#31 最早、戦争
「全滅?」
驚きの声を出して、天野ミナカは椅子から立ち上がった。
天野連合、会長、天野ミナカの執務室である。当然の事ながら、碇シンジを倒すべく侵攻した富岳ヒャッケイ率いる精鋭2000の壊滅は、即日、天野連合の知るところとなった。すぐさま、その情報はミナカにも知らされたが、容易には信じられない。精鋭2000。精鋭の言葉に、嘘はないのだ。
「はい」
答える、彼岸花マリの表情、声は常と同じく、冷静で完全にコントロールされているように見えた。しかし、つきあいの深いミナカには、僅かに、ほんの僅かにだが、いつもより硬いと感じた。マリも、衝撃を受けていないわけではないのだ。
マリの他に、執務室には主立った幹部が勢揃いしている。全員の表情が、沈痛に引き締められている。巨大な、巨大すぎる被害を天野連合は受けたのだ。
「2000人全てが?」
幹部らの表情を見れば、それが嘘ではないことは知れる。しかし、ミナカは尋ねずにいられなかった。
「はい」
マリが、頷く。マリの望みは、ミナカの願いを叶えること。その為ならば、手を汚すことを、体を汚すことを厭わない。しかし、既に起きてしまったことを覆すことは出来ない。更に言えば、嘘をついて誤魔化すことなどは、百害あって一利もないと思っている。阿諛追従だけでは、却って、自分の大切なミナカ様を歪めてしまう。その位のことは、当然、理解しているマリである。
マリは、軽く息を吐くと、事情の説明を始めた。
椅子に戻ったミナカは、その事情の説明を黙り込んで受ける。そして、全ての説明が終わった後で、ゆっくりと口を開いた。
「……まさか、エヴァンゲリオンを使ってシェルター事、潰すだなんて」
信じられない。しかし、現実。声には、苦々しさが混じる。
反則。
思わずそう叫びそうになる。しかし、何を言っても敗者の戯言であり、今はそんなことで貴重な時間を浪費するわけには行かない。
「──更に、悪い報告があります」
「……」
呼吸を整えようとするミナカに、マリが告げる。
ミナカは天井を親の敵のような視線で睨み付け、しばらく止まっていたが、顔を下ろすと、首を振ってマリに先を促す。
「離反工作を行っていた、山王会系の組の殆どが、我々ではなく、碇シンジを選びました」
マリは、山王会の分裂を狙い、現会長、碇ステキに不満を抱いている者に接近、離反工作を行ってきた。その上で、圧倒的な力を見せつけて碇シンジを殲滅する。現会長への不満。天野連合の力への恐怖。これが、天野連合へ、山王会不満勢力を取り込む手順だった。親の言うことは絶対。こうした古い任侠道は、今や昔話だ。誰だって、自らの命が惜しい。充分に実現可能。そう考え、行動してきた。僅か10人強の碇組殲滅に、大袈裟すぎるほどの動員をしたのは、力を見せつけるためという側面もあったのだ。
しかし、圧倒的な力を見せたのは、シンジの方だった。
エヴァンゲリオンを使う。
はっきり言って、イカサマだ。しかし、現実問題として、シンジは天野連合精鋭2000人を壊滅させた。
結果、マリによって現会長に対する不満を煽らされていた山王会系の組の幾つかが、天野連合ではなく、碇シンジを選んでしまった。
天野連合、山王会に次ぐ、第三の勢力の誕生である。
かつての勢力差は、天野連合9に対して、山王会が11。これは、天野連合が後継者争いによって勢力を減少させたためである。実際の力で言えば、多くの不満分子を抱える山王会よりも総人数で少ないとは言え、一枚岩となった天野連合の方が上である。少なくとも、天野連合の者はそう考えている。
そして、この時、碇シンジなどは問題にならない弱小勢力だった。
しかし、今回の一件で、その勢力比は大きく変わっていた。
天野連合7、山王会8、碇シンジ3。
2000人の精鋭の壊滅は、数字以上の被害を天野連合に与えている。全体的な兵隊の質の低下は避けられない。
山王会の方は、マリの接触していた不満分子の殆どが、シンジに流れた形になっている。元々、山王会には碇シンジ待望論を持っていた者も多い。何しろ、「津山組30人殺し」の碇シンジ。あの、碇ムテキの正統後継者と見られる人材なのだ。山王を背いて天野連合に走るよりも、心理的抵抗が少ないと言うこともある。
全く持って、大誤算だった。
三竦みと言うには、碇シンジの勢力は未だ小さい。だが、無視できるレベルではなくなっていた。一撃して殲滅できると考えられるような弱小勢力でも無くなっていた。
しかも、碇シンジには、エヴァンゲリオンがある。
これは、大問題だ。
元々、情報の殆どを表に出さない、非常に胡散臭い組織、ネルフ。その決戦兵器である。今回の件もある。果たして、どんな手段を使ってくるか、油断を許さない。
例えば、
「天野連合会長宅でパターン青、検出しました」
とでも言って、EVAを派遣、殲滅。
こうした手段を執らないとも限らない。
悪いことに、ネルフの「パターン青係」は、碇シンジの舎弟となった「ギターを持った渡り鳥」青葉シゲルだ。どうとでも出来る。
そして、後でそれが誤報と分かったとしても、情報操作に長けるネルフである。保身の意味もあり、事実は闇から闇へと葬られてしまうだろう。
天野連合にとって、碇シンジの抹殺は、何事にも変えられない優先事項となった。
だが、更なる大兵力の派遣も、今回の二の舞になる危険が大きすぎる。
ならば、どうするか?
「EVAへの対抗策を手に入れる必要がありますね」
ミナカは、マリをまっすぐに見つめて、言った。
「はい」
マリは、頷く。
これは暴力団同士の抗争で収まる問題ではなくなってきている。最早、これは戦争だった。
「アダムの組織片を入手することは可能ですか?」
「努力しますが……」
マリは、言葉を濁す。
EVAは、ネルフの切り札である。二流の保安部員しかいないネルフとは言え、最重要な部分なだけに、力ずくは難しい。取引は──更に難しいだろう。
「あの、済みません、会長」
一人の幹部が挙手をする。
ミナカは、そちらに視線を向け、発言を許容する。
「あの、碇シンジと、ここは一時、手を結ぶというのは……」
ミナカは、全てを言わせなかった。
「吊しなさい」
「はい」
ミナカに、マリが即答する。
すると、その幹部の首に、天井から降ってきた縄が掛かる。同時に、その足下が床がぽっかりと開いていた。
悲鳴すら残さず、幹部の体が穴に落ちていく。ロープが撓み、突っ張り、しばらく不気味に動いていた後、止まる。
他の幹部達の顔に、恐れの表情が浮かぶ。
幹部達を見回し、ミナカはきっぱりとした声で告げた。
「良いですか? 私の天野連合は、決して引きません。損害などは度外視です。絶対に引いてはなりません。一度でも引いたら、誰も天野連合を恐れなくなる。我々は、恐れられていなければならないのです。そうでなければ、逆に、余計な被害を出すことになります。死を恐れてはなりません。我々が真に恐れるべきは、舐められることです」
「はい」
圧倒的な迫力、そして卓絶した美貌、衆を圧するカリスマにうたれ、幹部達は姿勢を正し、ミナカに答える。
これこそが、我らの姫。
讃えよ、我が姫を。
彼らの顔には、誇らしげな表情が浮かんでいた。
その様を見て、満足そうに、幹部達を陶酔させるような微笑を浮かべるミナカ。それから、表情を引き締めると、マリに視線を向ける。
「マリ」
「はい」
「対抗の手段は?」
マリならば、当然考えている。その事を、欠片も疑っていない声だった。
対するマリも、当然とばかりの口調で応じた。
「大兵力が駄目であれば、少人数で攻めればよろしいかと」
「成る程」
ミナカは、それだけで理解したとばかりに頷く。
「ヒットマンね」
「はい」
マリは頷き、続けた。
「今回の事件で、一つだけ、我々に有利と思われる情報も手に入りました。それは、碇シンジは碇ムテキではないと言うことです」
何を当たり前な。
とは、ミナカは言わず、頷いた。
碇ムテキならば、エヴァンゲリオンなどを使わず、只、己の拳だけで精鋭2000に対抗しただろう。そして、殲滅したに違いない。
しかし、シンジはエヴァンゲリオンを使って、精鋭2000に対抗した。
これは、つまり碇シンジには、碇ムテキほどの出鱈目な強さは無いと言うことだ。
ならば──
「人は、殺すことができる。──これは、この世の絶対の真理」
「はい」
ミナカの言葉に、マリが頷く。
「更に、結局の所、碇組は、碇シンジがいるからこそ、まとまっています。その碇シンジがいなくなれば……」
「求心力の中心が無くなって、勝手に分解する。そして、そうなれば、潰すのも簡単。そう言うわけですね?」
「はい。既に、ヒットマンの人選は済ませております。我らが連合からは勿論、外部の人間も雇い入れて、第3新東京市に送り込みます」
マリは頷き、更に続ける。
「最悪、彼らが碇シンジを殺せなくとも、その足下、第3新東京市に混乱を起こせば、他に手を回す余裕もなくなるでしょう。新参者、更に、一度は第3新東京市を放棄した形になっているのです。支配地域の引き締めには、時間を必要としています。その時間を引き延ばしてやることが出来れば……」
「しかし、時間を稼いだとしても、EVAに対抗する手段を手に入れることが出来るのですか?」
「それは、私に任せて下さい」
答えは、マリからではなかった。
どうやら、部屋の外で様子をうかがっていたのか、一人の男が音高く扉を開け、入室してくる。
ミナカの、綺麗な眉毛が微妙に動く。ノックもせずに、いきなり入室してくる。失礼だ。きっぱりと、不機嫌な表情になっていた。
「吊しなさい」
「ちょ、一寸待ってください!」
慌てて飛び退く男。しかし、その首に縄が掛かるのからは、逃れることが出来なかった。更に必死になって、男は叫ぶ。
「私は、EVAに対抗する手段を、計画を持って参りました!」
「……」
どうなさいますか?
視線で、マリがミナカに尋ねる。
「話しなさい」
「は、はい、ありがとうございます」
助かったとばかりにお礼を言う男に、ミナカは冷たい視線を向けた。
「礼はまだ早いです。EVAに対抗する手段とやらの内容如何によっては……」
「そ、そんな」
男は、泣きそうな顔になる。
「早くしなさい! 私は、愚図は嫌いです」
「は、はい!」
しかし、ミナカに叱咤され、慌てて表情を引き締める。
「私は、日本重化学工業共同体、通称、日重共のJAプロジェクト主任を務めております、時田シロウと言います」
日重共、民間工業団体である。
「JAプロジェクト?」
聞かない名称に、ミナカが僅かに眉をひそめ、マリを見る。
「政府主導で進められている、人型兵器、ジェットアローン建造計画のことです」
一応、政府主導と言うことは伏せられている。しかし、公然の秘密という奴で、その程度のことは、一寸その気になって調べれば簡単に判明する。
何故、政府がそんなことをしているのか。
それは、ネルフに対抗するためである。
全ては、ネルフが胡散臭い事による。非公開組織、それを良いことに、まさしく何も公開しないネルフ。そんな得体の知れない組織が国内に存在するのだ。疑心暗鬼になり、対抗するための力を用意しようと考えるのは、至極当然な事だろう。
「人型?」
ミナカは、今度はきっぱりと眉をひそめた。
「意味があるのですか?」
「エヴァンゲリオンに対抗するため、格闘戦も想定しております」
答えたのは、時田である。
同時に、自分たちの技術力を見せつける為という事情もあるだろう。
今に至るまで、巨大人型兵器はエヴァンゲリオン以外には開発されていない。理由は簡単。兵器として、人型は非常に効率が悪いからである。可動部分が増えれば、整備の手間がかかる。故障が増える。また、人型と言うことは、正面を向いたときの被弾面積が大きい。足を持っているため、どんな地形も走破性が高い、などと理由を求める者もいるだろうが、航空機の発達した近代である。巨大人型兵器などは、良い的だ。良いことなど、ほとんどないように見える。
しかし、技術者、開発者の技能レベルの高さを見せつけるには、打ってつけの素材といえるだろう。何しろ、殆ど実用化されていない。EVA以外は、その兆しすらない。そこで、人型兵器を実戦配備する。それが可能となれば、日重共のマーケットは拡大される。間違いなく。
「……それで、そのJAは、エヴァンゲリオンに対抗できるのですか?」
結局の所、問題はそれだけである。対抗できるのであれば、形は何であろうが構わない。
「はい、可能です」
きっぱりと時田は答えた。営業用の都合の良い部分だけをピックアップした返答かも知れない。しかし、少なくとも時田の返答に、迷いはなかった。
「その事に関しては、あちらの方でも良く分かっているようです。何しろ、我々のプロジェクトには、どこからともなく、妨害が繰り返されてきています。これは、我々のJAを恐れている事の証明になるでしょう。特に、JAの制御システムに対するクラッキングは、自慢の生体コンピューターを使用したとしか思えないモノです。全く、そのクラッキングの頻度は、偏執狂とまで思えるほどです。我ら関係者一同、呆れ返っているくらいです」
「エヴァンゲリオンは、ATフィールドなるバリアを使用するそうですが、その対抗策は?」
EVAの価値は、ATフィールドに集約される。ATフィールドがなければ、充分に通常兵器で破壊できる。そうなれば、EVAには存在価値はない。あほらしいまでの建造費、維持費。通常兵器をそろえる方が、余程経済的なのだ。
「エヴァンゲリオンの最大の弱点は、外部電源を必要とすることです」
時田は、その質問の答えとはならない、違うことを口にした。
「ケーブルを断ち切ってやれば、活動時間は僅かに5分。対して、JAは、連続150日間の稼働を可能とする計算です」
動かなくなってしまえば、ATフィールドも関係ない。そう言う答えだろうか。
「……その5分を、耐えきれるのですか?」
人造人間。そう言うだけあって、EVAの動きは、非常に人間に近い。ロボット、機械人形と言えば、どうしても鈍重なイメージがある。
「お待ち下さい」
時田は、先走りを咎めるように、ミナカに掌を向けた。
「耐える、などとは、誰も言っておりません。ATフィールドに対抗するための手段も、勿論考えております。──只、我々の予算では、そこまで手が回るかどうか……」
「解りました。援助しましょう」
ミナカは、即答した。
時田が、感嘆の表情をする。
「さすがはミナカ様。判断がお速い」
「世辞は要りません。──ただし」
ミナカは、静かに目を細めた。
天野連合のお姫様。そうした評価をされるミナカである。しかし、このお姫様はお城の奥で大人しくしているようなタマではない。なす術無く、王子様の助けを待っているような、無力なお姫様ではない。それを、誰の目にもはっきりと解らせる視線だった。
時田が目に見えて怯み、顔を汗で濡らす。人としての迫力で、時田はミナカにまるで敵っていなかった。相手にすらならない。
「お金は出しましょう。環境も整えましょう。しかし、口は出しません。──代わりに、あなたには結果を出して貰います。もし、結果を出せなかった時には……」
ミナカは、最後まで口にしなかった。
しかし、その意味は十分に知れた。
時田は、これまで以上の熱意を持って、JAプロジェクトを進めることとなった。
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