#23 イヌ、あるいは──
「♪かーちゃんたちには内緒だぞ〜」
ジオフロントに、がなっているかのような、野太い歌声が響く。
歌いながら、ジオフロント内でランニングをしているのは、帆村マサカネを初めとする、シンジ付きの保安部員達である。野戦服に身を包み、万歳のポーズをして両手で銃を頭上に構え、元気良く走っている。
彼らは、現在トレーニング中である。
「はい、みなさん、頑張って下さいねえ」
指導をしているのは、ユウキである。
戦闘インストラクター、と言うよりは、保育園の保母さんのようにしか見えないユウキ。しかし、その要求は高く、帆村達は、ずいぶんとしごかれていた。
それでも果たされたノルマをこなし、ユウキの前に整列する。
元保安部員、総勢15人。微妙に人数が増えている。
「それで、この後は、何をすればよいのでしょうか?」
はっきり言って、これだけでも充分な量だと思う。しかし、ユウキのしごきは、これだけではない。これからが、本番なのだ。
それを、既に思い知らされていた帆村は、息を整えながら、問う。
「何でも言って下さい。ユウキさんのためでしたら、たとえ火の中水の中」
この、歯の浮きそうな台詞は、帆村ではない。
微妙に増えた人数の内の一人である。
帆村にしてみれば、何を好きこのんで、と言うところであるが、自ら望んでシンジの配下となった男だ。
いや、帆村と同時に部下になった者達の中にも、現状を歓迎している者もいる。何しろ、給料は良いし、その他にも旨味はあるから、単純に喜んでいる。公平に見てシンジは、太っ腹だった。それだけは、帆村も認める。しかし──それだけで喜んでいると、とんでもない落とし穴に落っこちそうな気がする。だから、素直に歓迎などは、とても出来ない。
「そうですねえ」
ユウキは、にっこりと笑った。魅力的な笑顔だった。
そして、そのままの表情で銃を引っこ抜くと、銃口を件の男に向けた。
「それでは、死んで下さい」
銃声。
男は、胸の中央に一撃を受けて、その場に倒れる。
そして、そのままぴくりとも動かない。即死だった。
ユウキは、周囲の、呆然と立つ保安部員を、呆れた視線で眺める。
全員、何事が起きたのか、理解できない。そんな顔で、只、立ちつくしている。
「駄目です。全員、失格です」
ユウキが、ため息混じりに告げる。
帆村も、呆然としていた。これは、一体なんだろうか。今、目の当たりにしたモノが何であるのか、理解できない。撃たれて、倒れて、死んだ。文字にすればそれだけのことなのに、まるで頭に入ってこない。現実感がなかった。悪夢を見ているようだ。──ここのところの生活。それも、極めつけの悪夢かも知れないが。
「え? どう言うことですか?」
帆村は、何とか言葉を絞り出すように尋ねた。
ユウキは、保安部員を見回して、告げた。
「仲間が撃たれたんですよ。伏せるとか、反撃をしようとか言う行動オプションを取って下さい。呆然とその場に突っ立っているだけでは、的にして下さいと言っているようなモノです。これでは、プロ失格です。銃声と同時に、身を伏せ、応戦体勢にはいる。これは、当たり前のことなんですよ」
確かに、戦闘インストラクターだった。見かけが、どうであろうとも。
「日本人くらいなんですよね。銃声が聞こえても、そのまま。もしくは、わざわざ見物に出かけて、的になるような人たちは」
ユウキが、ため息混じりに告げる。
「いいですか? 武装解除、ホールドアップをして、戦意が無いことを示せば、撃たれない。そんな幻想は捨てて下さい。相手は、こちらを殺しに来ているのです。そこで、無抵抗を貫いても、何の意味もありません。自分の身は、戦って自分で守るしかない。各自、それを肝に銘じて下さい」
保安部員達は、相変わらず言葉もなかった。確かに、その類の講習や訓練を受けたことがあった。しかし、全然身になっていなかった。それを、証明してしまった格好である。
しかし……
「しかし、一体どう言うことですか? 仲間を撃つなんて」
いかにユウキの言っていることが、実戦における正しい行動であるとしても、これだけは、認められない。
「気にしないで下さい」
と、無理な注文をする。それから、言葉が足りないと見たのか、付け足す。
「この人は、司令の命令で、こちらの様子をうかがうために派遣された、スパイですから。ああ、大丈夫です。ちゃんと、訓練中の不幸な事故として処理しますから、問題ありません。多分、ネルフから雀の涙ほどの見舞金も出るでしょうし、スパイをしていたんですから、最初から命の危険があることは覚悟していたはずです。故郷への手紙も、今度は司令辺りが書くと思いますから」
ほら、問題ありませんね。
そんな口調でユウキ。
どう見ても問題があるような気がしたが、帆村はそれを口にする勇気はなかった。
「さて」
しきり直し、とばかりにユウキが口を開く。
「……本当は、このまま実銃使用で撃ち合いでもして貰おうと思っていたのですけど……」
物騒なことを言う。
保安部員達は、顔を見合わせる。
ユウキの足下に転がった、スパイの死体。とても、冗談を言っているようには聞こえない。
実銃使用の撃ち合い。自分たちに、死ねと言っているのだろうか。
「まあ、弾はウッドチップを使用するつもりでしたから、大丈夫ですよ」
ざわめく帆村達に、ユウキが補足する。
ウッドチップとは、細かい木片を弾頭にしたモノの事である。これは、発射されると、2メートルほどでバラバラになってしまう。2メートル以内であれば、拳で殴られた程度の衝撃はあるが、通常の、金属を使用したモノに比べれば、安全といえるだろう。比較すれば、であるが。実銃を使って、人を撃つ度胸を付けさせるのが、この訓練の主旨である。エアガンでは、それは果たせない。尚、空砲にしないのは、銃にトラブルが生じる場合があるためである。
死ねと言うわけではないらしいと、僅かに安堵する。
「……何よりも、まずは、度胸、でしょうか? 自分たちが、どういうモノを使って戦闘をするか、その辺りの理解が……やっぱり、手っ取り早いレベルアップのためには、アレが一番でしょうか?」
ユウキは、ぶつぶつと呟いていたかと思うと、ごつい携帯をとりだした。今時の携帯にしては、非常にごつい。しかし、その分優れた機能を持っている。マギを攪乱し、盗聴されないような機能が。
「……ああ、シンちゃんですか? 言われたように、マサさん達の訓練をしているんですけど……それで、お願いが……はい、はい。よろしくお願いします」
会話が、漏れ聞こえてくる。
非常に珍しいことだが、今日はシンジとユウキは、別行動を取っていた。シンジの方も、何事かやるべき事があるらしい。
会話の詳しい内容は理解できないが、帆村には、禄でもないことになりそうな予感が、ひしひしと感じられた。
「──さて、シンちゃんにお願いして、みなさんのための特別な教材を用意していただくことにしました。楽しみにして下さい」
にっこりと魅力的な笑顔で、ユウキが告げる。
しかし、楽しみにはとても出来ないような帆村である。特別な教材。果たして、どういう具合に特別なのか、出来れば一生知らずに済ませたいというのが本当である。
「その準備に、少々時間がかかると思われますので、みなさんには、実戦の心得を、教えておこうと思います」
ちょっぴり、いたずらっ子のような光を瞳に宿らせて、ユウキが告げた。
「みなさんは、私の後で、大声で、順番に繰り返して下さい」
「はい!」
大声で、返事をする。帆村の場合は、殆どやけくそのような叫びだったが。
「では、実戦において、重要なことです」
ユウキは、もったいぶって、ここで口を閉ざす。
直立不動で目の前に並ぶ男達を、順繰りに見ていく。
中には、ユウキに見つめられた途端、顔を赤くするような危機感の無い者もいた。
ユウキは、一つ唾を飲み込むと、言った。
「まずは、毒蛇に噛まれた場合」
帆村は、内心でずっこけかけた。
慌てて、ユウキの顔を見る。
どこか、楽しそうに。いたずらを楽しんでいる表情に見えた。
──が、とても突っ込みをいれる勇気はなかった。
ユウキが、続ける。
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え──はい」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
やけっぱちで帆村は叫んだ。
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
皆が、順番に繰り返す。
中には、小声だったりした者もいたが、おおむね、言われたとおりに大声で繰り返す。
全員が叫んだ後、ユウキは、満足そうに見回して、続けた。
「次に、毒蜘蛛に噛まれた場合──迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「次に、サソリに刺された場合──迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「迅速にナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
「……何をやっているの?」
呆れたような声が聞こえてきて、ユウキはぺろりと舌を出した。
「シンちゃん」
ユウキの言葉通り、シンジだった。その両肩には、大きなずた袋を担いでいる。シンジの体格では、持ち歩くにはかなり重そうな代物だったが、足腰は平然としている。見かけに騙されてはいけないのである。
「早かったですねえ」
「まあ、マークして於いたのを適当に捕まえてきただけだからね」
「佐藤さんと、鈴木さんもご苦労様です」
シンジの後ろには、ちゃっかりジオフロントに一時避難している、佐藤、鈴木の姿もあった。勿論、ジオフロント入場パスなどは持っていない。こちらも同様に袋を担いでいる。
シンジは、担いでいたずた袋を下ろすと、ちょっぴり呆れた視線をユウキに送る。
「──で、何をしていたの?」
「シンちゃんが来るまでの暇つぶしに、一寸冗談を……決して、行数稼ぎではないです」
言ってはいけないことをユウキが口走る。
「誰かが、突っ込みをいれてくれるかと思ったんですけど、誰もそうしてくれないので、そろそろ困っていたところでした。タイミング的に、非常に助かりました」
ユウキに突っ込みをいれる。
そんな怖い真似、とても出来ません。
帆村の内心の言葉だ。何しろ、例のかちこみの時の、ユウキの狙撃。未だに、夢に見る帆村である。
「──さて」
こほんと咳払いを一つして、ユウキはまじめな顔で、保安部員達に向かう。
しかし、まじめな顔と言っても、戦闘インストラクターと言うよりは、やっぱり保母さんのように見える。
「は〜い、みんな、これから御遊戯を始めますよ〜」
とでも宣言すれば、ばっちり雰囲気にあっている。しかし、口からでた言葉は、物騒だった。
「みなさんは、きっぱりと経験不足です。この一言に集約します」
事実だと、自分たちでも思っていたので、反論はない。思っていなくとも、怖くて反論できなかったかも知れないが。
「それを解消するには、勿論、実戦が一番ですが、今のままで出ていっても、無駄な死人がでるだけです。まあ、適当な敵もいませんし……」
ジオフロントの上、第3新東京市には、敵──2000人の天野連合の兵隊がいる。流石に、これは適当とは言いかねる。のこのこ出ていけば、あっさり全滅してしまうのがオチだろう。経験や練度云々の前に、数が違いすぎるから。
「と言うわけで、次善の策を取ります。実戦に於いて、何よりも重要なのは、度胸です。無論、度胸だけでどうにかなるなどと言う、精神論を言うつもりはありませんが、敵に狙いを付けて引き金を引けるか否か。それが、重要になります。訓練をして能力があっても、引き金を引けなければ、訓練なんかしていないけれども平気で引き金を引けるイケイケのチンピラやくざの方が、余程役に立ちます。そこで──」
ユウキは、ちらと視線を、シンジらの持ってきたずた袋に向ける。
「みなさんには、この袋を銃で撃って貰います。それを、今日の訓練とします」
帆村は、ずた袋を見つめた。
ずた袋──丁度、人間が中に入るに適当な大きさに見えた。しかも、ユウキの言葉の後で、激しく暴れ出した袋もある。む〜む〜言ううなり声、もしくは悲鳴のようなモノが、聞こえたような気もした。
「あの……質問、よろしいですか?」
おずおずと、帆村は手を挙げた。
「何ですか、マサさん?」
ユウキの表情を見ていると、自分の疑問は、思い切り的はずれなのではないか、そんな風に思えてしまう。どこから見ても、完璧におっとりとした表情だ。
しかし、女というモノは、見た目で判断してはいけない──とは、矢張り先日のかちこみの際に思ったことである。それも、このユウキによって、思い知らされている。
「その袋の中には、何が入っているのでしょうか?」
帆村の質問は、保安部員、皆の疑問だろう。皆、僅かに乗り出すようにして、ユウキの答えを待つ。
「例えば、剣の修行などで、よく言いますよね。人一人斬り殺せば、それだけでレベルアップするって」
にっこりと、曇りのない笑顔でユウキが答えた。この笑顔を写真などで見せられれば、非常に魅力的に感じられたであろう。が、物騒な音声付きでは、その魅力的な笑顔をゆっくりと鑑賞する余裕などは、無かった。
「例え、剣でなくとも同様です。常日毎から、命を奪う事に慣れていないと、いざというときに要らぬ躊躇いをしてしまいます」
「……ま、まさか」
帆村は、ぶわっと冷たい汗で体中が濡れるをの感じる。
「大丈夫です、この中に入っているのは、イヌです」
「イヌ?」
いや、それだって大丈夫とは言えないのではないか、とは思ったが、取りあえず、人以外であれば……。まあ、比較すれば、ましかも知れない。幸いなことに、ネルフは非公開組織。動物愛護団体などに、この件が漏れる危険も小さいだろう。
「た、助けてくれ!」
そのユウキの言葉を否定するような叫びが、袋の一つから上がった。
「あら?」
ユウキは、呟き、抜き手も見せずに銃を構えると、発砲。
袋は、静かになった。永遠に。
「はい、それでは、帆村さんから、どうぞ」
ユウキは、じんわりと赤いモノがしみ出してきている今の袋以外のモノを指さして、何事もなかったかのように告げた。
「どうぞって、イヌじゃなくて、人間じゃないですか!」
流石に、叫ぶ。
「イヌですよ。──飼い主が、日本政府とかの」
にっこりと、ユウキが言う。
「これは、ネルフのためにもなることですよ。元々の、保安部員の仕事でもありますし」
「──う」
確かに、スパイの始末は、保安部員本来の仕事だろう。
が。
「済みません、実は、死んだ母の遺言で、イヌは大事にしなくちゃならないんです」
それでも、帆村は必死で言い訳した。
ちなみに、帆村の母親が健在だったりするのは、お約束である。
「それじゃあ、こちらの袋をどうぞ。こちらは、ネズミが入っていますから」
にっこりと笑いながら、ユウキが帆村に別の袋を指さした。
「それとも、コウモリがお好みですか?」
どうやら、逃げ道は無いようだ。
帆村は諦観して──それでも、内心でため息を零した。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか?
ここのところ、いつも頭の片隅に転がっている疑問を、繰り返しながら。
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