#44 共同作戦のススメ
葛城ミサトは張り切っていた。それはもう、これ以上ないくらいに。
事態は、ミサトの切望していた状況だった。
零号機は、第五使徒の攻撃によって胸部を撃たれ、現在修理中。
パイロット、ファーストチルドレンは、深刻な負傷こそ無い物の、現在、意識不明。
零号機を倒した後の第5使徒は、ジオフロント本部直上に停止、その下部頂点からシールド──ドリル、あるいはボーリングマシンによって、現在、地面を削掘中である。
これを見て、ドリルだドリルだと喜んでいる者がいたとの未確認の情報もあるが、それは兎も角。
初戦は敗北。
そして、現在使徒はゆっくりながら、本部に進行中。
この状況下。
しかし、この状況は、ミサトの切望していた状況。
ミサトは、作戦課、第二分析室の椅子に座り、使徒に対する偵察、及び観察を始めた。
初号機を模したダミーバルーン。自走臼砲。
それらを使い潰し、判明したことは使徒の攻撃が、加粒子砲と呼ばれるものであること。そして、使徒はある一定範囲内に入った外敵を、自動排除すること。更に、肉眼で確認できるほどの強固なATフィールドを展開していること。言うなれば、この使徒は要塞のようなもの。それも、飛び切り難攻不落の。
現在、地道な穴掘りを続けている使徒。ジオフロント天井には計22層の特殊装甲板があり、その全てを貫いてジオフロントに到達するまでに与えられた時間は、10時間ほど。
カウントダウンの進む数字。はっきり言って、ヤスリで神経を削られるようなストレスを感じてもおかしくない状況。
しかし、ミサトは活力に満ち、心を躍らせていた。
これこそが、自分の待った、待ち望んでいた状況。
ミサトには、こうした思いがあった。
元々、使徒を倒すために、ネルフに属し、そして作戦部長の地位まで上り詰めたミサトである。
そのミサトにとって、これまでの使徒との戦闘は、不満の残るものばかりだった。
第3使徒戦。
何もしないままに気絶させられて、気が付いたら使徒は殲滅済み。
第4使徒戦。
何もしないままに、騒いでいただけのような気がする。
それは兎も角、これまでの使徒戦に、ミサトは強い不満を抱いていた。
勿論、その不満の最大のモノは、サードチルドレン及び、その関係者に対するモノでったが、それ以外にも。
それ以外の不満。
それは、使徒との戦闘が、準備万端とはとても言えない状況で始まること。戦自らからの指揮権委譲がなされたときには、既に使徒は第3新東京市内に侵攻しており、取るべきオプションがほとんどなかったことだった。
作戦部長。
ミサトの地位である。
しかし、現実にやっていることと言えば、EVAを戦場に投入するだけ。只、それだけである。
入念な作戦を立て、その作戦に従い、使徒を殲滅する。
それは、夢のまた夢。
たいていの場合、既に取るべき手段は無く、使徒とEVAの優劣で勝敗が決まるような戦闘。
しかし、今回は違う。
僅か、10時間足らずとは言え、勝利するための作戦を立て、それに従い、使徒を殲滅できる好機だった。
だから、ミサトは張り切り、そして、上機嫌になっていた。
「白旗でも揚げますか?」
使徒の能力を見ての、部下──日向マコトの、センスのない冗談。
「ナイス・アイデア」
それに対して、笑いながら応じられるほどに。
「でも、その前にちょっち、やってみたいことがあるの」
自分の頭の中に組み立てた必勝の作戦を思い、面を輝かせながら。
ミサトの立てた作戦は、超長距離からの直接射撃。
使徒のATフィールドを中和することなく、遠距離から、高エネルギー収束体の攻撃で、一点突破。
「反対する理由は何もない。やりたまえ」
との、ネルフ司令碇ゲンドウの許可を得たミサトは、早速、行動を開始する。
自前の武器では、使徒のATフィールドを貫くだけの大出力に耐えられないと知らされたミサトは、戦自研で研究、開発中だった陽電子自走砲を徴発。
更に、それだけの出力を得るために、日本中の電力を全てをつぎ込むことを決定。
零号機の修理を急がせると共に、防御手段──盾を用意させる。
精力的に行動するミサト。
ミサトは、喜びを感じていた。
これで、遂に、自分の力で使徒を倒したと言える。
それこそが、ミサトの究極の望み。
それが、ようやく、達成できる。
喜び勇むミサト。
しかし、それに駄目出しがなされた。
「却下」
言ったのは、作戦を伝えられたシンジである。
「同じく、反対ですね」
ユウキも、同様に反対した。
この言葉に、即座にミサトは激高した。
この素晴らしい自分の作戦に、駄目出しをするとは何事だ。
「あんた達、何かと言えば、文句ばかり! 解っているの? これは、人類の存亡を賭けた戦いなのよ? それを、自分の都合ばっかりで──」
表情を怒らせて、くってかかる。
が、いつものように、二人は感銘を受けたりしなかった。
「人類の存亡を賭けているだけに、却下」
「正直、人類と言うよりも、自分たちの未来こそが大事なんですけど、反対」
変な使命感など無い二人である。
「だいたい、偉そうに言いますけど、その作戦、どの程度の成功確率なんですか?」
シンジに問われ、ミサトは詰まる。
「成功確率は、8,7パーセントね」
黙ってしまったミサトに代わり、赤木リツコが告げる。
ミサト自身は、必勝の作戦だと考えた。しかし、マギにければ、この程度の確率だと示された。それでも、様々な作戦の中で、これが一番高い数字を出している。その点を見て、ミサトは矢張り自分の作戦は優れていると思い直すことが出来た。厳しい条件下、最高の数字を出した自分の作戦は素晴らしい、と。
それを聞いて、シンジ、ユウキは顔を見合わせた。
「……その程度の数字で、良くもまあ、自信たっぷりに」
「大穴狙いで自滅する。負け越しているときのパターンですねえ」
二人は小声で、しかし、しっかりと聞こえる声で呟き合う。
ミサトは、目に見えて不機嫌に顔を歪める。
「これが、一番高い数字なのよ!」
「赤木博士、零号機の修理は進んでいるんですか?」
シンジは、ミサトを無視してリツコに向かう。
「ええ、幸いなことに、中枢部分は破壊を免れていたから、現在は装甲の換装作業中。作戦開始時には、問題なく作動するはずよ。──もっとも、パイロットのシンクロ誤差なんかはそのままだから、有効な戦力になりえるとは思えないけどね」
「動けば、囮になりますから、平気ですよ」
「あんた、また、レイを囮に使おうって言うの?」
ミサトが怒鳴るが、シンジは丁寧に無視をした。
「それと、もう一つお願いがあります」
「何かしら?」
興味深い視線で、リツコはシンジを眺めた。
正直、リツコはミサトの作戦を不安視していた。それはそうだろう。10回やって1回成功するにも足りない確率だ。そして、今度失敗すれば、次はない。
ならば、この二人の意見も聞いてみよう。
ミサトと違い、使徒に対する思い入れのないリツコは、素直にそう考えていた。別段、誰の作戦であろうが、勝てばいいのだ。もしかしたら、この二人は、自分たちの盲点をついた作戦を考え出してくれるかも知れない。そうした期待もあった。何しろ、侵攻してきたやくざの大軍をEVAを使って殲滅するという、横紙破りを見せてくれたこともあるのだから。もしかしたら今回も、非道いが確実な作戦を提示してくれるかも知れない。
「戦自の陽電子自走砲をEVA用のライフルに転用する件、直ぐにストップさせて下さい」
「どうして?」
「手駒は多い方が良いでしょう? 元々、自走砲。それ単独で運用できるモノを、EVAとセットでしか使えないように改悪するのは、阿呆のすることです」
「……陽電子砲を運用するノウハウが足りないわ。人手もね」
リツコは、僅かに間をおいて、答えた。
シンジの出した提案。それは、リツコも考えたことだった。しかし、それは採ってはならない手段だった。
「人手は、戦自研から借りてくれば良いんですよ。元々、彼らの開発していた武器。そこに、マギのサポートを付ければ、充分に運用可能でしょう?」
「駄目よ。マギはネルフの最高機密。他の組織に──」
「人類滅亡の危機なんでしょう?」
シンジは、まっすぐにリツコを見て、告げた。
その視線に、リツコは口を閉ざしてしまう。下手なことを言えば、やばい。そう言う視線。
「幸いなことに、使徒の攻撃──加粒子砲は、一度に付き、一つのターゲットしかねらえないようです。だったら、的を増やしてやればいい。伸るか反るかの一対一の正面決戦なんて、バカのやること。初号機、零号機、陽電子自走砲。的を増やしてやれば、その内の幾つかは生き残る。その生き残ったモノが、使徒の殲滅をすればいい。──この考え方に、間違いがありますか? 別段、使徒を倒したのが、結果として戦自でも、何の問題もないと思いますが?」
「駄目よ! 何を言っているのよ! 使徒殲滅は、ネルフの使命なのよ!」
ミサトが、声をあげた。
ミサトにとって、これは絶対だった。使徒を倒すのはネルフである。これは、絶対の大前提。そう考えたからこそ、ミサトはネルフに所属している。だからこそ、彼女はネルフの作戦部長の地位に固執しているのだ。それが、他の組織でも使徒殲滅が可能。そんなことは、許容できない。──いや、それが、自分の作戦立案、そして作戦指揮の元ならばいい。しかし、既にこれは、シンジらの手が入った、彼女の作戦とは別種のモノになりつつある。だから、余計に許容できない。
シンジは、そのミサトを哀れむような、バカにするような視線で見た。
「田茂地」
「お呼びでございますか? ……ひいふう」
神出鬼没、どこから現れるのか、いつの間にか、シンジの脇には田茂地が立っていた。
「ミサトさんは、お疲れのようだから、別室へ」
「あんた、何言っているのよ!」
叫ぶミサト。
しかし、いつの間にかその背後に移動していた田茂地が手刀一発で気絶させると、引きずるようにして退室させられる。
「やれやれ、これで静かになった」
「もう、そろそろあの人沈めちゃっても良いんじゃないですか? 邪魔なだけですし」
「そうだね、そろそろ、良いかも」
二人の会話を、少々恐れを感じつつ、リツコは聞いていた。口は挟まない。何処に沈めるのか。自分も沈められて確認する、そんなことは、絶対に嫌だったから。
「まあ、それは兎も角」
シンジは、ミサトの運命など、まるで気にしていない顔でもって、リツコに向き直った。
「どうせだから、ここらで戦自との仲直りとかしたいとも思いますし、共同作戦というのはどうですか?」
「無理ね」
リツコは、即答した。
「戦自が、ネルフに協力してくれるとは思えないわ」
同時に、司令が共同作戦に許可を出す事もないだろう。
「それに、司令が共同作戦に許可を出すはずもない、ですか?」
ユウキに、きっぱりと内心を言い当てられて、リツコは腰掛けていた椅子から飛び上がりそうになる。
ネルフの優位性を保つために、使徒殲滅は、ネルフの手で行わなければならない。人類の存亡を賭けた戦い。しかし、組織同士の軋轢や確執、勢力争い、そう言ったモノとは無縁ではない。無縁ではいられない。馬鹿らしい話だが、この状況下でも、足の引っ張り合いを繰り広げている。今回、第5使徒が国連軍や戦自の攻撃を受けることなく第3新東京市まで到達できたのは、それに原因を求められる。
「でも、協力して貰えると、選択肢が増えます。人類滅亡回避のためには、有効であると思いますけど?」
「……只の技術部長の私に判断できることじゃないわ」
間が空いたのは、リツコ自身、そう考えている証拠かも知れない。
ユウキ、シンジはため息を零した。
「模範解答をありがとうございます」
ちっともありがたく思っていない口調で、シンジ。
「まあ、ハナから父さんが、他の組織との共同作戦を認める、なんて楽観的なことを考えていた訳じゃないですけどね」
「それじゃあ、どうするの?」
「勿論」
シンジは、にやりと笑って、言った。
「勝手にやらせて貰いますよ」
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