#36 反対運動の少女
「はんたーい! はんたーいッス!」
その日、ネルフに来たシンジとユウキは、入り口ゲート前で威勢良く叫ぶ少女を見つけた。
少女は、片手に「ネルフは出て行け!」と書いたプラカードを持ち、元気に叫んでいる。
「何、あれ?」
シンジは首を傾げて、ユウキに尋ねる。
「何でしょうねえ」
ユウキも同様に小首を傾げる。それから、とてとてした走り方で、少女に近づいていく。
「あの、何をなさっているのでしょうか?」
こう言うとき、平然と尋ねることが出来るのは、ユウキの美徳だろうか。それとも、悪徳だろうか。
その判断が付かないまま、微妙な表情でシンジは後に続く。
「何すか? ワタシに何か用ッスか?」
声をかけられた少女は、力一杯の声で尋ねてくる。叫んでいるときもそうだが、そうでないときも、なんだか一生懸命だった。
「いえ、何をしていらっしゃるのか、一寸、興味がありまして」
「興味があるッスか?」
少女は、ぱっと表情を輝かせた。
「でしたら、ワタシと一緒に叫ぶッス! ──はんたーい! はんたーいッス!」
「あの、まずは何をしていらっしゃるのか、教えていただけませんか?」
ちょっぴり、声をかけたことを後悔する表情で、ユウキが尋ねる。
「見ての通り、反対運動ッス」
少女は、きっぱりと答えた。何を当たり前のことを聞いてくるのだ。そう言う顔だった。
「反対運動だと言うことは、解ります」
何しろ、反対と叫んでいるのだから、反対運動だろう。少なくとも、賛成運動では反対とは叫ばないだろう。
「ですから、何故、何のために、何に反対しているのか、それを、教えていただきたいのですが」
「勿論、ネルフにッス!」
きっぱり、はっきり、元気良く少女が答える。
「何故ですか?」
「ネルフは、希少な動物を殲滅する悪の組織ッス! ワタシは、動物愛護の正義の心から、反対しているッス!」
「希少な動物って、使徒のことでしょうか?」
小首を傾げ、これはシンジに尋ねる。
「みたいだね」
シンジが、これ以上関わるのは止めよう。そんな顔で答える。
第3使徒は自爆をした。しかし、第4使徒はほぼ原型を止めたまま、殲滅された。今では、それは隠されているが、何しろ、あの巨体である。隠すまでに時間がかかってしまい、多くの人間に目撃されてしまっている。
使徒は、人類の敵である。サードインパクトの原因となり、人類を滅ぼす可能性を持つ。だから、どれほどネルフが胡散臭かろうとも、使徒殲滅という点に於いては、人類の味方であり、正義の組織だろう。一応。
しかし──
何しろ、ネルフは非公開組織である。それを都合良く受け取り、情報公開などは欠片もしない。シンジらの一部の人間は、独自の情報網を使い、ある程度の事情を察しているが、大多数にはそれを望む術もない。何も知らない、一般市民。だから、こういう行動をする人間も出てくると言うことだろうか。
「ま、確かに、人類のピンチなのに、それを公開しないで置こうとしているあたりに、全ての間違いの原因はあると思うけどね」
本来ならば、情報を公開するべきである。その上で、人類全員が協力し、その英知を集めて対抗する。それが、正しい姿であろう。
しかし、情報は一部の人間だけが握り、その他のモノはつんぼ桟敷。結果、ネルフと国連軍、あるいは戦略自衛隊との間では足並みが揃わず、どころか、お互いの間に悪感情を育てる原因となっている。一丸となって当たるべき場面で、縄張り争い、手柄争いが起こり、結果、EVAは単独で使徒に当たらねばならなくなってしまっている。国連軍や戦自の援護が受けられれば、もう少し戦いも楽になるだろうに。
「兎に角、納得して貰えたならば、ワタシと一緒に叫ぶッス!」
少女は、シンジ、ユウキに向かって告げると、再び大声で叫んだ。
「はんたーい! はんたーいッス! 希少動物の虐待、はんたーい! ネルフはでていけーッス! ──ほら、照れていないで、一緒に叫ぶッス!」
「ええと、私は……」
流石のユウキも、戸惑う。
「と言うか、他の仲間は?」
シンジは誤魔化すように尋ねた。
「あなた達二人ッス!」
少女は、間髪入れずに叫んだ。
「……って、いつの間にか、仲間にされているし」
シンジが流石に呆れた声を出す。それから、内容を吟味し、更に呆れた声で続ける。
「と言うことは、一人で反対運動をしているの?」
無謀だなあ。
そんな感情をたっぷり乗せた口調で、呟く。
何しろ、繰り返すがネルフは非公開組織である。しかも、特務機関権限なるモノを持っている。いざとなれば、少女の一人や二人、闇から闇へと簡単に葬り去ってしまうことが可能だ。そして、総司令碇ゲンドウは、簡単にそう言う判断をする。
もっとも、シンジにも人のことは言えないが。
こちらも、必要となれば、少女の一人や二人、容赦はしない。殺すどころか、泡のお風呂に沈めるくらいは、平気で行う。と言うか、既に使徒との戦いにおける行方不明者の幾人かは、シンジの手によって、沈められていたりする。これから先も、そちら方面に優れた手腕を持つ人物の加入により、更にその数は多くなっていくだろう。
「はんたーい! はんたーいッス!」
なおも元気良く叫んでいた少女であるが、不意に慌てた表情になる。
「まずいッス! ネルフの黒服が出て来たッス! ここは、逃げるッスよ!」
確かに、ゲートからネルフの黒服──保安部員が二人出てくると、こちらにやってきている。
それを見ると、少女は脱兎の如く逃げ出していく。大した逃げ足だった。
「待て、こら!」
叫びながらやって来た黒服二人は、あっという間に引き離されてしまう。少女は、まんまと逃げおおせる。
黒服二人は舌打ちし、それからシンジの方にやってくる。
そして、うって代わってにこやかな表情で、話しかけてくる。
「シンジさん、これから訓練ですか? ご苦労様です」
最敬礼して、シンジに挨拶をする。着実に、ネルフ内におけるシンジの勢力は伸びていた。
「所で、あの既知外女、何か馬鹿な事を言っていませんでしたか?」
「うん、ネルフは出ていけ、希少動物──使徒を守れって」
「全く、まだそんな馬鹿なことを……一回突っ込んでやったくらいじゃ懲りないのか?」
黒服が舌打ちする。
「まあ、そう言うな。また、突っ込んでやればいいだけの話だろうが。それこそ、懲りるまで何度でも。──いやあ、役得、役得」
もう一人が、それを宥める。なんだか、非常に嬉しそうである。出来れば、何時までも反対運動をしていて欲しい。そんな顔だった。
「今度は、もう少し、人数集めてやるか?」
「そうだな」
黒服二人は頷きあう。
「それでは、シンジさん、我々はこれで」
そして、シンジに挨拶をして、退場する。
それを見送り、ユウキは呆れたように呟いた。
「何というか、非常に腐ってきていますねえ。一体、誰の影響でしょうね」
「……さあ」
シンジは、明後日の方を見て、答えた。
訓練が終わり、シンジ、ユウキの二人は、有力な提携先である、埴輪土木へと顔を出すことにした。関係は緊密にしておくべきであるし、丁度、特殊な男性客向けの浴場を新築したいと言うこともある。そうなれば、値段交渉もしなければならない。
──と。
「はんたーい! はんたーいッス!」
すると、埴輪土木の方から、そんな叫びが聞こえてきた。
「ええと」
「何と言ったらいいのでしょうか」
二人とも、一寸困った顔を見合わせる。
それでも、当初の予定通り、埴輪土木へと向かう。
埴輪土木の前では、例の少女が叫んでいた。
「はんたーい! はんたーいッス! ネルフの手先、埴輪土木は出て行くッス! 希少な動物を傷つける、兵装ビルの建設、はんたーいッス!」
そこまで叫び、少女はシンジ、ユウキに気が付く。
「おお、あなた達は!」
少女は、にかっと満面の笑みを浮かべる。
「矢張り、ワタシの仲間になろうと言うんすね。さあ、一緒に叫ぶッス! はんたーい!」
何だかなあ、そんな顔で、少女を見つめるシンジ。
すると。
「やばいッス! 埴輪土木の警備員が出て来たッス! 逃げるッスよ!」
言うが早いか、脱兎の如く逃げ出す少女。
確かに、埴輪土木の方から、警備員がこちらにかけてくる。勿論、この警備員は眼鏡っ娘である。埴輪土木社長、瑞海カズキの趣味を見事に反映している。
「あなた達も、あいつの仲間ですか?」
警備員は、シンジ、ユウキを睨み付けるような視線で尋ねてくる。
「いや、僕は、碇組の碇シンジだけど……」
シンジが口を開く。
しかし、全てを口にする前に、社屋の方から一人の少女がかけてくる。埴輪土木社長、瑞海カズキだった。
「良く来てくれたわね。ユウキちゃん。──って、眼鏡は? 眼鏡!」
「ああ、すみません、忘れていました」
慌て、ユウキが眼鏡を取り出すと、かける。
「忘れちゃ駄目でしょ!」
カズキはそう言うと、眼鏡をかけたユウキの頭のてっぺんからつま先まで視線を動かして、言った。
「おおぅ、眼鏡っ娘、さいこー!」
「あの、社長、さっきの女の子は?」
ユウキが、その勢いに少々押されながら、尋ねた。
「ああ、既知外よ。既知外。放っておけばいいの。──そんなことよりも、眼鏡をかけたユウキちゃん、さいこー!」
ここにもおかしなのがいるよ。
シンジは、そっとため息を零した。
翌日、シンジ、ユウキはリツコから招待を受けて、第4使徒の解体現場へと出向いた。
正体不明の使徒。その正体を少しでも解明するための研究。そう言うことになっている。しかし、事情を知る者にすれば、何を今更、である。何しろ、ネルフの地下には第2使徒リリスが磔にされている。ドイツ支部には、第一使徒アダムが保管されている。研究するならば、そちらを調べればいい。実際、その成果が、EVAである。確かに、個体毎の差を調べる必要はあるだろうが、現在行われている基礎調査など、とっくの昔に終了しているモノである。
要は、対外的な宣伝工作と言うところだろう。何しろ、アダム、リリス、そしてEVAの正体については、秘密なのだから。
実際、力を注いでいるのは、解体処理の方だ。
「はんたーい! はんたーいッス!」
そちらの方から聞こえてきた声。
シンジ、ユウキは揃ってため息を零した。
縁があるときは、こんなモノだろう。
「はんたーい! はんたーいッス! 希少動物を殺したこと、許せないッス! しかも、それを極秘のウチに解体して証拠隠滅! はんたーいッス!」
拳を突き上げ、プラカードを持った例の少女が、声高に叫んでいる。
避けて、こっそり解体現場に入ろうとした二人であるが、少女は目敏く見つける。見つけてしまった。
「おお、同士よ! さあ、今度こそ一緒に、はんたーいッス!」
シンジは、ため息を付いた。
代わり、ユウキが尋ねた。
「あの、あなた、シンちゃんが何者か、ご存じ無いのですか?」
知らないだろうなあ、そんな顔である。
「ワタシの同士ッス!」
少女は、全く疑問の欠片もないきっぱりとした声で答えた。
二人は、長い、長いため息を零した。
「あのですねえ、シンちゃんは、ネルフのロボットのパイロットなんですよ。きっぱり、ネルフの関係者なんですよ」
「な、なんですと〜!」
少女が驚き、叫ぶ。
「希少動物を殲滅した、ロボットのパイロットッスか?」
「そうですよ」
「血も涙もない、万物自然の敵?」
「それは、違うと思うけど」
シンジが否定する。
「女の敵と言うことでしたら、確実ですけど」
それをユウキが混ぜっ返す。
「何だよ、それは。僕は、そんなんじゃないよ」
「自覚がないんですねえ」
心外だと叫ぶシンジに、ユウキはにしし笑いで応じる。
少女は、敵意も露わにシンジを睨んでいた。今しも、「はんたーい」と叫びだしそうな顔だった。
「ええと」
シンジは、少々困ったように、周囲を見回した。
残念なことに、こちらにやってくる警備員の姿は見えない。
シンジは小さく息を吐くと、言った。
「田茂地」
「何でございましょう……ひいふう」
何時の間に現れたのか、少女の後ろに、田茂地の姿があった。
「この人、邪魔だから、泡のお風呂にでも沈めちゃって」
「マーガレット様にお渡しすればよろしいですか? ……ひいふう」
「うん、任せる」
「解りました……ひいふう」
「え? 何スか?」
少女が、戸惑ったような顔をする。
その首筋を、田茂地の手刀が一撃する。
それで、あっさりと少女は気を失った。
「それでは、早速……ひいふう」
意識を失った少女を肩に担ぐと、田茂地は一礼して退場した。現れたときと同様に、何処へともなく、消える。
「ふう、これで、面倒事は片づいたかな」
僅かに安堵したように呟くシンジ。
そちらをユウキは曰くありげな視線で眺め、尋ねた。
「……誰が、女の敵じゃないんですか?」
シンジの返答は、無かった。
それ以後、二度と反対運動の少女が現れて、反対を叫ぶことはなかった。
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