#43 既視感


「あんの、糞ガキ」
 発令所で、苛立たしく声をあげたのは、葛城ミサト。
 結局、シンジには逃げられてしまった。投入した保安部員の大半は、気絶させられてしまい、任務達成は出来なかったのだ。その後、何処にどう隠れたのか、マギでもその存在を探知できない。最初、ネルフに来たときにも、同様にマギを欺き、その場所を特定させなかったから、それと同様の技術を使っているのだろう。
 その後、本部内の徹底的な捜索を命じているが、さほど、期待できない。見つけだしたとしても、また同様に逃げられるのがオチであるし、保安部員の中には、シンジに取り込まれた者も多い。その取り込まれた者が、全て旗幟を鮮明にしているならば兎も角、表向き、ネルフに忠実なふりをしている者も少なくないだろう。そうした者が、積極的にシンジの行方を隠しているという可能性もある。
 はっきり言って、シンジ捜索は、お手上げ状態である。
 ミサトが、苦虫を噛みつぶしたような表情になっているのも、至極当然といえるだろう。
 そして、シンジが見つからないからと言って、使徒は待ってくれない。
 第3新東京市に接近中の使徒、こちらも、放ってはおけない。
 結果、シンジの思惑通り、レイが零号機で出ることになった。他に、手はないのだ。
「第5使徒、このままで行けば、5分で第3新東京市上空に入ります」
 しれっとした顔で、青葉が報告してくる。
 それもまた、苛立たしい。
「零号機を、A−13番発射口から出撃させて。──レイ、行けるわね?」
 ミサトは、第3新東京市の俯瞰図と、使徒の進行方向を眺め、指示を下す。
 丁度、その発射口は、その前の兵装ビルの陰に入る形になる。使徒からは、直接視認──目があるとしたらだが──出来ない場所に当たる。
「兵装ビルでの攻撃は、どうしますか?」
 日向が質問してくる。
 シンジの懸念。
 敵の攻撃方法が不明。
 これは、戦いに於いて、非常に不利な要素である。
 ある程度、予測できる人間同士の戦いであれば兎も角、相手は得体の知れない敵生体。どんな攻撃方法を持っているか、まるで予測が付かないのだ。
「……第3新東京市に敵を入れるのは、ちょっち。出来れば、その前に叩きたいわ」
 兵装ビルは、基本的に第3新東京市内部に進行してきた敵を迎撃する形で配置されている。ミサイルなどの射程は短く、その外部へ向けての攻撃力は劣る。
 第3新東京市に使徒を入れる。
 それは、諸刃の剣。
 第3新東京市内であれば、兵装ビルの援護を受けることが可能。
 しかし、同時に、それは使徒に目標物──それが何であるか、未だにミサトは知らされていない。漠然と、使徒に敵対できる存在、EVAを求めているのではないか、と考えている──に接近させることになる。
 また、通常兵器は、はっきり言って、使徒を相手に通用しないと言う思いがある。
 更に言えば、都市部に侵入させれば、また、人や物に被害が出ることになるだろう。前回、前々回の被害。広報部の活躍により、使徒戦における被害は軽微、対外的にはそうなっているが、現実は──。被害を少なくするように、そうせっつかれている事情もある。
「……元々、使徒を迎撃する場として、第3新東京市は作られているんすから、それを利用しないのは、本末転倒じゃ……何でも無いッス。只の、オペレーターの戯れ事ッス」
 青葉が、ぼそりと呟く。
 こちらの方が全くの正論だが、正論という奴は、その他の雑音で、なかなか通用しない物である。
 そうでなくとも、青葉はシンジ親派の筆頭。それだけで、ネルフ内における発言力は低下している。
「レイ、良いわね? 地上に出たら、パレットガンで一斉射。様子を見て」
 ミサトは、凶悪な視線で青葉を睨んだ後、通信でレイに話しかける。
「……はい」
 抑揚に乏しい声がそれに応えるのを聞き、ミサトは顔を上げた。
 自分の指示に従順に従う。どこかの糞ガキとは大違い。
「よろしいですか?」
 大分、気をよくして、背後、一段高い場所にいる総司令、ゲンドウに確認する。
 いちいち確認するのは、先刻のシンジの話が、引っかかっているのかも知れない。
「……」
 ゲンドウは、不機嫌な沈黙を守り、それでも、頷く。
「EVA零号機、発進!」
 ミサトの号令に従い、電磁カタパルトで零号機が地上に射出される。
 しかし、零号機が地上に達するより速く、使徒は行動を開始していた。
 それは、すかさず、第3新東京市を中心に設置された、幾つかのセンサーの探知するところとなった。
「目標内部に高エネルギー反応!」
 青葉の、叫びに近い報告。
「なんですって!」
「円周部を加速、収束していきます!」
「先輩、これって!」
 オペレーター、紅一点の伊吹マヤが、慌てて背後にいる赤木リツコに声をかける。
 その声で、それまで、どこか上の空だったように見えたリツコが再起動する。ゲンドウとレイの関係云々のシンジの暴露は、ゲンドウの愛人をやっているリツコには、平静でいられない話題だったのだ。
「まさか……」
 再起動すれば、そこはネルフの誇る赤木リツコ博士である。即座に、その正体に思い当たる。しかし、既に自体は動いており、それを知ることは、現時点での助けにはならなかった。
「駄目、避けて!」
 ミサトが、反射的に叫ぶ。
 言葉と同時に、地上に達した零号機。
 レイは、素直にその指示に従い、零号機を横に移動させようとする。
 ──が、零号機を発射台に固定している拘束具に阻まれる。
 第5使徒の上下を継ぎ合わせたスリット部分から、光が溢れ、射線が延びる。
 その光は、万が一の場合には盾になるようにとミサトが考えていた、前方、使徒との間に存在する兵装ビルに命中する。そして、それをあっさりと融解させた。
 そのまま、光は零号機の胸部に命中する。
「あああああああああ!」
 見る間に融解していく、零号機の胸部装甲。
 その熱エネルギーは、エントリープラグ内のLCLの温度も上昇させたらしい。
 レイの悲痛な叫びが通信越しに聞こえてくる。
「レイ!」
 泡を食ったように、ゲンドウが椅子から立ち上がり、叫ぶ。
 その叫びは、発令所に鳴り響く警報を圧する程の叫びだった。


 即座に下された、ミサトの回収命令。
 幸いなことに、使徒の攻撃は零号機の胸部を融解させたが、発射台のシステムには問題がなかった。
 素早く改修される零号機。
「LCL、緊急排出!」
「パイロットの心音、微弱──いえ、停止しました」
「電磁パルスを打ち込んで!」
 慌ただしく、叫びが交差する発令所。
 その中で、椅子を蹴倒し、立ち上がったままだったゲンドウは、足早に個人用のエレベーターに向かう。
「冬月、後を頼むぞ」
 そのまま、答えを待たずに退場する。
 それを見送り、冬月は苦虫を噛みつぶしたような顔で、呟いた。
「碇……レイにこだわりすぎだぞ」
 シンジの言葉により、ゲンドウとレイの関係に、疑惑の視線が向けられている。そこで、それを肯定しかねないような行動は慎むべきだった。何より、レイには代わりが居る。ここで死亡したとしても、新しい4人目を出せばいいだけの話なのだから。
 しかし、冬月の呟きは、ゲンドウには届かなかった。


 慌ただしくケイジに固定される零号機。
 その胸甲部分は見事に融け落ち、その下の生体部分が覗いている。
 恐ろしいほどの熱量を持つ攻撃。
 生体部分も加熱され、EVA内部を循環しているLCLも、かなりの高熱になったはずである。高熱のLCL。LCLは、体内に取り込んで呼吸を可能とする。つまり、パイロットは体内に取り込んでいる。体の内と外から同時に灼かれたと言うことだ。
 現実、緊急排出されたLCLは、盛大な湯気を立て、その高熱ぶりを示した。
 中のパイロットの安否が気遣われる。
 慌てて、LCLに向けての通路を設置させ、レスキューがエントリープラグに取り憑く。
 素早くハッチを開放、パイロットを救出しようとして、レスキューは舌打ちして毒づいた。
「糞、ハッチが熱で歪んでやがる!」
 彼の言葉のように、熱による膨張、ゆがみにより、ハッチは彼の全力を持ってしても、頑として開こうとしない。
「直ぐに、カッターを!」
 叫ぶ、レスキュー。
 今から、ハッチを切り破り、中のパイロットを救出する。
 元々、パイロットの安全を守るため、頑丈に作られているエントリープラグ。その外壁を切り開く時間。それは絶望的だった。
「どいて下さい」
 そのレスキューが、横合いから声をかけられて、押しのけられる。
「何を──」
 文句を言いかけ、その人物の正体に気が付いたレスキューが、戸惑いの表情になる。
 シンジだった。
「お前、一体、今まで何を! だいたい、貴様のせいで!」
 どうやら、このレスキューは、シンジに取り込まれた人材ではないらしい。シンジがトンズラしたから、零号機パイロットがこのような目にあったとばかり、憤慨して、シンジの胸ぐらを掴もうとする。
「はいはい、落ち着いて下さいね」
 その更に横合いから、少女の声がかけられ、同時に腕を取られ、捻りあげられる。
「シンちゃんの邪魔をしないで下さい」
「邪魔?」
 レスキューは、その少女、ユウキを睨み付ける。
「邪魔をしているのはどっちだ? お前達は、ファーストチルドレンを見殺しにするつもりか? 早いところ救出しないと」
「だから、その為にシンちゃんが出張ったんじゃないですか」
「バカなを事を言っているな。素人が、何を──」
「取りあえず、ハッチを開けるつもりみたいですねえ」
 目の前で腕まくりを始めたシンジを見て、ユウキが告げる。
「は、何をバカなことを。人間の手で、開けられるようなもんじゃないんだよ!」
「それは、試してみませんと」
 おっとり、ユウキが微笑む。
 その言葉を背中に受け、シンジはハッチの取っ手を掴んでいた。
 しかし、取っ手の方も加熱されていたため、シンジは慌てて手を離す。
「熱い」
 耳タブに手を当てて冷やしているシンジに呆れの視線を向けて、ユウキは自分が拘束している男に向かう。
「手袋を、シンちゃんに貸してあげて下さい」
「だから、バカなことを……」
「議論している時間が惜しいです。無理矢理取り上げて欲しいですか?」
 あくまでおっとりと。しかし、どこか雰囲気が変わったように感じたレスキューは、言われたように手袋を外すと、シンジに渡す。
 シンジは手早くそれをはめると、再び取っ手に手を伸ばす。
「せえの!」
 片足をエントリープラグの壁に掛けて力を込める。
 盛り上がる、シンジの背中。
 それを見て、騒いでいたレスキューが無言になる。
 もしかしたら彼は、シンジの背中に鬼の顔でも見たかも知れない。
 そして──
 ハッチは、無理矢理にひっぺがされていた。
「……信じられん」
 呆然と呟くレスキューをよそに、シンジは開いた場所からエントリープラグに、あふれ出る熱気に顔を顰めながら、上半身を突っ込む。
「綾波さん?」
 そして、名前を呼んだ。


 綾波レイは、朦朧としていた。
 耐え難い熱気に体の内と外を同時に灼かれ、意識を手放した。
 しかし、なにやらでかい音がして、一時的にその意識を取り戻す。
 世界が、ぼやけて見える。
 頭が、働いていない。
 幸いなのは、痛みがどこか、別世界のことのように遠く感じられること。
 そうでなければ、地獄の責め苦に苛まれたに違いないから。
「……」
 その朦朧とした頭で、誰かが自分を呼んでいることに気が付く。
 熱気。未だ、底の方に残るLCLから立ち上る湯気の向こうから、誰かが自分の名前を呼んでいる。
 それは、どこか懐かしさを感じた。
 既視感を感じた。
「綾波さん、大丈夫?」
 幾度、名前を呼ばれたのか。
 解らないまま、遂に、その言葉が意味を持って捉えられた。
 誰?
 小さく唇を動かす。
 何故か、非常に心が動いた。
 この状況に。
 自分でも、なぜだか解らない。
 しかし、この状況は、非道く自分にとって大切なことのように感じられた。
「綾波さん、大丈夫? 今、助けるからね」
 誰?
 言葉は出ない。
 だから、この質問に答える者はいなかった。しかし、問いながら、綾波レイは、自分でその答えを見つけていた。
 碇シンジ。
 サードチルドレン。
 碇司令の命令で、なるべく接触しないように命じられている人物。
 それを確認し、綾波レイは、再び意識を手放した。


 慌ただしく、綾波レイの救助が、本格的に本職の手で進められていく。
 ケイジの隅に立ち、その様を──いや、その横に立ち、救助の様を見送る少年を、碇ゲンドウは呆然と、眺めていた。
 そのゲンドウに気が付いたのか、碇シンジは、そちらに視線を向ける。
 そして──


 ……にやりと笑った。

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