 ──が、逆に、通信網に乗らなければ全く役に立たないという側面もある。
 敵も馬鹿ではない。マギの存在は酷く有名だから、もちろん、無防備に通信でやばい言葉を使う事は避けているし、コンピューターも最高の機密保持対策──ネットにつながずスタンドアローンで使用したりと、結局の所、ネルフ諜報部に技能はあっても、ろくに生かされていないという昨今の現状。そして、コンピューターを抜きにすれば、ネルフ諜報部の能力は話にもならない。だから、現実、ネルフ諜報部はほとんど役に立っていなかったりするのだ。
 ふう、と、ユウキはため息をこぼした。
 それから、表を引き締めて言った。
「おまえ達のやっていることは、全て全部まるっとお見通しだ!」
 え?、と、ユウキのいきなりの言葉に、戸惑ったような表情が見返してくる。
「──ってなれば、話は簡単なんですけどねえ」
 なかなかうまくいきませんねえ、と、ユウキはもう一つため息をこぼし、言った。

[BACK] [INDEX] [NEXT]