#39 刺客
とある国、とある街。
たーん。
闇夜に、銃声がこだまする。
道を歩いていた酔っぱらいは、ふと、戸惑ったような顔をする。
「あれ?」
それが、その酔っぱらいの生涯最後の言葉となった。
額に穴を開けられて、ぱたりと倒れる。
その様を、スコープ越しに見つめている女がいた。
「ふっ。どんな屑でも、同じ血だ。……綺麗」
やばいことを呟きながら、女は構えていた狙撃銃のスコープから視線を外す。
「シャロンさんですね」
その背中に、声がかけられる。
これは、全くの不意打ちだった。
女──シャロン・ルースは慌てて振り向く。
振り向いた先には、日本人の女が立っていた。艶やかな長い黒髪。整った美貌。知性が先に立つ容貌は、どこか、冷たさを感じさせる。クールビューティー、その見本のような女だった。
きっと、こいつの血も綺麗だ。
物騒なことを考えるシャロン。ゆっくりと、さりげない動きで、手を腰の後ろに回そうとする。
「動かないでいただけますか?」
完璧にコントロールされた冷静な声。同時に、シャロンの額に向けられた拳銃。
その声にうたれ、シャロンは動きを止める。この女の目的は不明。しかし、腰の後ろのホルスターから銃を抜こうとすれば、その描いたような綺麗な眉を一筋も動かさず、殺しに来る。それを、確信する。
「……解った」
シャロンは頷き、ホールドアップとばかりに、ゆっくりと両手を持ち上げる。途中、右手を緊張させ、次いで、弛緩を──
「下らないことは、止めておいて下さい」
再び、シャロンは背後から声をかけられる。
こちらの声は、近い。すぐ背中。
慌てて振り向こうとしたシャロンの首筋に、いつの間にかナイフが当てられている。いや、ナイフではない。日本刀? 小太刀という奴か。何にせよ、良く切れそうだった。
「アキノ、シャロンさんの武装解除を。そうしないと、安心して話は出来ないようですから」
正面の女の言葉に、背後の人物が素早く、シャロンの全身を確かめ、武器を取り去っていく。
つい先刻、起死回生に使用しようとした袖の仕込み銃は勿論、腰の後ろの拳銃、足首のバックアップの小型拳銃、ナイフ、踵に仕込んだプラスティック爆弾、更には髪の中に紛れ込ませたワイヤーソー、完璧に武装解除されてしまう。
シャロンは、盛大に顔を顰めて見せた。
「参った、私の負けだ」
素直に、お手上げのポーズをする。
「──で、私をどうするつもりだ? 見たところ、警察の者ではない様子だが」
「私は、日本の関東天野連合の者です」
女、彼岸花マリは、静かな口調で自己紹介する。
「ふ〜ん、それで、こっちは?」
シャロンを武装解除させた背後の影は、それら一式を持って、距離を取っている。そちらを見て、シャロンは僅かに眉を動かした。
その影の格好は独特のモノだった。
影は、未だ二十歳に達していない少女だった。上衣は、着物で、その下に黒のボディースーツ。下は、黒のスパッツ。背中には、日本刀を背負っている。アメリカ人あたりが見たら、「お〜、ニンジャ、フジヤマ、ゲイシャガール!」とでも騒いだだろう。少女の格好は、いわゆる忍者──どことなく、間違っているような部分もあるが──であった。
「彼女は、私の影働きをして貰っている、宮島アキノです。下手なことをしない方が無難ですよ」
マリが簡単に少女の説明をして、それから、本題とばかりに切り出す。
「我々は、あなたに依頼があって参りました。少々、性格的に問題があるとは言え、一流のスナイパーである、シャロン・ルース、あなたに」
「はっきり言うな……」
シャロンは、僅かに苦笑しながら応じた。
性格的に問題がある。確かにその通りである。先刻の狙撃は、別段、以来や目的があって行ったわけではない。純然たる、シャロンの趣味である。問題があると言われても、仕方がないだろう。
「……まあいいだろう。引き受けよう」
「物わかりがよろしいですね」
「嫌だっていったら、どうするつもりだ?」
即座に殺されるだろう。シャロンは、そう感じていた。
マリは、完璧な微笑を、その答えとした。
その通りのようだ。
「──で、依頼って言うのは、何だ?」
「日本の第3新東京市に、碇組という暴力団組織があります。その関係者を、無差別に狙撃していただきたいのです。出来れば、組長、碇シンジを狙って欲しいのですが、贅沢は言いません。出来るところから、お好きなだけ狙撃していただいて結構です」
あなた好みでしょう?
そんな口調だった。シャロンの嗜好を揶揄している。
「ふん、黄色人種か」
揶揄されたシャロンは、別段気分を害した風でもなく、首を傾げて呟く。
シャロン自身は、白人である。これは、人種差別か?
「お気に召しませんか?」
答えは、否だった。
「いや、黄色かろうが、黒かろうが、流れる血は一緒の色だ」
シャロンは、嬉しそうに危ないことをさらりと告げて、マリの依頼を請け負った。
「日本、第3新東京市ですか?」
神父が、首を傾げて尋ねた。
大きな神父である。身長は、2メートルを超えるだろう。そして、それに正比例するかのように、逞しい体。丸眼鏡の向こうには、穏和な瞳が見える。しかし、その左頬には大きな切り傷があり、この神父を尋常ならざる存在に見せていた。
「そうだ」
もう一人の神父が答えた。こちらは、中肉中背。取り立てて特筆する部分のない男だった。それでも一応、眼前の神父の上役に当たる。
「君も、ネルフという組織のことは知っているだろう?」
「勿論です。紫の悪魔を駆り、神の御使いを倒さんとする、邪教徒どもの総本山」
「その通り。我らの神に逆らう異教徒どもだ」
「つまり、それを殲滅せよ。──そう言うわけですか?」
にやりと、神父は獰猛きわまりない笑いを浮かべた。人喰いの化け物が笑ったら、こんな感じになるだろうと思わせる、危険な微笑。信者や、孤児院の子供には、決して見せない笑い。しかし、これがこの男本来の笑いだった。
「そうだ、手段は任せる」
上役の神父が頷く。
「それは、それは」
嬉しそうに笑う神父。
その足下に、ボールが転がってきた。
向こうから、手を振りながら、子供が駆け寄ってくる。
神父は、ボールを拾い上げると、にこやかな笑顔を浮かべ、子供に投げ返す。先刻の獰猛な笑顔ではない。神に仕える、清らかなる神父。人を安心させる、柔らかな笑み。
彼は、自分と同じ神に仕える者には、非常に寛大で優しかった。
「子供達へのお土産は、何が良いでしょうか? 矢張り、日本の名物と言えば、「スシ」ですか?」
「それは、土産にはちょっと難しいだろう。そのあたりも、君に任せる」
「解りました」
神父は、再び獰猛な笑みを浮かべる。
上役の神父は、祝福するかのように、口を開いた。
「神と子と精霊の御名において──」
「エイメン」
最後の決め台詞は、二人で唱和する。
「──では」
神父は、早くも背を向けていた。邪教徒狩り。それは、神父の好むところであった。既に、心は第3新東京市に飛んでいる。後は、体を飛ばすだけだった。
その背中が見えなくなってから、上役の神父は、自らの背後を振り返る。
そこには、美しい日本人の女性がいた。
「ミス・マリ。これで、よろしかったですかな?」
「ありがとうございます」
その女性、彼岸花マリは、柔らかく、完璧な微笑で応える。
「それでは、約束の件──」
「解っております。孤児院に対する援助、直ぐに開始させていただきます」
マリは、微笑みを浮かべたまま、答えた。
某所。
「成る程、あそこは、あいつのいる場所だな」
男は、テンガロンハットのひさしを指で持ち上げて嘯いた。
それから、微妙に眉毛を動かして、目の前で沈黙を守る美女に尋ねた。
「あいつが誰だか、聞かないのか?」
どうやら、聞いて欲しいらしい。
彼岸花マリは、いつものデフォルトの表情、完璧な微笑のまま、尋ねた。
「どなたが、いらっしゃるのですか?」
「ふっ。俺の、つまらないこだわりという奴さ」
男は、ニヒルに笑って見せた。
「そうですか」
「渡り鳥は、一人で充分だとは思わないか?」
「青葉シゲル、ですか?」
このあたりの情報は、マリも当然持ち合わせている。
「そう、ギターを持った渡り鳥。なかなか、いい腕だ」
男は、遠くを見るような視線、表情になる。
確かに、腕はいい。それは、マリも肯定する。只、少々五月蠅いのが難点だと言うが。
「だが──」
男は、もったいぶった口調で続けた。
「残念なことに、奴は二番目だ」
なにやら、語りたいらしい。そう判断して、マリは沈黙を守る。
また、男は眉毛を微妙に動かした。
「……誰が一番だか、聞かないのか?」
「……一番は、どなたですか?」
男は、その質問を待っていましたとばかりに、顔をほころばせる。そして、奇妙な抑揚を付けて、言った。
「俺さ」
満足げに小鼻を膨らませる男。
一方、マリの方は、少々人選を誤ったかも知れない、そんな危惧を抱いていた。否、人選は間違っていないはずだ。この男、確かに腕はいいとの評判である。
「それでは、依頼を受けていただいたと考えて、よろしいですか?」
「ああ」
男はもったい付けた仕草で頷いた。
「この俺、「ベースを持った渡り鳥」に任せておけば、全てが上手くいく。確実だ」
「……それでは、よろしくお願いします」
マリは、デフォルトの微笑を保つことに苦労を感じながら、頭を下げた。
某県──カレーハウス「あみーご」。マスターは当然、「おやっさん」と呼ばれている。
そこで、その男を前にしたとき、マリは思わず驚きの表情を浮かべてしまいそうになった。しかし、見事な忍耐力を発揮して、いつもの微笑を保つ。
それほど、その男は異様な風体をしていた。
その男の格好は、正義の味方、バッタの改造人間に酷似していた。あの、風力で動力を得る奴だ。それに、よく似ていた。
ただし、こちらは亀のようだが。
「……あなたが、郷田さんですか?」
「そうだ」
器用に、口元を動かして、男──郷田真が応じる。
「私は、関東天野連合の、彼岸花と申します」
自己紹介をしつつ、マリは男を観察した。
やっぱり、亀だった。擬人化の大家、ディ●ニーもびっくりである。
「俺の格好が、不思議らしいな」
「いえ……はい、少々」
否定しようとするが、それもわざとらしく、嘘臭い。そう思い直し、マリは素直に頷くことにした。
「ふ──」
男は、苦い微笑を浮かべた──つもりのようだ。残念なことに、その表情を読みとるのは、至難の業だった。
「アレは、まだ、俺が普通の人間だった頃の事だ。俺は、ちょっとしたバイトをした。それが、間違いの元だった」
何でも、そのバイトは、非常に割が良かったらしい。裏があるのではないかと思うほどに、割が良かった。只、寝ているだけで、一日で10万円貰える。非常に、割がいい。
と郷田は言ったが、マリはきっぱり呆れていた。裏がないわけがない値段設定である。
郷田の話では、確かに、そのバイトは寝ているだけで良かったようだ。だが、寝ている間に、何をされたか。それが、問題だった。
バイトの説明を受けている最中、郷田は、問答無用な眠気を覚えた。どうやら、出されたコーヒーに睡眠薬の類が仕込まれていたらしい、と気が付いたのは、ず〜っと後になってからのことだ。そして、気が付くと、郷田はベッドの上で拘束されていた。天井には無影燈。そして、ベッドの脇には手術道具。その中には、カンナやノコギリなんかもあったのが、不気味だった。
そして、それ以上に不気味だったのが、彼をのぞき込んでいた3人の女性。
一人は、なんだか男の趣味が悪そうな女。どことなく脳天気、「生きてさえいれば、そこは天国」そんな感じに見えた。
一人は、紫色の唇をした、一寸年の行った女。下手に「ばあさん」などと呼ぼうモノなら、首を絞めて殺されてしまいそうだ。
最後の一人は、外人の血が混じった様子の、気の強そうな女。いい年をして、お人形に話しかけそうな感じだった。
その3人の表情。そして、手術道具。これから、何かをなされる。それも、非常にろくでもないことを。
郷田は、必死で叫んだ。
「止めろ〜、ゲヒルン! ぶぅっとばすぞぉ〜!」
しかし、その甲斐なく、郷田は──
亀の改造人間にされてしまった郷田。しかし、男の趣味の悪そうな女は、その郷田を気に入らなかったようだ。
「なんだか、正義のヒーローみたいで好みじゃない。もっと、こう、悪役みたいな顔じゃないと」
そんな言い分で、郷田は廃棄処分されることとなった。
致死性の薬物を投与された郷田。そして、そのまま廃棄された。しかし、改造された肉体は、その薬物に耐えた。そして、危機一髪で脱出。そのまま、現在に至る。
「──ゲヒルン、ですか?」
マリは、尋ねた。
ゲヒルン。それは、ネルフの前身。人工進化研究所の改組したモノ。そして、3人の女性とは、おそらく前から順に、碇ユイ博士、赤木ナオコ博士、惣流キョウコ・ラングレー博士だろう。
「そう、悪の秘密結社、ゲヒルン。私は、以来、その悪の秘密組織を叩きつぶすべく、正義のヒーローをやっている」
郷田は、力強く頷いて見せた。
それから、僅かに表情を暗くした──様に見えた。亀だから、相変わらず表情は読めない。雰囲気からの判断だ。
「しかし、残念なことに、さすがは社会の裏側に潜む悪の秘密結社。どれだけ探しても、私はゲヒルンを見つけだすことが出来ないでいる。今も、探しているのだが……」
「現在では、ネルフと改名しています」
「何?」
郷田は、驚きの声をあげた。
「成る程、さすがは狡猾な悪の秘密結社。そのような手で、私の捜索から逃れるとは……」
こいつ、駄目かも知れない。
そう思いつつ、苦労して保ったいつもの微笑のまま、告げた。
「私の依頼というのは、そのネルフに関係することです」
それでも、一応依頼をすることにする。枯れ木も山のにぎわい。こんなんでも、何かの役に立つかも知れない。逆に、前向きに考えれば、非常に扱いやすそうな人材だ。
「そのネルフの、更に裏の組織、碇組に関係することです」
「碇組?」
「はい、あなたを改造した、3人の女性、その内の一人、碇ユイ博士の息子が、責任者をしています。──そこを、叩きつぶして欲しいのです。何しろ、やつらは悪の組織です。このままでは、罪のない人間が泣くことになるのは明白です」
「成る程、正義だな」
郷田は、頷いた。
「だが、依頼料は、きちんと払って貰うぞ。あの3人の魔女ども、約束の報酬を踏み倒しやがった。これは、悪だ。絶対に許せん!」
改造されたことよりも、そちらを恨みに思っているのではないか。
マリは、非常な不安を感じた。
天野連合に雇われたヒットマン達は、それぞれに第3新東京市に向かう。
碇シンジの首を求めて。
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