#38 ケダモノの子供はケダモノ


 プレハブの外を通ったのは、黒服のSPを引き連れた碇ゲンドウと冬月コウゾウだった。彼ら二人もまた、使徒を視察に来ていたのだ。
 二人して、何事か話し合いながら、使徒の弱点──コアの所に向かう。コアは、プログナイフによって破壊されている。それでも元の形、球面を残した部分はあり、その前で立ち止まる。そこで、ゲンドウは普段外すことのない手袋を外し、コアの表面を撫で回し始める。
 一通り撫で回すと満足したのか、ゲンドウはその手を背中で組む。
 晒される掌。
 そこには──
「火傷?」
 そちらを見ていたシンジが呟く。
 シンジの言葉通り、ゲンドウの掌は、非道い火傷を負ったのか、ケロイド状になって引きつれている。それも、その色あいから見るに、つい最近に。
「起動実験中に、零号機が暴走したのよ。その時、レイがエントリープラグに閉じこめられて、それを碇司令が助け出したの。──加熱したハッチを無理矢理こじ開けて」
 リツコが火傷の原因を説明する。本当ならば、シンジには問いつめたいことが山ほどある。しかし、この場で問いつめようにも、シンジの興味はよそに移ってしまっている。仕方が無く、そんな感じの、投げやりの説明だった。
「ああ、あれが」
 シンジは納得し、しかし、どこか馬鹿にしたような口調で応じた。
 これは、リツコの予想した反応とは、やや、異なった。自らの怪我を省みず、負傷者を助ける。これは、美談だろう。だが、シンジの反応は、鼻で笑うような感じだった。
「父さんは、もう少し費用効率とか、考えた方が良いんじゃないですか?」
「え?」
 リツコは戸惑う。
「だってねえ。多寡が一人の女の子のハートをゲットする為だけに、多額の出費をしてまで自作自演の救出劇。もともと、ネルフが父さんが好き勝手にできる恣意的な組織とは言え、いくら何でも、問題有りじゃないですか?」
「な、何を言っているのよ!」
「零号機起動実験失敗の狙いって、綾波レイを父さんラブラブにしようって事でしょ?」
 シンジは、けろりとした口調で言って、リツコの方を見た。
「馬鹿らしいですねえ。シンちゃんか、メグさんにお願いすれば、碇ユイに似た従順な女性をいくらでもあてがってくれるでしょうに。それも、リーズナブルな値段で」
 ユウキも、呆れたような口調で付け足す。EVAの事故まで演出して、莫大な金額を使うのは、全く持って不経済。度し難い。そんな顔だった。
 いや、こちらの言葉も、かなり不穏当なモノだったが。
「そうだよねえ。今時、顔なんていくらでも変更が利くし。母さんのそっくりさんくらい、いくらでも作り出せるのに。──いや、もしかして、父さんて、実はロリ?」
 それは嫌だなあ。妻殺しの上に、ロリコンの息子。そんな立場は勘弁して欲しい。
 そんな顔で論評するシンジ。
 リツコは、口を酸欠の金魚のように開閉しながら、シンジを見つめていた。何か、反論しようとするのだが、とっさに言葉が出てこない。
「ちょっと、ちょっと!」
 そこへ、慌ただしく葛城ミサトが割り込んでくる。
「それって、どういう事よ!」
「どうって?」
「そう言えば、前にも聞いたことがあったけど──レイが、司令の愛人、って本当なの?」
 ミサトが初めてシンジの家を訪れたとき、保安部員がそんな話をしていた。しかし、その時ははさほど気にしていなかった。と言うよりも、その後の話──ユウキの立場など──のインパクトで、半ば忘れかけていた。しかし、改めてその話が出てきて、今度は放っておけないと思ったらしい。
「本当ですよ」
 何を今更。
 そん顔で、シンジが肯定する。
「ちょ、ちょっと、それって……」
 絶句しかかるミサト。何を馬鹿なことをと、反論したいのだろうが、ミサト自身、思い当たる部分はある様子だ。実際、ネルフ内部でも、そうした噂は流れていた。いつもむっつりの総司令碇ゲンドウが、綾波レイにだけは笑顔を見せる。また、どう見たって人助けなどしそうにない人間が、わざわざレイの時だけは体を張って助けている。これも、疑惑のネタの一つだ。
「何処で見つけてきたか知りませんけど、綾波さんは、シンちゃんのお母さん──碇ユイ博士の若い頃のそっくりさんなんですよ。未だにユイ博士に未練を持っている司令としては──まあ、代償行為でしょうか? 綾波さんに劣情をぶつけていると」
 ユウキが、なんでもないことを告げるように口にして、ちらとリツコの方を見る。「何処で見つけてきたか知りませんけど」、今の部分、重要ですよ。きちんと脳裏にメモして、司令に伝えて下さいよ。そう言う視線だが、あくまで一瞬。
 リツコは、顔色を変えて、沈黙している。おそらく、この様子では、ユウキの曰くありげな視線になど、欠片も気付くことが出来なかっただろう。
「幼い頃からの教育の成果で、綾波さんは、司令に絶対服従、使徒殲滅に良し、欲求不満解消に良しの便利なお人形さん。身よりもないし──もしかしたら、ネルフ司令の権力でもって、身寄りを無くしたのかも知れませんけど、どっちにしろ、好き勝手にしても、どこからも文句のでない身の上。こういのも、ライトスタッフって言うんでしょうか?」
「な、何言っているのよ。レイはマルドゥック機関の発見した、ファーストチルドレンで、そこに司令の恣意が入る余地なんて──」
 ミサト自身、シンジの言葉を肯定している部分が多々ある。ゲンドウとレイの関係。そうした疑惑の目を向けられるには、充分なモノがあったから。それでも、素直に認められ無いとばかりに反論してくる。
「ありまくりですね」
 シンジが、首を傾げながら、ミサトに告げる。
 EVAの操縦システム、そして、チルドレンの選出の欺瞞については、第3使徒戦でシンジ、ユウキによって暴露されている。マルドゥック機関が、どれほど当てにならない組織であるか、明白なはずだ。しかし、この反応はなんなのだろうか? そんな顔だった。
「シンちゃん、葛城さんは、第3使徒戦に遅刻しましたから、そのあたりの事情を知らないのでは?」
 ユウキの言葉、「遅刻」の部分には、たっぷりと棘が生えていた。
 しかし、ミサトの鉄面皮を貫くことは不可能だったようだ。良く分からない。そんな顔で、首を傾げている。
「にしたって普通……もしかして、誰も教えてくれないのかな?」
 うわ、悲惨。つんぼさじきもここに極まれりかも。
 シンジが顔を顰める。
 シンジの暴露話については、無かったことになってしまい、文書化はされていない。未だ、対外的、公式には、チルドレンとは、特殊な遺伝子を持った特別な存在、そう言うことになっている。
 しかし、ネルフ内部には、シンジの暴露話が高い信憑性を持って広まっていたはずなのだ。
「な、何よ、その同情の視線は!」
「葛城さん、強く生きて下さいね」
「だから、何よ、その同情の視線は!」
 ユウキに労るように肩を叩かれ、ムキになってミサトが叫ぶ。
「そんなことよりも、証拠はあるの?」
 どこか底冷えのする視線、口調でリツコが尋ねてきた。何とか、再起動を果たしたらしいが、未だ平静にはほど遠い様子だ。
「証拠って……その種の宿泊施設に入ろうとする綾波さんと父さんの写真とか、その種の行為をしているらしい父さんと綾波さんの盗聴テープとか、色々持ってますけど」
「な、何でそんなモノもってんのよ!」
 信じられ無いとばかりに、ミサトが叫ぶ。
「え? 権力者の弱みを握っておくのは、必要なことじゃないですか」
 ユウキが、何を当たり前のことを聞いているんだ? あっけらかんとした顔で応じる。
「別に、父さんにこだわった訳じゃなくて、他にも、戦自高官とか、議員とか社会的に高い地位にある人なんかを中心に。僕らも後ろ暗いことをいろいろとしていますから、いざって時の交渉のためのネタは、常日頃からマメに収集するように心がけてますけど」
 シンジの方も、まるで疑問には感じていないらしい。
「あ、あんた達、いったい何なのよ……」
 ゲンドウ、レイの関係よりも、そっちの方が恐ろしい。ミサトは、信じられないモノを見る視線でシンジ、ユウキを眺める。リツコに言われた言葉。「一つ目国の住人」、全く、その通りだ。自分とは、世界が違う。違いすぎる。
「広域指定暴力団、碇組の組長と──」
「その情婦ですよ」
 平然と、二人がわざわざ説明してくれる。
 が、ミサトはちっとも感謝しなかった。
「ユウキの立場って、情婦なの?」
「……何を今更」
「だって、もう少し、違う立場じゃないのかなあ?」
「……良く言いますねえ。ケダモノシンちゃんが」
「うっ。だから、ケダモノは──」
「自覚無いんですか?」
「……」
 馬鹿なやりとりをしている二人を、ミサト、リツコはは呆然と見つめた。
「……でも、零号機起動実験失敗は、予想されたことじゃないでしょう? 後付で理由を付けただけじゃないの?」
 必死で平静を取り繕っています。リツコが、そんな顔で反論してくる。
 本来ならば、愛人云々よりも、こちらこそが問題になるべき部分だろう。零号機起動実験が、わざと失敗になるように運ばれたとすれば、こちらの方がより重大な問題だ。確かに綾波レイが碇ゲンドウの愛人か否かと言うことも、モラル的にかなり問題だが、結局は、個人の話になる。こちらは、公的な問題だ。いくらゲンドウがネルフ司令とは言え、いや、逆に司令だからこそ、個人の目的のために権力を使うなどは大問題である。──もっとも、何かとゲンドウの恣意で動いているネルフ、言っても詮無いことかも知れないが。
 僅かに細められた瞳で、リツコはシンジを見つめる。取りあえず、ゲンドウの事はいい。今は、シンジのことだ。
 何処まで事情を知っているのか。
 それを探ろうとする視線。僅かな躊躇い、どんな小さな変化も、見逃さない。誤魔化しを絶対に許さない。そんな視線。
 シンジは、それに気が付いていたが、あっさりと言った。
「リツコさんが、そう言うことを聞くんですか?」
「……どう言うこと?」
「だって、失敗するようにお膳立てをしたのは、リツコさんでしょ?」
「ちょっと、どう言うこと? リツコ!」
「ミサトは黙っていて!」
 乱暴にミサトの発言を封じると、リツコは、シンジを見る。
「なによぉ」
 などと、ミサトが背後でぶつぶつ言っているが、無視する。
 シンジは、リツコを見て告げた。
「父さんに、命令を下す以上のことが出来るとは思えないし、結局、手を汚すのは他の人間。──で、一番可能性が高いのが、赤木博士だと思うんですよ」
「どうして、そう思うの?」
「赤木博士だったら、技術的に余裕で可能。更に言えば、この事故で綾波さんがどうなろうとも──例えば、命を失おうとしても、全然問題に感じないでしょう? 他の人間だったら、躊躇うかも知れない。でも、リツコさんは、合法的に──合法じゃないか──兎に角、命令に従っているだけだからと、言い訳を用意しつつ、実行できる」
「……」
「一昨日の夜の相手。これだけで、充分でしょう?」
「……何処まで、知っているの?」
 底冷えのするリツコの声。
 しかし、シンジはその程度で怯えるような、かわいげのある性格をしていない。
「そりゃあもう、いろいろと」
 シンジは、いろいろと言うことを示すつもりか、両手を広げた。
「少なくとも、社会の公表されたら、父さんが表を歩けなくなるようなことを」
「──でも、その場合、シンちゃんも、息子として、随分肩身が狭くなりますよねえ」
「それが問題」
 シンジは、難しい顔で、腕を組んで考え込むような素振りを見せた。
「何で、僕は、あんな性犯罪者の息子な訳? 世の中、間違っているよ」
「順当だと思いますけど」
 しかし、ユウキに突っ込まれて、シンジは世にも情けない顔になる。
「なんだよそれは。僕には訳がわかんないよ」
「本当に?」
「……」
 ユウキに問われて、シンジは明後日の方を向いた。
 偉そうなことを言っても、当人にもいろいろと思い当たる節がある様子だ。誤魔化すように、口笛なんかを吹き始めている。
「ケダモノの子供は、やっぱりケダモノですねえ」
 嘆息するユウキ。
 いつものやりとりになってしまった二人を、リツコは冷たい目で見つめていた。

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