#27 仕事上がりの一枚


「シンジ君、早く立って!」
 ミサトが、叫ぶ。
 第4使徒の猛攻の前に、なす術無く後退を続けた初号機。少しずつ、追いつめられて、無様に大地に転がっている。転がったままの格好では、使徒の攻撃をかわしようがない。
 使徒の方にすれば、これは、チャンスだった。容赦なく、攻撃を掛けてくる。
 鋭く振るわれる、光の鞭。
 初号機は、ようやく上半身を起こしたところ。このままでは、攻撃をまともに食らう。そうなれば、兵装ビルを易々と分断するような攻撃、ただでは済まない。
 これまでか、そう思えた。
「危ない! ──って、え?」
 悲鳴に近い声をあげかけたミサトは、目の前で繰り広げられた光景に唖然とし、口を半開きにしたままという間抜けな表情で固まってしまう。
 初号機は、いともあっさりと、その鞭を両手で捕まえていた。
「つつ……一寸、熱いかな」
 シンジの声が、通信から聞こえてくる。それは、さも当然。そう言う声だった。
 ぐいと、初号機が使徒の鞭を引っ張る。それに連れて、使徒が初号機に引き寄せられる。
 併せて、ごろんと上半身を倒す初号機。そして、背中のバネを使って、脚を跳ね上げる。
 蹴飛ばされた格好の使徒は、面白いくらいに軽々と宙を舞った。元々、接地して自重を支えていたわけではないらしい。
 高々と舞った使徒の体は、第3新東京市のビルを飛び越え、向こうの方の山まで飛んでいく。見事なくらいの飛びっぷりだった。
 蹴り飛ばした初号機の方は、素早く立ち上がっていた。ヒラヒラと、やけに人間くさく掌を振って、熱を冷ますような仕草をする。
 それから、近くのビル──電源供給ビルに近づくと、シャッターを蹴り開け、そこから新しいアンビリカル・ケーブルを引っぱり出す。手早く、切断されたモノと、新しいモノを交換。カウントダウンが進んでいた内臓電源の数字が、無限を示す88:88に変わる。
「こほん」
 いきなりの逆転劇。唖然として動きの止まっていた発令所に、ユウキの咳払いの声が響く。
「──っと、EVA、内臓電源に切り替わりました」
 慌てて、日向が報告する。
「な、なんだったのよ。今まで、対応できなくて逃げていたわけじゃないの?」
 未だに、ミサトは呆然としている。
 今の初号機の動きを見る限り、追いつめられたと見えて、実は、早い段階で鞭を見切っていたとしか思えない。
 ユウキ、青葉がその背後でため息を零した。呆然としていないで、早く指示を出せ。そんな顔をしていた。
 ユウキにしてみれば、今の逆転劇は、ちっとも逆転劇ではない。シンジが、早い段階で鞭の動きを見切っていたことを知っている。わざわざ、胸甲に掠めさせたりしたのは、タイミングを計っていたのだ。シンジの動体視力、そして、反射神経であれば、あの程度の速度のモノを受け止めるのは、さして難しいことではない。何しろ、あのムテキに指導を受けてきたのだから、当然だ。更に言えば、使徒の攻撃は、非道く単純だった。ミサトなどは、速度に惑わされていた様子だが、落ち着いて見れば、攻撃のパターンが乏しいことに気が付いただろう。問題は、EVAが動くのにタイムラグがあること。逃げながら、その修正をしていたのだ。
 シンジの方は、初手からミサトの指示など、期待していなかった。だからこそ、シャッターを開けられるのを待たず、自分で勝手にアンビリカルケーブルを交換したのだ。そして、これから先の戦いにも、指示を必要としない。ミサトの再起動を待つ必要も感じない。肩のウェポンラックを開き、プログナイフを装備すると、使徒めがけて初号機を走らせていた。


「何や、あいつ、もうやられとるで」
「大丈夫、まだ」
 初号機が転倒した瞬間の、トウジ、ケンスケの会話である。
 未だ、この二人に緊張感はなかった。
 目の前で繰り広げられる、初号機と使徒の戦闘。
 しかし、それは所詮、人事だった。
 とてつもないスペクタクル。映画など、問題にならない迫力。しかし、現実感に乏しかった。これが、戦車の砲撃、飛行機の爆撃などであれば、危険と認識したかも知れない。しかし、巨大な人型兵器と異形の怪物の戦闘。現実離れして、目で見ても、嘘臭く感じてしまっていた。
 しかし──それも、ここまでだった。
 初号機が、為す術もなく逃げ回っているかに見えた使徒の攻撃、鞭をあっさりと掴まえると、蹴り飛ばしたのだ。
 彼らの方に。
 使徒を追って、空を見上げる二人。
「こっちにきよるで」
 ぼんやりと、トウジが呟く。
 そして、口に出して初めて、その意味を理解した。
「うっそ〜!」
 ケンスケが、悲鳴を上げる。
 二人の上に、影が落ちる。自分たちに向かって、使徒が落ちてくる。そう見えた。そうとしか、見えなかった。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!」
 トウジ、ケンスケは顔を引きつらせて、盛大に叫んだ。逃げなければ。そう考えるのだが、体が、足が動かない。もし動いたとしても、何処へ逃げればいいのか、わからない。使徒は、絶望的なまでに巨大だった。走って逃げたくらいでは、おっつきそうにない。
 ようやく、ここに至り、二人はこれが決して人事ではないことを理解した。実感として感じた。
 今更、手遅れであったが。


「ん?」
 初号機を駆るシンジは、それに気が付き、小さく眉をひそめた。
 ゆっくりと、山肌から体を起こす使徒。
 その横に、人影、二つ。
 ぎりぎりの所で、ぺちゃんこになることを免れた、トウジ、ケンスケである。
 二人はお互いの体を抱きしめて、なす術無く震えている。
「──なんてこと!」
 通信機から、耳障りな叫び声。
 シンジは、今度はきっぱりと、眉をひそめた。
 厄介なタイミングで、再起動してくれたモノだ。
 シンジは内心で毒づいた。
「どうして、民間人がそんなところにいるのよ! ──しかも、シンジ君のクラスメート?」
 シンジは、そのまま勢いを弛めない。
 初号機は一気に使徒との間を詰める。
 ひらめく光の鞭。
 初号機の体を、地面すれすれに屈ませてやり過ごすと、体ごとぶつかるようにして、使徒を大地に叩きつける。
「ちょっ、一寸、何を! シンジ君、待ちなさい!」
「待って、どうするんですか?」
 言いながら、シンジは初号機を使徒の上に馬乗りにさせる。
「──くっ。一時撤退よ。使徒をその場から引き剥がして!」
「無駄なことを……断ります」
 言うが早いか、シンジは、馬乗りの格好のまま、使徒の右腕部をプログナイフで斬り飛ばす。斬られた腕部、その先に生えた鞭は、光こそ失ったが、それでも未だのたうち、地面を削る。トカゲのしっぽか、かなりの生命力の持ち主らしい。
 派手に飛び散った使徒の鮮血が、大地に驟雨のように降り注ぐ。
 それらを至近距離で見物することになったケンスケ、トウジ。生きた心地がしないだろう。
「馬鹿! クラスメートを見殺しにするつもり?」
「その通りです」
 きっぱり、シンジが答える。
 のこのこ戦場に出て来た。そんな者を助けるために、この優位な状況を捨てるつもりは、シンジにはない。更に、使徒固有の能力のこともある。自己修復と、機能拡大。現在でこそ、この使徒はシンジにとって、問題の無い敵だ。しかし、次はわからない。現在の武装は鞭のみだが、次は、わからない。第3使徒のように、遠距離攻撃が出来るようになってしまったら厄介だ。
「──な!」
 その答えに、ミサトが目を剥く。
「あんた、自分が何を言っているか、わかっているの!」
 シンジは、ミサトの叫びに答えなかった。代わりに、ユウキに告げる。
「ユウキ、黙らせて」
「は〜い」
 呑気な返答。
 それでも危険を感じ、ミサトは背後を振り返ろうとする。しかし、それよりも一瞬早く──
「とう! です」
 矢張り、どこか呑気なかけ声。
 かけ声は、呑気。だが、洒落にならない痛打を首筋に受け、ミサトの意識が一瞬飛ぶ。膝が崩れかかり、しかし、そこで踏みとどまった。
「あれ?」
 ユウキは少々戸惑いの表情になる。
「もう一度、とう! です」
 しかし、戸惑いも一瞬。即座にもう一撃。
 今度こそ、ミサトはくるんと白目になると、床に平たくなった。
「やっぱり、田茂地さんのようには上手くいきませんねえ」
 ぶつぶつと呟くユウキ。ちょっぴり納得がいかない様子で、自分の手を見つめている。
 その間に、初号機は、使徒のもう一方の腕も切り飛ばしていた。これで、使徒は攻撃の手段を失ったことになる。
 後は、コアを破壊するだけだった。
 ──第4使徒、殲滅。


「F203シェルター、壊滅的な状況です」
 使徒が殲滅され、発令所では損害評価が始まっていた。
 最大の被害は、EVA初号機が転んだ、「たまたま」その場所にあったF203シェルターである。
「Fの、203……」
 リツコは、マヤの手元をのぞき込み、確認するように呟く。
 一覧されている、そのシェルターへ避難していた者の名前。総勢2000人を越える。それだけの被害で済んで良かったと考えるべきか、被害甚大と考えるべきか。どちらにせよ、これで、更に情報操作は難しくなる。
 ──が、それは広報部の仕事。
 只でさえ、科学部主任である自分の仕事は多いのだ。よけいなところにまで気を配る余裕はない。と、割り切りかけ、リツコは眉をひそめた。
 ずらりと並んだ名前。どこか、記憶に引っかかるものがある。
 少し記憶を探り、思い当たる。
 書類仕事を部下に全面的に任せているミサトと違い、リツコは全てに目を通す。殆どは、自分には関係ないと、忘却可の判子をおして、記憶から追い出している。それでも、幾ばくかは残っている。
「これって、シンジ君を狙っていた、天野連合?」
 思い当たり、呆然とする。
 そして、もう一つ思い出す。
 6の203。
 戦闘開始前の、ユウキの言葉。おまじない。
 これは?
 Fは、6番目のアルファベットである。6の203とは、このシェルターのことを示していたのではないか。
 シンジを狙っていた天野連合が、たまたま戦闘に巻き込まれて、壊滅する。
 偶然、にしては、話が出来過ぎている。
 更に、戦闘にしても、為す術もないと見えた鞭の攻撃。しかし、現実には、あっさりと掴み取っている。シェルターを破壊した以後の初号機は、それをまるで問題にしていなかった。それ以前にしても、一方的に攻められていたとは言え、深刻な被害はまるで受けていない。せいぜい掠めた程度なのだ。アンビリカルケーブルを断ち切られたのは、ある意味仕方がないだろう。体と違って、自在に動かせるものでもないのだから。
「最初から、鞭を見切っていた?」
 最初からかどうかはともかく、早い段階で、そうであったのではないか。
 考えてみれば、この戦闘において、ユウキが落ち着きすぎていた。第3使徒戦の時には、ミサトを押しのけて、発令所を支配したのはユウキだ。しかし、今回、最終局面以外はミサトの指示に任せている。シンジは、ミサトの指示に従っていた。それに、自分は違和感を感じていたのではなかったか。
 アンビリカルケーブルを断ち切られた直後のミサトの発言。
「早く倒さないとヤバイわ」
 リツコが聞いても、作戦指示とは到底言えないモノだった。
 しかし、ユウキは沈黙を守っていた。シンジは、ミサトの作戦指示に大筋で従っていた。
 考えれば、考えるほどに、シンジの行動に疑惑を感じる。
「赤木博士」
 思索に沈んでいたリツコは、ユウキに声をかけられて、半ば飛び上がりかける。
「な、なにかしら?」
 平静を装うとするも、僅かにどもってしまう。
 ユウキは、リツコの反応をまるで考慮せず、告げた。
「例の男の子二人ですけど、どうなるんでしょうか?」
「拘束して、説教。──そんなところかしら?」
 心配してる?
 いや、先刻あっさりと見捨てようとしたのだ。そんなはずがない。そう考えながら、答える。
「生ぬるいですねえ」
「そ、そうかしら?」
「ええ。下手をしたら、戦いの流れを変えてしまったかも知れないんですよ。二度とそんなことが出来ないように、コンクリの靴を履かせて、芦ノ湖に沈めるとか──ああ、ネルフは特務機関権限とやらで、わざわざ隠蔽工作をする必要はないんですよね。スパイ容疑でもかぶせれば、堂々と始末できるわけですし」
「そ、それは、やりすぎじゃないの?」
 どうして、この子は可愛い顔をして、そう言うことを平然と言えるのだろう。
 一つ目国の住人。世界が違う。それを承知していても、違和感を消すことが出来ない。
「どちらにせよ、無罪放免というのは、甘過ぎですよね」
「……そ、それは確かに」
「だったら、彼らの説教、シンちゃんに任せてもらえませんか?」
 ユウキがにっこりと笑って、提案した。リツコが男だったら、この笑顔だけでころりとやられそうだった。
「シンジ君に?」
 しかし、リツコは女であり、特殊な趣味は有していない。いや、男の趣味は、少々特殊かも知れないが。
「ええ、どうでしょうか?」
 リツコは、僅かに考える。
 どうせ、何ら意味のない二人である。一応、EVAパイロット候補ではあるが、重要度は低い。何しろ、代わりは一クラス分いるのだから。シンジ、ユウキの機嫌を損ねるような怖い真似をするくらいならば、犠牲の羊として差し出してしまっても構わない。
「私には、そう言う判断は出来ないわ。冬月副司令に聞いてみてくれる?」
 そうは思いながらも、責任の所在を理由に、冬月に押しつけるリツコだった。


 舞い上がった埃は、ようやく収まった。しかし、周囲には血の臭いが満ち、うめき声が聞こえてくる。
 F203シェルターは地獄だった。
 その中で、目をぎらぎらと執念に光らせ、ヒャッケイは苦痛に耐えていた。
 苦痛に耐える。それは、体力を消耗させる。ヒャッケイの頬は痩け、この僅かな時間の経過で、人相が一変していた。
 只、ヒャッケイは一つの事だけを考えていた。
 あいつを殺す。
 あいつを、必ず殺す。
 念仏のように唱えながら、救助を待つ。
 執念が、ヒャッケイの身を、心を支えていた。
 ここから出たら、どんな手段を使ってでも、あいつを──碇シンジを殺す。残虐に、この上なく残酷に。生まれてきたことを、後悔させてやる。
 戦闘で、このシェルターが破壊されたのは、偶然である。
 そんな訳がない。
 ここに天野連合精鋭2000人が避難していることを承知の上で、エヴァンゲリオンを使って破壊したのだ。
 何しろ、避難するシェルターを振り分けたのは、ネルフだ。屋敷からは近く、順当な避難場所。だから、疑いなく、ここに避難してしまった。その自分が、腹立たしい。
 亀のように首を引っ込めて、怯えている?
 いや、このチャンスを待っていたのだ。
 今にして思えば、シンジが天野連合精鋭2000に対抗するには、これしかない。その事を、理解する。しかし、賞賛する気などは、勿論無い。
 自分の甘さにも、腹が立つ。
 まさか、やくざ同士の抗争に、エヴァンゲリオンを持ち出してくるとは、夢にも思っていなかった。例えるならば、子供の喧嘩に親が出る──どころか、実弾装備の戦車で参加するようなモノだ。
 きっぱり、反則だ。
 とは言え、既に何を言っても、負け犬の遠吠えにしかならない。曳かれ者の小唄にしかならない。天野連合精鋭2000は、壊滅した。壊滅してしまったのだ。
 今頃、あいつは快哉を叫んでいるだろう。
 だが──
 だが、あいつは一つ、ミスを犯した。
 致命的なミスを。
 それは、俺を殺せなかったことだ。
 ヒャッケイは、歯を食いしばり、誓う。
 俺は、絶対に奴を殺す。
 この程度の傷で、俺はくたばったりしない。生き延びて、奴に復讐する。
 暗い執念を瞳に宿し、ヒャッケイは決意する。
 碇シンジを、必ず殺す、と。
「──おやっさん」
 その暗い執念に沈み込んでいたヒャッケイを、部下の奥野ホソミチが現世に立ち戻らせる。
「おやっさん、救助が来ましたぜ」
 言って、示す。
 確かに、黄色い防護服を着た男達が、瓦礫を押しのけてシェルター内に──シェルターの残骸内に入ってくるのが見えた。
「おおい、ここだ! 怪我人がいる。早く助けろ!」
 ホソミチの言葉に従い、防護服の一人が、こちらにやってくる。
「ひいふう、これは非道いですな」
「早くしろ!」
 呑気な声を出す救助隊を、ホソミチが怒鳴りつける。
「焦らなくとも、直ぐに楽にしますよ……ひいふう」
 言って、救助隊の男は、ホソミチの顔に、何かを突きつけた。
 何か。
 ぽっかりと空いた暗い穴を、ホソミチはのぞき込んでいた。
「──?」
 それが何であるか、ホソミチは認識できなかった。そして、認識できないままに、この世界から退場した。
 圧搾空気の抜ける音。
 サプレッサーを付けた付けた銃。
 それを認識しないままに、ホソミチは脳味噌を後頭部からぶちまけて倒れた。
「──な!」
 目を剥く、ヒャッケイ。
 そちらにも、銃が向けられる。
 見れば、他の救助隊員も、念入りに生き残りの始末を続けている。
 ヒャッケイは、自分がまだまだ甘かったことを思い知らされた。
 相手は、念入りで、徹底的だった。
「お。おのれ〜!」
「さようならでございます。ヒャッケイ様……ひいふう」
 圧搾空気の抜ける音。
 ヒャッケイも、ホソミチに続き、この世から退場した。


「果てさて、これくらいでございますかね。……ひいふう」
 取りあえず、目に付いた生存者に鉛のタマをプレゼントすると、救助隊の男は他の仲間に仕草で合図をして、次の作業に移った。
 懐から取りだしたモノをシェルターの各所に設置していく。
 そして、一通り「作業」を終えると、救助隊はシェルターを後にする。
 充分以上、シェルターから離れたところで、懐から取り出した、リモコンのスイッチを入れる。
 轟音。
 シェルターF203で、爆発。盛大な火炎が立ち上り、更に完璧に破壊し尽くす。
「任務、完了でございますね。……ひいふう」
 救助隊の男──そう偽装していた田茂地は、作業服を手早く脱ぎ捨てる。
 それから、ガムを取り出すと、一枚、口の中に放り込んだ。
 田茂地の好物、ブルーベリー味のガムである。好物。だからこそ、一日一枚と決めている。仕事の達成感からか、只でさえ好物のガムが、ますます美味しく感じられた。
「仕事上がりの一枚は、格別でございますね。……ひいふう」
 確認するかのように口に出して呟くと、田茂地は他の救助隊員に偽装した仲間──鈴木と佐藤を連れ立って、その場から離れた。
 シェルターF203を含めたその場から、生きた人間は、いなくなった。

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