#15 関東天野連合
箱根・風間組の壊滅は、その上位組織である関東天野連合にも、当然の如く伝わっていた。
果たして、犯人は誰か。
発表では、「事故」として片づけられている。使徒の存在が公表されていないため、そう言う形になっている。
だが、関東天野連合ほどの組織になれば、独自の情報網によって、使徒の存在などは承知している。しかし、承知しているとは言え、使徒戦に巻き込まれた、そんなことを信じられるはずも無かった。
壊滅、とは言え、その日、その時、本部におらず、難を逃れた者もいる。そうした者達からの報告もある。
また、そんな物が無くとも、事の結果から、果たして何が起きたか、推測する事も可能だった。情報操作は施されている。しかし、巧妙とも言い難い。やっつけ仕事、何故、自分がこんな事をしなければならないのだ。そうした感じが伺える。その程度の物だった。さらに、結果のベクトルを見れば、それだけでも推測は可能だ。
この事によって誰が一番得をしたか?
シンプルな思考によって、事件の真相は導き出すことが出来た。
風間組、組長宅は、いつの間にか出来上がった新興組織、「碇組」の物となっている。同時に、その支配地域であった第3新東京市も、矢張り碇組の統べるところとなっている。
少し調べれば、その碇組の組長が、碇シンジという少年であることはわかる。その少年が、神戸山王会、碇ムテキによって教育された、それも、容易に分かる。何しろ、隠していないのだから。
これが、何を意味するか。
わからないような間抜けはいない。
ものすごい偶然、そんな風に片づける事が出来る人間は、余程の大人物である。そんな、人の良すぎる人間は、生き馬の目を抜くこの業界では、生き延びることが出来ない。とっとと淘汰されていくか、搾取される──搾取され尽くすことしかできない。間違っても、人の上には立てない。そう言うことだ。
関東天野連合。
神戸山王会と並び立ち、日本を二分する巨大暴力団組織である。
そのトップの名前は、天野ミナカ。今年、14才を迎える少女である。
去年、前会長である天野ハシダテが死去し、その跡を継いだ形になっている。
若干14才、しかも、女の子。そんな頭を抱くことには、当然の如く反対意見が続出した。我こそは、と自薦他薦の者が他出する。天野連合のトップ。そのうま味は、誰もが知っている。傘下の組織、100以上。構成員の数は、二万人近い。何をすると言うことが無くとも、下部組織からの上納金だけで、莫大な金額を得ることが出来る。いくつかのアイドルプロダクションとも繋がりを持ち、その気になれば、人気絶頂のアイドルですら、ベッドの上で好きに出来る。その他、数々のうま味。それを、我が物にしたい。少なくとも、14才の小娘に与えて平然としていられる、そんな軽い地位ではない。
至高の座。そう、至高の座だ。それを我が物にするためならば、血を流すことも厭わない。ハシダテの死去直後から、天野連合内部は一触即発の状況となった。
組織の内乱。それは、外部からの浸食を招く。元々、相手を蹴落とすことに躊躇いを感じるようなお人好しはいない。自分たちがそうであれば、矢張り他人もそうだった。そして、この場合の危険な他人、それは、神戸山王会。国内において、唯一、天野連合に匹敵する規模を持つ組織。
だが、都合のいいことに、天野ハシダテの死去に併せて、神戸山王会の方でも代替わりが起こる。山王会会長、碇ムテキの引退である。
ハシダテ、ムテキは、対抗組織の長同士でありながら、親交があった。親交、と言っても、仲良し小良し、と言うわけではなく、どちらかと言えば、好敵手、そんな関係だった。闘争の場で拳を交える。それに喜びを感じるという、男臭い、ある意味、時代遅れの友情。しかし、それは本物だったようだ。
「あいつがおらぬのであれば、儂が会長をしている意味はない。儂は、儂より強い奴に会いに行く」
そんな言葉を残して、ムテキは引退、そのまま、組織をなるように任せ、気ままな隠居生活──と言っても、改造バイクで全世界を飛び回り、騒動を起こしまくっているようだが──を始めてしまった。
少なくとも、表向きムテキは山王会とは無縁。それだけでも、会長の地位を得るためであれば、内乱すら辞さないと考えていた者達にとっては、良しと出来た。
山王会内部も、突然のムテキの引退によって、落ち着きを失っている。そして、それ以上に、碇ムテキの引退。その事実が、彼らには嬉しかった。
碇ムテキ。はっきり言って、怪物だった。片手で戦車をひっくり返し、一喝しただけで国連軍のVTOL戦闘機を撃墜可能。そんな逸話が囁かれるほどの、人離れした強さを誇る。対抗可能と思われる人間は、唯一天野ハシダテのみ。そう、思われていた。
その怪物が不在となる。お家騒動にかまける余裕もできると言うモノだ。
また、後継者不足、これは山王会も事情を同じくしていた。「英雄、色を好む」、臆面もなく、こう言い捨てるムテキである。それこそ、こました女は星の数ほど。絶倫ぶりにふさわしく、子供も、矢張りたくさんいる。長男ステキ、次男カイブツを初めとして、わかっているだけで100人以上。人数的には、全く不足していない。しかし、後継者不足、それは間違いなかった。
偉大なる人物の子供。それが、常に偉大であるわけではない。結局、順当に長男のステキが山王会会長を継ぐことになったわけだが、不肖の息子との形容が付いて回る。先代に比べれば、どうしても劣る。様々な不満が続出し、内部の引き締めに手一杯。とてもではないが、対外的な行動を起こせる余裕は無かった。
かくして、何の不安もなく、天野連合内では血で血を洗う後継者争いが勃発した。
その課程で、いくつかの組が潰れ、幾人もの人間が死亡した。
そして、生き延びたのは、血統上はハシダテの唯一の後継者でありながら、誰も予想だにしていなかった人物、天野ミナカだった。
ミナカは、当初、表だって抗争に参加しなかった。沈黙を守り、抗争の勝利者に至高の座を与える。そう言う態度だった。
いかに、頭に抱くことには不安、そして不満を抱くとは言え、ハシダテの一人娘である。そうそうおろそかには扱えない。そこで現れた解決策。彼女を妻に迎える。これで、大義名分は立つ。
中には、わざわざ現在の妻と別れてまで独身に戻った中年男などもいたりして、ミナカは現代版かぐや姫状態。多くの求婚者が現れた。
求婚者達は、それぞれに牽制しあいながら、ミナカに良いところを見せようと奮気になる。
14才の少女が、明らかに年齢的に釣り合わない者の妻となることを承諾させられようとしている。
しかし、ミナカは微笑みを浮かべながら、求婚者達に対処していた。
既に、自身の運命を受け入れている。ただし、弱い者の嫁になるつもりはありません。つまり、私を手に入れたければ、戦って勝利して見せろ。そう言う態度と見えた。
抗争は、更に熱を帯びた。
ミナカは、美貌の持ち主だった。ハシダテ存命中から、天野連合のお姫様、そんな具合に崇め、奉られてきた。
至高の座の他に、若くて美しいお姫様まで手に入る。
血が、血を呼び、争いは激しさを増す。
そんな中で、ミナカの周囲は平穏だった。
無言の同意。ミナカは抗争の外側に置き、勝利者が彼女を会わせて全てを手に入れる。自薦他薦の後継者候補達には、何時しかそんな同意が出来上がっていたのだ。
何、問題はない。所詮は、世慣れぬお姫様。放っておいても問題はない。
ミナカは、その油断を突いた。
表向きは抗争の勝利者を待ち受ける。沈黙を守りつつ、裏側で行動を開始した。
暴力ではなく、謀略を持って後継者候補達を噛み合わせ、漁夫の利を得る。その、繰り返し。その中で力を蓄えていく。その様は、まさしく完璧だった。後継者候補達が気が付いたとき、ミナカは彼らの全てを問題としないほどの力を手に入れていた。
後継者候補達は焦り、この状況をひっくり返そうとした。しかし、今まで抗争の外にあり、力を温存してきたミナカとの力の差は絶望的なまでに大きかった。多くは頭を垂れて忠誠を誓い、逆らった者は粉砕された。
こうして、ミナカは父の跡を継いだ。
その課程、その行動、その手際は、誰もが感心せざるを得ない。そう言う優れたモノだった。
14才の少女に、天野連合を支えて行くことは不可能。元々、ミナカを会長に迎えられないとした理由は、彼女自身の行動によって否定された。ミナカは、問題なく天野連合を納めることが出来るだけの手腕の持ち主である。それを、内外に示した。
反対勢力は一掃された。再び、天野連合は、会長ミナカの元で一枚岩の組織となっていた。
未だに、山王会内部では代替わりによる様々な軋みが存在する。今こそ、天野連合による日本制覇が現実味を帯びてきた。
しかし、即座に行動に移るには、後継者争いによる痛手が存在した。今しばらくは組織の刷新、そして、痛手を癒すことに専念する。その後は──
そう言う状況下で起きた事件。
天野連合トップに立つ少女は、不機嫌に、側近からの報告を受けていた。
「……私の天野連合も、ずいぶんと舐められたモノですわね」
長い黒髪を、いらだたしげに手で梳る。
天野連合のお姫様。かつては侮りを含んだ、そして現在では崇拝を多分に含んだモノとして呼ばれるミナカの顔立ちは整っている。
腰のあたりまである長い素直な黒髪。白皙の美貌。少々、目元に険が存在するモノの、充分以上の微笑である。白い、シンプルなドレスに身を包み、執務席に座る。
碇シンジによる風間組の壊滅。これには、腹が立つ。
しかし、今ミナカを苛立たせているのは、その後にもたらされた、山王会の反応だった。
隠しようもなく不機嫌に、ミナカは吐き捨てる様に口にする。
「当方は、碇シンジを破門としている。煮るなり焼くなりお好きなように。──それで、全てが丸く収まるとでも思っているなんて」
それは、山王会からの今回の事件に対してのリアクションである。
シンジが予想していたように、山王会はシンジを切り捨てる。それも、日付を過去に遡って。それで、終わりとするつもりのようだ。
シンジの行動は、誠に遺憾なことである。しかし、当方は既に無関係となっている。
それが、山王会の反応を要約したモノ。
天野連合、ミナカにとって、決して認められるモノではない。
「どうなさいますか?」
尋ねたのは、ミナカの片腕と言われる女性である。名は彼岸花マリ。ミナカと同じく、長い黒髪の美しい、美女である。24才。謀略の影に、彼女有り。そう言われるほどの切れ者であり、彼女の存在があったからこそ、ミナカは後継者争いを勝ち抜くことが出来た、そうとまで言われる。
元々、マリはミナカ付きの只のメイドだった。いや、今も表向きの立場はメイドのままだが。
しかし、この後継者争いにおいて、頭角を現した。秘めていた才能を内外に示した。
謀略の実現のためには、自身の美貌、体まで利用した。彼女に溺れ、道を誤った者は、数知れず。ミナカのために、全てを犠牲にすることを躊躇わない。冷徹な謀略家。それが、マリである。
「右の頬を張られて、左の頬を差し出すくらいであれば、私、聖職者になっておりますわ」
ミナカは報告書を投げ捨て、応えた。その瞳に宿る、冷たい光。確かに、彼女は一代の巨人、天野ハシダテの血に連なる者である、そう思わせる力に満ちた瞳だった。
「向こうがその気であれば、私は、受けて立つまでです。──そうでしょう?」
「わかりました」
静かに、マリは頷く。彼女にとって、ミナカの言葉は絶対。ミナカの望むように状況を整える。それこそが、マリの存在意義。マリのすべき事。そう、心を定めている。そこに迷いは存在しない。
「それでは、どちらを先に片づけますか? 山王会を? それとも、碇組の方を?」
「まずは、跳ね返りの方を。──正直、山王の方はいつでも潰せますもの。もう一方は、将来が未知数ですから、早めに潰しておく事に、越したことはありませんわ」
「碇ムテキのお気に入り、ですか?」
「あの、田茂地も彼に付いているとのこと。──父に言われました。田茂地。碇ムテキの片腕だった男。あいつを敵に回すと、ムテキ程じゃないが、流石にやっかいだ。──あの、父がよ。その男が認めた人間、碇シンジ。馬鹿には出来ませんわ」
楽しそうに、ミナカはあでやかに笑う。そこに、不安の影は一片たりとも存在しない。例え、シンジがどれほどの人物であろうが、自分が負ける事などあり得ない。自信に満ちあふれていた。
「碇シンジを派手に排除します」
結論、そう言う口調で、ミナカは告げた。
「そうすれば、山王の方はどうとでもなるでしょう? 元々、組織が混乱している。一寸つついて差し上げれば、雪崩を打ってこちらに味方するでしょうから」
そのあたりは、マリ、あなたの役目よ。言葉にしない命令。
相手を寝返らせる。相手に、疑心を埋め込む。そうしたことは、確かにマリの得意技である。その工作によって、マリはミナカを天野連合の会長後継者の地位に押し上げた。同じ事を、繰り返すだけのこと。そこに、能力的な不安はない。
「了解しました」
静かに頷くマリに満足げな表情を向け、それから、ふと、視線を宙に向ける。
「しかし、碇シンジ。……出来れば、私の足下に跪かせてみたいモノですね」
僅かに、熱っぽさがミナカの頬を染める。陶酔したような、潤んだ瞳。
「……それは、ミナカ様でも流石に難しいかと思われます。何しろ、あの碇ムテキの薫陶を受けているのですから。お前を支配ようとするような奴がいれば──」
「そいつを思いっきりぶん殴ってやれ。邪魔する奴は、叩き伏せろ。己の道は、己で進め」
ミナカが、引き継ぐ。
「父の口癖でもありましたわね。本当に、よく似ていたみたいですわね。父と、碇ムテキは」
だだっ子のような言葉だが、実際に、あの二人はそれを押し通してきた。押し通そうとした。だから、互いに全く譲らなかった。幾度と無くぶつかった。
「どちらも、人間離れしていましたから」
マリは、少々困ったような顔をする。まさしく一騎当千、たった一人で状況を覆してしまう、非常識なまでの強者。そんな存在は、流石のマリでも計算できかねる。
「はっきり申し上げて、碇ムテキが会長のままであったならば、山王と事を構えるのは、反対しているところです」
「私だってご免ですわ」
ミナカは、秀麗な顔を盛大に顰めて見せた。
「碇ムテキを相手にする事になりましたら、──ええと、エヴァンゲリオンでしたか? ネルフの決戦兵器が一個大隊、必要になってきますわ」
「ネルフ──それも、面倒事の一つですね」
マリは、呟くように告げる。
「あの街は、ネルフのお膝元。しかも、碇シンジは、ネルフの大事なパイロットですから」
「それでも、マリは何とかしてくれるのでしょう? 私のために」
それが当たり前、そんな口調で、ミナカ。
「はい」
マリの方も、当然だとばかりに頷く。
「幸いなことに、碇シンジは、父親、ネルフ総司令、碇ゲンドウとの間に隙があります。さほど、熱心な護衛は行われておりません。ネルフを押さえる札も、幾つかございますし……非公開組織、特務機関権限を良いことに、いろいろと禄でもないことをしている様子で」
「外道のゲンドウ、ですか? 碇シンジという男、様々な意味でサラブレッドのようですわね」
「はい、ただ、気を付けませんと、ネルフの上位組織、欧州ゼーレ組が嘴を挟んでくる危険があります。そのあたりの注意だけは、怠ることが出来ません」
「どちらにせよ、今は日本統一が先決ですね。──ゼーレ組は、その後で」
にこりと、ミナカは天使の微笑を浮かべる。配下の者が崇拝する、天野ミナカ、その優雅で完璧な微笑。
「天野連合による、世界統一。ミナカ様をおいて、それを成し遂げられる者は存在しません」
マリは、深々と頭を垂れる。女帝に傅く、臣下のように。
「おだてても、何もでませんわよ」
否定しつつも、ミナカはまんざらでもない様子である。
「マリ」
そのまま、ミナカは傅くマリにゆっくりと手を伸ばし、その頬に添える。
「あなたは、私の物です。私のために生きなさい。良いですね、勝手に死ぬことも、許しません」
「はい、私はミナカ様の物です」
ゆっくりと、二人の顔が寄り、唇を軽く、触れあわせた。
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