#21 去る者、来る者
第3新東京市から、その外部へと、人の流出が続いている。
使徒の襲来は、予想されていた。その為のネルフ、そして迎撃都市、第3新東京市である。
しかし、使徒の存在は、一般には公開されていない。セカンドインパクトは、あくまで巨大隕石の衝突。そう言うことになっている。
第3新東京市の住人の多くは、ネルフ関係者。しかし、全てではない。
将来の首都となる。そう言う名目でもって、第3新東京市の整備は進められてきた。それを信じて移り住んできた者にしてみれば、今回の事件は、寝耳に水である。情報規制、あるいは情報操作が施され、使徒の存在がテレビを初めとするメディアによって報道されることはない。しかし、第3新東京市に住んでいれば、何も知らないではいられない。異形の怪物の襲撃。それくらいは、知れる。そこで、いろいろと第3新東京市を見回せば、今まで見えていなかったモノも見えてくる。
異様なまでに充実したシェルター。得体の知れない兵装ビル。得体の知れない組織。
そこで思考をすすめれば、怪物の襲来は予想されていたのではないか? そして、その為の第3新東京市ではないのか? そう考えたとしても不思議ではない。
そして、急ピッチで進められていく復旧作業、そして、新たなる建設。
よくよく目を凝らしてみれば、巨大な銃弾など、物騒な代物の補充がなされていることも、わかる。
つまりは、アレは一度きりではない。また、同様の事件が起こる可能性があると言うこと。だからこそ、あれだけ急いでいるのだ。
サードインパクト云々に関して、ネルフ関係者以外の住民は知らない。知らされていない。だから、この都市から逃げることを選択する者は、多かった。取りあえず、この都市から逃げ出せば、何とかなる。騙された、そんな感想をどこかで抱きながら、疎開していく者が、出始めている。
機密保持の観点から言えば、住民の流出は避けたいところである。
巨大生物の襲来。
それに対抗する秘密組織。
いかにも胡散臭く、真っ当な人間ならば、鼻で笑うような夢物語。下らないうわさ話。そう片づくと楽観するにせよ、だ。
しかし、いかに特務機関ネルフと言えども、住民の全てを押さえることは不可能である。
更に、事情を知っていたはずのネルフ関係者、こちらもまた、疎開の動きが生じている。
使徒の襲来は予想されていた。とは言え、既に15年のブランクがあった。それだけの間、緊張感を持続させることは難しい。去年まで、使徒の襲来はなかった。だから、今年もそうだろう。きっと、来年も。おそらく、自分の生きている内には、使徒の襲来はないのではないか。どころか、もう、使徒なんてモノはやってこないのではないか。
そうした楽観論が、皆の頭の中を支配していた。
裏の事情を知る者、ゲンドウを初めとして、冬月、リツコ。そして、裏の事情などは知らないモノの、個人的な思いから、使徒の襲来を今か今かと待ちかまえていたミサト。そうした、僅かな例外を除けば、皆、使徒は既に過去の存在となっていた。誰も、深刻には考えていなかった。
事は、ネルフの関係者だけではない。
セカンドインパクトと使徒の関係。その事情を知る者──多くは、国のトップなど──にも、同様の傾向が見られた。だからこそ、第三使徒戦に於いて、迎撃都市の稼働率は殆どゼロ。EVAの兵装もまるで準備できていなかったのだ。いかに脅威とは言え、これまで、15年も沈黙を守っていた、果たしてくるかどうかもわからないようなモノを相手にする準備のために、莫大な金は出せない。自国が潤うのならば、まだ良い。しかし、潤うのは極東の島国だけ。それでは割に合わない。そう言う考えが、支配的だった。
そこへ、人々の油断を見透かしたかのような、使徒襲来である。
何とか、ネルフは撃退に成功した。しかし、それが綱渡りの勝利であったことを、知らぬ者はいない。
そして、公表された内容では、死者の数はゼロであるが、実際には、国連軍を中心にして、大量の死者が出ている。これは、兵士だけではない。N2地雷により、都市が一つ、住民ごと地上から消えている。第3新東京市に入ってからの使徒とEVAの戦闘時にも、シェルターが一つ破壊され、少なくない数の負傷者と、何人かの死者も出ている。
今更ながらに、彼らは悟った。第3新東京市、この街は、決して安全ではないのだと。
無論、ネルフ関係者であれば、使徒がサードインパクトの原因となることを知っている。また、仕事に対する責任もある。簡単に逃げ出せるわけではない。しかし、それでも、家族だけはと考え、疎開させた者も少なくない。ここは、最前線である。そこへ、誰が好きこのんで、家族を住まわせておきたいと考えるだろうか。
かくして、疎開ラッシュとでも言える状況が出現した。
第三新東京市に残していく、様々なモノ──思い出や家族などに、後ろ髪を引かれつつ、人々は流出していく。
しかし、そんな中、逆に第3新東京市にやってくる人間もいた。
その日、電車を利用して第3新東京市からの脱出をしようとしていた人々は、ホームに滑り込んできた列車の中から、黒服の一団が現れたのを見て、顔を引きつらせる様にして視線を逸らし、道を空けた。
「ねえねえ。お母さん、私、この人達知っているよ。やくざ、って言うんだよね」
どこかの糞ガキが、わざわざ指を差して、男達の職業を説明してくれる。
その母親は、顔を蒼白にして、その子の口を塞ぐ。
子供の言葉通り、男達は見るからに、その筋の人間と見えた。いや、逆に、それ以外の何物にも見えなかった。
子供、プラス母親の運命はここまでか。
周囲の者達は、引きつった顔で、その運命に思いをはせる。誰も、助けようなんて考えない。誰だって、我が身が一番可愛いのだから。一寸した格好付けのつもりで正義感を表に出して、結末がコンクリの服を着てどこかに沈められてしまうことは避けたいのが普通だ。
しかし、黒服の一団は、子供と母親を完全に無視した。無言のまま、奇妙なまでに統制のとれた動きで、駅舎から出ていく。
また、車で第3新東京市から出ていこうとして、疎開ラッシュの渋滞に巻き込まれていた人々は、資材搬入のための車くらいしか見えず、がらがらに空いた第三新東京市へ向かう道を、連なって進む幌付きのトラックを見かけることとなった。
黒塗りの、見るからに頑丈そうな高級乗用車に率いられた数台のトラック。資材搬入のトラック? いや、どことなく、違う雰囲気を漂わせていた。
風が吹き、その幌がめくれ上がったとき、荷台に、無言で座る男達の姿を認めた者もいる。
天野連合の派遣した、2000人の兵隊である。
彼らは、第3新東京市、中央駅の前のロータリーの広場に、集合した。
2000人の筋者。異様な迫力が、周囲に溢れかえっていた。
警察が、慌ててやってくるが、その迫力だけで圧され、なす術なく、見守っている。絶対的に人数が足りないのだ。
その2000人は、綺麗に整列して、気を付けの姿勢、無言で立っている。
その前に、一人の男が立った。
男は、天野連合、直系富岳組組長、富岳ヒャッケイ。天野連合に数多存在する武闘派の中でも、双璧と言われる内の一方である。天野連合内乱の際には、早くからミナカに従属する道を選んでいたため、現在では、かなりの勢力を誇る。
「只の跳ねっ返りの糞ガキ相手に、2000人か、大袈裟なことだな」
ヒャッケイは、口元に笑みを浮かべる。獰猛な、肉食獣の笑みだった。
自嘲気味の言葉。しかし、言葉ほど、侮っているわけではなかった。
碇。その姓が、彼に油断を許さない。あの、碇ムテキの一族。
ヒャッケイは、先代、天野イカヅチの元で、山王会との抗争に参加してきた。
そして、知ったこと。
碇ムテキは、化け物。その事実。
自身の強さにもかなりの自信を持ち、万事イケイケ、暴力での解決を好むヒャッケイにしても、ムテキとだけは、戦いたくはない。はっきり言って、相手にもならないだろう。素直に、そう認める。アレは、化け物だった。
そのムテキが見込んで、育て上げた碇シンジという少年。
噂では、碇の姓を許されるためには、気合いで、ピストルの弾を跳ね返すことが出来なければならない。そんな情報すらある。いくら何でも、眉唾だとは思うが、完全に否定することもできない。何しろ、ムテキは化け物だから。戦車の砲撃を食らっても怪我一つせず、平然と向かってきた、などという話もある。
いくら何でも、そこまでは強くないだろう。しかし、ヒャッケイは、碇シンジに非常な興味を感じていた。
「ウチの姫様は、そのガキを、自らの足下に跪かせたいご様子ですが……」
部下の一人、富岳組の若頭をつとめる、ヒャッケイの片腕、奥野ホソミチが、確認するように尋ねてくる。
ウチの姫様。ミナカのことである。しかし、その言葉に侮る雰囲気はない。ウチの姫──そう、彼らにとって、ミナカはまさしくお姫様だった。天野連合のアイドル、そう言う存在である。美貌、知性、カリスマ。彼らを引きつける要素を、いくつも持っている。言うなれば、ヒャッケイ以下、天野連合の人間は、ミナカの忠実な騎士。お姫様のために、盾となり、剣となり、その敵をうち破り、勝利を得る。
「ミナカ様の望みは叶えたいところだが……」
ヒャッケイは、たばこを取り出し、口にくわえることで、言葉の最後を濁す。
すかさず、ホソミチがライターを取り出して、火を付ける。
「相手は、化け物の弟子だ。難しいだろうな」
一口、たばこを吸い、煙と共に言葉を吐き出す。
「……」
ホソミチも、同様に考えているのか、沈黙を守る。
「おまけに、あの田茂地もいる」
碇ムテキの片腕と言われた男、田茂地。これもまた、化け物だった。
「……大丈夫でしょうか?」
「阿呆」
ヒャッケイは、弱気を見せたホソミチの背中をどやしつけた。
「いくら田茂地が化け物とは言え、ムテキ程じゃない。──俺達は、なんだ!?」
最後の問いかけは、ホソミチではなく、ヒャッケイの前に並ぶ2000人の部下に対して向けられた。
「はい、我々は、天野連合精鋭2000。地上最強の軍団です!」
全員が、見事に揃って唱和する。天野連合精鋭2000人。軍隊調であると同時に、どこか、体育会系の臭いをさせる集団である。
「その我々が、僅か20人にも足りない弱小組織に、負けると思うか!?」
「我々は、常に勝利と共にある、常勝軍団です!」
「その通りだ。各自、ベストを尽くせ。俺に、最高のパフォーマンスを見せろ。そうすれば、我々は必ず勝利する!」
「はい、我々は、必ず勝利します!」
ヒャッケイの言葉に、精鋭2000人は、力強く頷いた。
2000人の精鋭。これは、嘘ではない。セカンドインパクト以後の混乱期。世界は、戦火に覆われた。各地で、戦闘が繰り返された。日本の自衛隊すら、例外ではなかった。元自衛官、元傭兵などと言った、実戦経験者を中心にして組織された軍団。それが、この精鋭達である。数で、質で、相手に勝る。負けるはずがない。
「行くぞ、一撃して、勝利を決める。目指すは、旧風間組組長宅、現碇組本部!」
「はい、目指すは旧風間組組長宅、現碇組本部!」
「よ〜し、突撃行進曲斉唱!」
「はい、突撃行進曲斉唱します!」
黒服の軍団は、高らかに天野組、突撃行進曲を歌い上げながら、整然とした動きで、碇組へと向けて、移動を開始した。
駆けつけてきた警察官達は、それを呆然と見送るしかなかった。
[BACK]
[INDEX]
[NEXT]