#24 第4使徒、襲来
天野連合の報復部隊2000人が第3新東京市にやって来て以来、シンジ達はジオフロントで暮らしている。最初は、ジオフロントに広がる森の中に、テントを建てて暮らす予定であったが、
「良いですねえ、テント暮らし! 昔、橋の下で暮らしていた頃を思い出します!」
とのユウキの言葉で、慌ててシンジは宿舎を用意させることとなった。
ネルフは、第3使徒襲来以来、人が増えている。急遽、各支部から異動する形で人員が増強されたのだ。その為、宿舎は足りない状況である。中には、赴任以来、ホテル暮らしを強いられている者もいる。しかし、シンジがその気になって宿舎を確保しようとすれば、止められる者はいなかった。
前の住人を追い出して確保した一室で、シンジはくつろいでいた。
簡易キッチンでは、ユウキが上機嫌に鼻歌を歌いながら、食事の準備をしている。
学校を、天野連合よけに使う。そうした考えを持っていた二人であるが、流石に、ここのところはジオフロントから一歩も出ていない。行き帰りに不安があるし──ネルフの車を使っても、襲われそうである──また、穴蔵に籠もっているシンジらに、いい加減苛立っている様子で、全てを覚悟の上で、かちこんでくる危険もあった為である。
その為、シンジは暇をしている──と言うわけではなくて、ジオフロント内でしかできない仕事にいそしみつつ、訓練にも協力をして過ごしている。
ユウキの方は、シンジに付けられた保安部員に訓練である。
両者共に、充実した生活と言って、差し支えないだろう。ユウキの指導を受けている帆村などは、かなり消耗している様子だが。
「どうもっす、シンジさん」
「シンジおぼっちゃま、ただいま戻りました。……ひいふう」
その部屋へ、青葉、田茂地が連れ立って訪れる。
「二人とも、ご苦労様です」
ユウキが、にっこりと笑って、ねぎらう。
この二人も、シンジの言いつけに従って、仕事をしている。
「それじゃあ、報告を受けようか」
部屋の清掃は、完璧である。中には、壁に埋め込まれていたようなモノもあったが、全て無力化されている。だから、シンジは平然と、問う。
「流石に、精鋭部隊と言うのは、伊達ではございませんね、ひいふう」
田茂地は、流れる汗を拭いながら、告げた。田茂地の仕事は、地上、天野連合の兵隊の様子見である。敵で溢れる第3新東京市。しかし、田茂地は問題としない。シンジも、心配などしていなかった。
「へえ、田茂地でも、そう思うの?」
「ひいふう」
田茂地が頷く。
「残念でございますが、プロであるはずの帆村殿達と比べても、その能力は優れております、ひいふう」
「まあ、傭兵崩れや自衛隊崩れは多いッスからね」
青葉が口を挟む。
セカンドインパクト以後、世界中で紛争が起きた。その為、この世の中、実戦経験者は少なくない。実戦経験がほとんどない、ネルフの保安部員のような存在の方が、珍しい。これも、優秀なシステムにおんぶにだっこしてきたためである。優秀なシステムは、確かに必要だろう。しかし、そのおかげでヒューマンパワーの方が育っていないのだ。
「ひいふう」
田茂地は頷き、続ける。
「更に、彼らは10人から20人単位で行動をしています。流石に、これだけの人数でこられると、私にも難しいモノがあります。ひいふう」
田茂地は、天野連合の様子を探るだけではなく、隙あらば、と行動しているのだが、なかなか上手いこと行かない様子である。天野連合の方では、シンジの執る手段はゲリラ戦であると承知しているため、容易に隙は見せない。
「その行動は、予想の範囲内にあるけど……やっぱり、これは、当初の計画通りにすすめるしかないのかな?」
シンジは一人頷き、視線を青葉に移した。
「シンジさんに言われたプログラムは、既に準備出来ています。場所は、F203にしてありますが、問題があれば、差し替えますが」
シンジは、青葉の言葉に、視線を宙にさまよわせる。
「うん、良いんじゃないかな。あの場所ならば、自然だろうし。こちらの都合を優先して、不信感を抱かせるのも、良くはないしね。──ぎりぎりまで、監視は続けて。修正が必要になったら、その都度考えると言うことで」
「わかっております」
「田茂地の方は、仕上げをお願いするよ」
「了解です。……ひいふう」
「悪いね、苦労を掛けて」
二人をねぎらう。
「いえ、シンジさんは自分の親ッスから、親のために子が働くのは、当然の事ッス!」
「これが、私の仕事ですから……ひいふう」
「それで、仕上げには、帆村さん達も同行させる?」
「やめておいた方がいいですよ」
ユウキが、口を挟んできた。
大皿に盛った料理を、テーブルに並べながら、続ける。
「まだ、マサさん達は、実戦に使えるレベルじゃないです」
「そうでございますな。正直、あの方達には、荷が重いかと。ここは、私と──そうですね、佐藤殿と鈴木殿をお借りします。ひいふう」
田茂地も、頷いてユウキの意見を肯定する。
「やっぱり、そうか」
シンジも、頷く。
「でも、早いところ、場数を踏ませたいんだよなあ。一応、基本の訓練は受けているわけだから、経験を積めば、そこらのチンピラなんか、問題にならないはずだし……」
帆村達、ネルフ保安部員達は、将来、碇組の主力となることを期待されている。本人達の、志望はともかく。
「焦りは、禁物でございます。ひいふう。どの道、これから先、いくらでも経験を積む機会はございますし……ひいふう」
「そうだね」
「そうですよ。──はい」
テーブルの上に、料理を並べ終わったらしいユウキが、シンジの横に腰を下ろす。
「お二人とも、食事はまだですよね。どうぞ、食べていって下さい」
「よろしいのですか? ひいふう」
「元々、そのつもりで用意していたんですよ」
「ユウキさんの料理は旨いッスから、本当にありがたいッス」
「えへへ〜」
青葉におだてられ、喜ぶユウキ。まあ、公平に見て、ユウキの料理が美味しいというのは、嘘ではないが。
4人は、平和な食事を始めた。
気楽で平和なシンジ達。
それに対して、いらだちを隠せないのが、天野連合2000の精鋭を率い、わざわざ遠征してきた富岳ヒャッケイである。
ヒャッケイ達、2000人は、遠征の拠点として、碇組の本部を使っていた。何しろ、もぬけの空であったし、様々な設備が揃っていて、便利である。同時に、これはシンジに対する挑発の意味合いもあった。人様の家に勝手に居着く。むかつくだろう? だったらかかってこい。そんな感じである。
また、法律的な問題に関しては、誰も気にしていなかった。シンジだって、偉そうなことは言えないのだから、お互い様である。天野連合、ヒャッケイの方は、「元々、ここは天野連合系列の風間組の組長宅であったモノを、碇シンジがインチキを使って手に入れたモノ、問題ない」と、簡単な理論武装も済ませている。
第3新東京市に侵攻してきた報復部隊の行動は、現時点まで、おおむね予定通りである。当初の計画通りに事態は進んでいる。
シンジが穴蔵に籠もるならば、第3新東京市の支配を取り戻し、無力化させる。その計画は順調に進んでいる。
しかし、本来イケイケの武闘派であるヒャッケイには、この状況は面白いモノではない。
彼は、派手な決戦を望んでいたから。
一撃でけりが付く。暴力によって、雌雄が決する。そうした、シンプルさこそを、好む。
それだけに、現在のような状況には、欲求不満を高まらせる。
事態の推移は、天野連合優位に進んでいる。
シンジ不在。それにより、第3新東京市の裏の支配者は、再び天野連合となりつつある。短時間で、かなりの根回しを済ませていたシンジであるが、天野連合がやって来て以来、穴蔵に潜んでいるとなれば、簡単に揺らぎ、霧散していく。順当だ。
それは、いい。
このまま、シンジが出てこないとしても、問題はない。
シンジのしたことは、腹立たしい。しかし、第3新東京市を実効支配してしまえば、取りあえずは、問題解決として良いだろう。支配地域の無い存在など、先細り、早晩力尽きる。反抗の姿勢を見せないまま時が経つ。これは、ヒャッケイらに有利なはずだ。
また、第3新東京市以外でも、シンジが風間組を壊滅させたことに対しての、迅速で圧倒的な兵力の派遣は、山王会の内部を揺るがせているという。いや、彼岸花マリが、積極的に揺らしている。
このまま、頭でっかちの碇ステキの元で、天野連合と対決して、勝てるのか。そうした不安を煽り、離反を誘っている。元々、ステキに反目する幹部には事欠かない山王会である。そこに、マリが最後の一押しをしている格好になる。
この第3新東京市の支配が、そのまま天野連合日本支配の、第一歩になる。そのはずだ。
しかし──
「買いかぶり過ぎか?」
ヒャッケイは、不満を隠せない。
抗争の中でこそ、心が躍る。血が高ぶる。自分でも、救いがたい性だと思う。しかし、それがヒャッケイだった。
血と硝煙にまみれ、敵と戦う。それこそが、望み。
碇シンジ。あの、碇ムテキの見いだした素材。相手にとって、不足はない。そのはずだった。
しかし、尻に帆掛けて逃げ出し、穴蔵に籠もっている。当初は、ゲリラ的に、一撃離脱方式で妨害行動をとると思われていた。しかし、全く行動に出ていない。予想外だ。
ヒャッケイの部下達の被害は、現在一人。これは、シンジが反撃してきた、と言うわけではない。置きみやげ的に本部に残されていた、ブービートラップ。キャビネットに残されていたシアン化カリウム入りのアルコール飲料を摂取した部下の一人の命が失われた。これだけである。全く、これは自業自得だろう。ヒャッケイは、安全が確認されるまで、残されていたモノには手を着けないよう、命令していたのだから。
これも、ヒャッケイを不機嫌にさせる理由の一つだ。
抗争によって、命を落としたならば、まだ良い。勿論、正確に言えば、良くはないのだが、それだったら、許容できる。つまりは、シンジ達が表に出て来ていることを示す。ならば、ヒャッケイ自身が囮となってでも罠に填め、殲滅するつもりだった。血には血で贖う。それで良かった。
しかし、こんな間抜けな事情で部下が失われた、全く、腹立たしい。これでは、志気も上がりようがない。
「現状維持、そのまま、第3新東京市の支配を確実にせよ」
今朝の定時報告に対して返された命令。
本部の方では、ネルフに働きかける準備を進めている。
ネルフに、ジオフロントに潜みネズミを燻り出す。それを、待つしかない現状。
しかし、そうなったとしても、果たしてヒャッケイの望む抗争が出来るのか? その辺り、疑問に感じられるようになっていた。
ヒャッケイは、シンジの反抗を望んでいた。この勢力差。まともにぶつかれば、玉砕するしかない。しかし、命大事とばかりに逃げ回り、穴蔵に潜まれるよりも、その方が余程、美しい。
これは、ヒャッケイの美学である。
例え敵わないとしても、戦って倒れる。敵の方を向いて、前向きに。それこそが、正しい男の生き様である。
命冥加に、逃げ回る。それは非常に男らしくない上に、美しくない行動。
「その程度なのか? その程度の奴なのか?」
いらだち、呟くヒャッケイ。
もしかしたら、シンジはネルフを追い出されたら、命大事とばかりに、命乞いをするかも知れない。
もし、そんな行動をされたとしたら……ヒャッケイは、決してシンジを許すことが出来そうにない。彼の崇めるお姫様──天野連合、会長天野ミナカは、シンジを自分の前に跪かせることこそを、望んでいる。それを、承知の上で、ヒャッケイは……
苛立つ、ヒャッケイの耳が、耳障りな放送を捕らえた。
「ただいま、東海地方を中心に、非常事態宣言が発令されました。住民のみなさまは、指定のシェルターへ──」
「なんだ? 使徒とかいう奴の襲来か?」
水を差されたような気分を味わう。
しかし、頭を一つ振って、切り替える。
「まあ、いい。何時までも、隠れていられるわけがない」
難しい交渉事は、ヒャッケイの仕事ではない。それは、本部のマリに任せておけばいい。あの女であれば、決して悪いようにはしないだろう。
また、最悪、シンジに失望したとしても、次の戦い──山王会との抗争がある。あちらは、トップのステキこそ、共存共栄などとのお題目を唱えているが、その下、旧来の幹部達には、ヒャッケイ同様のイケイケ連中は、山ほどいる。
そうなれば、今度こそ、心躍る激しい戦いが、繰り広げられるだろう。
そう考え、ヒャッケイは僅かに気を取り直すと、避難すべく、行動を開始した。
陽炎の立つ海面。
その上を、奇妙な物体が飛行していた。
どういう力でもって、空を飛んでいるのか。揚力を得るための翼はない。体内に水素かヘリウムを詰め込んだ気嚢を持っているのか、と問われれば、それらしい形はしているのだが、確かではない。何といっても、得体の知れない存在である。得体の知れない飛行方法を採っていると考えるべきだろう。
何とも毒々しい色合いの烏賊もどき。そんな格好である。
「何でも有りだな」
国連軍高官のつぶやきである。
セカンドインパクトの原因、第一使徒アダムは、人の形をしていた。
先日襲来した第3使徒もまた、首が無いという点を除けば、充分に人型といえるだろう。
しかし、今回の使徒は、とても人型とは言い難い。おまけに、小豆色の派手派手しい色合い。警戒色だろうか。
その使徒は、何かに導かれるように進んでいく。その進行線上には、勿論、第3新東京市が存在する。
「一体、あそこに何があるというのだ?」
何か、使徒を惹きつけるモノが存在する。それを、確信していない者はいない。その、惹きつけているモノの正体が分かれば、対抗手段がわかるかも知れないと、国連軍もネルフに情報開示を願ったが、特務機関権限、非公開組織であることを盾に、突っぱねられている。何が何でも情報を独占しないと、気が済まないらしい。
これだけでも、むかつくというのに、唯一使徒に対抗できる決戦兵器エヴァンゲリオンを所持するということで、国連軍、戦略自衛隊などを、侮る態度の多いネルフである。本来ならば、勝手にやってくれ、と言いたいところだ。
しかし、事は、ネルフが気にくわないから、などと言って済ませられる状況ではない。
何しろ、使徒は再びのインパクトを誘発するという。
そうなれば、今度こそ、人類は立ち直れない痛手を受けるだろう。
ようやく、セカンドインパクトの被害から、立ち直り掛けている。ここで、新たなインパクトの発生。それは、絶対に避けなければならない。
国連軍高官の命令により、ダメモトで、国連軍の攻撃が開始された。
そして、やっぱり、使徒には攻撃が通用しない。
しかし、それでも、国連軍は攻撃の手を休めなかった。
「目標を、光学で捕捉! 領海内に侵入しました」
ここは、ネルフ本部、発令所である。
つまりは、見えた。そう言う報告である。波形パターン観測機以外の通常のレーダーでは、何故か捕らえる事の出来ない使徒。だから、光学的な索敵装置は重要である。馬鹿にしてはいけない。
「総員第一種戦闘用意!」
鋭く命じたのは、葛城ミサトである。
その命令に従い、第3新東京市が、本来の姿である戦闘形態に移行する。兵装ビル以外の高層建築物が大地に収納され、巨大人型兵器であるエヴァンゲリオンが活動するためのスペースを作り出していく。
現在、兵装ビルの対空迎撃システムの稼働率は、48パーセント。約半分である。
しかし、これでもずいぶん工事が進んだと言える。これまで、役に立たないレベルで停滞していた工事が、僅か3週間で半分まで出来上がったのだ。ひとまずは、上出来と言うべきだろう。しかし、ものすごい突貫工事である。
「シンジ君!」
既に、EVAに搭乗しているシンジに通信を開く。シンジの搭乗が早かったのは、元々、ジオフロントにいたからである。
「用意はいい?」
シンジは、無言で目を閉じていた。戦いの前の精神集中。そんな格好だ。
だが、ミサトはそんなことを考慮はしない。ミサトにとっては、自分の言葉に応えることこそ、重要なのだ。
「シンジ君!」
苛立ち、ミサトはもう一度、今度は鋭くシンジの名前を呼んだ。
「聞こえてくるの? シンジ君!」
「……そんなに大声を出さなくても、ちゃんと聞こえていますよ」
煩わしそうに、シンジが応じる。
その返答に、ミサトは不機嫌に顔を歪ませる。一言二言、何か文句をと口を開きかけ、何とか思いとどまる。
今回こそ、自分の指揮の元で、使徒の殲滅を。
その為には、ここでパイロットの機嫌を損ねるわけにはいかない。
今更、遅いのだが、ミサトは大まじめである。
「……それにしても、碇指令の留守に、第4の使徒襲来か」
他のことを呟き、シンジの冷めた視線を誤魔化そうとするミサトである。
ちなみに、ゲンドウは現在、各国を回って、援助を求める交渉をしている。第3使徒戦に於いて受けた、市街、並びに初号機の損傷の修復費用。零号機の凍結解除のための資金。ゼーレが援助を約束しているとは言え、それは、必要最低限の額に止まる。その他にも、いくらでも金は要り用である。また、要り用でなくとも、金はあって困るモノではない。
もっとも、交渉、と言っても、実際は援助を求めるという名目のカツアゲ。これは、シンジの評価である。何しろ、ゲンドウである。まともな交渉の席を設けるわけではない。バックにあるゼーレの勢力、並びに人類のためという美辞麗句を用いて、恫喝と威圧で金を引き出すというやり方なのだから。
「思ったより、早かったわね」
ミサトが、続ける。
「前は、15年のブランク。今回はたった3週間ですからね」
ミサト付き──即ち、作戦部付きのオペレーター、日向がミサトの呟きに応じる。
「こっちの都合は、お構いなし、って事ね」
ミサトは、おどけた口調で付け足した。
「女性に嫌われるタイプね」
口で何と言おうとも、実際には、来てくれて良かったと思っているミサトである。何しろ、来てくれなければ、彼女の目的は果たせないのだから。また、前回と同じように15年もブランクを開けられるのも、困ったことである。自然、口元に笑みが浮かぶ。
「何もしていないのに、こっちの都合に合わせて敵が動いてくれるなんて考える方が、間違いですよ。別に、約束をしていたわけじゃないんですから、仕方がないんじゃないですか?」
ちょっぴり呆れた口調で、ユウキが口を挟む。
現実には、相手は約束通りに現れている。全ては、裏死海文書の記述通りのスケジュールだ。それを、ユウキは知っている。しかし、すっとぼけて、告げる。何処まで、シンジやユウキが知っているのか。その辺りに含みを持たせるための、仕込みの一つである。
何処まで言葉通りに受け取ってくれるかはともかく、攪乱くらいにはなるだろう。少なくとも、ユウキのこの発言に、リツコが注意を向けているのは確か。内心ほくそ笑むユウキだった。
「それよりも、約束の時間に遅れる方が、非道いと思いませんか? しかも、それから、一切の謝罪も無し」
ユウキの言動に注視していたリツコは、それが前回、迎えを遅刻したミサトを揶揄していると気が付いた。しかし、沈黙を守る。戦闘開始直前。余計な混乱は、ご免だった。
そのせいか、ミサトは自分のことを言われたとは気が付かなかったようだ。首を傾げている。
「何の話?」
「別に、何でも……はあ、です」
呆れてため息を零すユウキである。
そんなやりとりの最中、正面巨大モニターの中では、使徒が国連軍の苛烈な攻撃を受ける様が映し出されている。ミサイルが、機銃が、使徒の巨体に、面白いくらいに命中する。火炎の花が咲き乱れるが、こっちは全く面白くないことに、その苛烈な攻撃でも通用した様子はない。
使徒は、国連軍の攻撃を受けながら、その進行速度すら減ずることすらなく、第3新東京市上空に侵入してきていた。
「税金の無駄遣いだな」
冬月が、それを見て呟く。
巫山戯た言いぐさである。
国連軍は、無目的に攻撃をしているわけではない。偵察、と言うことを考えているのだ。
ネルフに対して、好意を欠片も抱いていない国連軍である。それを否定はしない。しかし、その好悪の念をひとまずは心の奥底にしまい込み、ダメモトで攻撃を加えているのだ。むろん、自分たちで倒すことが出来れば、最高である。しかし、それが叶わないまでも、自らの命を的にして、敵の攻撃方法の解明をしようとしているのだ。第3使徒にも、攻撃は通用しなかった。しかし、その攻撃に対して反撃を誘い、その戦闘方法を解明している。今回も、それに期待をしていたのである。
しかし、冬月の様な言葉で切り捨てられては、立つ瀬がない。
彼らは、命がけで使命を果たそうとしている。それなのに、自分は穴蔵の底に隠れて子供を矢面に立たせる、何もわかっていない学者崩れの連中に馬鹿にされる。許容できるわけがない。
本来であれば、協力して事に当たるべきであるのに、ネルフは、使徒退治は自分たちの仕事とばかりに、他の軍を閉め出している。情報を独占している。戦のなんたるかも知らない学者崩れども。しかし、現在、使徒に唯一対抗可能なエヴァンゲリオンを有しているため、他の組織の者達も、譲歩せざる得ない。それに笠に着て──
「驕るネルフも久しからず」
そんなことを呟いて、溜飲を下げようと努力する国連軍の高官も多い。
有り体に言って、ネルフと他の組織の間には、これ以上ないくらいの隙が存在していた。
そして、この冬月の言葉が、どういう経緯でか国連軍を初めとする各軍に伝わり、ネルフとの間に、さらなる亀裂が広がることとなる。
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