#149 アンタッチャブル


 いつもの考え事のポーズで沈黙したユウキに向かい、おずおずとした動きで青葉が手を挙げた。
 どうやら、発言の許可を求めているらしい。
 ユウキが小さく頷くと、青葉は口を開く。
「もしかしたら、今回の襲撃は陽動じゃないっすかね?」
「陽動?」
 小首をかしげて問い直すユウキに、青葉は頷く。
「はい、元々、トライデントは全滅覚悟。我々の目をそちらに向け、その間に、なにやらするつもりだったのではないっすかね?」
「なにやら、とは、なんだと思いますか?」
「件の強化人間なんて、どうすかね?」
 青葉は、その答えを用意していたらしい。戸惑うことなく、意見を述べる。
「全ては、アレを極秘裏に第三東京市内に送り込むための騒ぎ……」
 なるほど、と頷く者もいた。
 青葉の報告では、戦時研の強化人間は、下手をするとトライデント以上にやっかいな存在だという。確かに、EVAの装甲板にも使われる材質で強化された青葉のギターをぶん殴り、拳様のくぼみを作ってしまう辺り、尋常ではない。──それに相対して生き延びる青葉も尋常ではないが。
「う〜ん」
 しかし、ユウキは小さく首を振った。
「駄目っすか?」
「駄目です」
 容赦なくユウキは応じ、あごに指先を当てる。
「強化人間。つまりは、人間なんですよ。人間くらいのモノなら、わざわざ騒ぎを起こすまでもなく、十分に第三東京市内に潜入可能ですから」
 青葉は言われてみれば、と言う表情をする。
 ネルフの町、碇組の町、第三東京市。
 とは言え、全ての人間がその関係者ではない。多くを占めるのはその関係であるが、ほかにも、彼らを支えるための人材だって多く住んでいる。たとえば、ネルフ=碇組関係者の為の食材を用意する者──食料品店、食堂その他。衣服関係。レジャー関係。ネルフ=碇組の息のかかった店も多いが、そうでない店だってやっぱり多い。第三東京市、一つの町を、関係者のみで占めるなどと言うことは、どだい不可能なことなのだ。
 そう言った人間の出入りに合わせて、天野連合関連の人間が紛れ込むことは、不可能ではない。
 無論、マギ、ほかに諜報部や保安部などが人の出入りをチェックしているが、とても全てとは言え無い状況。大規模な攻勢はないとは言え、一人から数人単位の天野連合鉄砲玉による襲撃は、ほぼ毎日繰り返されている。逆に、碇組の方も、天野連合関連設備に対する襲撃を繰り返していたりする。
 そうした状況。
 人を紛れ込ませるのに、トライデントを使いつぶす必要など全くないのだ。
「そうっすよね」
 青葉ががっくりと首を落とす。
「でも、陽動という考え方は間違っていないかも知れませんね」
 別に青葉の機嫌をとるためではなく、ユウキがつぶやいた。
「トライデントを使いつぶすに足る、それだけの大がかりなモノを第三東京市に入れる。そして、それは隠れて時を待つ」
 たとえば、使徒襲来の隙とか、ほかに何らかのきっかけの時とか。
 とにかく、大きな手駒を敵地に隠しておければ、とりうるオプションが大幅に増えるだろう。悪い手ではない。
「でも、大がかりなモノを、どこに隠すんですか?」
 大がかりだけに目立つだろうし、と、マヤが首をかしげてつぶやく。
 皆の目は、足下に広がる第三東京市の俯瞰図に向かった。
 外周の山からのびる矢印は、芦ノ湖をかすめるようにして、市内中央を目指している。
「これはもう、正解がでていますね」
「そうね」
 日向の言葉に、リツコが頷く。
 大がかりなモノ。それが、全然別口のルートで第三東京市に侵入すれば、気が付かないわけがない。人の意識はトライデントに集中していたかも知れない。しかし、マギは、マギに統括される索敵システムは、冷静に全ての場所に目を向けていただろう。詰まるところ、進入時は一緒に、そして途中で抜けたと考えられる。チャフなどの攪乱物質が大量にまき散らされていたから、それに紛れることは不可能ではない。
 ならば、侵攻ルートに沿った、あるいは近い場所で、大がかりなモノを隠すに足ると言えば──
「芦ノ湖ね」
 リツコが、確信を持って告げる。水中に隠れ機能を停止させておけば、索敵装置から逃れる事も可能だ。
「すぐに、芦ノ湖の底をさらわせましょう」
「……駄目です」
 しかし、即座にユウキの待ったがかかった。
「駄目です。あそこは駄目です。アンタッチャブルです」
「?」
 皆が首をかしげ、少々慌て気味のユウキに視線を集める。
「何か、問題があるの?」
 シンジもわかっていないらしく、代表してユウキに訪ねる。
「シンちゃん、あそこにはいろいろとやばいモノが沈んでいるじゃないですか」
「やばいモノ?」
「あ〜〜〜」
 何でわからないかなあ、とユウキは首を振り、仕方なさそうに口にする。
「……コンクリ」
「あ」
 言われてようやく思い当たったらしいシンジは、ぽんと、手を打ち鳴らす。
「……先輩、コンクリって、いわゆる、アレですか?」
「……いわゆる、アレじゃないの?」
 マヤ、リツコがこそこそと小声で会話をする。そのほかの者達も口を開きはしないが、思い当たるモノがあったようだ。
 アレ。
 詳しい説明は避けるが、シンジ、ユウキ、青葉、田茂地の4人と、残りのメンツの表情はきっぱりと別れた。
 困ったと言いつつも、ごく当たり前の表情をしているシンジら4人。
 それに対して、酸っぱいモノを飲み込んだような表情になった残りのメンツ。
 いわば、一つ目国とそれ以外の住人に分かれた格好である。
 沈黙、そして、最初に口を開いたのはリツコだった。
 こほんとわざとらしい咳払いを一つしてから、告げる。
「でも、調べるのにネルフの人間を使えば、全然問題ないんじゃないの? それなら、警察やマスコミばれる心配もないでしょう?」
 なるほど、と、それ以外の住人が頷く。
 対して、一つ目国側は顔をしかめて首を振った。
「駄目です」
 代表して口を開いたのはユウキ。
「赤木博士は大きな勘違いをしています。私たちが問題していているのは、その、「ネルフの人間を使う」と言う部分なんですよ」
「え?」
 リツコは理解不能という顔になる。
 何が問題なのだろうか? ネルフの人間を使えば、容易に箝口令が敷ける。調査の課程で、大量の「コンクリ」が発見されたとしても、警察やマスコミと言った、外に漏れないようにするのは容易だろう。
「警察やマスコミには、ばれたってほとんど問題ありません。警察は烏葉さんに押さえてもらっていますから、その活動を封じることも可能です。無理だったら、真犯人を適当に用意してやれば、それで十分間に合いますし。今の世の中、懲役を経たから箔が付く、そう言う時代でもないですけど、昔より逆に良いこともあります。人権屋の大活躍で、この国の犯罪者の権利は、非常に高く保護されていますから。犯罪者に対してぬるいんですよ。この国は」
 何しろ、この国では、刑務所に入りたいからと犯罪を犯すモノが珍しくないのである。その量刑は罪に対して非常に軽いと言えるだろう。おまけに、刑務所の居住性まで気を遣ってもらえるのだ。懲役なのだからつらい場所に押し込められることはある意味当然とも思えるが、この国ではそうではないのだ。二度と入りたくない。そう思わせることのない施設で、いったい何を償えと言うのか。前科者が犯罪を繰り返すことが珍しくないのも、全く不思議ではない。
 おまけに、犯罪者の人権について、非常に高いレベルで保護してもらえるのもこの国の特色だ。中国で麻薬の密売で捕まり、死刑判決を受けた人間の減刑をわざわざ日本政府がお願いするほどに。被害者の人権は一体どこにあるのか。そうした世界。──ところで、人権屋と言えば、死刑反対をしているモノ達などが思い浮かぶが、地下鉄で毒ガス事件を起こしたカルトの教祖が死刑判決を受けたが、寡聞にして、その反対を唱えているという話を聞かない。せっかく、国民の耳目を引ける状況なのだから、積極的に活動すべきだと思うが、どうなのだろうか? さすがに、この件に関して反対するのはマイナスだと思って行動を差し控えているとすれば、彼らの主張もたかが知れるというモノである。
「マスコミ操作については、警察以上に容易です。何しろ、この国のマスコミは、社会の木鐸、公器ではなく、只の民間私企業に過ぎませんから。公正さは欠片もなく、権力、財力、そして暴力におもねる。その程度の存在です。──只、つきあい方を間違えると、「100パーセント肯定するつもりはない」と言う発言が、「100パーセント肯定」すると報道されることになってしまったり、その後、パッチワークで違うインタビューに対する答えをつなぎ合わせられたりとか、ろくでもない目に遭わされますけど」
 さらにおまけに、この捏造はあんまりだと訴えると、問題を取り違えた報道をされてしまったりもする。捏造を問題にして訴えたのに、息子が落選した意趣返しに訴えた、と報道されたりといった具合に。
 ほかにも、嘘ばかりを報道した結果、イラクの方で「日本の報道陣には何も言うな」などと言う申し合わせが出来たりなど、この国のマスコミのレベルは酷く低い。
 恥ずべき事、であるが、この場合、ユウキらにとっては都合が良い。
 高潔な組織であれば、どんな手を打っても無駄になるだろうが、そうでないから、楽に手が打てる。
 金でも、暴力でも、その報道をねじ曲げることは容易い。それが出来なくとも、マスコミの得意技、「報道しない」と言う姿勢をとらせることくらいは、ますます容易だ。たとえば、チベットからダライ・ラマが中国による虐殺殻の救いを求めて来日したことを、ほとんど報道しなかったように。韓国の船と日本の船が衝突して沈没した事件を、あっさり流してしまったように(はっきり言って、この事件規模はハワイ沖衝突事件にも匹敵します。おまけに、衝突した韓国の船は、救助活動一切なし、沈む船を見捨ててとんずらこいているという、より以上の問題行動をとっています)。
 ペンは剣よりも強い。
 これは嘘だ。剣に弱いし、金にも、権力にも弱い。
 それが現実。
 だから、つきあい方を間違えない限り、警察、マスコミは畏れる必要がない。
 だが──
「ネルフの人間に、コンクリを見せるのは非常に不味いです」
 ユウキは、強調して告げる。
「たった今、話を聞いた赤木博士達が剣呑な表情になりましたよね? そう言う反応をされるのが、不味いんです。大きく士気に関わってきますから」
「……でも、私たち、みんな、芦ノ湖の底に「コンクリ」が沈んでいること、知っているけど?」
 マヤが、不思議そうに尋ねる。
 シンジ、ユウキらが、敵対者を、敵対的な人間を始末した際、コンクリに詰めて芦ノ湖に沈めている。
 そんな話は、良く聞くこと。珍しくもないこと。
 今更ではないか?
 と、マヤが問う。
 しかし、ユウキは静かにゆっくりと、そしてはっきりと首を振った。
「噂なら良いんですよ。でも、現実に確認されるのは不味いんです」
「そうだね。一応、いなくなった人たちは、表向きどこか別の場所へ、特別任務で出向いていることになっているし」
 シンジがユウキの発言を補強する。
「はっきり言って、それを信じている人は少ないと思うけど、もしかしたら、まさか、と言った具合に、確信を持っていない。確信を持っていなければ、知らない振り、気が付かない振りをして目をそらすのは、簡単なことだから。ほら、百聞は一見にしかず、ってよく言うじゃないですか。見ていなければ、ひとまず大丈夫なんですよ」
「実際に見てしてしまったら、最早、そうした「振り」をすることは不可能になりますからねえ」
 うんうん、とユウキが頷く。
「だから、現実を突きつけてやるのは非常に不味いんですよ」
「……じゃあ、どうするの?」
「……」
「……」
 ユウキ、シンジは顔を見合わせた。
 それから、ユウキがあきらめたように息を吐いて、結論した。
「とりあえず、芦ノ湖の監視体制を強化してください」
 こういう事を、問題の先送りという。

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