#41 零号機、再起動実験
綾波レイは第一中学校において、孤高を保っている。
蒼銀の髪の毛、赤い瞳と、特徴的な容姿の持ち主。いじめられてもおかしくないところだが、その容姿が整っているため、下手をすれば気味悪さを感じさせかねない容姿は昇華して、儚さを感じさせる。男子生徒の庇護欲を刺激することしきりの美少女である。
当初こそ、綾波レイは周囲の者の興味と関心を寄せられた。しかし、最近ではレイに声をかけようとする者は殆どいない。何を話しても、暖簾に腕押し、蛙の面に──では、話しかける気力も萎えようと言うモノ。現在でもレイに話しかけようとしているのは、委員長の義務感に背中を押された、洞木ヒカリくらいである。その洞木ヒカリですら、綺麗に無視され、話しかけて返答が帰ってくる方が非常に希、そんな状況である。
しかし、レイは不自由を感じていない。
友情、愛情、そう言ったモノを、元々理解していないのだ。
偏った「教育」により、只、命令に従い、達成する。碇司令の命令は絶対。その達成のためならば、代償に、自らの命ですら投げ出す。とにかく重要なのはそれだけ、その様に育てられているのだ。
自然、レイは帰宅時に誰かと連れだって、と言う具合にはならない。最近では、住居をジオフロントに移した為、ますますそれは縁遠くなっている。
しかし、今日この日、綾波レイは同級生と連れだって歩くという、希有な行動をしていた。
これは、別段、何らかの画期的な考え方の変化を見せたわけではない。
綾波レイは相変わらず。
ただ、勝手に付いてきた人間がいると言うだけのことである。
「今日は、零号機の再起動実験ですねえ」
呑気な少女の声が、レイに話しかけると言うよりも、只、呟くと言った具合に聞こえてくる。
「そうだねえ」
頷く、少年の声。
レイは、煩わしさを感じ、僅かに眉根にしわを寄せた。
レイについて行動しているのは勿論、碇シンジと加賀ユウキである。
レイは、二人を無視して歩を進める。
無視するように。出来うる限り、この両者との接触を避けるように。
下された命令。ならば、従わねばならない。
しかし、レイの事情には一向にお構いなく、二人はペースを併せて、レイの背後に続き、しきりに話しかけてくる。
「綾波さんは、以前、起動実験の失敗で大怪我をしたわけですけど、怖くはないんですか?」
元々、対人関係に重きを置いているわけではないレイ。命令を抜きにしても、正直、煩わしい。
それでも、聞き捨てならない言葉が聞こえ、思わず問い返していた。
「……何が?」
「何が、って、そりゃあ、EVAに乗ることに決まっているけど?」
他に何があるんだろうか? そう言う口調で、シンジが告げる。
「……あなたは、怖いの?」
レイの声には感情が薄く、その内心を感じることは難しい。
「僕は、まあ、怖いというのはないけど、油断しているとやばい、と言うのは感じているね。何時、LCLの浄化装置に異常が発生するか解らないし、何時、エントリープラグでパイロットに致命的な漏電が発生するか解らないからね。ホント、味方のはずの存在に後ろから刺されるかもしれないって、不安で一杯」
「実際、急ピッチで、エントリープラグの仕様変更がなされたみたいですしねえ」
うんうんと、シンジの言葉にユウキが頷いてみせる。とは言え、どちらも、言っていることの割には深刻さはない。まあ、何とかなるだろうと言う楽観か、もしくは、自身に絶対の自信があるのか、そのあたりは不明だった。
「それよりも、シンちゃんは、女の子に背中から刺されないよう、気を付けなくてはなりませんねえ」
ぽろりと、ユウキがいつものようにいつもの如く、シンジをちくりと言葉の針で刺す。
「な、なんだよ、それは」
狼狽えるシンジ。これでは、思い当たるものが多々あります、と証言しているようなものである。そして、それを誤魔化すかのように、慌てて話題を変える。
「ま、まあ、僕の事情は兎も角、綾波さんの方は、前回、起動実験の失敗で実際に大怪我をしたわけだし、まあ、普通は怖かったり、びびったりするものだと思うけど」
「……司令の仕事が信じられないの?」
「全然」
「欠片も」
シンジ、ユウキ共に即答である。
「世の中で、アレくらい信用できない人間も少ないと思うけど」
「そうですよねえ」
その言葉に、レイはゆっくりと、初めて背後に続く二人の方を振り向いた。常以上に冷めた視線を向ける。
「……」
しかし、それも数瞬。直ぐに、顔を戻すと、足を進める。
その様子を見たシンジとユウキは、顔を見合わせた。
「これは、結構、教育が進んでいるみたいだね」
「そのようですねえ」
「面倒くさいことだね、全く」
「全くです」
二人して頷きあい、それから、シンジは先を進むレイの背中に視線を戻すと、なにやら考え込むようにして、呟いた。
「はてさて、これからどうするべきか?」
「……」
そのシンジを、ユウキはジト目で見つめた。
「何、ユウキ、その目は?」
「シンちゃんが取りうる手段なんて、そうあるわけでもないと思いますけど。と言うか、きっぱり一つしか思いつきませんけど」
曰くありげな視線。
「何? それは」
「何度も言わせなくても、自分で解っていると思いますけど。──シンちゃんはケダモノですからねえ」
「な、何だよ、それ。僕にはユウキが何を言っているのか、全然解らないよ」
「惚けるし」
「何だよ、ユウキは僕に何を言わせたいわけ?」
「べっつにぃ」
「別に、って、とてもそうは聞こえないよ」
背後で繰り広げられるやりとりを無視し、綾波レイは足を進めた。
実験管制室では、慌ただしく最終確認が行われている。
起動実験。二度の失敗は許されない。更に言えば、前回と違い、今回は深刻さが違う。前回は、まだ使徒が襲来する前のこと。果たして使徒が本当に来るのか解らない、そんな状況下だった。しかし、今回。既に使徒は二度、襲来している。三度の襲来が何時になるか解らない現状。一刻も早く、戦力の充実を計らなければならない。
今度こそ、絶対に成功させなければならない。
それ故、確認に手は抜けない。前回は手を抜いた、と言うわけではないが、真剣さは前以上になっている。
慌ただしく動くスタッフを背後に従え、ゲンドウは硝子越し、実験室の壁に拘束されたEVA試作零号機を見つめている。その脇には、前回の起動実験にはいなかった、副司令、冬月の姿も見える。
最終確認が終わり、リツコがゲンドウの脇に並ぶ。
それから、もったいぶった口調で、ゲンドウが口を開いた。
「これより、零号機再起動実験を──」
ふあ〜あ。
その声に、あくびが被さる。
ゲンドウは、あくびの犯人を睨み付けた。
「あ、こちらのことは、気にしないで下さい」
犯人、ユウキは手で口元を隠し、ヒラヒラともう一方の手を振って、誤魔化すようにおほほと笑う。
シンジ、ユウキの二人も、別段呼ばれたわけではないのだが、当然のようにして見物にやって来ている。
「何をやっているんだか」
僅かに、呆れた口調でシンジ。それに、即座にユウキが言い返す。
「シンちゃんがそう言うことを言いますか? 誰のせいで、私が寝不足だと思っているんですか?」
何故、シンジのせいでユウキが寝不足なのか。
それは兎も角、一向に緊張感のない二人のやりとりに、ゲンドウの表情は険しくなる。しかし、相手にしていても仕方がないと思ったのか、顔を戻すと、再び告げる。
「始めろ」
短く、ゲンドウが命令する。
それによって、再起動実験はスタートした。
これまで、二度の実戦、更には幾度かのシンジのシンクロテストを経て、いくらかスタッフは慣れてきていた。再起動実験と言っても、やることは一緒である。滞り無く、綾波レイと零号機のシンクロのための手順は進められていった。
「あんた達、どうしてそう、緊張感がないのよ」
小声で、再起動実験を行っているオペレーター達の邪魔にならないように、二人に文句を言ってきたのは、葛城ミサトである。彼女も、作戦部長として、今回の再起動実験に参加している。──とは言え、これという仕事があるわけではない。
「緊張感を持とうにも、結果が分かっているんじゃあ、ちょっと」
「気が早すぎるわよ」
シンジの言葉を、ミサトは窘める。
「何か、不測の事態が起こるかも知れないでしょうが!」
「したら、父さんは僕らの想像以上に無能だって事ですね」
シンジは、軽く応じる。
「そうですねえ。流石に、二回連続の失敗では、進退問題に発展するでしょうからねえ」
「あ、それもいいかも」
「そうですかあ? 下手な新司令が来るよりも、シンちゃんのお父さんの方が、色々と都合がいいと思いますけど」
「……確かに、そうかも」
少し考えて、シンジは頷いた。
「そんなことより、……アレって、本当なの?」
ミサトは、更に声を落として、シンジに尋ねた。
「アレ?」
「この間の、解体現場での話よ」
「ああ、シンちゃんは、確かにケダモノですよ」
ユウキが、この世の真理を告げるみたいな口調で応える。
「違うわよ!」
ミサトは叫び、それから、慌てて周囲を見る。
「……あ」
流石に声が大きすぎ、周りの者が迷惑そうにこちらを見ている。
「はいはい、みなさん、手が止まっていますよ」
その視線に一向に応えた様子のないユウキが手を叩き、皆の意識をいささか強引に、起動実験の方に戻す。それから、一言ミサトにも苦言を呈す。
「葛城さんも、邪魔をするのでしたら、出ていって下さい」
「……」
ミサトはユウキを睨み付けるものの、頭を振って、意識を切り替える。今は、いちいち腹を立てるよりも、確認をせねばらならない。
「それよりも、前回の起動実験が、司令の指示で失敗にさせられたって話よ」
「本当ですよ」
あっさり、シンジ、ユウキが頷く。
「──要は、決死のレスキュー、碇司令はいい人だ。だから、依存しなさい計画だったんだから」
「シンちゃん、それでは長すぎますよ。要は、光源氏計画、これで充分じゃないですか? 平安時代から綿々と続く、由緒正しい、ロリコンオヂサンの美少女ゲット作戦なんですから」
「何で、紫の上計画じゃないんだろう?」
「さあ、それは分かりませんけど……」
ユウキは首を傾げた。それから、指を一本立てて続ける。
「その他、類似品に、マイ・フェア・レディや、フランケンシュタイン博士のモンスターなどもあります。ゲームで言えば、育成シミュレーション。プリンセスメーカーなどがこれに当たりますね。娘を育てると言っても、要は自分の嫁にするのが、あのゲームの究極の目的ですし。プリンセス、何それ? ですよ」
3人が、どこか気の抜けた話をしているウチに、再起動実験は滞り無く進行し、前回の失敗は何だったんだと言うぐらいにあっさりと成功していた。
「ボーダーラインクリア、零号機、起動しました」
伊吹マヤが、それを報告する。
「引き続き、連動実験に入ります」
報告を受けた赤木リツコが、後を継いで指示を出す。
──と、そこで。
「碇!」
実験観測室に備え付けの電話で、どこかと連絡を取っていた冬月コウゾウが、鋭い声を出した。
「未確認飛行物体が、ここに接近中だ」
第5の使徒、襲来である。
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