#40 プールサイドの品評会
その日の第3新東京市は、平和だった。
どれくらい平和か、具体的な例を挙げるならば、碇シンジが、のんびりと学校に行けるほどに。
久々に登校したシンジとユウキ。ようやく、第4使徒戦──同時に、天野連合精鋭2000の襲来による混乱も収束している。二人は、今日はまるで普通の中学生のように、学校生活を楽しんでいる。
その裏では、田茂地があちこちを飛び回り、協力の要請やら脅迫やらを繰り返しているが、それは、それである。偉大なるミュージシャンの歌の一節、「俺が一生懸命仕事をしているのに、この世のどこかでS●Xしている奴がいる」の様に、働いている者がいれば、遊んでいる者もいる。世の中とはそう言うモノなのである。
その日の体育の授業。
シンジは、グラウンド周りの土手の半ばほどに寝ころんで、プールの方を眺めていた。
今日の体育の科目は、男子はサッカー。女子は、プールで水泳である。
常夏の国、日本。今日はいい天気。はっきり言って、糞暑い。こんな日にグラウンドを走り回るのは、正直、遠慮したい。
同様に考えている者も多い様子で、プレイをしている者は兎も角、そうでない者達はシンジ同様、土手に寝ころび、だらけた格好でいる。
そして、これまた同様、プールの方を眺めている者も多い。
プールからは、女の子の嬌声が聞こえてくる。非常に賑やかで楽しそうである。
プールに入れば、この暑さも和らぐだろう。そう言う、羨望。同時に、中学生。多くの者が色気づく年頃である。そう言った年代の者にとって、女子の水着姿。興味を惹かないわけがない。
「センセ、何を熱心な目をしてんでっか?」
鈴原トウジが、プールサイドを見つめるシンジに声をかけてきた。いつの間にか、シンジのことはセンセと呼ぶ事にしたらしい。
「センセも、案外、助平ですな〜。淡泊そうな顔しとんのに」
トウジは、にこやかにシンジに話しかける。ワイは、碇さんに付いていく。その決意は、今のところ揺らいではいない。
「誰見とんですか? お、綾波きゃ? さすがはセンセ、しぶい趣味しとりますねえ〜」
確かに、シンジは綾波レイを見ていた。
綾波レイ、14歳。
マルドゥック機関の報告書によって選出された、最初の被験者。ファーストチルドレン。
エヴァンゲリオン試作零号機、専属パイロット。
過去の経歴は白紙。全て、抹消済み。
綾波の、プロフィールである。例えば、ミサトあたりに渡されている表向きの。
しかし、その実体は──
その綾波も、久方ぶりに学校にやってきている。ようやく、起動実験失敗時の、更には第3使徒戦時の怪我も癒えた。そう言うことになっている。
実の事を言えば、シンジもそれにあわせて、学校にやってきたのだ。
ネルフ司令、碇ゲンドウは、綾波レイとシンジとの接触を嫌い、綾波の住居をジオフロント内に移すことにした。同時に、学校に通うことも止めさせるつもりだった。しかし、只でさえゲンドウの掌中の玉と見られる綾波レイ。こだわりすぎることを危険視した冬月の説得により、学校にはそのまま通わせる次第となった。今更手遅れかも知れないが、ゲンドウが綾波にこだわればこだわるほど、上位組織ゼーレの注意を引くことになる。本腰を入れて調べられれば、いろいろと問題となる事がばれてしまうかも知れない。それを、少しでも避けようと言う配慮である。今更の感も大きいが。
対して、シンジの方も、綾波レイには注目していた。
ゲンドウの計画には、必須の人材。早めに、こちら側に取り込んでおきたい。しかし、どのように接触を持つか。
プールサイドの隅っこの金網近く、誰とも会話せず、一人、三角座りをしている綾波を眺めながら、シンジはいろいろと計画を練っていた。
「綾波の首筋〜、綾波の太股〜、綾波のふくらはぎ〜」
シンジの後ろでは、トウジが馬鹿なことを言いながら、まるで身悶えするみたいな格好をしている。
「トウジ、止めろよ、みっともない」
と、それを止める奴がいた。
相田ケンスケである。
これに、周囲の──トウジを含むクラスメートの大半がざわめく。きっぱりと、驚愕していた。この反応は、彼らの知るケンスケのモノではない。
トウジと一緒になってはやし立てるか、目を血走らせてプールの方を注視する。そこで、「凄い、凄い、凄すぎる〜!」とでも叫んでカメラを構えたら、それがまさしくケンスケ。そのはずだった。
しかし、このケンスケには、なにやら奇妙な余裕のようなモノが伺えた。
ふん、高々水着くらいで大袈裟に騒ぐなよ。ガキじゃないんだからさ。
そんな感じの余裕が。
「ケ、ケンスケ、お前、どないしたんや? なんぞ、悪いもんでも喰ったんか?」
「そうだぞ、ケンスケ。また、頭でもぶつけたのか?」
「ほら、ケンスケ、お前の大好きな女子の水着姿だぞ? 遠慮は要らないぞ、ほら、いつもみたいに……」
「違う、違う! こんなのは、俺のケンスケじゃない!」
なにやら不穏当な叫びも混じりつつ、トウジを初めとする周囲の者達が、ケンスケの頭を心配げに声をかける。彼らのケンスケ像とは、まさしく前述のようなモノ。間違っても、今のような姿ではない。
「ふっ」
ケンスケは、周りの者達に、優越感に満ちた、ある種、哀れみの様なモノを含んだ視線を向け、小さく鼻で笑った。
「何や、その視線。むっちゃむかつくで」
「トウジ、大人になれよ」
ケンスケは、機嫌を損ね始めたトウジに、軽く告げた。瞳には、蔑むような色があった。
「俺達も、もう大人なんだから、水着、水着で騒ぐこともないだろう」
「うわ〜、ケンスケが壊れた〜!」
この世の終わりを宣告されたみたいに、数人が怯え、泡を食って逃げ出していく。
トウジも、完全にびびりきった顔をしている。本来ならば、怒り心頭に発し、ケンスケを怒鳴りつけていたところだが、この変化には戸惑いと、それ以上に恐怖を感じていた。
こいつは、ケンスケのふりをした宇宙人かも知れない。よしんば本人だとしても、何か、致命的な損傷を脳に受けてしまっているのかも知れない。
疑惑、恐怖。そんなモノを含んだ視線で、ケンスケを見つめる。見つめ続ける。下手に目を逸らしたら、その瞬間、何か恐ろしいことが起きるかも知れない。
「失礼だな。俺は、お前らよりも一足早く、大人になっただけだ。水着程度では、騒がない程度にな」
何が起きたのか、どう大人になったのか。兎に角、ケンスケは自信に満ち、余裕に溢れていた。
「そうでしょう、シンジさん」
何故かここで、ケンスケはシンジに同意を求めた。トウジ以上にへりくだった態度、両手をもみ合わせている。
「水着程度、騒ぐほどのことじゃ、ありませんよね」
「ううん。僕は、結構好きだけど」
シンジは照れもせず、簡単に答えた。そして、続ける。
「勿論、裸がベストだけど、水着でも体の線がばっちり見えて、商品評価がしやすいし」
「しょ、商品?」
トウジが聞き返す。
「うん」
シンジは、あっさり頷いた。
「結構、育っている人から、そうでない人までいろいろと。学校って、本当に優れた商品の宝庫だねえ。この年から仕込めば、使い物にならなくなるまで、どれだけ稼いでくれるか。本当に楽しみだよ」
けろりとした顔のシンジ。
そちらを、トウジは恐れの表情で、ケンスケは尊敬の表情で見つめた。
第3新東京市で、シンジは男性向けのある種の店を開業していた。そして、それは大繁盛。従業員の絶対数が足りず、その補填は急務だった。
何しろ、第3新東京市には、男が多い。男女の比率は、呆れ返るくらいに男性に傾いている。
第3新東京市には、セカンドインパクトで減少した以上の人間が移り住んできている。
これは最初、ネルフによる要塞都市化、その建設ラッシュによる。多くの単身赴任の建築関係者の移住。そのラッシュも一旦は落ち着き、流出していった人間は多い。現在は殆ど廃墟同然の単身赴任者用のマンションは、その名残だ。しかし、そのまま居着いてしまった人間もいた。
その後は、表向きの理由──将来の首都化──を見越して順調に人が増えてきた。しかし、もっとも多い住人は、ネルフ関係者である。ネルフ。元々は研究機関。しかし、対使徒のための準軍事化に応じ、その関係者は男性が増えた。トップ近く、更には旧来の研究開発部門には多くの女性を抱えるモノの、軍に準じる組織なだけに、男の方が絶対的に多い。
更に、ここに来ての使徒襲来。その後の、天野連合の侵攻。女子供を中心にして、過疎化の流れが進んでいる。同時に、兵装ビル関係、再びの建築ラッシュで、建築関係者の再びの流入。残された者、流入してきた者ともに、大多数が男。見事なくらい、あぶれる男が出ている現状だ。
その状況下において、シンジの経営しているような種類の店の需要は高い。更には、その部門の責任者、碇マーガレットの手腕もあり、他の店とは一線を画するハイレベル、ハイクオリティを誇る。従業員の女の子達は、常時フル回転状態。お茶をひさぐことなどは、夢のまた夢。大盛況である。
従業員の補填は、急務である。
しかし、従業員を求めるに、女子中学生では少々若すぎるかも知れない。
だが、シンジは問題を感じていなかった。いずれ、適正な年齢になる。その上、適正以前の年代に興味を持つ人間だっている。そうした人間は、自分が特殊な嗜好であることを自覚しているため、少々割高にしても、当たり前と考えてくれるモノだ。問題ない。
青少年保護条例などは、初手から問題視していないシンジである。それでも、問題だというのであれば、店を使わず、街売りをさせればいいだけのことである。全く、問題ない。
「凄い、凄い、凄すぎる〜! 流石、シンジさんです」
自分にも、そのおこぼれを。そんな調子で賞賛するケンスケである。
「そうかな?」
シンジは鷹揚に、ケンスケの称賛を受ける。
「やっほ〜!、シンちゃん」
そのケンスケの叫びが聞こえたのか、プールサイド、金網に捕まって、ユウキが手を振りながら声をかけてきた。
「おお〜!」
濡れた髪の毛、水着。
周囲の男子生徒が身を乗り出すようにそちらを見、歓声を上げる。
ユウキのスタイルは、派手さはないモノの、公平に見て優れていた。その上、容姿端麗。更に言えば、同年代の少女達とは微妙に違う、ほのかな色気のようなモノも感じさせた。色気づいてきた中学生男子の股間をジャストミートするくらいは余裕に。
「凄い、凄い、凄すぎる〜!」
「お前、水着くらいで騒ぐな、そう言うとったんちゃうんか?」
うって代わって叫びをあげるケンスケを、トウジは冷めた目で見つめた。ケンスケの狂乱、その姿を望んではいたが、実際に見ると引いてしまう。
「何を言っているんだよ。お前、アレを見て何も感じないのか? く〜〜〜〜〜〜、シンジさんに止められていなかったら、撮影して──ああ、そうすれば、どれだけの稼ぎになるか」
「約束は、守っているみたいだね」
シンジがにこやかに笑いながら、ケンスケを見る。しかし、目は全然笑っていなかった。
「は、はい! この相田ケンスケ、シンジさんとの約束は、絶対確実必ず守ります!」
直立不動、気を付けの格好になって、応えるケンスケ。約束を破ったら、どんなことになるのか。下手をすれば、芦ノ湖の魚たちに、豊富な栄養を与える事になる危険だって、存在する。
「鈴原、相田! スケベな目でこっちを見ているんじゃないわよ! 加賀さんも、授業中よ!」
プールの方で、叫びが上がる。
2−Aの委員長、洞木ヒカリである。
「何でワイまで……」
トウジの不平は、声が小さすぎて、ヒカリの方までは聞こえなかった。
「は〜い、ごめんなさい。じゃあ、シンちゃん、また後でね〜」
ユウキは軽く謝罪をして、気楽にシンジに手を振りながらプールに戻っていく。
「全く」
腰に手を当てた、力・ドーザンの格好で仁王立ちして、ヒカリはそれを見送る。
シンジは、ヒカリに、曰くありげな視線を向けた。
「委員長の洞木さんも良いねえ。ああいう、まじめな委員長を、自分色に染めてみたいって言う顧客、結構多いんだよなあ。──今度、高橋さんに紹介してみようかな」
高橋とは、フルネーム高橋ノゾク、市会議員をやっている、第3新東京市の名士──と言うことに、表向きなっている。しかし、その実体は、いじめてメイドを侍らせて喜んでいるような人間だ。
「あ、あかん、あきまへんで、センセ」
泡を食って、トウジが口を挟んでくる。
トウジは、高橋ノゾクを知っているわけではない。しかし、話の前後から類推すれば、それがろくでもない人間であることは、容易にわかる。
「あ、あないな乱暴な女、とても、とても……」
「誰が乱暴よ!」
今度は泡を食って叫んだせいで、聞こえたらしい。ヒカリがトウジを怒鳴りつけてくる。
しかし、トウジはそれどころではないと必死だった。
シンジは、やるとなれば、本当にやる。遠慮なんてしない。冗談事ではすまない。何処までも本気だ。そして、シンジに沈められてしまったら最後、二度と浮かび上がることはないだろう。
「あないな凶暴な女、絶対にあかんです。はっきり言って、使い物になりまへん」
トウジは、ケンスケほど、シンジのそちら側の商売に関与していない。何しろ、トウジは便所掃除専門だから。だが、そう言ったことをしているくらいは解る。兎に角、必死だった。
「誰が、凶暴よ〜!」
更に大きな叫び。
トウジは、まるで気が付かない。それどころではないのだ。逆に、微に入り細に入り、洞木ヒカリがいかに乱暴で使い物にならないかを力説する。
そのトウジの先のシンジが、不意に姿勢を低くした。
「──?」
となるトウジ。
下げたシンジの頭の上を、掠めるようにして飛来したデッキブラシ。切れたヒカリが投げつけた様子だ。
それは、見事にトウジの顔に命中した。
「ぐべっ!」
潰れたような声をあげて、轟沈するトウジ。
「うわ〜、トウジ、大丈夫か? 気をしっかり持て!」
慌て、ケンスケが倒れたトウジを起こす。
「な、なんで、ワイがこないな目に……」
「トウジ、傷は浅いぞ、しっかりしろ!」
シンジはそちらの騒ぎから、視線をプールサイド、肩を怒らせて向こうに向かう洞木ヒカリのお尻のあたりに移す。
「う〜ん、これは、しっかりと教育しないと、駄目かな?」
その言葉を聞いて、ケンスケはそっと目を伏せると、呟いた。
「トウジ、どうやら、お前の熱意は、どちらにもまるで伝わらなかったみたいだぞ……」
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