#46 作戦会議


「ええと、私が今回の作戦を企画立案、そして指揮します、ネルフ非所属、作戦部長代理補佐心得見習い(仮)に勝手に就任しました、加賀ユウキと言います」
 ユウキの言葉に、横に座っていたシンジが顔を顰める。
 確かに、ネルフ非所属とか、作戦部長代理──に勝手になったとか全ては真実である。
 しかし、今この場で、正直は美徳ではなかった。
 案の定、ネルフ会議室に集った面々の多くは、呆気にとられた、あるいは、胡散臭いモノを見る目で、ユウキを見ている。
「まあ、ネルフは組織として非常に半端ですから、このような無法もまかり通ると言うことで、一つよろしくお願いします」
 ユウキは、あっけらかんとした口調で言って、にっこりと笑う。
 町中で話しかけられ、この笑顔を向けられれば、友好的な関係を築くことが可能。しかし、ここでは──
「……正直、不安があるのは事実だが、乃木将軍の要望だ。我々は、君の指揮に従おう」
 それでも、戦自の制服を着た男が、重々しい口調で応じた。
 シンジが協力を要請した乃木と言う人物は、それだけの影響力を持っていたのだ。
「ありがとうございます」
 ユウキはにっこりと頭を下げ、表情を心持ち引き締める。
 あくまで、当人はそのつもりで、傍目には、矢張りどこかおっとりとしており、これから人類の未来を賭けた戦争をするようにはとても見えない。良い意味でも、悪い意味でも緊張感に乏しく見える。
「それでは、時間もありませんので、早速、本題に入ろうと思います」
 ユウキの言葉に、会議に参列している者達が頷く。誰もが、時間が押していることを、理解していた。
 会議の参加者は、ネルフの作戦部から日向マコト、技術部から赤木リツコ。
 戦自からやって来た第一管区司令官、戦自研からやって来た陽電子自走砲開発主任。
 他にも何人か存在するが、重要どころはこの辺りである。
「では、まず、現時点で、判明している使徒の能力から。──使徒固有の能力であるATフィールドは、やはりこの使徒にも確認されています。それも、肉眼で確認できるほどの強固なモノ──まあ、EVAで接近戦を挑むことが出来れば、中和可能範囲内です。が、接近戦を挑むには、この第5使徒固有の能力である加粒子砲が問題になってきます」
 ユウキは、背中の向こうの巨大モニターに、ミサトらが行った偵察行動の顛末を流しながら、説明していく。
「一言で言ってしまえば、この使徒は移動砲台のようなモノと考えて差し支えなさそうです。一定範囲内に侵入した外敵を、加粒子砲でねらい撃ち。零号機も、射出した瞬間を狙い撃たれ、現在修復作業中です。おそらく、再度EVAで勝負を挑もうとしても、同様に射出時を狙い撃たれ、行動不能に陥ることは必至と思われます」
 EVA射出から戦闘行動にはいるのに、どうしてもタイムラグが存在してしまう。発射台に固定している拘束具の除去、これに、数瞬かかってしまう。そして、使徒はEVAが発進前に、その接近を感知することが出来るようだ。高速で打ち出される関係から、EVAの射出は、真っ正直な形になる。地上すれすれで別出口へ進路変更などという真似は不可能である。脅威となる存在の接近を感知した使徒は、加粒子砲の充填をして、のこのこやってくるEVAを待ち受ける。そんな形になってしまう。
 射出時を狙われることを避けるため、山の裏側などの重厚な遮蔽物の向こうから発進させる、と言う手段もあるが、この場合、使徒との距離が開きすぎてしまう。一つ二つならば兎も角、正確無比な使徒の攻撃を幾度も避けながらの接近は、難易度が高すぎるだろう。
「形状を鑑みれば、EVAによる接近戦を挑むことが可能であれば、十分に対処可能と考えられています。──が、これも、100パーセントの確信を持てているわけではありません。何しろ、得体の知れない使徒ですから、接近戦に於いても、何らかの隠し球を持っている可能性は否定できません」
「ちょっと良いですか?」
 そこで、一人の男が挙手をした。
「どうぞ」
「私は、戦自研で陽電子自走砲の研究主任をやっております、時田ゴロウと言います」
「……時田? ええと、JAの開発の」
「アレは、私の兄です。──それは兎も角、先刻のお話を聞いておりますと、どうやら、EVAによる接近戦を考えておられるようですが、私としましては、陽電子自走砲による遠距離攻撃をするべきかと考えます」
 流石に、陽電子自走砲の開発者だけあって、自身の作品に自信があるらしい。椅子から立ち上がり、如何に陽電子砲が画期的、かつ、有効な兵器であるか、熱弁を振るう。
 それを押しとどめて、ユウキ。
「確かに、私の前任者、現在行方不明の葛城作戦部長は、その様に考えておられたようです。遠距離からの攻撃によって、ATフィールドごと使徒を打ち抜く。その為に、日本全国から、電力を徴発するという準備も、整えられていました。──しかし、その作戦の成功率は、1割に足りません。人類の未来を賭けた戦いの勝率が一割未満という低さでは、流石に支持できないと思いましたので、部外者の私が出しゃばることになりました」
「だが、接近戦は不可能だと──」
「その辺りは、私の作戦を全てお聞きになった後でお願いします」
 ユウキは、更に反論しようとする時田を止めた。
 時田は、まだ何か言い足り無そうな顔をするモノの、素直に席に座る。
「陽電子自走砲の破壊力は、計算上、充分に使徒を殲滅可能です。ですが、一か八か、一撃に全てを賭けるという戦いは、この場合、避けるべきと考えます。また、破壊力はありますが、その充填にかかる時間が、使徒の充填にかかる時間よりも長いという計測結果が出ています。また、それだけの大出力に耐えきることが出来るのか? その辺りにも、疑問があります。真正面からの撃ち合いでは、こちらに分がない事は、おわかりでしょうか?」
 ユウキは、そこで一旦言葉を切り、参加者の顔を見回した。
 時田は一人苦い顔をしているが、他の者は事実を事実として受け入れている。
「しかし、陽電子自走砲の攻撃力は、捨てがたいモノがあります。また、使徒の観測結果から、その所持する粒子加速器は、一つ切りであると言う事も判明しています。──ですから、ここは、陽電子自走砲、そして、二機のEVAによる連続攻撃を提案します」
「連続攻撃?」
 誰かの呟きに、ユウキは静かに頷く。
「はい、まずは、遠距離からの陽電子砲の攻撃。これで殲滅できれば最高ですが、出来なくとも、反撃を誘うことは可能でしょう。その間に、零号機、初号機を続けて、使徒近くの発進口から射出。そのまま、接近格闘戦に持ち込む。──まあ、簡単に言ってしまえば、こんな所です」
「それでは、我々の出番は?」
 戦自高官が尋ねてくる。
「はい、戦自には、山越の砲撃をお願いします。その際、使用する弾頭は通常炸薬ではなく、チャフなどの攪乱剤を使用したモノを。ATフィールドを持つ使徒に、通常攻撃が無効であることは、これまでの事例で理解していただいたと思われます。ですから、今回は使徒の目潰しをお願いします。──正直、使徒の索敵方法が判明していませんから、それがどの程度有効であるかは分かりません。ですが、まずは、注意を陽電子砲や、EVAから逸らすことが出来れば、それだけ、作戦の成功確率が上がることになります。また、使徒の加粒子砲は直進する性質のモノであるため、山越であれば、被害も押さえられます」
「ううむ」
 戦自高官は、うなり声のようなモノをあげて、腕を組んだ。正直に言ってしまえば、もう少し華やかな出番が欲しいと言うところだろう。しかし、こちらも一応は戦闘のプロである。自身の我が儘よりも、全体の勝利を考えねばならないと言う事くらいは解る。解らない連中もいるのだが、わざわざ乃木の指名したこの男は、その辺りはきちんと理解していた。
「チャフなどを蒔かれると、こちらの照準に問題が出てくるが?」
 と、時田。
「そちらの狙いは、使徒ではなく、地点を狙って砲撃して貰います。幸い、使徒は穴掘りの真っ最中で、容易に移動は出来ないと思われます」
「……それは納得しよう。しかし、その作戦に従った場合、真っ先に目標とされるのは、我々の陽電子自走砲だと思われるが?」
 自身の大切な作品。それを、壊されたくない。そんな思いが伺えた。
「はい、その通りです」
 ユウキは、あっさりと頷いた。そして、時田が口を開くよりも早く、続ける。
「その事について、不満があることも、理解しています。しかし、陽電子自走砲は、遠距離からの制御も可能です。対して、EVAは有人兵器。先にEVAを出して、使徒の気を引くという方法もありますが、この場合、パイロットの命に関わってきます。少しでも人的被害を押さえようと言うことで、納得していただけませんでしょうか?」
「……む」
 人の命。これを出されたら、容易に反論は難しいだろう。例え、人の命など、虫けら程度にしか考えていないとしても、それでも、正直に口に出すには躊躇われる事柄だ。時田ゴロウは、僅かに唸ると、黙り込んだ。
「基本はこの作戦を採ることとして、よろしいでしょうか?」
 ユウキは、参加者を見回す。
 消極的、積極的に差はあれど、おおむね、賛成のようだった。
 そこで、ユウキは「こほん」と一つ、わざとらしい咳払いをすると、言った。
「それでは、この作戦に名前を付けたいと思います。──いわし作戦。どうです、素晴らしいでしょう?」
 参加者が、頭の上に「?」マークを付けて、ユウキを見た。
「……いわし、作戦ですか?」
「そう、いわし作戦です」
 ユウキは、胸を張って頷いた。
「この作戦は、一の矢が外れたら、二の矢。二の矢が外れたら三の矢を放つ。そうした具合に、畳みかけます。そう、畳と言えば、いわしです!」
 きっぱりと、断言した。
 シンジを始め、全員が、何でそうなるんだ?、と、首を傾げた。
 しかし──
「うむ、さすがはユウキ。素晴らしい。ウィットと機知に富んだ、ハイソでエレガントな命名だ」
 と、そこで一人の男が承認した。
「え?」
 ユウキは、目をしぱたかせながら、その男を見た。
「あれ? ムテキのおじさま」
 何時の間に現れたのか、ユウキの真正面の席に、碇ムテキが座っていた。
 その両側の人間が驚いたように、椅子から腰を浮かしている。
「何時の間にいらっしゃったんですか?」
「うむ、いわし作戦の命名の所からだ。さすがはユウキ。そのネーミングセンスには、流石の儂も勝てぬかもしれん」
「いえいえ、私など、まだまだです。おじさまのネーミングセンスには、及びません」
 にこやかに、二人が談笑を始める。


 その様を、シンジは顔を顰めて、見守った。
 そう言えば、ユウキのネーミングセンスって、ムテキのおじさんに匹敵するんだよなあ。
 などと、ムテキの息子達の名前……ステキ、カイブツ、フシギ、キテレツ……と数え上げながら、うんざりとした気分を味わっていた。


 会議は、作戦の基本路線をユウキのモノを使用することに同意して、終了した。
 さほどの文句が出なかったのは、乃木と言う名前が、戦自の人間に効いていたせいもあるだろう。また、少なくとも、陽電子砲の一発勝負よりは、ましな作戦であったことも確かだ。更に、最後のやりとりで、毒気を抜かれてしまったという事情もあるだろう。
「──で、おじさんは、何しに来たんですか?」
 会議室から退出し、ネルフの通路を歩きながら、シンジがムテキに尋ねる。
「うむ、第3新東京市に組を興し、天野連合の報復部隊を退けたまでは良いが、その後のシンジの歩みは亀のごとし。現状に甘んじるのは、漢として、避けねばならぬ事。だから、発破をかけに来た──のだが、成る程、先にネルフを落とすつもりか?」
「まあ、完全に、と言うのは、先の話になりますが、一応、自分の基盤をしっかりしておかないと、先が続かなくなりますから。それに、使徒との戦闘中に背中から刺されるのは、正直ご免ですし」
 シンジは、否定することなく頷いた。
「ふむ、よかろう」
 ムテキは、シンジの言葉に、頷いて見せた。
「しかし、解っているのだろうな? ネルフをつつけば、欧州のゼーレ組が出てくることは必至」
「ですから、父さんには、しばらくネルフの司令として、防波堤をやっていて貰いますよ。──まあ、どの道、ゼーレ組とも、ぶつからずには済ませられませんから、遅いか早いかだけの違いですよ」
「うむ……」
 ムテキは、にやりと男臭い笑いを浮かべた。
「覚悟があるならば、それで良い。──シンジよ。早く、大きくなれ。儂が、貴様と戦いたいと思うほどに」
「……それは勘弁して下さい」
 シンジは、即答した。

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