#19 見つめる、暗い瞳
明けて翌日。
シンジ、ユウキの二人は、第一中学校、二年A組に転入する。
「初めまして、碇シンジです」
シンジの転校の挨拶。こちらには、さほどの騒ぎは持ち上がらない。
何しろ、シンジの容姿は十人並み。一見して、女子生徒の興味を集めるだけの魅力に溢れている、と言うわけではない。
「初めまして、加賀ユウキです」
対してユウキの方は、男子生徒からの圧倒的な好意を持って迎えられる。
こちらは、派手さはないものの、充分に整った顔立ち。おまけに、第一中学校の制服が間に合わず、ユウキの着ている制服は──
「そ、その格好は、神戸の超名門校、天才学園の制服!」
眼鏡にそばかす、天パの茶髪と言う少年が、飛び上がるようにして席を立つと、大声で叫んだ。どころか、何のつもりか、いきなりビデオカメラ何ぞを構え始める。
「く〜〜、本物のお嬢様! 凄い、凄い、凄すぎる〜〜!」
ユウキが本物のお嬢様かどうかはともかく、確かに、ユウキの制服の学校は名門校として有名である。
「ええっとぉ」
流石に引くユウキである。
他の男子生徒達は、その少年の様な騒ぎ方はしないものの、興味津々、と言う顔で、ユウキを見ている。あわよくば、自分の恋人に──そんな、自分勝手な夢を抱いたりしているようだ。
「凄い、凄い、本物のお嬢様、これは、売れるぞ〜〜!」
「相田、いい加減にしなさい!」
その少年──相田ケンスケの狂乱を見かねたのか、お下げ髪、一寸そばかすのある女の子が立ち上がり、一喝した。
怒鳴りなれている。そんな委員長的な雰囲気を持つ少女、洞木ヒカリの一喝で、ケンスケは慌てて椅子に座る。ようやく、我に返ったらしい。
「あの……」
そこへ、ユウキがおずおずと口を開く。
「その方、もしかして、頭に何かの損傷でも受けていらっしゃるのですか?」
「……え?」
いきなりのユウキの問いに、クラスの者は面食らう。委員長少女も、ぽかんと口を開けてしまう。しかし、ユウキは構わず、続けた。
「誰かに釘バットや木刀で思い切り殴られて出来た内出血が脳を圧迫しているとか、銃弾の破片が取り除けないまま、脳味噌の中に残っているとか」
皆が、首を傾げる。
お嬢様にしては、物騒な問いかけ。だが、それでもそれは、世間知らずとして済ませることにしたらしい。そう、お嬢様とは、世間知らずであるべきなのだ。全然、オッケーだ。
それから、その言葉の意味を認識して、大爆笑。
「確かに、そうかも」
「相田だしな」
「そうそう、この前、女子更衣室を覗こうとして壁から落ちたとき、頭でもぶつけたんだろ」
男子生徒達が、無責任にはやし立てる。彼らの相田ケンスケ像とは、そう言うモノらしい。
一方、その無責任な言葉を聞いた女子生徒達は、とても黙っていられない。かなり、不穏当な発言が混じっていたのだから、当然だ。
相田ケンスケは、女子生徒の姿を隠し撮りした写真を、校舎裏でこっそり販売して小銭を稼いでいる。当人は、こっそり、そのつもり──だが、皆知っていたりする。
普段の姿の盗み撮りだけでも、いい加減いやなのに、女子更衣室などの盗み撮り。絶対に許せることではない。
「何、相田、あんたそんなことしているの!」
「この、オタク!」
「ド変態!」
「不潔よ〜!」
「ち、違う、俺は、そんなことはしていない!」
女子生徒の糾弾の叫びを、四方八方からぶつけられたケンスケは慌てて否定する。
しかし、こうした場合にものを言うのは、普段の行いという奴である。ケンスケの様に、実際に写真販売をしていたりすれば、前科があるようなものである。勿論、信じて貰えるはずがない。さんざんにけなされてしまう。
「あらまあ、たいへんですね」
事の発端となったのはユウキである。あるが、当然のように罪の意識などはなく、のんびりと頷いている。
「はいはい、それでは、二人の席は──」
その騒ぎをまるで意に介さず、老教師が教室を見回す。
「まあ、空いているところに、好きなように座って下さい」
ずいぶん、いい加減である。そうしたいい加減さが通用するほどに、教室内に主のない席が溢れまくっている。何人もの生徒が使徒襲来を受けて、第3新東京市を離れていったのだ。
その教師の発言を聞いた途端、騒いでいた男子生徒が静かになる。俺の隣、俺の隣。そんな視線が、ユウキに集まってくる。
シンジ、ユウキはそんな視線をまるで意に介さず、窓際の、二つ並んで空いている席を選ぶ。
「あ、加賀さん」
ところが、ユウキが座ろうとすると、一人の少女が止める。
「なんですか?」
「その席は──」
「誰かの席ですか?」
「そうなの。綾波レイさん、て言う子の席なの」
「ああ、綾波さんですか?」
「? ──加賀さん、綾波さんを知っているの?」
「まだ、会ったことはないですけど、名前くらいは」
ユウキは適当に応えると、シンジの方を見る。
「ええと、それじゃあ、こちらの席は、二つとも空いていますか?」
「ええ」
女の子は応え、それから、シンジ、ユウキの顔を当分に眺める。
二人並んで席に座ることに、どうしてこだわるのだろう。二人は、つまりはそう言う関係なのだろうか──。そんな、興味津々の視線を向ける。
二人は、そのまま当たり前のような顔をして並んで座る。
少女は、納得し、同時に、いろいろとユウキに尋ねたいことが出来た様子だ。
ケンスケは、未だに女子生徒に責められていた。
早くも最初の休み時間には、ユウキの周囲に女子生徒達が集まっていた。
「ねえねえ、加賀さんと──」
「ユウキで良いですよ」
「それじゃあ、ユウキさんと、碇君の関係って、何なの?」
期待している答えはばればれ、そんな様子で、一人が尋ねてくる。一応、声を抑えているつもりのようだが、隣のシンジはおろか、クラス中に聞こえてしまいそうだ。嫌に、教室の中がシンとしている。
「やっぱり、恋人同士?」
ユウキの周囲にいるのは、女子生徒ばかり。男子生徒は、流石にその輪の中に入ってくる勇気はない様子である。しかし、興味は津々のようで、こちらをちらちら伺っていたり、耳だけ向けてきたりしている。
「平和だねえ」
シンジは、人事のような口調で呟いた。ユウキが相手にしている分には、大丈夫だろう。そんな風にお気楽に考えていた様子だが、それは、かなり早計だった。
「ねえ、碇君、二人は、つき合っているの?」
いきなり、シンジの方にも矛先が向けられる。
「なんか、みんな、そう言う話が好きだねえ」
シンジの頭の中には、仕事もしないで他人の色恋沙汰に口を挟むことが大好きな女性──葛城ミサトの顔が浮かんでいたかも知れない。
「惚けないで」
しかし、そんな態度のシンジを、女子生徒が咎め立てる。
「……一緒に暮らしているよ。それ以上は、秘密」
爆弾を投下したようなものである。
「一緒にって、同棲ぃぃぃぃぃぃ〜〜!」
余程びっくりしたのか、件の女子生徒は、裏返ってしまった声で、叫ぶ。
「碇、俺は貴様をゆるさん!」
「ほんとなの、ユウキさん」
「駄目よ、二人とも、私たちはまだ、中学生なのよ。そんなの、不潔よ〜〜〜〜〜!!」
「ああ、またヒカリの暴走が──」
遠くで聞き耳を立てていた男子生徒までが突進してきて、蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまう。
「賑やかで良いですねえ」
のんびり論評したユウキの言葉通り、非常に賑やかだった。
そんな中で、ケンスケは、ケンスケだけは、机に顔を伏せて、ぐったりとしている。
「俺は、変態覗き魔じゃない、そうじゃないんだ……」
ぶつぶつ、小声で呟いている。相当、堪えているらしい。
と、そこで、がらりと扉が開き、一人の少年が教室に入ってくる。
第一中学校の制服ではなく、何故か上下の黒ジャージ。指定の体操服でもない。何しろ、セカンドインパクトの衝撃による地軸移動により、日本は年中夏である。ジャージの上なんて、暑すぎて、誰も着ていられない。そう言う気候だ。それなのに、きっちりと首元のファスナーまで閉めている。何か、こだわりがあるのかも知れない。
「なんや、偉い騒がしいなあ」
どこか関西がかったイントネーションで、教室を見回した少年が呟く。短く刈った髪の毛、日に焼けた肌、そして何より、ジャージ。見るからに、体育会系と見える少年だ。
「鈴原、遅刻よ!」
その少年──鈴原トウジを見つけた洞木ヒカリが、そちらに向かって文句を言う。まさしく、まじめな委員長、そんな声の響きだった。
「どうしたのさ、トウジ。こんなに休んじゃってさ」
どうにかこうにか復活したらしいケンスケが、トウジに話しかける。ケンスケの言葉通り、ここのところ、トウジは欠席を続けていた。ちなみに、ここのところというのは、使徒襲来のあの日以来、と言うことである。
「こないだの騒ぎで、巻き添えでも食ったの?」
「……妹の奴がな」
「え?」
トウジ自身に怪我はない。だから、気楽な話題のつもりで話しかけたのに、深刻な答えが返ってきて、ケンスケは僅かに詰まる。
そのケンスケの様子に気付かず、トウジは続けた。
「妹の奴が、崩れてきた瓦礫の下敷きになってもうて、命は助かったけど、ずっと入院してんねん。うちんとこ、お父んもお爺んも研究所勤めやろ? ワイがおらんと、あいつ、病院で一人になってまうからな」
第3新東京市は、間違いなくネルフの街である。その為、ケンスケの親も勿論、ネルフの関係者の子弟という奴は、非常に多い。
「ふ〜ん、そうか」
ケンスケは、取りあえず無難な返答をしておく。トウジとのつきあいは長い。それだけに、トウジが妹のことを大切にしていることは知っている。無論、普段は妹と喧嘩もすれば、あんな奴、女とちゃうで、などと言うような発言もする。するが、それでも、妹のことを大切に思っていることだけは、間違いない。下手な返答をして良い場面ではないのだ。
「しかし、あのロボットのパイロット、ホンマにヘボやな。味方が暴れてどないするっちゅんじゃ」
忌々しげに、トウジが吐き捨てる。
「……それなんだけど」
ケンスケは、ちらりと、女子生徒達に詰め寄られ、流石に困った顔をしているシンジの方を見る。
「あいつ、転校生なんだけど」
「転校生? それで、騒いどんのか?」
「おかしいと思わない? みんな、疎開で出ていくばっかなのに、こんな時期に転入してくるなんてさ」
「ん? たまたまやろ? 運のないやっちゃな」
「何、呑気なこと言っているんだよ。いいか、もしかしたらあいつ──」
その時、丁度チャイムが鳴った。
「あ、あかん、時間や。ケンスケ、話は後や」
「お、おい、トウジ」
さっさと自分の席に行こうとするトウジを、慌ててケンスケは止めようとする。
しかし、トウジは首を振った。
「あかんて、何時までも話とると、いいんちょがうるさいで」
「ほら、相田、早く席に着く!」
まさしくトウジの言葉通り、見事なタイミングでヒカリが怒鳴る。
その言葉に背中を押されるように、ケンスケも慌てて席に戻った。
まあ、トウジに報告するのは、確かめてからで良いだろう。そんなことを考えながら。
このケンスケの好奇心は、後で禄でもない運命を彼ら二人にもたらすのだが──勿論、未来を知る由もないケンスケは、そんなことは欠片も思っていなかった。
授業が始まる。
定年間際どころか、おそらくそれすら越えている老教師の授業である。
セカンドインパクト以後の混乱期。それが収まりきらない内に、政府は教育の充実を図った。次の世代の育成こそ、この混乱した時代の急務、そう考えたらしい。その考えは、決して間違ってはいない。しかし、そこで教師不足という問題に対面した。教育に力を入れる。しかし、復旧の方も、放っておけるわけではない。若い力の多くは、そちら方面に大きく取られた。兎に角、セカンドインパクトでは、多くの人間が死亡している。人が足りないのは、どの分野でも同じ。そこで、どうするか。穴埋めのため、既に定年退職していた元教師達に、復職を願ったのだ。
そうした復職した教師の一人が、目の前の老教師である。なんだか、既にぼけが入っているのか、授業中、セカンドインパクトの経験談を、エンドレスで語るというような特技をもっている。この話の誘罠効果は抜群である。実際──
「すぴ〜、です」
などと、ユウキは既に夢の世界へ旅立っている。ユウキの他にも眠ってしまっている者は数多いし、私事をしている者もいる。殆ど、授業として成り立っていなかった。
シンジは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。ゆったりと過ごす時間。それは、悪くない。ここのところ、非常に忙しかった。だから、余計にそう感じる。今頃、田茂地はシンジの代わりに飛び回っているだろう。多少、悪いな、と思いながら、今は暇を楽しむことにする。
老教師の、セカンドインパクト体験談はまだまだ続いている。
老教師の語るセカンドインパクトの原因は、ゼーレ組やネルフのでっち上げたものである。
巨大隕石の衝突!
それには、少々苦笑する。しかし、これが一般人の知る、セカンドインパクトの真相である。テレビなどのメディアの流した情報。それは、容易く事実を虚構で塗り替えてしまう。そう言うモノだ。これは、セカンドインパクトの事情に限ったことではない。メディアが公正中立なんて言うのは、幻想でしかない。近隣の国の報道姿勢に呆れたと感じる日本人は多い。しかし、日本だって、大した違いはないのである。
シンジは、セカンドインパクトの真相を、ネルフに来る前から知っていた。しかし、これは特殊な環境にいたためである。そうでなければ、老教師と同じように、巨大隕石の衝突説を、真実のこととして捉えていただろう。
ぼんやりとしていたシンジ。その端末が、なにやら着信を告げる。
「ん?」
何事か。もしかしたら、田茂地からの緊急連絡だろうか。
そんなことを考えながら、シンジは端末を操作する。
そして、脱力して肩を落とす。
シンジがネルフのロボット──エヴァンゲリオンのパイロットであるか否かを問う、そう言う質問だった。
ネルフの保安諜報部って、本当に役に立っていないよなあ。情報、だだ漏れ?
最近、ユウキを中心にして再教育を始めた帆村マサカネを初めとする保安部員の顔を思い浮かべる。もう少し、メニューの強化をしよう、そう心に決める。
そんなことを考えながら、教室を見回す。後ろの方で、女子生徒二人が、シンジの方に小さく手を振っている。
「まあ、いいか」
どうせ、このクラスはチルドレン候補生ばかりだ。少々情報を漏らしたとしても、問題にはならないだろう。問題になりそうだったら、行方不明になって貰うだけのこと。更に言えば、女の子と近づいておくことは、悪い事じゃない。将来、経営を始める予定の場所で働く従業員に出来るかも知れない。
そんな判断から、シンジはイエスと返答する。
とたん。
「ええええええええええええ!」
教室中に、大声が響き渡った。
どうやら、他の者達もこの質問の答えを見守っていたらしい。
授業中だというのに、皆、席を蹴飛ばすようにして立ち上がり、シンジの元へ殺到する。
「な、なんですか? 出入りですか?」
ユウキがびっくりして目を覚ます。やばげな事を口走るが、幸い、騒ぎに紛れて誰にも気が疲れなかったようである。もっとも、気付かれてもユウキは気にしないだろう。シンジも、どうでもいいと思っている。
シンジ、ユウキは周囲を囲まれ、質問責めに会うこととなった。
「ねえねえ、どうやって選ばれたの?」
「必殺技は何なの?」
「ユウキさんも、そうなの?」
そう言った質問に、シンジは適当に答えていく。勿論、選ばれた事情については、口を濁しておく。一応、このクラス全員がチルドレン候補生であることは、秘密になっている。特に、話す必要も感じないし、話さない必要も感じない。一応、ネルフに配慮した、と言う形だろうか? どちらにしても、シンジがネルフの──否、ゲンドウの事情をどの程度知っているのか。その事については、含みを持たせておきたいと言うこともある。
今、ゲンドウは、シンジが何処まで知っているのか。それを、必死で探ろうとしているだろう。それに、馬鹿正直に答えるつもりはない。シンジの存在が計画実行に危険と判断されれば、即座に始末しようと動き出すだろう。その為、知っていることの上限を知られないようにして於いた方がいい。計画について、何処まで知っているか、それについては確信を得られないようにしておく。確信がなければ、そう簡単にシンジを排除できるものでもない。少なくとも、現時点では未だ、シンジは必要とされているのだから。
「一寸、みんな静かにしなさい! まだ、授業中よ!」
一人、委員長洞木ヒカリが大声で皆に注意をしているが、誰も聞いていない。
どころか、教師もまるで聞いていない様子で、一人、視線を宙に飛ばしたまま、淡々とセカンドインパクトの思いで話を続けている。本格的に、ぼけているかも知れない。
そして、その騒ぎの中──
席から動こうとしなかったジャージ少年、鈴原トウジは、憎々しげな視線で、シンジを睨み付けていた。
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