#29 天国と地獄


 何でワシは、こないな所でこないな事をしとるんや?
 鈴原トウジの疑問である。
 しかし、彼の前にある便座は、何も答えてくれない。このまま世の終わりまで待ち続けても、答えてくれることはないだろう。
 仕方がないので、掃除を再開した。
 食欲魔人、ジャージ男の他にも、さぼり魔の異名を持つトウジである。クラス委員長の洞木ヒカリが何度注意しても、掃除をさぼる。さぼり続けてきた。だから、こんなに熱心に便所掃除をしたことなどは、生まれてから初めてのことだった。
 洗剤を付けて便座を磨き、水で洗い流す。更に床も水洗い。最後に、雑巾で水気を拭き取る。
 力を入れて掃除したせいで、トウジは汗だくになっていた。
 しかし、まじめに掃除した甲斐はあり、便所は綺麗になった。
「こんなところやな」
 達成感。満足そうに一つ頷くと、トウジはバケツに道具を突っ込み、扉を開けて、外に出る。
「終わりました」
 報告する。
 それを受けて、黒服の厳つい顔の男がやってきた。
 目に見えて緊張するトウジ。何しろ、いかにもな男である。いや、実際、そう言う職業の男だ。緊張するなと言われても、困ってしまうだろう。
「ふむ」
 男は便所をちらと見、それから、トウジに視線を移すと、確認するかのように尋ねた。
「ちゃんと、綺麗にしたのか?」
「は、はい。ちゃんと、掃除しました!」
 気を付けの姿勢で答えるトウジ。きっぱり、手などは抜いていない。抜ける状況ではない。
 学校の掃除であれば、いくらでもさぼれる。さぼった罰と言っても、多寡が知れている。せいぜい、教師、あるいは洞木ヒカリにどやされる程度だ。しかし、今回はそのさぼった罰が、多寡で済むとは到底思えない。だから、手は抜けない。抜けるはずがない。
「そうか」
 男が、頷く。
 トウジは、そっと肩の力を抜いて、安堵の息を漏らそうとした。
 しかし、それは早計だった。
「だったら、便座を舐めて見せろ」
「え? なんでっか?」
 一瞬、空耳かと思った。聞き違いかと思った。だから、トウジは聞き返した。
「何度も言わせるな」
「す、すみません」
 低い声の男の言葉に、トウジは再び気を付けの姿勢になる。
「良いか? 綺麗に掃除をしたんだろう? だったら、便座を舐めて見せろ。綺麗なんだから、問題ないだろう」
「そ、そないな殺生な」
「何が殺生だ? 綺麗なんだろう?」
 男は、トウジの目を真っ直ぐに見つめた。教師などとは、迫力が違う。
「それとも、俺に嘘を言ったのか?」
 嘘だとしたら、どんなことになるか。
 知りたいとは思わない。
「いえ、嘘なんて、言ってまへん。せやかて……」
 手を抜いて掃除したわけではない。それは、断言できる。力一杯、自分に出来る限り完璧を目指して掃除をした。
 しかし、舐めて見ろと言われて、はい、と答えて実行できるモノではない。だいたい、便座は舐めるようなモノではないのだ。
「良いか? 俺が舐めろと言ったら、お前は舐めるんだよ。親が黒と言ったら、それが白でも黒なんだよ。それが、この稼業の常識だ。覚えておけ」
 親って、誰がワシの親でっか?
 そう尋ね返す勇気はない。
 トウジは、絶望的な気分になった。
 何故、こうなったのか。
 何故、こうなってしまったのか。
 トウジは頭の中で、その「何故」を追求した。


 第4使徒殲滅直後、現れたネルフの保安部員によって拘束された、トウジ、ケンスケである。その時には、仲良く二人は気を失っていた。だから、この辺りの詳細は知らない。気が付いたときには、仲良く二人、ネルフの独房に押し込められていた。
 気が付いたのは、自然に、と言うわけではない。二人してバケツ一杯の水をぶっかけられ、強引に気を取り戻させられた。
 この乱暴さには、一言文句を言おうとした。しかし、二人を見る保安部員、それに気圧されて、果たされずに終わる。
 その後、二人は濡れた格好のまま、一室へと案内された。左右を黒服の保安部員に囲まれ、まるで連行されるグレイタイプエイリアンのような状態で。
「あの〜」
 事情を尋ねようとするトウジ、ケンスケだが、保安部員の返事は素っ気なかった。
「黙っていろ」
 これだけである。
 そして、案内された部屋は、何もない部屋だった。
 只、部屋の中央にパイプ椅子が二つ並んでいるだけの部屋。殺風景きわまりなかった。
「そこで座って待っていろ」
 またもや、素っ気ない一言。
 二人は仕方が無く、そこに座る。
 重苦しい時間だった。
 意識して光量を落としているのでは無いか。そう思ってしまう、薄暗い部屋。
 更に、冷房が効きすぎるほどに効き、濡れてしまった格好の二人には肌寒さを通り越してきっぱりと寒い。
 更にも一つ、椅子の足が曲がっているらしい。椅子に体を預けようにも、どうにも傾いてしまい、常に緊張を強いられる格好となった。
 そして、止め。背中側に位置する入り口には、厳つい顔の保安部員が立って、二人の方を見つめている。
 下手に、軽口を叩くわけにも行かない。会話をするわけにも行かない。姿勢を、少しでも楽なモノにしようとすると、
「静かに座っていろ」
 そんな声が背中にぶつけられる。
 どうやら、非常に拙いことになったらしい。
 それくらいは、二人も悟ることが出来た。
 只、静かに椅子に座っていることしかできない。
 部屋には、調度の類は一切無かった。二人の座るパイプ椅子のみが、調度の類の全てだった。
 時計も、勿論無い。自身が付けていた腕時計も奪われていたため、果たしてどれだけの時間が経ったか? それを知る術もなかった。
 途中、黒服が携帯で、何事かを話しているのが聞こえた。
「スパイ」
「軍事法廷」
「処分」
「銃殺」
「利敵行為」
 そんな物騒な言葉が、物騒な言葉だけが、漏れ聞こえてくる。
 これは、自分たちとは関係のない人たちの話だ。そう楽観できるような状況ではなく、冷たい汗が背中を伝う。
 歯の根があわないのは寒いから、だけではなく、恐怖も感じているせいだった。
 果たして、どれくらいの時間が経ったのだろう。保安部員も途中で何度か入れ替わっている。
 二人は、意識が朦朧としてきているのを感じた。
 寒さ、心身の緊張。疲労は、ピークに達していた。
 その時、部屋の扉が開いた。
 二人は、激しく反応した。僅かに椅子から飛び上がってしまう。神経が過敏になっていた。今なら針の落ちる音だって、聞き分けることが出来たに違いない。
「ご苦労様です」
「いえ」
 小さく保安部員と会話を交わし、二人の前にやってきたのはシンジとユウキだった。
「て、転校生」
 この状況で出会った、知った顔。それだけで、すがりついてしまいそうになる。
 しかし、シンジは冷たい視線、冷たい声で、二人を凍り付かせた。
「どういうつもりだったの?」
 質問と言うより、その口調は詰問だった。
「え?」
 二人は、戸惑う。
 そこに容赦なく、シンジが告げる。
「どういうつもりで、外に出て来たのさ」
「そ、それは……」
「特にジャージ君。君、妹さんが怪我をしたんでしょ? 非常事態宣言は冗談ごとじゃなくて、本当に危険だから出されているって事、理解しているんじゃなかったの?」
「わ、ワイは……」
「済みません。俺が、トウジを唆したんです。俺が……」
 がたがた震えながら、しかし勇気を振り絞って、ケンスケが口を挟んでくる。
「ええと、変態覗き魔くん……じゃなくて」
「相田ケンスケです」
「そうそう、その変態覗き魔くんは、どうして外に出ようなんて思ったのさ」
「……」
 ケンスケは、唇を噛んだ。これは、別段シンジが彼の名前を一向に覚えないから、ではない。
 見てみたかったから。
 今となれば、あまりに子供じみた、理由にも成らない理由。ここまで大事になってしまえば、洒落や冗談では済まない。それが分かるから、口ごもってしまう。
「答えろ!」
 シンジの一喝。
 びくりと体を振るわせて、ケンスケは泣き出しそうな声で答えた。
「見てみたかったんです」
「見てみたかった?」
 シンジは、呆れた口調で繰り返した。
「そう、です」
 ケンスケは、視線を床に向けて、呟くように答えた。
「巫山戯るんじゃない!」
「ひっ」
 シンジの怒声に、向けられたケンスケだけではなく、トウジの方も怯え、腕で体をかばうようにしながら椅子の上で身を縮める。
「今回の戦いで、一体何人が死んだと思っているんだよ!」
「死、死んだ?」
「2000人、以上。2000人もの人が犠牲になったんだ。──僕のせいで。僕が、君たちを見て、とどめを刺すのを躊躇ったせいでね」
 シンジは苦悩を表に出して言った。握りしめた拳が、何かを堪えるように、悔しさを表すように、ぶるぶると震えている。
「シェルターが一つ、破壊されました」
 そこへ、今まで黙っていたユウキが口を挟んでくる。学校で聞いたのとはまるで違う、ぞっとするような冷たい声だった。
「今、必死で救助活動をしていますが、そこに逃げ込んでいた人たちは、全員、絶望的な状況です」
 普段がおっとりとしたしゃべり方だけに、冷たい声とのギャップは大きい。
 二人は、事の重大さに、言葉も出ない。
「それも、全てあなた達がシェルターを抜け出すような真似をしたせいです」
 厳然と事実を突きつける。
 ユウキの口調は、そんな感じだった。
「──シンちゃんは、自分のせいだって言っている。けど、私はあなた達二人を絶対に許しません。あなた達がのこのこ出てこなければ、こんな事には成りませんでした。──私だけではありません。ネルフのみなさんも、あなた達のしたことを許さない」
「す、すまん、転校生」
 トウジは、椅子から転げ落ちるようにして床にはいつくばると、その場に土下座をした。
「す、すみません」
 慌て、ケンスケがそれに倣う。
「謝れば、全てが許されるわけではありません」
「すみません!」
「すみません!」
 額をこすりつけるようにして、土下座を繰り返す二人。
 だから、その頭上でシンジ、ユウキがにやりと笑いあったのを、見ることが出来なかった。
「ううん、ユウキ。やっぱり、悪いのは僕なんだ。僕が……」
「シンちゃんは、悪くありません! 悪いのは……」
 トウジ、ケンスケは、彼らの頭上で繰り広げられる、苦悩するシンジ、それを宥めるユウキの声を聞いていた。
「──それで、君たち二人の処分なんだけど」
 処分。
 二人は体を振るわせ、顔を上げる。限界まで見開いた瞳には、恐怖が満ちあふれていた。
 2000人の死者。
 それを償うための処分とは、果たしてどれほどのモノになるのか。先刻の保安部員達から漏れ聞こえた声もある。最悪の事態を予想し、体が恐怖で震えるのを堪えることは出来なかった。
「即刻の銃殺刑。それが、ネルフの下した判定」
「銃殺刑……」
 呆然と、トウジが呟く。
「あああああ」
 ケンスケの方は、言葉にもならない。呆然と口を開き、宙に視線をさまよわせる。
「──だけど、僕がお願いして、止めて貰った」
「え?」
 続いて告げられたシンジの言葉。
 その言葉に、二人はシンジの顔を見直す。
 助かった?
 助かったのか?
 安堵。信じられない。そう言う顔だ。
「でも、勘違いしないで。流石に、無罪放免は出来ないって言われた」
「でしたら、ワイ──僕らは、どうなるんでしょうか?」
「僕が、君たちの監督をすることになった。二度と、シェルターを抜け出したりしないように、指導する事になった」
 シンジはしゃがみ込み、二人の目線の高さに合わせる。
「いいかい? これは、冗談ごとじゃないんだよ。今回こそ、処分保留となった。でも、君たちは、完全に許して貰えた訳じゃないんだ。次に同じ事になれば、僕だってかばいきれないんだからね」
「は、はい!」
「銃殺がいやだったら、僕の言うことには、絶対に服従すること。そうでなければ、僕も君たちをかばいきれない」
「代わりに、シンちゃんが、軍事法廷に出席する事になるところでした。その辺りも、きちんと理解しておいて下さい」
 ユウキが冷たい声で付け足す。
「て、転校生、いや、碇君、碇さん!」
 だらだらと涙を流し、感謝と感動を表すトウジ。
 ケンスケの方は言葉もなく、顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしている。
「いいかい? 僕の言葉には、絶対服従だよ」
「は、はい!」
 トウジ、ケンスケは即答した。
「そう、それじゃあ……」
「この誓約書に、サインを」
 ユウキが差し出した誓約書に、二人は先を争うようにサインをした。内容を、良く読みもしないで。


 で、この状況である。
 トウジは、騙されたのではないか。そんな疑惑を抱き始めていた。
 いや、確かに2000人以上の死者が出たことは確からしい。その辺りは、ケンスケが確認している。
 実際は、二人は気絶してしまったため知らないが、その被害はシンジが二人がシェルターの外へ出たことに気が付いたよりも、もっと前に出ている。それに、シンジは二人の存在などまるで考慮しないで、使徒殲滅を優先している。
 だが、気絶していた二人は知らない。
 だから、シンジの言う言葉が嘘ではないと思っている。
 しかし──
 この状況は、どこかおかしい。
 これでは、やくざの下っ端である。どの辺りがネルフと関係するのか。
「ほら、早くしろ」
 トウジの疑惑はともかく、目の前の現実は変わらない。
 便座を舐めるか、それとも──
 ある意味、究極の選択。進退窮まったトウジは、だくだくと汗を流す。
「待ってください。佐藤さん」
 と、そこへ救いの声がかけられた。
 シンジである。
「そんな、非道いことはしないで下さい。鈴原君がちゃんとやったと言っているのですから、信じてあげましょう」
「碇君、いや、碇さん」
 ぱーっと、表情を輝かせてトウジ。
 この時、トウジには、シンジの背中に生える天使の翼が見えたような気がした。
 ワイは、何を疑っとったんや。見てみい。シンジさんは、こないにええ人やないか。
 トウジの頭の中を言語化すれば、こんな感じである。
「解りました。シンジさんが、そうおっしゃるのでしたら」
 黒服──佐藤も、シンジの言葉に頷く。
 トウジは、絶体絶命の危機を脱した。
「ありがとうございます、佐藤さん」
 シンジは佐藤に礼を言うと、トウジの方を見た。
「それじゃあ、鈴原君、悪いけど、今度はお風呂を掃除してくれるかな?」
「わかりました!」
 ワイは、この人に付いていくでぇ、と元気良く答え、トウジはお風呂場に向かってダッシュした。


「すみませんね。佐藤さん。損な役をやらせてしまって」
「いえいえ。──しかし、彼は単純ですな」
「だからこそ、扱い易い。そう言うわけですよ」
 トウジが立ち去った後、にやりと笑いあう、シンジ、佐藤である。
 事は単純な話である。
 例えば、警察が被疑者を尋問などする場合、責め役と、宥め役の二人コンビで行う。責め役は言葉の通り、被疑者をきつい言葉で責め立てる。その人間性を否定するようなきつい言葉まで使って、徹底的に責め立てる。とことんまで、消耗させる。そこで、今度は宥め役の出番である。言葉通り、宥め役は責め役を宥め、被疑者をかばってみせる。ぼろぼろになった被疑者に、優しい言葉をかける。すると、極限まで追いつめられていた被疑者は、自分を守ってくれる仲間だと錯覚する。自分を理解してくれると錯覚する。そして、宥め役にならばと、本当のことを白状したりする。
 今回、佐藤が責め役、シンジが宥め役と言った役所である。
「狸ですねえ」
 ユウキが、少々呆れたように呟く。
「──で、もう一人の方はどうなっていますか?」
 シンジはユウキの呟きを聞こえないふりをして、佐藤に尋ねる。
「あちらは、大喜びで仕事に励んでいますよ。確かに、好きなことだけあって、その技術は高いですね。このまま、あちらの仕事は彼に任せて問題ないと思われます」
「そうですか」
 シンジが満足そうに頷く。
「では、あちらは特に何もしなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫でしょう。──それでも一応、鈴木には飴を与えるように伝えてありますが」
 シンジ、佐藤はにやりと笑いあった。


「凄い、凄い、凄すぎる〜〜〜〜!」
 ケンスケの内心の叫びである。最初は口に出した。したら、カメラマンが五月蠅くするなと怒られた。だから、以後は頭の中だけで止めている。
 ケンスケの眼前では、裸の男と女がとっくみあいをしていた。
 男は、シンジの部下。鈴木というらしい。
 女の方は、良く分からない。非常事態宣言、避難勧告の出されている間に、どこかから調達してきたとの話だ。
 非道い話である。あるが、問題ない。
 何しろ、2000人からの死者が出ているのだ。そこへ、一人くらい行方不明者が加わったとしても、殆どの者は気にしない。大勢に影響は皆無である。
「それ! それ! それ!」
「あ、あ、あ!」
 威勢のいい男の声。そして、それにあわせる女の声。
 最初、女は抵抗していた。そりゃあもう、必死に。しかし、今ではすっかり従順になっている。最初に投与した薬が効いているのかも知れない。
 その様を逃さずケンスケはカメラに収めてきた。それが、ケンスケに与えられた仕事である。
 ケンスケは、これまで自分が見てきたその種の格闘ビデオの記憶を元に、必要不可欠と思える絵や、何でこうしないんだろうと、納得のいかなかった部分などを自分なりに考え、撮影していく。
「それ、行け〜〜!」
 男の声と共に、どうやら戦いに終わりが来たらしい。
 ケンスケは、素早く締めに必要な場面を撮影する。
「凄い、凄い、凄すぎる〜〜〜〜〜!!」
 内心の叫びは、止まらない。
「ふう、もう良いぞ」
 男は、なんて事のない仕事をこなした。それ以上の感慨を持たない声で、ケンスケに告げる。
 ケンスケは、素直にその言葉に従い、カメラを止める。
「どうだ、ちゃんと撮ったか?」
「は、はい!」
「後は、編集だな。それも、お前に任せる。モザイクは、俺の顔にだけかけておけば良いぞ」
「え? でも、それじゃあ……」
「だから、そう言う奴なんだよ。これは」
 どういう奴か、それは謎である。
「は、はい!」
 ケンスケは素直に頷いた。内心は相変わらず、
「凄い、凄い、凄すぎる〜〜!」
 である。
「後、宣伝用に3分程度のダイジェスト版も作っておけ。ネットで流すぞ」
「は、はい!」
 答えるケンスケ。
 そのケンスケを、鈴木はじろりと見た。
 ケンスケは、腰を引いて、何かを隠そうとしている。何か──例えば、どこかが突っ張っていることを。
「辛いか?」
「え?」
 戸惑う。仕事量的には大したことではなかったと思う。いや、実際には良く分からないと言うのが本当か? 兎に角、終始興奮していたから、疲れていたとしても、気が付いていないと言うことも考えられる。
 しかし、違う意味で少々辛かった。何しろ、ケンスケは若くて元気な男の子だから。
「良し、お前も相手をして貰え」
 男の言葉に、再び戸惑う。
 それは、つまり──
「い、良いんですか?」
 ぐびびと喉を鳴らし、ケンスケは勢い込んで尋ねた。
「興味があるんだろう? 構わないから、やっちまいな」
「ほ、本当に、良いんですか?」
 言葉通り、興味がある。いや、ありすぎるケンスケである。
「ああ、かまわねえよ」
「は、はい!」
 ケンスケは喜び勇んで頷き、内心で叫んだ。
「凄い、凄い、凄すぎる〜〜!」
 シンジさんに付いていこう。
 そう誓う、ケンスケだった。

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