#16 津山組30人殺し


 神戸山王会は、その名前が示すとおり、神戸に本拠を置く。
 現在の会長は、碇ステキ。先代、碇ムテキの長男である。
 ステキは、今年45才になる。彼は見かけ、暴力団の組長と言うよりは、エリートサラリーマンのような容姿、格好をしている。黒縁の眼鏡に、きっちりと7,3に分けられた髪の毛。体つきも細身で、とても暴力を得意としているようには見えない。しかし、眼鏡のレンズの向こう側の瞳の輝きは、そこいらの普通のサラリーマンには持ち得ない、物騒な輝きを放っている。その一重で鋭く、細い瞳を、彼を嫌う者達は「蛇のようだ」と表現する。
 現在のステキは、有能な先代の跡を継いだ後継者の苦悩の中にある。例えば、武田信玄の後を継いだ、勝頼のような。


 ステキの父、碇ムテキには、様々な問題点があった。しかし、凄い人物という評価だけは、否定することは不可能だ。
 碇ムテキ。
 元々、神戸の弱小組織であった山王会を、一代で日本の西半分を支配する大組織に育て上げた男である。途中、セカンドインパクトの混乱に乗じたという側面もあるが、まさに、電撃的な勢力拡大であった。
 ムテキはそのまま、日本の裏社会を統一するのではないか。そう思われた矢先、時を同じくして台頭してきた東日本の雄、関東天野連合、その会長、天野ハシダテと激突した。
 電撃的な勢力拡大は、そこで止まる。
 しかし、ムテキの凄さは、それでお終いになったりはしなかった。
 好敵手、ハシダテとの伝説的なまでの戦い。それは、力を信奉する者の多い、彼らの部下達を心酔させた。何より、男の子は子供の頃、世界最強になりたいと最低でも一度くらいは思うモノである。まさしく、世界で最強と思われる男達が、彼らの前にいて、戦っていた。自分も、ああなりたい。自分も、ムテキ(ハシダテ)のように戦えるようになりたい。そう、思わせた。
 どちらも、人離れした強靱な肉体をもっていたムテキとハシダテである。投げつけた石が月にクレーターを作ったとか、100人が乗っても壊れない物置をたった一人で踏みつぶしたとか、そうした、超人的な逸話に事欠かない二人だ。そうした人間が、正面からぶつかり合った。大地は裂け、天は唸り、海は波立つ。地震雷火事親父、全てが出そろった、とんでもない戦い。日本の旧首都、東京が沈んでしまったのは、セカンドインパクトのせいではなく、この二人が戦ったせいだ。そんな風に、真剣に信じている人間すら出るほどだった。
 このまま、二人が戦い続ければ、世界は使徒によるサードインパクトを待つまでもなく滅びてしまう。そんな危機感さえ、抱く者も現れた。
 しかし、喧嘩相手に友情を覚えるという、古き良き時代の流れに沿った形で、二人の男達の間には、絆が誕生していた。強敵と書いて「友」と読む。そんな感じだ。
 決して、馴れ合ったわけではない。二人の戦いは、それ以後も続いていた。彼らの会話は、口でするのではない。拳でする類の、暑っ苦しいモノだったから。
 しかし、それは抗争ではなく、喧嘩というレベルに落ち着いていた。決定的な勝敗が付くことはなく、両者の戦いは終わる。
 これで、世界の破滅は免れた。
 神戸山王会、そして天野連合は、たまに小競り合いをしつつも、緊張緩和──デタントの流れに乗っていた。ムテキとハシダテ。二人の視野に、日本統一は、既になかった。二人は、視線を世界に向けていた。日本は小さく、世界は広い。世界には、欧州ゼーレ組を初めとして、神戸山王会、そして、関東天野連合など問題にならないほどの規模の巨大組織が存在する。どちらが、先にゼーレ組を潰すことが出来るか、勝負だ。そんな風に、考え始めていた。
 しかし、先年の天野ハシダテの死去。
 途端、ムテキは山王会会長であり続ける事への熱意を失った。
 好敵手がいてこそ、競う相手がいてこそ、人生は面白い。
 既に、際限のない組織の拡大に、ムテキは興味を失っていた。只、自分に匹敵する強者と、拳を交えたい。それが、ムテキの欲求だった。
 ライバル不在。そこで、ムテキはめっきり老け込む──などという展開は流石に見せず、しかし、全ての面倒事を放り出すようにして、会長職から辞去。ムテキは、隠居の身となった。最近では、自慢の改造バイクを駆って、日本中、いや、世界中を飛び回る日々を続けている。


 ムテキは、自ら望んだ生活を満喫している。ムテキにとって、ひとまずは、めでたし、めでたしといえるだろう。
 しかし、困ったのは残された山王会の方である。こちらは、とてもめでたしとは行かない。
「一番強い者が、儂の跡を継げばいい。儂の血筋? そんなものは関係ない。全ては、実力こそが物を言う」
 そう告げて、これと言った後継者の指名をしなかったムテキである。
 当然の如く、後継者については紛糾した。
 このあたりの事情は、天野連合と同じである。山王会会長のうま味。それは、人を血迷わせるには充分なモノだから。
 しかし、山王会の方は天野連合と違い、決定的な内部抗争に移らぬままに、一応の収束を見せた。
 いくら、一番強い者が──と言うムテキの言葉があるとは言え、血筋は血筋である。ムテキの子供が、子供達がいた。それも、天野連合の様に年端が行かない小娘と言うわけではなく、壮齢の男子も。実子をさしおいて、と考えるには、ムテキの存在は大きすぎた。ハシダテは死去していた。だから、天野連合は揉めることが出来た。しかし、こちらのムテキは現存しているのだ。
 こうして、順当に、ムテキの長男、ステキが山王会を継ぐことになった。
 しかし、問題は残った。
 その最大のモノ、それは、ステキはムテキではないと言うこと。どうやっても解決できない大きな問題が。ムテキは、凄い男だった。凄すぎる男だった。誰が継いでも、同様の問題は出てきただろう。これは、決してステキの落ち度ではない。
 しかし、それは発端に過ぎなかった。
 誰だって、いつもいつも人と比べ続けられれば、面白くない。
「先代に比べれば……」
「先代だったら……」
 どんな指示を出しても、こうした評価が付いてくるのでは、平静を保つことは難しい。
 自然、ステキと、その他の幹部達との間には、亀裂が走り始めることとなる。
 また、基本的に武闘派であったムテキに対し、ステキは見かけ通りの頭脳派である、と言うことも、幹部達との間にすれ違いを起こした。
 トップの傾向は、部下にも伝わる。
 古くからの山王会構成員──幹部を含む──は、ムテキと同じく、武闘派が多い。暴力をもって、無理を押し通す。それこそが、優れたやり方だと信じていた。
 それに対して、ステキの方は頭脳派である。暴力よりも頭を使う。それこそが、優れた手法だと考えていた。
 この、考え方の違いも、様々な軋轢を産む。
 ステキにしてみれば、古くからの幹部連中は「時代遅れの馬鹿ども」になる。全てを暴力で押し通す。そんな馬鹿なことをしていたら、被害ばかりが大きくなる。被害は最小限に。それが、冴えたやり方だった。
 逆に幹部の方にしてみれば、ステキは「頭でっかちの口先男」となる。頭を使う? そんな迂遠な方法を採るくらいならば、暴力をもって単刀直入に事態を解決すべきだ。この商売、舐められたら終わりである。被害は度外視。山王会を相手にするのは割に合わない、そう思わせることこそが重要だ。
 決定的な対立──武力行使──に至ることなく、少しずつ深刻さばかりが増していく。
 そんな状況下、一つの事件が起きた。
 この事件で、ステキは苦虫を噛みつぶし、幹部は快哉を叫んだ。
 その事件とは「津山組30人殺し」である。


 日本は、神戸山王会と関東天野連合によって二分されている。
 とは言え、そのどちらの系列にも属さない組織も皆無ではない。
 独立路線を取っていた、そうした組織の一つ、津山組が、山王会との規模の差もわきまえず、抗争をふっかけてきたのだ。
 ステキにしてみれば、これは頭の悪い跳ね返りであり、深刻視する必要は感じなかった。問題となるような相手ではない。直ちに殲滅する。それで、事は終わる。頭脳派、とは言え、暴力を完全否定しているわけではない。その有効さも理解している。牙は牙として残し、その上で、頭を使う。それが、ステキのやり方だった。こうした馬鹿を押さえるのに、暴力の行使を躊躇うつもりはない。
 しかし、幹部達はこれを、大事件と捉えた。津山組程度の弱小組織に、大山王会に刃向かおうという気を起こされた。これは、重大事だ。山王会は舐められた。メンツを傷つけられたと感じた。そして、その原因は何か? ステキが「頭を使え」などと悠長なことを言っているからだと、彼らは考えた。
「これが、先代であれば、津山組も逆らわなかっただろうに」
 こうした囁きが零れる。
 ステキは、この囁きを肯定できない。出来るわけがない。
 馬鹿は、どこまで行っても馬鹿である。自分の力をわきまえていないのだ。そう言う人間は、いつでも、何処にでも存在する。そう、山王会内部にも。こうした馬鹿どもは、自分の能力を理解していない。だからこそ、彼我の戦力差を考慮せずに、山王会に喧嘩をふっかけようなどと言う、頭の悪い真似をするのだ。そう、奴らの様な馬鹿は、例えムテキが会長職にあったとしても、同じ行動をとるに決まっている。その程度の事すら理解できない幹部連中も、同じく馬鹿だ。
 ステキと幹部達のすれ違いは、何処までも続く。
 そして、悪いことに、津山組は調子に乗り、乗りまくり、殲滅に派遣した山王会第一陣をうち破ると言う大金星をあげてしまったのである。
 幹部達は、鬼の首を取ったかのように、ステキを責め立てる。
「これは、たまたま、運がなかった。それだけのことだ。腹立たしいが、それほど騒ぐことではない」
 ステキは、幹部達にこう応えた。
 実際、その通りだった。第一陣は、それほどの数を投入したわけではない。勿論、それでも充分に勝利可能だとは考えていたが。しかし、いくら何でも全戦全勝などという、うまい話があるわけがない。負けることだってあるだろう。それが、たまたま今回だった。それだけのことだ。
 また、被害の程度を言えば、山王会にとって、この敗北は大した事ではない。
 第一陣が破れたならば、さらなる規模の第二陣を送り込んで、津山組を殲滅する。それで良いはずだった。
「戦力の逐次投入? 貴様らが、津山組ごときに、と第一陣からの戦力大規模投入に文句を付けたのではないか」
 ステキの言葉は、間違っていない。
 しかし、それを素直に受け入れられないほど、両者の対立は深刻になっていた。
 幹部達は、それでもステキを責め立てる。
「自分たちは舐められた。そして、更に舐められるような不手際をしでかした。なのに、大したことでは無いという、その態度は何だ?」
 もはや、修復不可能なまで、両者の間の亀裂は深く、広がっていた。
 両者がそれぞれの主張を譲らず、それでも第二陣を送る手配がつきつつあった。
 そんな最中、津山組は一夜にして壊滅する。
 それは、既に定められていたことだった。津山組は、山王会の敵ではないのだから。第二陣が送られれば、一瞬で粉砕される、そのはずだった。
 しかし、この壊滅は、ステキの意志、行動とは無縁のモノだった。
 碇シンジ。
 たった一人の少年の手により、津山組は壊滅させられたのだ。徹底的に。完膚無きまでに。


 碇シンジ。ムテキが拾ってきて育てていた子供である。
 遠縁の親戚らしいが、ステキの視野の外にあった。絶倫のムテキ。弟妹は呆れ返るほどにたくさん存在するらしい。らしいというのは、全てを確認できていないから。もしかしたら、このシンジもまた、ステキの弟かも知れない。
 そんな状態なのだ。いちいち、気にしていられない。顔や名前を覚える必要すら感じていなかった。ムテキの道楽。それだけのはずだった。
 これは、幹部にしても同様だった。ムテキの気まぐれは、今に始まったことではない。人買いから、小汚い娘を買ってきたこともある。とても商品にも、自分の女としても扱えないような、がりがりにやせた小娘をだった。他にも、訳の分からない事をしでかしたことは、一度や二度ではない。いちいち、ムテキの気まぐれを全て気にしてはいられない。
 また、シンジの方も、これまで特に目立つ行動をしていたわけではない。大人しく、本家の隅っこで暮らしてきていた。
 しかし、一夜にして、津山組を壊滅させる。これで、碇シンジの名前は、山王会の幹部全員の脳裏に刻まれた。いや、彼らだけに止まらない。山王会どころか、天野連合、そして、その他の有象無象にまで。裏社会に、碇シンジの名前は響き渡ったのだ。
 シンジについて、ステキ、そして幹部達は、初めて注意を向けた。
 そして知る。
 ムテキが、シンジに英才教育を施していたことを。


 シンジが津山組を潰した理由は、決して名前を売ろうとしてのことではない。手柄を立てようと思ったわけでもない。只、津山組の行動が、シンジの逆鱗に触れた。それだけのことだった。
 第一陣を撃破した津山組である。彼らは、調子に乗った。碇ムテキのいない山王会など、恐れるに足りず。そう考えた彼らは、調子に乗りまくり、山王会本家の人間にちょっかいを出そうと考えた。
 そして、その標的となったのが、たまたま、加賀ユウキと言う名の少女だったのだ。
 山王会の顔に泥を塗る。それが、津山組の行動目的である。だから、ちょっかいを出すのは、誰でも良かった。山王会内部、ステキと幹部達の間にわだかまっているモノを、津山組も理解していた。ここで、更にそれを刺激してやる。山王会の顔に、さらなる泥を塗りたくってやる。これで、ステキと幹部達の不和は、更に深まるだろう。そうすれば、ますます津山組が勝利する確率が上がる。そう言う計算。
 本当に、誰でも良かったのだ。山王会本部に出入りしている人間、それだけで良かった。山王会に出入りしている人間が襲われた。その事実が重要なのであって、素性は問わない。だから、ユウキが狙われたのは、本当に偶然だった。
 そして、その偶然が、津山組に最悪の運命をもたらした。


 その日、実働部隊は、彼らの前にタイミング良く山王本家から現れた少女を拉致することにした。どういう運命のいたずらか、本家正門近くに山王の兵隊は見えなかった。まさしく、これは天の采配と見えた。天は、津山組を勝利させようとしている。そう、考えた。
 相手は、只の小娘。何の問題もなく、拉致できるだろう。拉致したら、あんな事や、こんな事を──そして、それを記録して、山王会に送りつけてやればいい。派手に宣伝してやろう。それが、重要なのだ。
 彼らは、下心も交えつつ、行動を開始した。
 既に、心は拉致成功後の行動に飛んでいた。彼らの下心を刺激するには充分、その少女は美しかったから。
 そして、拉致はあっさりと成功した。
 この行動により、ますますステキと幹部達の間に、不穏な気配が広がった。津山組の想像以上に。
 本家に出入りしている人間が襲われた。本家の人間を狙おうとするまでに、山王は舐められた。その事実だけで、幹部達はいきり立った。
 ステキにしてみれば、これはあら探しをしているとしか思えない。
 ユウキなどは、きっぱりとどうでもいい存在だった。本家に住んでいるとは言え、全く、欠片も重要な人材ではない。ムテキが拾ってきた子供、シンジに与えた玩具。その程度の存在だ。いきり立つ方が、どうかしている。
 既に、第二次派兵の準備は整いつつある。それを待って壊滅させればいい。それだけの話だった。何の価値もない小娘一人の為に、計画を前倒しにする必要などは何処にもない。
 ──が。
 ユウキを見捨てること。
 それを絶対に許容できない人間がいた。
 碇シンジである。


 その日の内に、津山組は壊滅した。
 たった一人、武器すら持たずに乗り込んだシンジによって、皆殺しにされた。完膚無きまでに、叩きつぶされた。


 「津山組30人殺し」と呼ばれ、碇シンジの最初の伝説と言われるようになる事件。
 これに快哉をあげたのは、ステキに反目していた幹部達である。
 碇シンジ。ムテキがその素質を見込んで引き取った人間。
 ムテキの人を見る目の正しさを、シンジが証明して見せた。例のがりがりにやせた小娘も、美しく成長していた。ユウキである。全く、ムテキの人を見る目は確かだった。
 シンジに、初めて脚光が当たる。すると、ムテキの片腕と呼ばれた田茂地が、シンジを主と定めている事情が明らかになる。
 ムテキは、言ったではないか。
「一番強い者が、跡を継げばいい」
 と。
 シンジこそが、山王の後継者にふさわしい。
 そうした動きが起こり始める。
 シンジにしてみれば、寝耳に水である。
 この時点で、シンジは野望、などといえるモノを抱いていなかった。只、ユウキを救わなければならないと思ったから、行動した。ユウキにちょっかいを出されたことに腹を立てた。腹が立ったから、潰した。それだけのことだった。
 幹部達は、このシンジの言い分が、また気に入った。
 それで、良いのだ。相手が気に入らないから潰す。気にさわったから、潰す。そのシンプルな生き方こそ、ムテキがしてきたこと。彼らが、望んでいること。頭を使え。そんな悠長なことを言って、相手に舐められる。それこそ、唾棄すべき事であると。
 幹部達の支持を得たシンジ。
 勿論、事はめでたしめでたしでは済まない。
 当然のように、ステキはシンジを目障りに感じた。これまでは、無視してきた。しかし、それからは、露骨に邪魔者扱いをするようになった。
 そして、シンジはゲンドウの呼び出しと同時に、切り捨てられることとなる。

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